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忘れたいものと忘れたくないもの(3)

控室に入って行ったロイはそこで待つ両親と、施術を待つもう一組に説明を始めた。


「彼のご要望通り、終わりました。今は眠った状態です。意識が戻りましたら付き添いの方と一緒にギルドから出てもらいますので、彼のご家族の方はご準備ください。彼の目に触れなければ、彼女が彼の後姿を見おさめることはできます。どうされるかは男性のご家族と、ご相談ください」


会ってはいけない、部屋から出ないようにと言われていたのに、まさかそのような提案をされるとは思っていなかったのだろう。

ロイがそう告げると控室にいたメンバーは顔を見合わせた。


「彼が起き上がるまで少し時間がありますので私は彼の状態を確認するため戻ります。目を覚ます兆候がありましたら声をかけますので、それまでもう少しお待ちください」


ロイはそう言い残し、部屋にいる受付担当に後のことを頼むと彼の元に戻っていった。



彼らがどのような結論に達するかは分からないが、ロイにこれ以上できることはない。

彼の休んでいる部屋に戻ったロイは、横になって眠っている彼の様子を見ながら休憩をしていた。

もう一人、同じことをしなければいけない。

記憶の糸を丁寧に抜くためには技術も大事だが、記憶を丁寧に確認し、本人の元に戻ろうとするきおくの糸を切れないように扱う細やかな神経も必要だ。

それにまだ、この男性の記憶の糸はボビンにつけたままで糸車に設置していないため、きちんと管理しておかなければ、せっかくきれいに抜き取った記憶が彼の元に戻ってしまう。



そうしてしばらくすると、次第に彼の様子に変化がみられるようになってきた。

徐々に目を覚ます準備を体が始めたかのように、身じろぎのような動きを始めたのだ。

ロイはその動きを確認すると、テーブルに乗せたままになっていたお茶のセットを見えない位置に隠して、二脚の椅子を彼の近くに置くと、家族を呼びに控室に向かった。


「もうすぐ彼の意識が戻ると思います。彼の付き添いの方はお手数ですが、荷物をすべて持って彼の眠っているとなりの部屋に移動をお願いします」

「はい」


声をかけられた両親は荷物を持って立ち上がった。

そして彼女とその両親に向かって黙って頭を下げる。

それに倣って、彼女とその両親も座ったまま彼らを見送るように頭を下げた。

何も言わないが彼らの話し合いはすでに終わっていたのだろう。



ロイは彼の両親を連れて静かに隣の部屋へ移動した。

ロイがドアを開けて入るように促すと、恐る恐る両親は部屋の中に足を踏み入れる。

そんな両親に小声で彼の寝ている近くに移動してあった椅子に座るように言うと、彼らはうなずいてそこに座って、眠っている息子を心配そうに見つめていた。


「目を覚ましてすぐ、彼はぼんやりとしていると思います。歩いたりということはできると思いますが、大きな声で話しかけたりすると、急に意識を引き戻されてしまうので非常に驚いてしまいます。ですから、彼の意識がはっきりと戻るまでは静かに話しかけるようにしてください」


両親はロイの方に顔を向けて静かに首を縦に振った。


「この後のことですが、彼がぼんやりとした状態のまま彼にお帰りいただきたいと思います。彼はこのギルドで記憶を消したという事実もなかったことにしたいと希望しましたので、そのように対応しました。ですからぼんやりとした状態で家に戻り、お部屋で眠って意識が戻るという状況にしていただくのが理想です。そうなれば、この場所のことを微妙に思い出すことがあっても、おそらくここでのことは夢だったと認識されるでしょう。それに、当面この場所に彼が足を踏み入れることはないでしょうから、ここに来ない限り見覚えがあると認識して記憶を呼び起こすこともないかと思います」


話し終わったロイが両親を見てうなずくと、彼らは再び息子の方に目を向けた。

二人の表情は複雑だ。

今の説明で彼の中にあった記憶が本当になくなっていると思い知ったのだろう。



説明を終えて程なく、彼は目を覚ました。

目を開けた彼を両親が覗き込む。

最初に声をかけたのは母親だった。


「大丈夫?気分は悪くない?」


声をかけられた男性はうなずいてから答えた。


「大丈夫。ここは……どこだろう?」


ぼんやりとしながら辺りを見回した彼に、彼から見えない位置に立ったロイが言った。


「少し具合が悪くなってここで休んでもらっていたのですよ。ご両親もお見えですし、ご自宅の方がゆっくり休めるでしょうから、お戻りになってはいかがですか?」

「そうだったのですね……。ご迷惑をおかけしました」


彼が体を起こすことなくロイにお礼の言葉を述べると、両親が支えて彼の体を起こした。


「さあ、今日は早く帰ってゆっくり休もう」


父親がそう声をかけ、彼の体を支えて立ち上がらせる。

それを見たロイは静かにドアを開けて出口を示した。

意識はぼんやりしているが、しっかりと立って歩くことはできる状態だ。

彼は父親に肩を抱かれて、言われるがまま出口に向かう。

母親はすれ違いざまにロイに頭を下げると、先に出た二人の後を追いかけていった。

そうして並んだ親子三人は、振りかえらないようにという約束はきちんと守って、彼の両親はそのままギルドの出口に向かって歩いていく。



去りゆく彼の後ろ姿を彼女は声を上げずに涙を流しながら見送っていた。

後からロイが確認したところ、話し合いの結果、見つからないようにするから、その背を見送りたいと懇願したのだという。

それは控室にいた男性の両親にも伝えられ、了解を得た行為である。

控室についていた受付担当は、彼が背を向けたことを確認すると、静かに少しだけドアを開けて、彼女にドアの隙間から彼を見送るようにと指示をした。

そして、見送ることを了承した彼の両親にはこちらの様子をうかがって彼に気付かせないようにと注意をする。

彼女のことを知らないのは記憶を抜かれた本人だけである。

彼女は彼の姿が見えなくなるまで、静かに彼の背中を見送っていたが、見えなくなると耐えられなくなったのか嗚咽した。

彼女の両親は慌てて彼女を部屋に引き入れてドアを静かに閉めた。

そんな彼は、彼女に気づくことも振りかえることもなく、両親に導かれるままギルドを出て、新しい生活への一歩を踏み出したのだった。

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