新しい家族と親交(1)
面会後、再び仕事に明け暮れる日々を送る間、婚約の手続きは当主によって円滑に進められ、二人は公私共に正式な婚約者となっていた。
そしていつの間にか起きていた王宮内の政変、ロイクールの周囲では大きな変化が続いていた。
それでもロイクールのやることは変わらない。
魔術師として王宮滞在時は書類の作成、依頼があれば記憶管理ギルドの監査、そしてミレニアの婚約者となった今は、彼女の相手として相応しい所作を身につけることだ。
「ロイクールは運動神経も悪くはないみたいなのに、ダンスやエスコートはダメなのね」
貴族への接し方は学んでいても、貴族としての振る舞いを学んだことのないロイクールに、彼らは講師を付けてくれた。
そしてロイクールはその講師から貴族としての所作として、ダンスや女性へのエスコートの仕方などを学んでいる。
けれど魔法を習得した時とは異なり、これが思うように進まなかった。
そしてミレニアの口にしたダンスやエスコート、特にこれらが難しい。
相手が子供であれば手を差し伸べるのは理解できる。
しかし自分一人で動くことのできる大人の手を引くなど、手間でしかない。
もしかしたら貴族の正装をすると、女性は特に動きにくいといったことがあるのかもしれないが、常に彼らが正装で行動しているわけではない。
それに普段からレディファーストとして何かと気を利かせなければならないというのは、自分の自由を損ない、相手の選択も奪っているように思う。
お互い自由に好きなところへ行き、好きなことをした方が楽なはずだ。
そしてダンス。
これもなぜ嗜みとしてできなければならないのかが分からない。
わざわざ人前でプロの舞踊家でもない者達がダンスを披露しなければならないとか、夜会に出たら女性を誘うのがマナーだとか、踊りたいとも思わないのに誘うなんて社交辞令にもほどがある。
しかも相手の動きを見ながらこちらが動きを合わせなければならず、音楽はあれど、自分がどこに動くのが正解か全く見当がつかないのだ。
戦いの攻守とは異なり、一定以上距離をとってはいけないらしいし、手も離してはいけないらしい。
体裁を気にするのに、ダンスによる男女の距離が近いのが良いとされるのはよくわからないし、そもそも近距離で異性が接するのは貴族においては不謹慎と言われていたのではなかったか。
でもこれだけしっかりとしたルールが浸透しているということは、最近変わった者という感じでもない。
これが本当に貴族の慣習として浸透しているものなのだろう
けれど平民のロイクールからすれば、こんなものが浸透している事自体が理解できない。
「今まで一人で生きてきましたし、何でも一人でできるようになることは教わってきましたが、誰かと一緒に何かを成すことはほとんどしてきませんでしたので、何よりこれらの動作のメリットといいますか、良さがよく理解できないので……」
納得も理解もできないものを身に付けるのはさすがのロイクールでも難しい。
貴族たちは本当によくこんなことを迷いなくこなしていると感心してしまうほどだ。
「言われてみれば、確かにエスコートもダンスも相手がいるわね」
今まで一人、その言葉を聞いたミレニアが思わずそう口にすると、ロイクールの口角が少し上がる。
「私が相手と向かう時は、たいてい戦闘になりますね。特に寮内では……」
嫌がらせを仕掛けると返り討ちにあうことは彼らも理解しているらしく、最近は堂々と戦いを挑んでくるようになった。
ロイクールには本当に強くなりたいという、騎士からの模擬戦の依頼が後を絶たない。
もしかしたらこれもドレンが騎士団長になったことに関係しているのかもしれないが、それはそれで、ため息をつきたくなるような事象ではある。
「ああ、当初はさんざん絡まれていたようだものね。あちらが力で来ていたから、それを上回るものを見せてというのは間違いではないけれど、確かに社交という感じではなさそうだわ」
弱みを見せず相手を負かしているので別にいい。
本当ならそれを力技ではないもので相手を負かして欲しいところではあるが、舐められるよりはマシだとミレニアは笑った。
「これからはきっと貴族的な付き合いも増えていくわ。私とのことがなくてもイザークがあれだけのことをして、その師があなたなのだもの。当然同じように魔法を教えてほしいという魔術師たちが寄ってくるでしょう。その時にそれを力で抑える訳にはいかないわ」
彼らはイザークと同じようにロイクールに弟子入りしたいと志願してくるのだから、高位を持って来ている人間を邪険に扱うのはよくない。
でも先の話の流れから考えると、どうしても自分に攻撃をしてくるんだとロイクールが言い出しそうに思えてしまう。
実際イザークは自分に向けて攻撃魔法を撃てと言われて、それは最後までできなかったと手紙に書いていた気がする。
受けるにせよ断るにせよ、もう少し穏便に話を進めることはできないものかとミレニアがそれとなく尋ねると、ロイクールはもうすでに解決方法が決まっているという。
「それに関してはすでに魔術師長からお話をいただいています。正確に言えば、イザーク様の訓練をしていた辺りで、もしイザーク様が立ち直れたなら、他の魔術師たちの力にもなって欲しいと言われていたという段階ですが……」
おそらくイザークはもう大丈夫だ。
近くにドレンもいるし、魔術師長が表だって彼を次期魔術師長にすると明言している。
そしてイザークが今までの遅れの事もあり、魔術師長の期待に応えようと必死に仕事を吸収しているのを、ロイクールは同じ職場で見て知っている。
そしてロイクールの仕事が落ち着いてきたことは、指揮をとっている魔術師長も知っている。
だから近々、本人立ち会いのもと、ロイクールに魔術師の指導をさせたいと言い出すのではないかとみている。
何より最近、職場からの魔術師たちの視線が熱い。
魔術師たちに先にロイクールの指導があると匂わせてあって、ロイクールが断れないよう根回しをされている感じなのだ。
ロイクールがそう言うと、ミレニアはため息をついた。
「さすがね。そういうところに抜け目がないのよ、あの魔術師長。多分それは、あなたがイザークを騎士に勝たせられると思ったから言ったのよ。仮に失敗していても、他の魔術師たちを先にとか、誰かが勝てれば道が開けるだとか何とか言って、ロイクールに色々させるつもりだったと思うわ。今回のように断れないよう、事前に根回しされてね」
だから父親は彼を警戒しろと言うのだ。
ミレニアはその言葉は自分の口から言うまでもないだろうと、こっそり飲み込むのだった。