騎士団の下克上(15)
監査などから戻ってくる度に魔術師長のところに顔を出していたロイクールだったが、話が好きで毎回長々と雑談をしていたにも関わらず、そんな話は一度も出て来なかった。
魔術師団の後継者がイザークという点に異議はないが、その話がここまで進んでいたとは思わなかった。
ただの話好きなら、このような話、つい口を滑らせそうなものだが、そうではないということが今回の件でよくわかった。
彼はドレン達が起こしている改革の事も、イザークを後任として正式に任命し承認を受けていることすらロイクールには伝えてはこなかった。
正式な事例が出たわけではないから、話題にすることではないというのは当然なのだが、それを守り通している辺りが、イザークの父親が言っていた通り、伊達に貴族と王族に囲まれた中で長くその地位についているわけではないということだ。
「そういうわけで、ドレン様が活躍されたんです。でも、あの今まで処理に困っていた攻撃魔法を、あのような形で発散する術を教えてもらっていなかったら、ここまでドレン様に良くしてもらえたかどうか……」
イザークがそう言うと、ロイクールは首を傾げた。
「声をかけられたのはその魔法を見せる前ですよね」
順を追って聞いた内容では、声を掛けられて、その答えを聞く際にドレンに訓練場に呼び出され、魔法を披露したのはその後だったはず。
だから魔法のおかげというのは違うだろう。
ロイクールが尋ねると、イザークはうなずいた。
「確かに騎士たちに勝利した後だったので、声をかけたのは水魔法を見せたからではないと思います。ですが水魔法を披露したことがきっかけで、自分をここまで引き上げようとしてくれたのではないかと思うのです。自分の価値を見出してもらえた。そもそも、ロイクールさんがいなければ、自分は今でもあの部屋にこもっていたかも知れないし、ドレン様が戦いの相棒に選んだのは、私ではなくロイクールさんや他の魔術師、もし魔術師の誰も味方にならなくても、ドレン様なら一人でこの改革を成し遂げたかもしれない。ドレン様からすれば、私はおまけのような存在でしょう」
たまたま魔術師の中で目に留まったのが自分だった。
それなりに事情を汲んでくれそうな貴族で、気が弱くてドレンより権威は低く、かつ彼に害を与えない者。
何より、かの大魔術師最後の弟子と言われているロイクールの側にいたおかげで、ドレンの目にも止まりやすかった。
だから白羽の矢が立ったのだろうと思っている。
「ですがイザーク様も貴族としては地位の高い方ですよね。それにドレン様が戻ったのは祝勝会の時ですから、イザーク様の力を理解してのことと思いますので、おまけということはないのでは……」
ミレニアを見ていればわかる。
彼に尖った所はないけれど、所作が同じ。
その権威を振りかざすことをしないだけで持っている地位は高いのだ。
おまけに騎士に魔法で勝利した。
ここの魔術師は今まで騎士に痛めつけられるだけの者ばかりだったので、ロイクールが恐れられ、それに追随したイザークも第二の英雄と称されている。
英雄は強いだけではなく人柄も含めての呼び名ではないかとロイクールは思っていた。
ちなみに自分が面と向かって第一の英雄と呼ばれることはない。
「そうですが、それは父の持つ爵位であって、私はその爵位を持つ父の息子というだけです。自分が爵位を持ってればその地位を自分のものと言えますが、まだ父は現役です。将来私が継ぐことになることがほぼ決まっているとはいえ、正式に決まっていない地位に寄りかかって生きるのは違うでしょう。それにもし今回失敗していたら、私は家を守るために切り捨てられていたかもしれません。ですが後がないからこそ、今回できる限りドレン様のサポートをして、この件を成功に導きために力添えをしたのです」
イザークは実家に戻ってその方針を伝えてはいた。
だからといって失敗した場合許されるという訳ではなく、そうなった場合の責任はすべて自分が負う必要があった。
だから責任を背負う覚悟だけではなく、切り捨てられる覚悟もしていたのだ。
「複雑ですね」
「ですからロイクールさん、ロイクールさんにもここを、そして我が家を第二のふるさとと思ってもらえると嬉しく思います。安心して戻ってこられる場所は私たちが作っていきます。私達は家族になるのですから」
イザークが最後の言葉を少し照れたように言うと、ロイクールは少し笑みを浮かべて頭を下げた。
「ありがとうございます。私も先輩やイザーク様、魔術師の皆さんに受け入れてもらえて感謝しています」
ロイクールが話を聞いて安堵していると、イザークが思い出したように言った。
「そうだ。先輩といえば、ずっと防御魔法を発動していたからか、私だけではなく、先輩も魔力量が増えているみたいです。姉さんではありませんが、使えば使うだけ伸びるというのはあながち間違いではないのかなと思い直しました」
ロイクールは先輩にも時間のある時に防御魔法を教えていた。
もちろん最初はうまくいかなかったけれど、一度コツを掴んだら、後はスムーズに使えるようになったという。
そしてある日、防御魔法を使っていても書類仕事が同じ分量こなせていることに気がついて、そこで自分の魔力量が増えていることが分かったのだという。
「そうですか。先輩はもしかしたら操作が上手すぎて、常に余力を残していたようですから、魔力量を増やすきっかけを逃していただけなのかもしれませんね」
「確かに、彼は限界を超えないようコントロールする力に長けていますから、その中でやり繰りして、自分に負荷をかけてこなかったのかもしれません」
魔力量を増やすにはそのような負荷をかける必要があるようだ。
無意識で続けているロイクールや、もともと魔力量の多いイザークでは気が付きにくいものだった。
対してミレニアは魔力が弱いので、その視点に至ったのだろう。
「では、今のところ全てがよい方向に向いているのですね」
「はい。もちろん急に全てがよくなるわけではありませんが、私も彼に協力して尽力していくつもりです。ロイクールさんも私も、ここでは防御魔法なしで生活できるようになればと。そしてロイクールさんにとってここが、居心地の良い場所になれば嬉しいです」
イザークはロイクールにそう伝えると、自分も仕事に戻ると立ち上がった。
これは自分にも言えることだ。
ロイクールは普段の生活から当たり前のように防御魔法を纏っているし、自分もまだ恐怖からないと不安になる。
先輩も同じようで、防御魔法があるだけで安心感が格段に違うというのだ。
けれどそれは、この場が安全ではないという証左でもある。
ようやくそんな暗い時代が終わるのだ。
そしてこれから始まる新しい時代に、同じことが起こらなければいいと、イザークは願わずにはいられないのだった。