騎士団の下克上(14)
ロイクールがいない間に何か大きな動きがあったようだ。
寮には物を取りに来て魔術師長に現状報告をするだけという生活をしていたロイクールが久々に食堂に行くと、随分雰囲気が変わっている。
前に合った陰湿な空気がないのだが、来たばかりのロイクールには何があったのか分からない。
そんな空気を感じながら食事を持って席に着くと、そこにドレンがやってきた。
「やあ、ロイクールおかえり。あと、聞いてほしいことがあるんだ!」
彼はそう言うと、相変わらず許可を取る事もなく、向かい側の席に勝手に座った。
「何でしょう?」
「俺、やったよ!これからは騎士も魔術師も平等に過ごせるようになる…いいや騎士には特にそう徹底できそうだよ」
「それは……よかったですが……どういうことでしょう?」
状況がさっぱり読めない。
そもそもそんなことを大声で言っていいものなのかと、ロイクールが周囲を見回して警戒していると、そこに遅れてイザークが入ってきた。
イザークもロイクールがいることに気がついて、こちらにやってくる。
そしてロイクールの向かいにドレンが座っているのを確認したイザークは、きっと自分たちの話をしたのだろうと察して言った。
「実はロイクールさんが監査に出かけている間に色々ありまして……」
ドレンの事だからきっと経緯は話していないだろうと察したイザークがそう切り出すと、ドレンはにっこりと笑ってこう言った。
「同士と結託して騎士団の人事変更を掛け合ったんだよ。彼にもたくさん協力してもらったけどね」
「いえ、私は何も……」
イザークは本当に何もしていない。
ドレンの駒となって動いただけだ。
その意識があって否定したが、ドレンはまた楽しそうに笑った。
「いやいや、よく働いてくれたじゃないか!主に脅し役としてさ!」
「脅し……」
イザークが脅し役、それは想像がつかないとロイクールはイザークの方を見ると、イザークは慌ててそれを否定した。
「ロイクールさんに誤解を与える言い方は止めてください!」
「そんなわけで、俺がこれから騎士団を仕切るんでよろしく!あ、そろそろ会議なんで、じゃあ!」
「よろしくお願いします……」
ドレンが会議を理由に逃げて言ったのを諦めて見送ったイザークに、ロイクールが尋ねた。
「何があったんですか……。ドレン様は、これからは騎士も魔術師も平等に過ごせるようになると、はしゃいでいましたが」
そう尋ねられたイザークは、今までドレンが座っていた席に自分が座ると、ロイクールを正面から見て切り出した。
「簡単に言いますと、魔術師総員と前騎士団長に不満を持つ騎士、有力貴族たちの力を借りて、前騎士団長を退任に追い込みました。そして新任はドレン様になりました」
それからイザークはロイクールに何があったのか全て話した。
「そんなことがあったのですか」
自分が来ない間に、ここでは随分と大きな改革が起こっていた。
そこで大きな働きをしたイザークは、自分の事を多く語らなかったが、それでもその功績がロイクールに伝わるには充分なものだった。
「今回はロイクールさんに頼らず、自分たちでやろうと、外出中に話を進めたのですが、私もまさかこんなに早く決着するとは思っていなくて」
「そうですか」
さすがに年単位での動きを覚悟していた。
だから途中でロイクールにも話す必要があるだろうと思っていたのだ。
それがまさか半年もたたずにこのようなことになるとは思わなかった。
準備から夜会のあるワンシーズン。
濃密な時間だったが、かかったのはこの程度の時間だったのだ。
「ご存知かもしれませんが、ドレン様は元々魔術師たちを大事にしてくれていたんです。でも、前騎士団長はそれが気に入らなくて、彼を国境に追いやった。でも彼は高位貴族ですから、一生そこにとはなりませんでした。そして戻った彼が最初にやったのは下克上です。元々、前騎士団長は戦争で戦果を上げた成り上がりで、後方にいる魔術師より前方で命をかけている騎士の方が上にあるべきという方でした。国も彼の功績を知っているが故に黙認。そこに戻ったドレン様が圧力をかけたわけです。ご自身の因縁もおありでしたから、容赦ありませんでした」
あの問答を見たら敵には回したくない。
普段軽い感じで寄ってくるのに、本気の時は怖いのだ。
あれが自分に向いたらと思うだけで身ぶるいをしたくなる。
「それで前任の騎士団長は……?」
ロイクールがあの時の騎士団長が大人しくするのかと怪訝そうに尋ねると、イザークは笑みを浮かべた。
「退職して田舎でのんびり老後を満喫していただくことになります。もちろん監視付きですよ」
「……」
思わず黙りこんだロイクールに、イザークは言う。
「ドレン様のおかげで雰囲気が明るくなったでしょう?前のような殺伐とした空気は一掃されました」
確かにイザークの言う通り、そう言う目で自分を見る者が見当たらない。
今まで目の敵のような視線を浴びていたのがなくなったのも違和感の一つだったのかと、ロイクールはそこで気がついた。
「他の騎士達は?」
「考えを変えられない人は散り散りに国境監視に向かう予定です。これからその人事発表を会議で行うそうです。権限を行使するのが楽しみだと言ってました」
ドレンが会議で権限を行使して人事を発表する。
理不尽なことにはならないだろうが、きっと今までここでのさばっていた騎士たちにはきついお灸が据えられるのだろう。
「それで、あんなに楽しそうにしていたのですか」
「ドレン様、前騎士団長に目の敵にされていたので、そちらに加担した一派を片付けられるのはやはり嬉しいのではないでしょうか。あとになって分かったことですが、騎士の中にも振るいたくない暴力を強制された人が少なからずいたんです。騎士の中で魔術師への暴力を拒否すると自分が被害にあうと」
加害者にさせられた被害者もいるという、複雑な背景が浮かび上がってきた騎士団は、かなり歪んでしまっていたとしか言えない。
「本当に拒否することはできなかったのですか?あの騎士団長では何とかしてくれるとは思えませんが、助け合って身を守る方法などは……」
同じような被害に会っている人たちがいたのなら、その人たちが集まって何とかできなかったのかとロイクールが尋ねると、イザークは首を横に振った。
「騎士は基本魔法が使えません。使えたら魔術師に異動になるんです。魔法を発動できる人材はそれだけ貴重ですから。だから騎士は魔術師のように自分を防御する魔法は使えない。しかも序列は強い者順です。だから下の人間は力で逆らえないし。自分で自分を守ることが難しい。だから、ドレン様は、魔術師だけではなく、騎士の弱い者に協力を依頼しました。数で戦おう、先頭には自分が立つと」
ドレンは自分が戻ってきたからもう大丈夫だと、自分が盾になると言って彼らを懐柔していった。
そしてドレンはそれを実行して、一から騎士たちの信頼を得ていったのだ。
「勇ましいですね」
「それからは、まあ、力というより根回しで……。実は魔術師長や皇太子殿下も協力してくれました。魔術師長は、騎士団長は戦友だけど、やりすぎた分の報いを受けさせるべきと……」
どうやら騎士団長を退任させるのに動いたドレンやイザークは、魔術師長や皇太子まで巻き込んだらしい。
「かなり大掛かりな話に聞こえますが……」
話を聞けば聞くほど、食堂で軽く報告を受ける内容ではないように聞こえてしまう。
「その通りです。ですがドレン様は、それを涼しい顔でやってのけました。私も彼が騎士団長なら、残った騎士たちと良好な関係を築いていけると思います」
「それはよかった」
ロイクールは自分がいない時に魔術師がまた陰湿な嫌がらせを受けていないか心配していた。
イザークがいるので、ロイクールが来た当初ほどではないと思っていたが、何もないとも思っていなかった。
しかし実際は良い方向に変わっていた。
ロイクールはこの変化を喜ばしく思うのだった。