騎士団の下克上(13)
イザークのパフォーマンスから勢いをつけたドレンは、さらに精力的に活動を行った。
特に夜会にはイザークを伴って出ることも多く、その度にドレンはイザークを自慢する。
さすがに夜会の大雨を見せられた後、イザークとドレンを見る周囲の目は大きく変わっていた。
そのためドレンだけでもかなりの人が寄ってくるようになったが、さらにイザークを伴うことで二人の仲を強調し、ドレンは地盤固めを円滑に進めていった。
そしてその地盤固めは、ワンシーズンもかからずに終わった。
「いよいよかな。味方にほしい陣営はこちらに取り込んだし、その取り巻きも皆こちらにつくっぽいからね。そろそろ次に進んでもいいと思うんだ。どう思う?」
「次ですか」
今度は何をさせられるのかと少し警戒したイザークだったが、ドレンはその反応を見て、面白そうに笑うだけだった。
「ああ、でも、この間みたいな派手なのじゃないよ。魔法による強さの主張じゃなくて、今度は論述合戦だからね」
「次というのはつまり、騎士団長との……」
ついに直接対決が行なわれるらしい。
ここで負ければドレンは二度とここに戻ってこられないだろう。
この状況で負ける気はしないが、それを思うとイザークは少し気が重い。
「そのつもりなんだけど、イザークはどうする?一緒に参加しておいた方が箔が付いていいと思うよ。まあ、君が出なくても魔術師長には参加してもらうんだけどね。でもその時にさ、君が後継者だってはっきりさせることになると思うんだ。だからその場にいた方がその瞬間に立ち会えていいんじゃないかな」
一応自分の意思を確認してくれているが、ドレンはイザークにも出席するよう促している。
イザークも当然、ここまでやってきて途中で降りるつもりはない。
それに魔術師長が自分を後継者として指名するために参加するなら自分もいた方がいいというのは明白だ。
「魔術師長の顔を立てるという意味でも、ということでしょうか」
念のために確認すると、ドレンはうなずいた。
「そうだね。最終的な判断は任せるけどさ、今回の功労者は魔術師長じゃなくて君だからね。君がいた方がことはスムーズに進むんじゃないかな?」
「わかりました。魔術師長には恩があります。自分が参加することで彼の助けになれるのなら、そうしたいと思います」
イザークがそう答えると、ドレンは噴き出した。
「ほんと、律儀だよねぇ。そういうところが引きこもっていても魔術師たちからの信頼を失わずにここまでやってこれたポイントなのかな」
「そんなことはないでしょう。ドレン様だって……」
ドレンだって多くの騎士に慕われている。
それは今のような恐怖政治ではなく、本当の強さを持ち、頼りにできる上司となり得る人間としてだ。
そして魔術師たちも、彼なら自分たちに危害を加えないと思っている。
それは充分、信頼されていると言えるのではないかとイザークは思ったが、ドレンはため息をついた。
「たぶんだけど、私が同じことをしていたら、ここには戻ってこられなかったと思っているんだ。それに国境に送られる前に、ここで自分にはいかに味方が少ないかってことを痛感させられてる。だからこそ思うんだよ。君の失われることのなかったその信頼は財産だってね」
「そうでしょうか。ドレン様がいなくなってからの騎士団はこのような有様です。とても誇れるような状況ではありません。あの時は多くのものが騎士団長の権力に屈したかもしれませんが、その結果自分たちがどれだけ大きなものを失ったのか気づいたはずです。だから次は失敗したくないのだと思います。そして一度失って後悔したもの、それがドレン様、あなたです」
騎士団は荒れ、トラブルも増え、騎士と魔術師の確執が深まった。
そうなって、自分たちに本当に必要なものはドレンだったと彼らは気がついたはずだ。
だからドレンが動くならと迷わず彼についたものも多い。
イザークがあの魔法を見せたからというだけではないはずだ。
何より、魔法もなくその強さを持ち、正面から強い相手に向かって行くことのできるドレンは羨望の対象だ。
魔法があっても精神的に弱く、人の助けがなければ外に出ることすらできなくなった自分とは違う。
彼は自分で起き上がり、そこに居場所を作ったのだ。
「そんなふうに思ってくれる人がいるなんてね。イザーク、君が味方で本当に良かったよ。じゃあ、もう少し手伝ってもらおうかな」
「かしこまりました」
イザークの言葉を聞いてドレンは素直に喜んだ。
そして決着の場に是非同席していてほしいと頼む。
イザークは目立ちたくはないものの、自分が関わって変化する歴史的瞬間に立ち会う機会を逃すべきではないと首を盾に振ったのだった。
その後の改革はスムーズに行われた。
ドレンの上奏内容に、イザークが同意の意思を示したためだ。
すると後はこちらでやっておくと、残りの仕事は全てドレンが引き取っていった。
そうなると世の中の流れは、騎士団長より彼らを敵に回すのは得策ではない、そして、イザークという神を害した騎士団長を排するのが正しいという意見が多数を占めることになった。
しかしこの流れは利用するけれど、騎士団長だけはどうしても自分の手でどうにかしたいとドレンは思っていた。
ドレンがその事をイザークに話すと、イザークが了承し、この先の処理はドレンに一任される形にした。
だからイザークは当日参加するけど、これ以上、騎士団長に対する意見は出さない。
そうしてやるべきことは、最後の決を採る際、ドレンに票を入れるだけとなった。
そこまで話がまとまったところで、ドレンは臨時会議を提案した。
議題は、今の騎士団と魔術師団のあり方について見直すというものだ。
同時に改革案も提示され、騎士団長は処分すべきと明示する。
そうなると騎士団長の陣営はそれを阻止するべく動き、当日の議場に現れた。
もちろんドレンも手を抜くことなく周囲を味方に引き込み、囲い続ける事を忘れない。
そうして議場は完全に騎士団長と改革陣営の戦いの場となった。
当日、自分がいない間に行われた魔術師に対する悪行、騎士たちの考え方の改悪、それらを自分が一掃するとドレンは宣言した。
それから異議を唱える騎士団長の陣営を、ドレンは見事に一人で撃破していく。
そうして騎士団長の勢力をその場でどんどんそぎ落とし、最後はそこに顔を出していた皇太子をも味方につけた。
最後の多数決において、棄権はあったものの、騎士団長退任に関して反対票はゼロ。
ついに、彼を引退に追い込むことに成功した。
ドレンは皇太子まで味方をしていたので、異を唱える貴族などいなかったのだ。
これで騎士団長を再起不能になるまで追い詰めることができた。
ドレンはこの結果を受けて、全てを水に流すことを決めた。
これからは自分が騎士団を率いることになるのだ。
過去を引きずるわけにはいかない。
同時にこの場でイザークが魔術師長の後任となることが決まった。
魔術師長の引退は業務の引き継ぎなどもあるためまだ先になるため、しばらくは現状の体制になるが、彼は正式に副師長に任命された。
そしてこれに関しても会場で多数決が採られたが、こちらも棄権を除き満場一致の賛成を得ることになった。
こうして騎士団、魔術師団は新しい時代の幕開けを迎えることになるのだった。