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騎士団の下克上(12)

皇太子殿下自らの先導で、イザークとドレンは中庭に案内された。


「ではこちらで」


そう言うと、彼らは二人を取り囲んだ。

そしてその様子を会場の窓ごしに多くの客人が伺っている。

もちろん二人にとっては好都合で、こうなることは想定内だ。

あとは訓練場で何度もやっていた通り、攻撃魔法の水の塊を上空高く打ち上げるだけだ。

これだけの人目があるので緊張して失敗するかもしれないと思ったりもしていたイザークだが、いざこの瞬間を迎えてみると、そんなことは微塵も感じなかった。

しかも思っていたより冷静で、頭がクリアな状態だ。

とりあえず皆と共に立ち止まったイザークは、自分を囲んでいる人たちに怪我をさせないよう、説明と忠告を行う。


「わかりました。私が魔法を放つと少しして水が落ちてきます。周辺で見ていていただくのは構いませんが、これからお店するものは、あくまで攻撃魔法の一つですから、水球を放つ時、あまり近くにいるとその圧で傷ができたり、触れたら怪我はしますので距離はおいてください」 


今まで恐怖の対象でもあった騎士に囲まれる中、イザークが臆することなく堂々とそう発言すると、皇太子殿下自らがイザークに疑問を投げかけた。


「水が落ちてくるというけれど、濡れないためには君と退避すれば間に合うんだよね?」

「屋根のある建物とは距離がありますから、のんびりはできませんが、急ぎ目に移動すれば全員問題ないかと。ご心配なら最初から屋根の下でご覧いただいた方が良いかと思います」


どうせなら最初から少し離れていてもらった方がこちらもやりやすい。

イザークはそう思って提案したが、それをひっくり返したのはドレンだった。


「私が見た時は、一分くらいあったかな」


ドレンがそうつぶやくと、それならその時間内に退避すれば問題ないと皇太子が声を張った。


「そうか!皆、聞いたな。彼が魔法を放ったら一分以内に全員屋根の下に退避だ。私は夜会でぬれ鼠になるつもりはないからな。行く手を塞ぐなよ」

「はっ!」


周辺で打ち上げる瞬間を見て、それから濡れないように避難する、それは決定事項になってしまったらしい。

それならもう、この状態で始めるしかない。


「では始めます。さすがに自分に触れる距離にいると、水球を打つ前に怪我をされると思いますので少し下がってください」


イザークがそう言うと、騎士たちは皇太子を守るように後退する。

ドレンは一歩離れただけで、近くで見る気満々だ。

ドレンは一度見ているからどういうものか分かっているし、立ち位置も悪くはない。

これならうまく回避するだろう。

イザークはそう判断すると、早速水球を打ち上げるために集中し始めたのだった。



「何か見るからに強そうだ。っていうか、見る間に大きくなっていくな」


皇太子が前のめりになりながらそう言うと、ドレンが代わりに答えた。


「あれを空に放つと、高いところで空中分解して落ちてくる。それが雨の正体だね。ただ普通の威力の水魔法を打ち上げても、落ちてくるまでの距離が分解される高さに至らなければ、たぶん水の塊があのまま落ちてくる。つまりそれだけ高く飛ばす威力があるってこと。あれを火魔法でもできるらしいけど、降ったものを見ればどんな脅威かわかると思うよ?」


ドレンは、以前火魔法でこれをやったら華やかだろうと言ったら、火事で街が大惨事になると返されたことを話すと、皇太子はその話に目を輝かせた。


「そんなにか。一応、今日は大量の雨が降るから水はやらなくていいとここの庭師に伝えてみたが、怪訝な顔をされたぞ」

「これですけどね、彼を敵に回すということが、人間兵器を敵に回すことと心して見たほうがいいですよ。彼のあの魔法を受けきれると言い切るロイクールも同様にね」


偉大なるかの大魔術師が引退状態の今、それに匹敵する力を持つのは、魔術師長と、イザーク、そしてロイクールの三人だけだろうとドレンが皇太子に売り込むと、皇太子も確かにと言いながら唸る。


「ロイクールとは、大魔術師の弟子だったか」


彼の異名の一つが、かの大魔術師最後の弟子だ。

さすがにこれは有名すぎて誰も使わないが、これほど彼を示すのに分かりやすい異名はない。

だからあえてその名を口にしたのだが、それを聞いたドレンは口角を上げてこう言った。


「この革命に必要なイザークを立ち上がらせ、魔術師に希望を与えた、若き偉大な魔術師だね」



皇太子殿下とドレンが気さくに雑談をしている間もイザークは水球を打ち上げる準備を進めていた。

そしてすでにかなりの魔力の込められた水の塊が出来上がっている。

後はこれを空中で弾けるくらい、要は全力で空高く打ち上げるだけだ。


「退避の準備をしてください。そろそろ撃ちます」

「わかった」


退避の準備はしたけれど、声をかけたからといって退避を始めるわけではないらしい。

おそらく打ち上げる瞬間はしっかりと見たいということだろう。

そう理解したイザークは、水球を両手で高く持ち上げて、打ち上げる準備を整えた。


「では」


そう声に出してイザークは全力で水球を空に放った。

打ちあげてしまえばあとは落ちてくるのを待つだけだ。

自分にできることはない。

イザークは水球が真っすぐ打ち上がったのを確認してから、周囲を見回した。

退避は迅速に行われ、騎士たちは遠くの建物の屋根の下に、殿下やドレンは、屋根のある近くの四阿に入り、そこから空を眺めている。

けれどイザークはギリギリまで空を見上げて様子をうかがっていた。

自分だけなら、周囲に人のいないこの場所でなら、強い防御魔法を使用して雨を避ければいい。

前に害意のない机や椅子まで吹き飛ばしてしまったあれを使うだけだ。

しばらく空を見上げていたイザークが防御魔法を強化すると程なく、強雨のような水が当たり一面に降り注いだ。



その様子を外の四阿から見ていたドレンや皇太子は感嘆の声を上げ、これは面白いと手を叩いて喜んだ。


「いいね!最高だ!今宵は素晴らしいものを見せてもらった」


皇太子の言葉にドレンは笑みを浮かべてうなずいた。

彼はきっとこの後すぐに会場を後にするだろう。

そしてこの国からイザークを逃がさないよう網を張るに違いない。

そこにドレンが陳情している騎士と魔術師の平等な地位をきちんと正すというのが含まれるだろう。

過去をなかったことにはできないが、そのくらいの姿勢を見せなければ、この国はイザークという偉大な魔術師を失うことになりかねないからだ。

ここまでくれば改革の成功まであと一歩。

翌日にでも今まで行いの悪かった騎士たちを一掃する案を奏上でもすればいい。

これで自分を貶めた騎士団長とその一派を一網打尽にすることができる。

そうして魔術師たちを虐げてきた連中がいなくなれば、彼らの地位も回復する。

正にウインウインの良い案だとドレンは自画自賛した。

もちろんまだ終わってないから気は抜けないが、負ける気はない。

何より今回の件でイザークとの絆は深まったはずだ。

それはドレン個人としても大きな成果だと思っている。



「空には雲がないにも関わらず、本当に降ってきたぞ!」


騎士の囲んでいる中心から、突然何かがまっすぐ何かが打ち上がった所からしか見ていなかった彼らだが、しばらくして本当に雨が降ってきたため、先ほどのものがこの魔法を使った瞬間だったのだと皆が理解した。

雨にぬれないよう退避した殿下や貴族たちに対し、魔法の様子をうかがうために空を見上げていたイザークだけが庭に残されている。

そしてそんな彼を良く見ると、彼は神々しいオーラのようなものをまとっている。

彼の防御魔法が雨をはじいている時、その雨が各所にある光を反射して、会場の中からはそれがオーラのように見えていたのだ。


「おい見ろ!雨がイザーク様を避けている!」

「本当だ!あれだけの雨の中、濡れた様子がないぞ!」


水に濡れて滴る様子のないイザークに気がついた一人がそう言うと、別の客も彼を見た感想を口にしていく。


「あの神々しい光を纏っているからじゃないか?」

「神だ!神がいた!彼は神の化身に違いない!」


会場内から見ていた賓客の一人が、雨の中、空を見上げて中庭に一人立つ彼の姿をそう称した。

その言葉に会場内にいる全ての客が満場一致で納得する。

イザークが堂々と雨の中に立ち、光を纏う様子は、正に神の降臨に見えたのだ。

結果、彼は一部で神と崇められるようになるのだった。

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