騎士団の下克上(11)
そうしてドレンが自分に注目を集め、演説の場を整えた時、入口の方から大きな笑い声がしたかと思うと、今度はドレンに劣らない凛とした声が場内に響いた。
「ドレン、なかなか面白い余興だな」
そう言いながら彼は迷うことなくドレンの方に一直線に向かってきた。
相手が誰か理解したもので彼の前に立ちふさがる者などいない。
皆が彼のために道を開けた。
「これは殿下、ご機嫌麗しゅう」
先ほどまでの演説はどこへ行ったのか。
あれが幻のことだったかのようにドレンがすまして言うと、彼はニコニコとしながら大きく息を吐いた。
「そういうのはいらないかな。魔術師たちの話は私の耳にも入っているよ。何で協力しあえないかなと思っていたんだけど、そこまで腐敗してるなんてね。賓客としてパーティに参加した騎士が、貴族としてのマナーもなっていないなんて、恥ずかしい限りだよ」
彼が自分の監督不行き届きだとに負わせれば、ドレンは笑顔でそれを肯定した。
「監視する立場にあるあなた方が気が付かないなんて、何も見ていない証拠ですね。聡明なお方だ。よくお分かりではありませんか。それにしても、いつもながら出てくるタイミングがお見事で」
一番いいタイミングを逃すことなく登場した彼に対し、ドレンが手を緩めることはない。
ドレンは今回、自分が協力者となるため出てきていると分かっているはずだが、きっとそれ以上のわだかまりが消えないままだから、こうして協力するという約束を守っても、どこかで ひっくり返される可能性を常に考えてしまうのだろう。
「そう言うな。あの件は悪かったと思ってるんだからさ」
「口では何とでも言えますよ。それに後出ししたところで説得力はありませんね」
何年も経ってから、あの時はと言われても、ことはすでに終わっている。
それにこうしてここに戻っているのも、彼のおかげではない。
任期が満了しただけだ。
「まあ、その話は別の機会にしよう。それより私は今、興味深い話を聞いた気がするよ。彼、雨を降らせることができるって?それができたらもう、神の領域だよ?」
ドレンに普通に話しかければ皮肉しか返ってこない。
それに周囲の目が向いている中でドレンの話をして、彼のペースに巻き込まれれば、確実に自分は謝罪に追い込まれるだろう。
それは避けなければならない。
だから彼は話を戻してしまうことにした。
ドレンからすれば今は自分のことなどついでにすぎない。
ありがたいことに、彼は周囲がドレンに対する扱いに不信感を持つ前に話を戻している。
とにかくさじ加減がうまいのだ。
彼は話を戻して返事を待った。
その中、ドレンはイザークに、代わりに答えろと目で合図を送る。
イザークはいよいよ出番が来てしまったと困惑したものの、ここで自分が引いてしまったら、ドレンのお膳立てが無駄になってしまう。
しかも周囲の目は全てこちらに向いている状態だ。
失敗できる状況ではない。
しかしドレンが誇張して話をしているので、そこは正しく訂正しなければ、後で虚偽申告をしたと言われかねない。
まずは自分を小さく見せず、誇張された話を事実のレベルまで引き下げなければならない。
「雨を呼ぶわけではありませんが、ある程度の広範囲に水をたくさん降らせることは可能です。魔法で水を飛ばすと、それが散って雨のように水が降ってくる。その攻撃魔法を雨だとドレン様がおっしゃったのです。もちろん水ですから浴びでも無害ですが、元は攻撃魔法なので打ち上げた時のままのものに当たればそれなりの怪我を負うことになります」
「それは雲も風もないところで可能なのか?いつでも?」
イザークの説明を聞いた彼は穏やかな笑みを浮かべて質問する。
本当ならば素晴らしい能力で、使い道も多いなどと考えているのだろうことが推測されるが、もともとそうなったら使う予定の魔法だし、むしろ周囲に見せる方向で話を持っていかなければいけないことになっている。
ただ、いつでもどこでも、というものではないので、都合よく利用されないためには少し釘を刺しておく方がいいと判断して、イザークは言葉を慎重に選んだ。
「それは私が作り出すものですから、私の魔力が残っていれば。ただ、雲はともかく、風はあると水の落ちる位置が風に煽られて変わります」
イザークがそう言うと、彼は大きな窓から外を見た。
同じようにイザークも外の状況を確認する。
外にある木々も草花も揺れてはいない。
「なるほど。今日は……、無風みたいだね」
「そのようですね」
イザークの動じない様子を見た彼は、視線をイザークの方に戻すと、声高らかに告げた。
「じゃあ、君に証明してもらおう」
「証明ですか?」
「私を前にして、雨を、それに似たような大量の水を降らせることができると大口を叩いたのだ。今からそれを見せてみよ。ここでその力を披露すれば、私以外にも多くの証人が得られよう。できるのなら問題あるまい」
そして最後、その証人は君たちだと、集まる多くの者たちを見回す。
自分たちに視線が向けられたことを察した客人は、思うところを近くのものとひそひそ話していたが、その口を閉ざした。
「わかりました。外の方が良いと思います。ここでやると、天井を貫通させることになりますから」
これは事実だ。
元は威力の強い攻撃魔法なのだから天井に穴が空く。
何かにぶつけて威力を試したことはないが、それなりに破壊力はあるはずだ。
だから穴が空くくらいで済めばいい方で、実際は天井崩落や建物崩壊を招くだろう。
その威力を目の当たりにしたことのあるものは、まだ三人しかいない。
だから想像つかないのは仕方がないだろう。
イザークの提案を受けた彼は天井を見上げ、少し考えてから尋ねた。
「外でやろうが、その雨はこの窓から見えるのだろう?」
「そう思います」
この建物周辺はほぼ確実に水の落ちる範囲に入る。
訓練場で打ち上げても距離のある寮の近くまで濡れていたのだから、見えると答えて問題ないだろう。
イザークがそう答えると、彼は最上の笑みを浮かべた。
ドレンと同じで彼もこういった模様しを好むのだろう。
「じゃあ決まりだ。私の前ではあるが、中庭にて魔法の使用を許可する!発言に偽りのないこと、私の目の前で証明してみせよ!」
「かしこまりました」
イザークがそう返事をすると、彼、この国の皇太子殿下、その人は、二人に背を向けて元来た道を戻り始めた。
一度開いた道は人の波に消されかけていたが、彼が動いたことで再び開かれる。
今度はその道を、殿下の後ろについてドレンとイザークも共に歩くことになるのだった。