騎士団の下克上(10)
ドレンとイザークは二人で夜会の会場へと入場した。
異色の組み合わせに、周囲は彼らを遠巻きに見ているだけの貴族はざわめく。
慌てたり困惑したりしないのは、寮でのドレンを知っている者たちと、前もって話を聞かされていたドレンおよびイザークの家族だけだ。
当然だが二人に近付いてくる者はいない。
それならば二人が少し距離をとって隙を作ればいい。
二人はそう話して、ドレンが飲み物を取りに行くと声に出して、イザークから離れた。
すると、そのタイミングを待っていたとばかりに、騎士服とは違い着飾った装いの男が数名、イザークの周りを取り囲んだ。
「お前、寮の中だけじゃなくて、こんなところでもドレン様にくっついているのか?」
楽しそうに一人が言うが、イザークは引かずに一定の距離を保って黙っている。
この場合、逃げるのも言い返すのも悪手だ。
それに今日は協力者としてドレンがいるし、今の自分には防御魔法もある。
彼と運命を共にすると決めたのだから、この場で彼が戻ってくるのを予定通り待つだけだ。
できれば彼が戻ってくるまで、彼らを防御魔法で弾き飛ばすのは避けたい。
「相変わらず一人じゃ何もできないようだな」
そう言った一人がイザークに近付こうとした時、飲み物を持ったドレンがその輪の後ろから声をかけた。
「君たちも寮と同じで、私たちを目の敵にしてくるのは変わらないようだね」
優雅に現れた彼の声に、イザークを囲んでいた輪が割れ、ドレンが通るための道が開かれた。
その輪の中心にいるイザークの元に悠々と近づいていくドレンに、その輪を作っていた一人が声をかける。
「ドレン様が魔法好きなのは有名ですが、あなたは騎士なんですから、我々とも仲良くしてくださいよ」
高位貴族であるドレンと親しくしていて損はない。
他の貴族の目があるのならなおさらだ。
それに騎士ならば、ちょっと特殊なことのできる形ばかりの魔術師より、本当に力を持ち利のある自分たちにつくべきだと彼は考えていた。
それにいくら彼が魔法を好きだとしても、これだけ大勢の前で問えば、それを否定せざるを得ないだろう。
そしてここでドレンにイザークを否定させれば、彼の立場を悪くすることもできる。
それで結果的に自分達が優位になれば充分だと彼は判断したのだ。
「君たちが普段から好意的ならそうできるんだろうけどね、こういう時ばかり言い寄られるのは好まないな」
普段の彼らはドレンに対しても敵対している。
少なくとも魔術師にからんでいる時、仲裁に入れば、必ずドレンに対しても悪態をつくのだ。
そんな人間を社交の場でドレンが持ち上げるわけがない。
暗に彼らは日頃の行いが悪いとドレンが匂わせれば、周囲はそこに派閥争いの臭いをかぎつけて、何食わぬ顔をしながら会話に聞き耳を立てた。
「ですが、何もこんな時までこんなのを相手にしなくてもいいでしょう」
穏やかな口調でやんわりとドレンが言うと、わざわざ自分達が申し出たのにと彼はムッとしたように言い返した。
「こんなのという言い方はないでしょう。彼はあなたよりも格上になりますよね?」
ここは社交の場だ。
家格もステータスの一つで、彼はドレンだけではなくイザークよりも格下という扱いになる。
いつものように力だけでねじ伏せることは叶わない。
「ですが、こ……の、彼は、模擬戦で騎士に負けて引きこもるような弱虫ですよ?ドレン様のような力のある方が目をかけるに値しますか?」
他の男がそう言うと、ドレンは目を細めて彼を見て、冷たく言い放った。
「君は、私の人間関係に口を挟めるような立場だったかな」
「いえ……」
その声で思わずその男が顔を背けると、別の男は対象をイザークに変えた。
「お前、ドレン様がいるからっていい気になるなよ?」
「私は何も申しておりませんが」
「はっ!生意気な口を聞きやがって!まぐれで模擬戦に一回勝ったくらいで調子に乗るなよ!」
そう言って男がイザークを突き飛ばそうと手を伸ばしたその時、彼は防御魔法で弾かれ、後ろに飛ばされて少し後ろで尻餅をついた。
「ぐはっ……、何しやがる!」
「手を出されましたので、弾きました。私は防御しただけです」
表情を変えずイザークがそう言うと、それを見ていたとドレンが言葉を重ねる。
「そうだね。私はこの通りだ、むしろ私には君が勝手に吹っ飛んだようにしか見えなかったよ?」
「ドレン様、騎士であるあなたが、なぜそこまで魔術師なんかに肩入れするんですか!おかしいでしょう!」
尻餅をついた男が体を起こすのも忘れ反論すると、ドレンは彼を見下ろしてて微笑んだ。
「それはね、君より彼の方が明らかに有能だからだよ」
「寮の部屋に引きこもってるだけのやつが有能?ドレン様と言えど、その発言はいただけません。撤回を求めます」
ようやく体を起こした彼は、この場でイザークの無能さをはっきりさせてやろうと意気込んだ。
けれどドレンはそんな彼を見てため息をついた。
「まあ、君が引きこもってたら役に立たないからお払い箱だけど、彼は魔術師として、他の魔術師の何倍も成果を上げているからね。彼が無能なら、他の魔術師はそれ以下になってしまう。それに君の場合は、部屋にいるだけじゃ何の成果も出せないけど、彼にはそれができるんだ。それが彼が部屋に籠もろうとも留め置かれた最大の理由だよ」
いつの間にか少し距離をとった騎士、そして周囲で様子を伺っていた貴族たちが三人を取り囲んでいた。
さすがに男のやり方はまずいと思ったのだろう。
イザークを取り囲んでいた騎士たちですら、この件には関わらないよう距離をとっている。
同時に貴族たちがこのやりとりを見逃すまいとその隙間に入り込んでいた。
そして皆が彼らのやり取りに注目していた。
「君たち、本当にわかっていないようだね。彼は魔法で大地に雨を降らせることができちゃう偉大な魔術師だよ?」
「騎士に負けて引きこもりになったやつですがね」
あくまでイザークは弱く力がない。
彼はそう主張する。
けれどドレンはイザークには力以外のものがあるとあえて言う。
「そうだね。彼は君たちを守るために引きこもってくれていたんだけど、それも理解できないなんて、そんな君たちに未来を任せるなんて不安しかないなあ」
「力のないものが有事に国を守れるわけがないでしょう。結局我々に守られることになる。違いますか」
ドレンの言葉に男は反論した。
完全に都連の誘導に引っかかった形だ。
周囲の視線も面白いくらいにこちらに向いている。
これで充分だ。
そう判断したドレンは、ドレンは自分の言葉に皆が耳を傾けたタイミングで、周囲にいる人間に聞こえるよう声を張った。
「大地を潤す雨を降らせるその力を、手加減なしに火魔法にしたら、君たちだけじゃなくて、街全体が大火災になってしまう。彼はそれを心配して、本来の力を使うことができず、模擬戦で敗退した。ねぇ、ここにいる皆はさ、どう思う?民を気にかけ、自分が負けても国や民を優先した彼と、力を誇示して相手を潰し、同じ職場の仲間を貶めるしか能のない彼。国を任せるのにどちらが適任なのか」
そう事実を曲げることなく、大げさに聞こえるくらいドレンはイザークを持ち上げる。
その言葉を聞いた彼らはさすがに一緒ざわついた。
けれど演説の聴衆となった貴族たちは、周囲の反応を気にしながらも、彼とその隣にいるイザークから目を離すことができないまま、とりあえず次の言葉を待つのだった。