騎士団の下克上(9)
話し合いを終えしばらくして、ドレンからイザークの元に連絡が来た。
正しくは突然、ドレンが大物貴族の主催する夜会の招待状を送り付けてきたのだ。
ドレンの用意した舞台は、王族も参加予定の大規模な夜会だ。
イザークもここまでの夜会を用意されるとは思っていなかった。
この夜会には、もともと社交を欠かさない両親と姉が参加することは聞いていた。
引きこもりが長く、不参加を続けたイザークは招待されていなかったが、それを知ったドレンが別途招待状を準備したのだ。
「これならわざわざ噂として流さなくても、皆が君の力を知ることができるかなって思ってさ。それに、目撃者は多い方が信憑性も高まるし、広まるのも早いからね。こんなに適した夜会はなかなかないよ。まさか君が招待から外されてるとは想定していなかったけど」
突然のことに困惑したイザークがドレンに招待状の件を尋ねると、ドレンは笑ってこう答えた。
「そうそう。今回の招待状、私が手配したからさ、当日は最初から一緒に参加しよう。馬車もこちらで手配するよ。送り迎えって言っても最終的にはここに戻ってくるんだから、手間もかからないしね」
「いえ、私は家で準備をしようかと……」
寮を出るところから一緒にというのは、表向き一緒に出かけるくらい仲が良いと見せかけるものだが、その内はイザークを逃がさないために見張るためのものである。
今さら逃げるつもりはないので、それに乗るのも一つなのだが、それによってドレンに狩りを作るのは違う。
そしてもう一つ、今回に限っては別の理由があった。
「そんなの、うちに来て一緒にやっちゃえばいいよ。人も用意しておくしさ」
「それはさすがに申し訳ありませんので、家で準備して伺います。家にやる事も残しておりますので……」
家でやることがある。
イザークがそう言うとドレンはそれを察してうなずきながらも、拗ねたように口をとがらせた。
「そう?遠慮しなくてもいいんだけどな。まあ、君がそうしたいって言うなら仕方ないね。君の家族も参加するっぽいし、事前に話はしておきたいだろうから、私は家で君が来るのを待ってることにするよ」
「できるだけお待たせしないようにいたします」
イザークはそう言ってドレンに頭を下げたのだった。
当日、自分の家で支度を済ませ、その合間に両親と姉に事情を説明したイザークは、ドレンの邸宅に足を運んだ。
ドレンはイザークの乗った馬車が到着するなり外に出てきて、彼を出迎える。
準備はできているので、そこでドレンの用意した馬車に乗り換えて出発するだけだ。
「ようこそ!来てくれて嬉しいよ。慌ただしくて申し訳ないけど行こう。少し早いんだけどさ、長く会場にいた方が多くの人の目に触れることができるしね」
そうしてドレンはイザークを中に通す事もなく、自分の用意した馬車に乗るよう促した。
ここで逆らう理由はない。
家の前まで来ておいて、挨拶もしないのはどうかと思うが、それもドレンが話を通してあるはずだし、きっとこのやりとりを目につかない場所から見ているに違いない。
「わかりました」
イザークはそう言うと大人しく彼の指示に従うのだった。
「まさか本当に会場への移動から一緒にとは思いませんでした。思いつきではなかったのですね」
自分が到着してすぐに乗り換えができる湯馬車が用意されていた事もあり、ドレンが本気だったことを痛感したイザークはそう切り出した。
「別におかしくないでしょう?同じところから出発して目的地も同じ。相乗りしてるだけだし、君が家族と会場に入ったら、私との時間が少なくなるしさ。何より隙がなくて相手に絡んでもらえる可能性が下がるよね?できれば一発で決めたいんだよ。こういうの面倒だから早く終わらせたいんだよね。君は違うの?」
この夜会を手配するのは意外と大変だったんだと、ドレンは珍しくため息をついた。
できない訳ではないが、こういった根回し作業が必要だったり、政治的戦略を考えなければならないことをドレンはあまり好まないのだ。
「もちろん。早く終わるに越したことはないですよ。本当は目立つことなく穏便に終わってくれるのが理想でしたが」
「それ、もう無理でしょう?君もわかってるよね」
「わかっています。ですから気乗りしなくても、こうして参加しているのですよ」
馬車の中に二人しかいない事もあり、お互い思わず本音が出る。
けれど気乗りしないということに納得がいかないのか、ドレンは首を傾げた。
「気乗りしないの?明るい未来のためだよ?」
これが上手くいけばイザークの名誉も、魔術師の地位も回復する。
それに魔術師が騎士たちとの対等な関係を明言しても、陰口を言われる事がなくなるだろう。
「ですが、私が暴力を受ける前提でしょう。好んでそんな目には……」
いくら対抗手段があっても、克服したといっても、やはり暴力を受けたいとは思わない。
それに仮に今回、万が一にでもあの恐怖が蘇ってしまったらと思うと、正直前向きには考えられない。
それはドレンが味方になると明言してくれていたとしても同じだ。
ドレンもイザークの懸念を理解したのだろう。
暴力を受ける必要はないし、怪我をしないようにしてもいいと強調する。
「わかってるよ。被害は最小限に食い止めるし、全力で攻撃……じゃなくて、防御してもらっていいし、騒ぎを収めるのは任せてくれたらいい。一応、この間の水魔法を使える力は残しておいてほしいけど」
「あれを使うかもしれないということですね。わかりました」
本当は攻撃魔法が見たいらしいドレンから一瞬本音が聞こえたが、イザークはそこに触れないことにした。
今ならばだいぶ弱めた攻撃魔法を使うことができる。
だから防御魔法ではなく攻撃魔法でもいいのだが、それを口にすればそっちを見たいと言い出すのが明白だからだ。
「道化役はしっかりやるから任せてよ。正直、今から皆の反応が楽しみだな」
頭の中に思い描いているシナリオはさぞ面白いものなのだろう。
ドレンがそう言ってニヤッと笑うのを見て、イザークは思わず口角をひきつらせる。
「私は全容を聞いていませんが」
当事者なのにそのシナリオを説明されていない。
どうして欲しいかは聞いているので、そこから察することはできるが、それだけだ。
少しくらい説明があってしかるべきではないか。
「君は私に合わせてくれたら問題ないよ。もちろんわかるように誘導するし」
「やはり事前に教えてはもらえないわけですね」
ギリギリまで待っても説明がなかったこともあり、先ほども家で説明するのに苦労した。
今までの経緯からそうなるかもしれないが、何も説明を受けていないと言うと、最後父親が、全てを明かさないのも策の内だろう、自分たちはできるだけ邪魔にならないよう振る舞うことにすると言ってくれたので、そこに甘えることになってしまった。
こんなことでこの先、本当にドレンと双璧になどなれるのかとため息しか出ない。
「その方が君も楽しめると思うよ。それに、芝居する人間は少ない方がうまくいくし、知らない方が合わせやすいこともある。自分なりに段取りは決めてあるけど、相手の出方で手を変えるつもりだからさ」
「わかりました」
父親に言われた通り、これも策のひとつ。
それならば従うしかない。
少なくともこの場を用意したのはドレンなのだ。
それにここまできたらもうなるようにしかならない。
そんな話をしているうちに馬車はついに戦場となる夜会会場へと到着したのだった。