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騎士団の下克上(8)

ドレンが屋根の下から出て雨に当たること数分、水球の水が尽きて雨は止んだ。

それでも濡れた地面と自分を見て、ドレンは満足そうに笑っている。


「なかなか面白いけど、これ、もしかしてかなり広範囲で雨になってたりする?」


ずぶぬれのままドレンがイザークを振り返り尋ねた。


「正確な範囲はわかりませんが、寮の近くまで濡れるようです。上空の風の流れで範囲は変わるようですから、細かい範囲まではコントロールはできません」

「なるほどね。これ、いつでもできる?あと、水じゃなくて火とかでもできるの?」


夜空に煌々と炎の散りばめられる光景は想像しただけで心が躍る。

戦争を思い出す者がいるかもしれないが、そうだとすればその相手にはより強い恐怖を与えることができるだろう。

これでイザークの威厳が上がるのは間違いない。

その後戦争が起きるようなことがあれば、真っ先に矢面に立たされかねないけれど、そんなものは起きる前に阻止すれば済む話なので、後で考えればいい。

優先すべきは、イザークの威厳を取り戻すことだ。



ドレンはそう考えて口にしてみたが、イザークはため息交じりに言った。


「できますが、火の場合、広範囲に分裂して広がってしまうと、街中が原因不明の大火事なりますね」


試したことはないが、水よりも火の方がおそらく風にあおられれば広がる範囲は大きい。

それに水と同じように飛散するかどうかわからない。

もしかしたら球体のまま崩れる事もないかもしれない。

どちらにせよこの水魔法と同じことを火球に変えて街中でやれば大惨事だ。


「そうだよねぇ。でも小さいのじゃ意味ないんだよ。夜なら火の方が目立つかなって思ったんだけど……。何せ皆を恐怖に陥れなきゃならないからさ。そうしないと君がひ弱だって噂が払拭されない。君は長い間、夜会にも出なかったみたいだから、騎士たちがいいように君を貶めた話の方が真実味をもって見られてしまう」

「そうですね」 


もうすでに自分の悪評などどうでもよくなっているイザークは、動揺することもなくドレンに返事をする。

するとドレンは少し考えて他に使えそうなものがないのかとイザークに尋ねた。


「他にないの?もっと軽いのとか」

「ロイクールさんがものを動かすようなことをしていましたが、私は同じようにはできません。ものすごく魔力を使えばできますが……」


軽いのというのは、おそらく室内でできるような、周囲に害を及ぼさないようなもの、そう解釈したイザークが、ロイクールが魔法でものを動かしていたのを思い出して、そういうのもあると切り出すと、ドレンはものすごく魔力を使うという言葉から期待したのか、興味を抱いたらしく、詳細の説明を求めてきた。


「へぇ。どんなの?」

「例えば手で触れず、物を浮かせて移動させるとかですかね。これならぶつけたりしなければ誰も怪我はしませんが、強さを誇示できるようなものではないと思います」


確かに軽い。

そして失敗しなければ誰も怪我をしない。

提示した条件にはマッチングするが、インパクトが弱い。

ドレンはすぐに却下した。


「そうだなあ。別に君を曲芸師にしたいわけじゃないからなぁ……。まあいいや。とりあえず今度、こっちが誘った夜会に参加してよ」

「わかりました」


何の方針が決まらなくとも、一緒に夜会に参加することは決定事項らしい。

イザークは諦めてうなずいた。


「魔術師たちがやってた食堂での祝勝会を見た感じなら、無理に魔法という力を誇示しなくても問題ないし、それで騎士たちが何か仕掛けてきたら、防御魔法で吹き飛ばせばいいよ」


最悪魔法がなくても本人が堂々としてくれていれば自分の話術で何とかする。

その一方、舐めた真似をしてきた騎士たちには自分で対処してほしいとドレンは言う。


「夜会で他の招待客を吹き飛ばすなんて、主催にご迷惑では……」


もちろん、怪我をしたくないので防御魔法は纏って行くつもりだ。

念のためドレンにも迂闊に近付かないよう言わなければならないとイザークが考えていると、ドレンは真剣な顔をしているイザークを見て主催の事を本当に心配しているのだと勘違いして笑った。


「客に絡む客を止められないのは、主催が無能だからだと判断するけどね」

「確かに一理ありますが……」


我に返ったイザークがとっさにそう反応すると、ドレンは防御魔法で吹っ飛ばしてくれるんだねとニコニコ楽しそうだ。


「騒ぎは大きいほど広がりやすいし、君には悪いけど騎士に絡まれてもらって、皆の注意が向いたあたりで反撃してほしいかな。でも君が怪我したら意味ないから、そこはよしなにでいいんだよ」


騎士が絡んできて、それを撃退しても問題にならない環境が用意されているということらしい。

それどころか、すでに騎士が絡んでくるように仕組んでいるのではないかとすら思わせる。

もしそうでなくとも、ドレンはきっとそうなるよう騎士をけしかけたりするに違いない。

つまり絡まれることは確定なのだろう。


「つまり最初からそのような舞台が用意されているわけですね。承知しました」


まず夜会でドレンとイザークは行動を共にする。

そしてどのタイミングになるかは不明だが、イザークは参加した夜会で、騎士に何かしら因縁を付けられたり、場合によっては暴力をふるわれる。

その時イザークは、暴力をふるわれるタイミングで相手を防御魔法で吹き飛ばす。

夜会の主催にはドレンが最初から話を付けておくので、不届きものが吹き飛んでも構わない状況だから安心してやればいい。

説明はないが、今までの話の流れから察すると、そういう流れになるということだろう。



本当ならこのような形で目立つことはしたくないが、ドレンと内部の改革をすると決めたのだから、目立たないよう行動することは許されないし、侮られないようにすることで人がついてくるようにしなければならないのだから、気が進まなかろうが粗相をせざるを得ないのならやるしかないのだ。

ドレンは戻ってきてから何度も夜会に参加している様子だから、すでに自分の力を皆に示して認められているに違いない。

そもそも彼は一度権力闘争に負けて中央から離れただけで、元々能力が高く周囲からの評判も高い。

彼が一人で夜会に参加しても様子見をされるだけで侮られることがないのはそのためだろう。

マイナスの評価からスタートする自分が、彼の隣に並び立つことを許される立場になるには、ドレンの計画するような演出が必要かもしれない。

他に案もないし、時間もない。

何よりここまで来て逃げることは許されない。

イザークは二つの複雑な感情を押さえこみながら、ドレンの前で表情を繕うのだった。

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