婚約破棄を希望します(切実)
メルカシア王国第一王子、サイラス・メルカシア王子には子供の時からの婚約者がいる。
宰相の次女、アルティナ・テイラードである。アルティナは万能な宰相の娘らしく、幼い頃から物分かりが良く、何をやらせてもそつなくこなした。性格も穏やかで、周りの者への気遣いも出来ていて、王太子の婚約者として申し分ないレディだった。
超モブ顔と言う事を除いては。
宰相閣下のお顔はお世辞にもハンサムとは言えなかった。強いて説明するなら子供が一番最初に落書きするような( ・∇・)な顔。
ちなみに妻は宰相閣下の従姉妹なので( ・∇・)な顔にまつ毛を2本付け足したような顔だった。
そんな二人の娘…推して知るべし、である。
「…えっと、そろそろ婚約を破棄していただけないでしょうか…?」
「なんで?」
言いづらそうに言うのはアルティナ、答えるのはサイラス。もう、何度目になるかわからない会話だ。
婚約者同士のアルティナとサイラスは週に何度か一緒にお茶を飲む。それなりに話をして締めの会話にアルティナがこれを言うのだ。
「アルティナ、何度も何度も何度も言うけど、それは無理だよ」
銀糸のような髪に深い海のような青い瞳をまたたかせてサイラスは答えた。
キラキラ度120%、10万ルクスを軽く超える(かもしれない)煌めきだ。気をつけないとアルティナの点目は潰れてしまうかもしれない。
眩しそうに目を瞬くアルティナをよそに、サイラスは続ける。
「何度も何度も何度も言うけど、礼儀作法は完璧、勉強もよく出来て会話も楽しい。ダンスを踊っても妖精の様に踊るし、使用人への気遣いも出来る貴女を、なんで僕は婚約解消しなきゃならないの?」
「そ、それは…」
「あ、私か。私なんだね。そんな君には私はごくごく平々凡々のつまらない男に見えるんだね…」
私の顔が…と言う隙を与えず、キラキラしい顔に片手を当てて、さもショックと言わんばかりに嘆いてみせる。
何度も何度も何度も繰り返されたコントの様な会話にニューバージョン『ごくごく平々凡々』が追加された!
「とんでもないです!サイラス様はとても素敵です!お花や生き物の事もよくご存知ですし、お勉強のわからないところもサイラス様に教えていただけるとすぐに理解できますし。」
アルティナの少し怒ったように言う声も、鈴を転がしたような柔らかい心地の良い声だ。
なんで逃すような事をすると思うんだろう?この、最上級の癒しを逃してなるものか。
腹黒さを天使のような微笑みに隠してサイラスはアルティナの白い、細い両手を包み込んだ。
アルティナの頬がピンク色に染まる。
「私の…」
「かわいいアルティナ…」
アルティナの頬が、ますます赤くなる。
言わせない。地味顔の事は。そんなもの取るに足りないものなのだから。
「もしもお世継ぎが…」
「そんな事まで考えてくれていたんだね⁉︎あぁ、アルティナ。君に似た子が生まれたらさぞかし可愛らしい子になるだろう。私はきっと親バカになってしまうに違いない」
地味顔に生まれたら…と続けられない。
サイラスはアルティナの手に指を絡ませてウットリと言う。アルティナはもうトマトのように真っ赤になった。
「あぁ、アルティナ、名残惜しいけど今日はもう時間になってしまったね。ちゃんと貴女を返してあげないと宰相に睨まれたら大変だからね」
サイラスはアルティナの細い手に優しくキスをおとした。
◆◆◆
「お、お父様〜!」
王宮から帰った父親に泣きつくアルティナ。
「アルティナ、どうしたのだ?」
「アルティナ、はしたないですよ?」
モブ顔の両親が優しくアルティナに話しかける。
「お母様、申し分ございません。ですが、ですが…」
つぶらな瞳をウルッと潤ませる。
「サイラス様が婚約破棄をして下さいません〜」
「「あぁ〜」」
2人同時に声を出す。
そして、
「無理だろう」
「無理でしょうね〜」
顔を見合わせて答える父と母。
「あのキラキラしたお顔、眩しすぎて落ち着かないのです〜」
「アルティナ…世の中にはどうにもならない事もあるのだよ…」
遠い目をする父と母。その脳裏には若き日の国王の姿がチラリ…
「お父様〜、お母様〜(泣)」
◆◆◆
それから数年後、メルカシア王国第一王子、サイラス・メルカシアと宰相の娘、アルティナ・テイラードとの盛大な結婚式が行われ、母親に似たモブ顔と父親に似たキラキラ顔のたくさんの子供に囲まれて、概ね幸せに暮らしたそうな。