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うちのメイドは1歩前をゆく  作者: おしぼり
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「期待している」

『では本日、司会進行を務めさせて頂きます、放送部2年C組龍王寺ナナです。本日のメイドバトルですが、1年A組燐堂サツキ様よりの申し出で、燐堂家のメイド、アヤメさんと、1年B組鳳両真様のメイド、ヨシノさんの対決となります』


 ヨシノさんとアヤメさんが、1歩前へと進んだ。

 それに合わせて、ギャラリーから歓声が上がった。


『では、本日の審査員長でもあります、生徒会長梅ヶ咲八宵様に一言頂きましょう。会長、お願いします』

『期待している』

『ありがとうございます。ではですね、本日の対決の内容ですが、メイドと言えば紅茶でしょうということで、お茶汲み対決とさせて頂きます。お茶を淹れる技術を競うため、紅茶の茶葉はこちらで用意させて頂きました』

『私が普段、飲んでいる物にさせてもらった』

『会長、本日は茶葉の提供、ありがとうございます。では、こちらが用意しました紅茶を、アヤメさん、ヨシノさん両名に淹れて頂き、生徒会長の八宵様、副会長の不動愛様、また、会長の八宵様とも親交の厚い放課後紅茶倶楽部の部長、守山薫子さんのお三方による審査によって、決めさせて頂きます』


「俺、なんもしねぇのかよ」


 俺が小さく洩らすと、ヨシノは俺の方をチラっと見て、すぐに正面を向きなおした。

 そして、テーブルへと、ティーセットが運ばれてくる。


『ただいま、双方にティーセットを運んでくださっているのが、放課後紅茶倶楽部の部員の方々です。本日の対決の準備やサポートをしていただいております。放課後紅茶倶楽部のみなさん、ありがとうございます』


 ホントにありがとう。

 こんな、わけわからんモノに巻き込んで、ホントに申し訳ないと思う。


『双方とも、準備はよろしいですね? では、参りましょう。開始してください!』

 

 ナナさんの合図と共に、歓声がまた上がり、ヨシノさんとアヤメさんの調理がスタートした。

 まず、やかんに水を入れ、コンロにかけた。


「そっからかよ!」


 思わずつっこんでしまう。


「何をおっしゃっているの? 茶葉から美味しい紅茶を煎じるには、お湯の温度も重要ですのよ。そんなこともご存知ありませんの?」

『紅茶を淹れる際、お湯は、出来るだけ高温であることが望ましいそうですね、部長?』

『そうですね。どうしても、電気ポットのですと100℃は超えませんし、時間が経つと冷めてしまって、茶葉から上手く抽出出来ませんから。やはりやかんや鍋などで沸かしたお湯を使うのが望ましいですね』

「えっそうなの? すみません」


 俺は素直に謝ると、椅子に座って大人しくしておくことにした。


『動きがありましたね。ヨシノさんが、先に沸かしたお湯を茶葉の入っているティーポットに注ぎ始めましたね』

『うーん。ちょっと早い気がしますね』

『と言いますと?』

『先ほども申し上げましたように、紅茶を淹れる際のお湯の温度は100℃に近いことが望ましいと言われています。あれだと、まだ温度が上がりきっていない気がします』

『なるほど、アヤメさんの方は、さらにじっくり待ってから、沸いたお湯をティーポットへと注いでいます。そして、カップにもお湯を注いでいますね』

『ああやって、カップにお湯を注ぐことで、カップをあらかじめ温めているんですね。高温のお湯で、時間をかけて茶葉を蒸らすんですが、その間に温度が下がって、飲みやすくなるんです。ですが、カップ自体が冷たいと、紅茶がさらに冷めてしまって、美味しくなくなってしまうので、ああやって、カップも温めておくんですね』

『なるほど、素晴らしい気配りですね。おっと、ヨシノさんもうカップに紅茶を注ぎはじめました。かなり早い』

『早いですね。これだと、ちゃんと蒸らせていない気がしますが』


「フンッ、やはりあなたのところのメイドは、あまりわかっていないようね」


 燐堂さんが、チラリとこちらを見て、ほくそ笑む。

 俺は祈るように両手を握りしめ、ヨシノさんの背中を見つめる。

 ってか、何に祈っているんだ俺は。てか、紅茶の味がそこまで重要か?


 そこで、ナナさんの叫び声が響く。


『おーっと、ヨシノさん。カップに注いだ紅茶を出さず、そのまま固まっている。これはどうしたことか。そして、アヤメさんはカップに入っていたお湯を捨てると、紅茶を注ぎ始める。どうやら完成したようだ』


 アヤメさんは、紅茶の入ったカップを審査員席と、燐堂さんと俺の下へと持ってくる。

 まず、ソーサーを置き、そしてその上にカップを置く。

 一応、俺にも飲ませてくれるんだ。

 カップに口をつける。

 とても美味しく感じた。

 これは茶葉がすごいのか、淹れ方がすごいのか。たぶん、両方すごいんだろうな。


『いかがですか、守山部長』

『とても美味しいですね。蒸らす時間が少しでも違うと、味がまったく違ってくるのですが、完璧だと思います』


「そりゃそうよ。うちのアヤメは、あらゆる紅茶の茶葉を見極め、適切な湯量と抽出時間を把握しているの。さらにアヤメは、時計を見なくても秒単位で正確に時間を計ることができるのよ」


 燐堂さんが自慢げに言う。

 なにそのチート能力。もうメイド辞めて、別の仕事探せよと素直に思う。


『どうですか不動愛副会長』

『とっても美味しいですね。お店出せばいいんじゃないですか?』


 俺が思ったことと、おんなじこと言ってる。


『会長はいかがですか?』

『うん、美味しい』


 それだけかよ!

 心の中でつっこむ。

 だが問題は、ヨシノさんだ。

 まだ、動こうとしない。

 何を待っているだ?

 俺が心配していた時、ついに動き出す。

 

 再度、沸かしていたやかんを取ると、ティーポットへとまた注ぎ始める。


『しかもなんだあれは! ものすごく高い位置から、お湯を注いでいます! あれはいったい何なのでしょうか?』

『すみません。ちょっとわかりませんね』


「どっ、どうせ、もうアヤメに勝てないと悟って、パフォーマンスで、客を湧かそうとでもしているんでしょ?」


 燐堂さんのその言葉を聞いて、梅ヶ咲会長がクスクスと笑い出す。

 会長にもバカにされているのか。


『いえ、会長は、お湯を沸かすと客を湧かすが掛かっていることに、笑っているだけです。気にしないでください』

『という、不動副会長からの説明がありました』


 そっちかよ!

 ティーポットにお湯を注いだヨシノさんは、ここからじゃ、どんな表情なのか見ることは出来ないが、また微動だにせず、ティーポットを見ている。

 そして、カップに注がれていた紅茶を一旦捨てると、再度カップへと注ぎ直し、皆へと配り始めた。


「お待たせいたしましたリョウマ様」

「えっ、あっ、うん。お疲れさま。頂くよ」


 俺はそう言って、カップを手に持った瞬間、紅茶に包まれたような感覚に襲われる。

 これはいったい、、、

 急激に、包み込むように襲い来る紅茶に、体が萎縮し始める。

 これは恐怖だ。度を超えた安らぎは、時に人を不安へにする。

 そして、その不安から逃れるように、自然と口がカップへと向かう。

 カップが口へと触れ、手が後押しするように口の中へと紅茶を流し込む。

 流し込まれた紅茶は、喉を流れ、食道を通り、胃に入る。いや、胃ではない。実際には胃に入っているのだが、まるで心臓が紅茶で満たされたような感覚になる。

 そして、血液と共に紅茶が血管を流れ、身体中へと染み渡る。

 恐怖から萎縮していた身体が、強制的に開放され、内外から紅茶によって包まれていく。


「なんなんだこれは、、、」

「これはいったい、何なのですの?」


『こっ、これはすごいですね。同じ茶葉を使ったとは思えない出来栄えですね。いったいどういうことなのでしょう』

『守山部長でもわからないとは。これは直接ヨシノさんに聞いてみましょう。どういった淹れ方をされたのでしょうか?』


 司会のナナさんがヨシノさんにマイクを向けると、ヨシノさんは、いつもの無表情のまま語りだした。


『まず、カップを温めるのですが、紅茶を入れて温めます。そうすることで、カップに少しでも香り付けをしました。ただそうすると、紅茶の一番美味しいところを捨ててしまうことになるので、少し低い温度のお湯で淹れました。できれば、もう1セット紅茶の茶葉があれば良かったのですが、1杯分しか用意がありませんでしたので。そして再度、お湯を沸かし直し、淹れることにしたのですが、一旦沸騰してから再度沸騰させた場合、お湯の中の空気が抜けて、それで淹れてもあまり抽出することが出来ないのです。なので、高い位置からティーポットへと注ぐことで、お湯を空気に触れさせて、空気を含ませました。さらに高い位置から注ぐことで、茶葉に衝撃が与えられ、より茶葉が開くようになります。ただこれも空気に触れたせた瞬間にお湯の温度が下がってしまうため、出来るだけ沸騰させる時間を長くし、高温にしました。気をつけてた点はそのくらいです』

『なるほど、すべては計算しつくされた完璧な淹れ方だったということですね。どうですか守山部長?』

『大変、素晴らしいですね。恐れ入りました』

『不動副会長はいかがですか?』

『いやホント、お店出せばいいんじゃないかな』

『そうですね。ぜひ通いたいです。では会長。いかがですか?』


 梅ヶ咲会長は大きく頷く。


『言葉もないようです。では審査に参りましょう。お願いします』


 審査員席の3人は、鳳家と書かれた札を上げた。


『では本日の勝者は、鳳家のメイド、大山吉乃さんです!』


 そこで今日一番の歓声が上がる。


「オオヤマ、、、ひょっとして、あなた、異世界帰りの魔女と呼ばれた、あの伝説のメイド?」


 アヤメさんが驚きの声を上げる。


「確か、オヤマと呼ばれていた凄腕のメイドが存在するって」

「そう、呼ばれていたこともあったわね。海外では、オヤマの方が呼びやすかったみたい」

「こんなところで会えるなんて光栄だわ。しかも、対決までさせてもらえるなんて。握手、してもらってもいいかしら」

「ええ」

「ちょっと! アヤメ! 何、相手と馴れ合っているのよ! アナタは負けたのよ!」

「もっ、申し訳ございません」


 燐堂さんが声を荒らげ、すかさずアヤメさんが頭を下げる。

 だが、燐堂さんが怒って立ち上がった衝撃で、カップが倒れ燐堂さんに掛かる。


「キャッ!」


 似合わず可愛い声を上げて倒れる燐堂さんに俺は慌てて駆け寄ると、彼女を支えた。


「大丈夫ですか、燐堂さん?」

「えっ、ええ。大丈夫ですわ」

「紅茶、ちょっとかかっちゃったね」

 

 そう言って俺はハンカチで服を拭いた。


「そっ、そんな、結構ですわ。敗者に優しくしないで貰えませんか。惨めになります」

「そっか、ごめん。でも綺麗なドレスが汚れちゃったね」

「いいんです。こんな対決に負けた時に来ていた服なんて、縁起が悪くてもう着れませんから。汚れても問題ありません」

「そっか。似合っていたのに残念だね」

「にっ、似合っていましたか?」

「ええ、まぁ似合っていると思いますよ」

「そっ、そうですか。あっあの、そのハンカチ、お借りしてもよろしいですか?」

「え?」

「このハンカチも汚してしまいましたので、洗ってお返しします」

「そっ、そう? わかった」


 そう言って、俺は燐堂さんへとハンカチを渡した。

 そこへ、ヨシノさんとアヤメさんが駆け寄ってくる。

 俺は、燐堂さんをアヤメさんへと預けた。


「お疲れさま、ヨシノさん。ヨシノさんてすごい人だったんだね」

「そうでもないですよ」

「そうかなぁ。でも、紅茶、美味しかったよ」

「主人に美味しい紅茶を入れるのはメイドの務めですから」

「そっか」

「リョーマくーん。ヨシノさーん。おめでとー」


 そう叫びながら春日さんが駆け寄ってくる。


「ヨシノさん、すごかったね。私もまた、ヨシノさんの紅茶、飲みたくなっちゃった。あれっ? ヨシノさん、顔赤くない?」

「そんなことありませんよ。さぁ二人共、帰りましょう」


 そう言って、スタスタと会場を後にするヨシノさんを俺たちは追いかけた。


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