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小澤麻来のシュールな日常  作者: 大柳 律
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ブーメランは手元に戻る

水泳部に入部して約半月経った頃の話です。


アホな子、麻来を生暖かく見て下さい。



【登場人物紹介】


小澤麻来(おざわあさき):15歳の都立高校1年生。双子の姉。水泳部のマネージャーになったばかり。身長は140後半で、見た目は小学校高学年なショートヘアーのアニメ声。後先を全く考えない明るいアホ。特技は人の顔を覚えること。


◎最近の恐怖体験:朝、乗り換えで乗った電車が急行で、高校の最寄り駅を猛スピードで通り過ぎたこと。



*伊東さん:麻来の中学からの友人で、1番離れたクラス。おかっぱでやや吊り目の過激派。文芸部。




 ※これは、麻来が過去の自分の発言に苦しめられる、イソップ物語のような話です。



*****


5月中旬 (金) 放課後



 部活に行くべく廊下を歩いていると、向かいから1人の先生が歩いてきた。



 特に素行不良でも無いので、「さよならー」と軽く会釈をしながら、そのまま何事もなくすれ違う……はずだった。

相手が目の前で立ち止まり、うちの腕を両手で掴みながら気さくに笑顔で話し掛けてくるまでは……。



 「小澤さんじゃない!無事合格したのねーっ!私の名前は河野って言うのよ」

 「わわっ!覚えてて下さったんですか!?何とか一般で入りました」

 「どうなったか心配してたのよーっ!良かったわ~」

 「ありがとうございます」



 推薦入試でうちの面接を担当した50代の小柄な眼鏡の女の先生だった。

 緊張であがりまくって質疑応答がボロボロだったうちを、終始心配そうな顔で見つめてくれた先生だったので、個人的には強烈に記憶に残っていた。まさか河野先生も覚えていたなんて、嬉しいよりもホロ苦さが勝る。……『どなたか校内で記憶操作出来る方はいらっしゃいませんかーっ!この際、力業でも構いませんっ!』と、今すぐ叫び出したい程に。



 うちの胸中は決して穏やかではないものの、お互いに合格の報告&確認も済んだし、2度目の「さよなら」に移行すると思ったが、まだうちの右腕は拘束されたまま。利き腕を封じられたままだ。

 まだ何か用事があるんですか?と、自分より少しだけ高い位置にある先生の眼鏡の奥の瞳を首を傾げながら見つめると、直ぐに答えが返ってきた。



 「小澤さん、推薦入試の面接で生徒会に入りたいって言ってたわよね!私、生徒会の担当なのよ!2年生の生徒会役員に伝えとくからっ!」



 …げっ。



 「あ、あのっ…合唱コンクール実行委員会に入ったので、生徒会は別の意欲的な人達になって貰った方が良いかと……」



 ひぃぃぃぃーーーーーっ!


 面接で口走った、ヤル気に満ち溢れています宣言までバッチリ覚えられていた。しかも生徒会担当だったなんてっ…。

 動揺により目が思い切り開き、口元が勝手にヒクついちゃったけど、NOとちゃんと伝えられたと思う。小澤のことはどうか諦めて下さい。



 「合唱コン委員の仕事なんて来月で終わりじゃない!それに生徒会に入りたいって子、今年全然居ないみたいなのよ!だから小澤さん、やってくれるわよね?」


 「ええー…ちょっと……」



 おや?NOが伝わってないようだ。これは困った。


 『自』よりも『他』に激しく認められる音痴だから、せめて雑務でクラスに貢献しようと立候補して勝ち取った委員。確かに合唱コンの本番は来月だし、その後の定期会議はあって無いようなものって最初の集まりで聞いていた。


 だが、例えいくら暇になるからとは言え、生徒会の仕事までやるのはオーバーワークだと思う。暇をもて余した神ならぬ、生徒なんて沢山居るだろうし、水泳部もちゃんと頑張りたいから率直にぶっちゃければ『嫌』だ。

 何よりも全校生徒の前で選挙演説をしなければならないのが嫌だ。

 

 この童顔を早々に衆人に晒すのは……絶対に嫌だっ!



 しかし、ハッキリ告げて先生の心証を悪くしてしまうのは避けたい。『え?推薦で言っていた事は嘘だったの?』と非難されたくはない。

 よって、ここは柔らかく微笑みながら遠回しに断ろう。



 「来週の金曜日までが生徒会選挙の立候補期間ですよね?入ろうか迷っている人も絶対居ると思うんで、希望者が本当に居なかったら(仕方無く)やります」

 「そーお?ならもうちょっと待ってみようかしらね。引き止めちゃって悪かったわねー。じゃあまたね~」

 

 「はい。さようならー」



 や、やっと解放された……これでようやく部室に行ける。

 頭を左右に強めに一振りして疲弊した気持ちを吹き飛ばし、まだ全くと言って不慣れなマネージャー業を頑張るために改めて歩き出した。



 ※麻来は異常なまでの前向きさを持っています。



***


翌週

下旬 (水) 放課後



 今日は部活はお休み。

 もう花粉も落ち着いたから病院に行かなくて良いし、久しぶりにゆっくり出来るっ!


 折角だし伊東さんと帰ろうかな。まだ帰ってないよね?

 善は急げとメールをしようと、スカートのポケットからまだ真新しい赤い二つ折りのケータイを取りだそうとしたら、開いている引き戸を律儀に鳴らす音が聞こえてきた。



 コンコンッ!



 「すいませーん。ここに小澤さん居ませんか?」



 「お…お…小澤はわた、しです……」



 1度も会った覚えの無い、腰まで長さのある緩いウェーブの髪型の、見るからにハキハキした小麦色の先輩が何故だかうちを探していたようだ。

 学校で何も問題は起こしてないハズだけど、実は知らないところで何かしでかしていたのかもしれない。…この人の足を通りすがりに思い切り踏んづけたとか。


 目に見えない不安に、手を恐る恐る上げながら震える声で名乗り上げた。

 教室にまだ残っていた数人のクラスメイト達も『小澤はその小さいの』と、目線でうちを示している。えぇ、小澤はクラスでうちだけですから。もっと言えば学年でも小澤はうちしか居ませんから。オンリーワン小澤。



 して、何用か。



 ウェーブ先輩は好奇心を全く抑えられていないギラついた目でうちを見つめながら、「ちょっとだけ話してみたくて、今大丈夫?」と、言ってきた。


 「え?……はぁ…」


 促されて教室を出ると、廊下には3人が待ち構えていた。

 1人は入学式で見た男の先輩、もう1人は知らない男の先輩、そして残りの1人は良く見知った顔だった。



 「えぇっ…!伊東さん何でここに居るの!?」


 「さぁ、何でだろうね?」



 驚きを隠せないうちに、伊東さんは芝居がかった口調と猫のように細めた目でニヒルな笑みを返してきた。



 おっと…これは………悟りました。



 友が小澤を売った模様です。



エマージェンシー!エマージェンシィーーッ!




 廊下は最早うちの良く知る場所では無くなっていた。いっそのこと、一人で大人しくさっさと帰っていれば良かったかもしれない。


 この面子は巡り遇ってはいけない人達だったと、入学式の在校生代表挨拶で見た男の先輩、もとい生徒会長が視界に入った時に分かった。



 このままダッシュで逃げれば何も無かった事にならないかな…?でも鈍足だから即捕まるな……と、ジリジリと自分の教室の中へ戻ろうと後退りをしながら敵と距離を取る。



 「小澤さんへの用事は、生徒会メンバーの顔合わせでしたーっ♪河野先生と伊東さんに小澤さんの事聞いたの~。あ、私は次期副会長予定だよ!」



 ウェーブ先輩が胸の前で楽しそうに手を合わせながら、人間に怯える保護犬状態のうちに容赦なく現実を突き付けて来た。……ウェーブ、お前もか。



 「えっと……困ります!委員会も部活も頑張りたいですし、わたしの家、遠いので!」

 「お前の家、私の家より近いだろ。場所知ってんぞ」

 「くぅぅっ!」



 伊東さん、厄介だな…。突然の腹痛で退場してくれないかな…。なまじ知人がいると情報を握られているからやりづらいわ。

 なんで合格発表の時に『一緒に生徒会やろー♪』って浮かれて伊東さんに言ってしまったんだ自分…。伊東さん、ぽんぽん痛くなれ~痛くなれ~。



 そんな叶わぬ思いと同時に、全力で嫌な顔で断りつつ胸の前で両手を盾のようにして防御を試みても、手が小さ過ぎて何の意味もなさない事が分かった。自分弱過ぎ…。

 そして何より、新入生2人のやり取りを黙ってニヤニヤ見ている人間共と益々一緒に仕事をしたく無くなった。……碌な奴らじゃない。



 斯くなる上は、【必殺!小動物の涙~雨に濡れた捨て犬の瞳~】作戦で行こう。


 ……くっ!この手だけは出来れば使いたくなかったが、致し方無い。



 ☆説明しよう!

 

 この技は、つい先日の英語のグラマー(文法)の授業で偶然生まれたものである。


 団扇をハリセンの如く手のひらにバシバシ当てながら、問題を解く生徒の間をまわる威圧的オーラを放つ永野先生が麻来は初回の授業から苦手だった。

 英語は好きだし当てられても答えられそうだが、万が一間違えてしまったら、あの団扇でペシっと叩かれるのではないかと気が気ではない。←あくまで個人の妄想です。


 そこで、真横を永野先生が通るタイミングで180㎝程の高身長の先生を見上げ、『当てないで……』と低い位置から目で訴えた。

 対して視線を受けた先生は、うちの意図を見事にミスリードし、「小澤どうした?質問か?」と聞いてきた。小澤焦る焦る。

 

 「大丈夫です……何でもないです。(ただ当てられたくないです)」と、先生がこの場から立ち去るのを慌てて促した。


 But!永野先生は動かなかった。


 「HAHA~!雨に濡れた子犬のようにウルウルと泣きそうな顔で見つめて来たから何かと思ったぞ!小澤は雨に濡れた子犬のようだ!HAHAHA~!」


 あろうことか、先生は大音声でうちについてクラスの皆に話し出した。まだ出会って一月そこらで名前もそこまで把握していないのに…。

 しかもご丁寧に英語でも『小澤は雨の中の子犬のようだ』と言ってくれた。

 

 この出来事をきっかけに、英文の題材にされるよりも大人しく当てられた方が恥をかかずに済む事と、自分の切ない顔は結構有効だと学んだのである。



…………



 1回で最大の効果を出すために、教室の扉を背にして立ち、全員からうちの顔が良く見えるようにした。



 よしよし、皆こっちを見ている。



 いざ、技発動っ!



 心の中で『ふぇぇ……』と、か弱い声を出しながら眉毛をハの字に、唇はギザギザに引き結んで顎を引き、ブレザーの裾をキュッと握り締め、上目遣いにより酷使する目に水分を集める。

 『麻来は小動物、小犬……クゥ~ンクゥ~ン』と、『えぇっ!自分そんな人間じゃないじゃん!痛い奴じゃないよ!』と、拒否反応を示す本心に無理矢理暗示をかけながら、泣きそうな声で決め台詞を言う。



 「本当にイヤなんですっ……!」

 


 「うぅっ……!」

 「なんか虐めてるみたい…」

 「あ、罪悪感が……」



 よっしゃ、効果は抜群だ。

 ロリっ子でもぶりっ子でも無いから、自分の精神もゴリゴリに削られたけど、背に腹は変えれない。今後の穏やかな学生生活のためには必要な犠牲だった。まさに必殺。



 さ、このまま諦めて、他の有望な生徒をハントして下さー…


 


 ガシィッ!




 「いぃっ!」


 

 「お前生徒会やるって言ったよな?やるよな?やるって言え!」

 「ひぃっ!……うぅ…はぃ」



 人生で初めて胸ぐら掴まれながら凄まれたっ…!しかも女子に。

 伊東さんは小澤耐性があったし、最大の敗因は花粉の症状が終息したが故に、目に潤いが不足してしまっていた事だろう。後ろは扉だし。……グシャァって襟を持ち上げるからブレザーからネクタイが全部出てきちゃったよ。



 今ここで、高校での人生プランの破綻が決定した。



 大黒摩季の歌よろしく、地味に生きていきたいがために、この地味な高校の地味さ加減に惚れ込んで入学したのに。

 そりゃ、推薦入試・一般入試の合格発表の時は本当に『入学させてくれてありがとう!』の恩返しに生徒会に入ろうと思っていた。でも、人は変わるもの。自分今とっても忙しいんですわ。


 おまけに、生徒会は正義の組織じゃなかったようだし。小さい女子生徒が恐喝されているのに、「仲間ゲット~♪」って手を叩いて喜んでいるんだもの。



 「「「これから宜しく(ね)」」」

 「嫌ですーーーっ!」


 

 叫びながら教室に引っ込み、鞄を持って昇降口まで走った。うぃずあうとせいぐっばい。


 ※麻来は辛うじて敬語は忘れない人間です。



*****


6月上旬 (月) 全校集会



 「いっ……1年1組の小澤麻来です。……会計監査頑張ります。宜しくお願いします…」



 全校生徒にガチガチに緊張しきった泣きそうな童顔を晒し、信認投票を得て生徒会に入った。……入ってしまった。




同日 放課後 初顔合わせ@生徒会室



 これから何度も顔を合わせる、新生徒会のメンバーは2年生5人(男子3・女子2)、1年生5人(男子1・女子4)の10人になった。

 

 なんでも、2年生は全員1年生の時からやっているメンバー。

 対して1年生は、よくよく話を聞いてみると生徒会を自主的に立候補したのは、うちと伊東さんではない女子2人しか居なかった。地味高の地味な生徒の消極的さに脱帽。…もっと頑張れや。



 ちなみに、生徒会1年の黒一点の夏木君は同じクラスで、担任の下田先生に『お願いやつて~』と懇願されたらしい。可哀想。

 そんな押しに弱い夏木君、なんと小学校の時のスイミングスクールで一緒だったのです!なんなら入学式の時に既にうちは『あっ!』と気付いていたけど、夏木君は全く覚えていなかった。…同じコースで何度も泳いだのに。


 ※麻来はストーカーではありません。



 そして、生徒会積極的女子2人は実に個性的だった。


 

 1人は隣のクラスの、眼鏡のお団子ヘアーにしている島さん。女子高生特有のキャピキャピ感は皆無の、忽ち空気を和ませる雰囲気の持ち主。『ばぁちゃん』と皆からあだ名で呼ばれているのを廊下で聞いたことがある。はい、生徒会のマスコット決定。 

 もう1人はヤンキー上がりとでも言うべき、ウルフカットの麻乃ちゃん。目力半端無い!確実に住む世界が違う人間。友達になれなそうな気100%……生徒会を任侠組織にする気か?…ひぇ。



 兎に角、そんな3人に被害者のうちと加害者の伊東さんを足すとフルメンバーになる。



 メンバーに諸々大きな不安はあれ、嫌々脅されてなったとは言え、任期の1年間は頑張らないといけない。とてもしんどい。



 でもまぁ公開処刑の選挙も終わったし、姉御肌の伊東さんも一緒だし大丈夫かっ♪ユルくやろう。



 あと、これからは本当に口を慎もう。

 余計な事言わない。

 クールビューティになる。

 ふぉーえばーぐっばい、うっかりさんな麻来。




*****


後日談



 1番無理そうと思っていた麻乃ちゃんと同じ『麻』を持つ同士であることと、お互いにアンチぶりっ子であることが分かると直ぐに意気投合。一月と経たずに親友になった。

 


 しかし、夏休みに入る前に伊東さんが【うぃずあうとせいぐっばい中退】をし、《うっかりな性格》の方では無く、貴重な友人と生徒会メンバーをふぉーえばーに1人失うことを麻来はまだ知る由もない。



                      完


次の題材を何にするかはまだ未定です。

本編の『双子は神隠しから逃れたい!』を進めつつ、「あ、これ書いとこう」ってエピソードが浮かんだら、また書きたいと思います。



ちなみにこれが、弥生編①【食事で人間変わる】の日記の部分に出てくる、親友の麻乃ちゃんとの出会いの話です。

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