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小澤麻来のシュールな日常  作者: 大柳 律
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選択肢一択の青春 前編

麻来、高校1年生の春の話です。


【登場人物紹介】


小澤麻来(おざわあさき):15歳の都立高校1年生。双子の姉。身長は140後半で、見た目は小学校高学年なショートヘアーのアニメ声。10人中10人がドン引きするレベルのドジ。計画性皆無の明るい毒舌。一人称は「うち」。あだ名は「あー」。

◎最近1番驚いた事は、制服と一緒に採寸・注文したYシャツが立派な肩幅のせいで[Lサイズ]だったこと。



*小澤実々(みみ):15歳の都立高校1年生。麻来の双子の妹。見た目も声も麻来とほぼ同じ。麻来とは別の高校に入学し、早々と吹奏楽部への入部を決めた。トロンボーン志望。一人称は「私」。あだ名は「みー」。



*下田先生:麻来のクラスの担任。美術教師で独特なセンスの持ち主。ポニーテールの27歳茶髪女性。


*伊東さん:麻来の中学からの友人。おかっぱでやや吊り目のサバサバ女子。麻来と1番遠いクラス。


*相田さん:麻来の高校で1番最初に出来た友人兼癒し。吹奏楽部に入部予定。おっとりした肩甲骨程の長さのサラサラストレートヘアの眼鏡っ子。




 ※これは女の子の友達が沢山欲しい、フワッフワな意思の麻来が部活を決めるまでのユルユルな1週間の記録です。



*****


4月中旬 (金)放課後



 「だから『麻希』でも『麻貴』でもなくて、『麻来』なんですってばー!両親は子どもにプレッシャーがかかるような名付けをしてませんっ!希望を抱かないし、貴くもないんです!」



 不本意ながらすっかり通いなれた職員室の担任の机で、新入生の名がクラス毎に書かれたプリントの、自分の名前()()()ところを指差しながら訴える。



 「分かつた分かつたから~。ちゃんと次こそは完璧な訂正版を出して貰えるように言つておくから~」

 「絶対ですよ!」

 「はいはい~」



 強い口調で念をいくら押しても手応えを感じないのは相手の口調のせいだと思う。

 何故「っ」をしっかり「つ」として発音するのか…。そして何故語尾をユルく延ばすのか…。


 プライベートの時はどんな話し方でも、そりゃ自由でしょう。でも、この下田先生は入学式後のホームルームからずっとコレだった。もっと言えば、相手が学年主任だろうと誰だろうとコレなのだ。

 ある意味、芯がしっかり通った人間なのは間違いない。でも確固たる信頼は誰からも勝ち得ないと思う。


 そんな事を会話をしながら考え、もう言いたい事は言えたと判断し、(名簿はうちからの信用を勝ち取るチャンスですよ!)と強く目で訴えながら「さようなら」と職員室を辞した。




 まったく!人の名前を間違えるなんて大罪も良いところだよ…。絶対に生徒名簿を制作した先生(犯人)は、楽をしたいがために「まき」ってキーボードで打ち込んだに違いない。

 次の訂正版でまた名前が違っていたら、その先生に直訴しよう。「名前ってその人自身ですよね?何回も間違えられて、傷付かないと思いますか?身体は無傷でも心は痛い…ですよ?」って泣きそうな顔で大音量で言ってやろう。うちの声は良く通るぞ。




 そんなほの暗い未来計画を立てつつも、気持ちはもう翌週の放課後に向いていた。



 なぜなら……



 来週は待ちに待った仮入部期間からの金曜日は一斉部会だから!


 めっちゃ楽しみだー♪と、ウキウキで鞄を持ち、鼻歌を歌いながら帰路に就いた。



 ※麻来は異常なまでの前向きさを持っています。



***


4月下旬 (月)放課後



 はぁ……最悪だー。


 『流石に3回も入学者名簿は印刷出来ないつて~。小澤さんごめんね~』って終わりのホームルーム後に言われましても…。2回も過ちを犯したのはそちらさんの落ち度ですよね?それに、その言い方だと(あたか)もうちが改訂版の配布を請求したみたいですよね?

 言いたいことは山程あったけど、時間が惜しいので「はい、分かりました」と一言だけ無表情で告げつつ、(主犯の先生と下田先生、肘のファニーボーンを強かに打って悶えろ!)と呪って終えた。



 Because,これから茶道部に行くから!



 小学校のクラブ活動で茶道をやっていたし、何より素敵な大和撫子になるためには必須と言える。おしとやかでしっとりした大人の女性になるんだと、期待に胸を膨らませクラスメイト2人と茶室へと向かった。



 ※麻来は極めて思い込みが激しいです。



 結果、先輩方はとても大人しい人達だった。

 正直自分の(毒舌)がポロっと出てしまった時に、心から仲良くしてくれるかは五分五分といったところ。

 でも活動は毎週月曜日だけで、兼部OKと聞いたので入らないと言う選択肢は無い。何より仲良しのクラスメイトと同じ部活なんて、華やかなJKライフそのものではないか!


 ウハウハで入部することを決めて、1時間弱かかる家に帰った。




その夜


 「楽器のオーディションでホルンになったのー…」


 うちの向かいの席で夕飯のメカジキの照り焼きを食べながら、みーがショボくれた表情で報告して来た。

 なんでも、唇が薄いこと・小人ゆえにトロンボーンは1番遠い所まで腕がスムーズに伸ばせないこと・その他諸々が重なり、縁の下の力持ちポジションのホルンに選ばれたらしい。



 「へー。明日吹奏楽部の体験に行く予定だったからホルンにしよっかなー。入部して同じホルンになったらみーに教えて貰えるし!」

 「あー…。あーは楽譜も碌に読めないもんねー。コンクールとかで会えたらそれはそれで面白いかもねー」

 「『あれ?さっき別の高校の時もあの小さい子ホルン吹いてなかった?』みたいになったらウケるね」

 「そんないちいち1人1人の顔を把握しないでしょ…」

 「えーっ!つまんなーい」



 みーが吹部に入ることは入学式前から知っていたことだったので、仲良しのお姉ちゃんのうちも当然候補に入れていた。


 理由としては、みーと一緒なら音楽センス皆無のうちにとって神秘の領域にある音程&楽譜が分かるようになるかもしれないから。

 同時に、音楽に触れる事で人生がちょっと豊かになりそうだと考えているから。

 さらに言えば、ファーストフレンドの相田さんが吹部に入ると入学式の日に言っていたのがダメ押しになっているし、うちの高校の吹部は凄く弱い事で有名。



 つまり、簡単に言ってしまえば音感が無くともどうにかなりそうな環境が整っているからっ!



 茶道と吹奏楽を嗜むなんて、性格までえらいエレガントになっちゃうわ~と、ニマニマ笑って明日の到来を待った。


※麻来は尋常でない程の楽天家です。



***


(火) 放課後



 「あーちゃんを音楽室にご案内~♪」と、柔らかい笑顔と声の相田さんに連れられて音楽室に到着。



 未知の区である音楽室に流石に緊張して、どうしたもんかとソワソワしていたら合唱コンの委員で仲良くなった先輩を発見した。その先輩もうちからの熱視線に何かを感じ取ったのか、直ぐにこちらに気が付いてくれた。



 「相田ちゃんやっほー!小澤ちゃん!吹奏楽部にようこそっ!何か楽器やったことある?何かやりたい楽器ある?何でも言って!」



 期待値を遥かに超えるテンションで歓迎してくれた。

 どれくらいのウェルカムかと言うと、うちの手を握りながら体験に来た学生本人が名前を記入するノートに先輩が名前を書いてくれるくらい。この時点で茶道部よりは笑顔の回数が大幅に増えそうな予感アリ。


 前日にみーに楽器を聞いといて良かったと内心思いながら、未だにうちの右手と繋いだままの合唱コン実行委員長を務めるお姉さんに希望をおずおずと伝える。



 「あの…ホルンを吹いてみたいです。楽譜も何も分からないんですが良いですか?」

 「もちコースだよーっ!あたしは本当はパーカッションなんだけど、暇だから一緒にホルンやる教室行ってあげる♪」

 「お願いします」



 『もちコース』って『もちろん』と“Of course”の合体した言葉かっ!と理解するのに少し時間がかかった。

 そして好意に甘え、繋いだ手はそのままに相田さんと別れ、目的地に若干引き摺られながら移動した。

 

 

 目的の教室の中は、他クラスの新入生とホルンを本当に担当しているであろう先輩の2人きりで静かだった。

 そこに「たのもーーーっ!」と、明るい先輩がうちを思いきり引っ張りながら入ったがために、空気が凄いことになったのは不可抗力だと思う。



 でもただ明るいだけでなく仕事も出来る先輩だったので、うちの事も端的に紹介してくれ、自分が作り上げた澱んだ空気をアットホームなものに忽ち変えた。ちなみにもう1人の新入生の名前は吉田さんで、クール系の黒髪セミロング女子だった。

 しかもホルン先輩が言うには、試しに吹いてみましょうと丁度言ったタイミングでの登場だったらしく、明るい先輩様々だった。はいすぺっく。



 4人で小さな円になるように椅子に座り、入門編としてマウスピースだけを最初に渡された。



 「おー…結構これだけで重いんですね」

 「金属だからねー。唇の真ん中に軽く当てて、唇を振動させてみて。『ブー』ってなったらオッケーだよ」


 「はい……」



 生まれてこの方、金管楽器に全く触ったことが無いからマウスピースだけでも緊張する。リコーダーも上手く吹けた試しが無いし、大丈夫かな…。しかも唇を平時ですら一瞬しか震わせられないのに。

 不安と緊張で躊躇っていたら、隣の席から「ブーー」と早々に勝ち組の音が聞こえてきた。……早いよ吉田よ、経験者だったの?



 こうしちゃいられんと皆が見守る中、意を決して薄い唇に当て息を出す。



 「うっ、う゛ぅ~~~……」


 「「「………」」」



 「うわぁーっ!口で言っちゃった…」


 「お、惜しい惜しい!」



 唇がビリビリ震えはしたけど、夢見た音は愚か、自分の唸り声しか教室に響き渡らなかった。『ウ゛~』だとまるで威嚇じゃん…。別に世の中全てに牙を剥くつもりなんてないのに。

 やっぱり楽器のセンス無いのかなと、初っぱなからしょげていたら先輩ズが直ぐ様慰めてくれた。



 「最初は皆そんなもんだよ!もう1回やってみて」

 「うんうん!」


 「はい…」



 次のステップに以降するのを待たせてしまうので、「ごめんね」と吉田に声をかけると、「全然大丈夫」と最小限のリアクションで即座に返ってきた。吉田はサバサバ系とみたので、今後も仲良く出来そうだと一安心。



 呼吸と心を落ち着かせるために1つ大きく頷いてから、再びマウスピースに息を吹き込む。



 「うっ…ブッブーーー」


 「「「出来た出来たっ!」」」

 「良かったっ…」



 3人とも笑顔で拍手して健闘を称えてくれた。

 それに対してハニカミながら応えつつも、うち的には喜びよりも一安心の方が大きかった。この教室内の雰囲気を壊さずに済んだから。



 「じゃあ次はいよいよホルンを吹いてみよー!」



 ホルン先輩ではなく、明るい先輩が完全に主導権を握り進行を務め、緊張で顔が引き攣るうちにホルンの持ち方を指導しながら手渡してくれた。



 膝の上に本体が乗っている状態とはいえ、


 「重っ……」



 この重みを3年間抱え続けるのは、相当の覚悟と気合いが必要だなと真っ先に思った。文化部の体育会系恐るべし…。

 そんな後ろ向きな思考を吹き飛ばす楽しげな声が、先へとグイグイ促す。



 「じゃあ最初はレバーを押さえないで、さっきみたく吹いてみよー!」


 「「はい」」



 吉田に遅れを取るまいとホルンと口を同時に近付けていく。

 さっき危なっかしくも音が出たし大丈夫大丈夫っ…『う゛~~』ではなく『ブーーー』と奏でてみせるっ!



 いざっ!



 ガツッ!


 「う゛ぐっ!」



 「えぇっ!?」

 「大丈夫!?」

 「平気?」



 音は出た。

 ただ発信源は前歯からだった。


 前歯が他の歯に比べて1.5倍程大きく、身内からは[ビーバーの歯]、略して『ビッ()』と呼ばれる歯がマウスピースにぶつかって鳴った。


 何で唇をちゃんと閉じないでマウスピースを迎えに行ってしまったんだろう?

 恥ずかしさと痛みで顔は真っ赤に、目は勝手に流れ出る涙で溺れた。



 本当はこの珍事に腹を抱え、うちを指差し笑いたいであろう3人が、心底心配そうな表情と声で回復を待っていてくれているのがとてつもなく居たたまれない。泡になって消えたい。

 しかし自分は人魚姫では無く、地に足がついた人間なのでどんなに願っても消えられない。

 自分の足で消え去るしかない。



 まだびしょびしょの目を擦って立ち上がり、頭を下げて告げる。


 「あの……吹奏楽出来そうに無いのでやめておきます。体験させて下さってありがとうございました」 


 「うん…」

 「お大事にね…」

 「気を付けて帰ってね…」


 「はい、さよなら……」



 扉の前でもう一度深く頭を下げて退場した。




ガラララッ……ピタン[ドアの開閉の音]



 最後まで優しい人達だった。

 でも、『吹奏楽出来そうに無い』とうちが言った時に、3人から『だろうね…』と哀れみがこもった心の声が聞こえてきたのは決して気のせいでは無いと思う。



 『どうかこのアホな珍事は内密に、胸の内に秘めておいて下さい』と、切実に念を送りながらトボトボと帰った。




その夜


 「あーったら、口で『ヴ~』って言うなんて恥ずい事したの!?ダッサー!ププッ。しかも前歯にぶつけるって!ヒ~ッ!」



 みーにボタボタ涙を流されながら、絨毯をバンバン叩きつつ爆笑されるのを甘んじて受けた。いや、正確には『笑って良いよ』とは一言も言っていないので無許可で笑われた。……みーも前歯をぶつけてまえ!



 それにしても…部活どうしよう。

 週1の茶道部だけだと味気ないなぁ。

 仮入期間はあと2日しかないし、明日は大事な先約があるからなー…残るはやっぱりあの部活かなー?悩む…。



 と、笑い過ぎて息が出来なくなって震えながら別の涙を流しているみーを真正面から見下ろしながら考え、夜は過ぎていった。


             To be continued…


後編は翌日に投稿します。



※本編である『双子は神隠しから逃れたい!』のあだ名の【あーち】&【みーち】はこの数ヵ月後から言い合う設定です。

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