耳の穴ダンジョン
ある日、僕の耳の穴がダンジョンになった。
最初はビックリしたが、耳の穴ダンジョンは良い。
耳掃除をしても次から次へと耳垢が出てくる。
実は、動画サイトで耳掃除をする動画を見るのが趣味だったのだ。どんどんと出てくる自分の耳垢を見ていると気分がいい。
仕事が終わった後に自分の耳の穴から出た耳垢をツイッターでUPするのが日課になった。
ある日、耳の穴ダンジョンの話を聞きつけたイヤーエステの会社がコラボ動画を制作したいと依頼があった。
予約しても一ヶ月先まで待たされるような人気の会社だ。
僕は二つ返事でOKした。
当日指定されたお店に行った。
店はとあるマンションの6階で、12畳程度の部屋に施術用のベッドとイスと耳かきやイヤースコープなどが置かれた台、そしてモニターがあるだけだった。
「どうも、お越し頂きありがとうございます。私が担当させて頂きます、瀬田と申します」
瀬田さんは40代のふくよかな女性でにっこり笑うとエクボのできる方だった。
「こちらこそ宜しくお願いします。正直、もっと沢山施術台があるかと思ったんですが、一つだけなんですね」
「ええ、他の人がいるとリラックスできないというお客様もみえますから。それに、私が対応したいので」
どうやら瀬田さんも相当の耳掃除好きらしい。
二人で笑い合いながら動画撮影を始める事になった。
瀬田さんの耳掃除は天国かと思うぐらい気持ちよく、さらに耳の穴もよく鼓膜が見えるぐらいきれいにしてもらうことができた。
出てきた耳垢の量も大豆よりも大きいぐらい素晴らしいもので、動画としても見栄えが良かった。
「ここまで沢山取れるとは、驚きです」
「いやぁ、僕もここまで詰まっているとは思いませんでした」
二人、ホクホク顔で紅茶を飲んでまったりしていた。
その時、〈耳の穴ダンジョンのレベルが上昇しました〉というアナウンスが突如僕の頭に響いた。
キョロキョロとあたりを見回しても瀬田さん以外誰もいない。
瀬田さんも不思議そうにこちらを見るばかりだ。
「実は今、耳の穴ダンジョンのレベルが上がったという声が頭の中で聞こえたんです。もし良ければもう一度耳の穴を見てほしいんですけど」
「ええ、喜んで見させて頂きます」
瀬田さんは二つ返事で僕のお願いを聞いてくれた。そして先ほどまで座っていた台座にもう一度座って見てもらった。
「ああ、これは。さっきと同じ状況に戻っていますねえ」
瀬田さんはもう一度、僕の耳を掃除し始めた。
先ほどの掃除で僕の耳の特徴をつかんだのか、さっきよりも随分と速い。
右の耳が終わって左の耳が終わり、もう一度右の耳を覗き込んだ瀬田さんは小さく悲鳴を上げた。
耳垢がさっきの状況に戻っていたのだ。
そして僕の頭の中にも〈耳の穴ダンジョンのレベルが上昇しました〉というアナウンスが流れてきた。
結局、この日はこれで耳掃除は終わる事にして瀬田さんとは別れた。
耳の穴ダンジョンのレベルが上昇したことで、耳垢のリポップ速度が大幅に速くなってしまったらしい。
次の休みの日に一日中耳掃除をしていたら、耳垢が黄色い砂の山のように取れてしまった。
流石に不味いと思い、僕は耳鼻科に行くことにした。
耳鼻科の先生に診てもらうと、先生は相当驚いて、一生懸命耳垢を掻き出してくれたが、耳の穴ダンジョンのレベルを上昇させるだけの効果しかなかった。
先生は悔しそうな顔をしながら、医者で冒険者という、特異な肩書を持つ先生を紹介してくれた。
紹介された先生は小野さんといい、一見すると医者ではなく、ファンタジー小説のコスプレイヤーにしか見えなかった。
どうやら、腰にある魔剣でモンスターを倒すらしい。
僕の耳の穴ダンジョンにも潜るつもりで装備してきたらしいのだが、まさか本当に耳だとは思っていなかったらしい。
お茶を出されて小一時間ぐらい再度待たされて、白衣を纏った小田さんと検査をすることになった。
どうやらあの装備、脱ぎ着するのに時間がかかるらしい。
耳の穴と頭のMRIを撮ってもらい、僕の耳の穴ダンジョンの状況を説明して貰った。
「まず、耳の穴ダンジョンのレベルが4と大変高くなっております。次にレベルが上がると、スタンビートと言って、ダンジョンから魔物が溢れてくる恐れがあります。
次に、耳の穴ダンジョンの魔物ですが、あれは耳垢ではありません。大変珍しいですが、乾性スライムの一種でしょう。
スライムは知っていますか?
ええ、あのゲームとかによく出てくるやつです。それが乾いた状態で耳にへばりついているんですよ。安いですが、素材としても売れると思います」
今まで耳の垢だと思っていたのが、実は魔物だと知って、ちょっとびっくりした。さらに、これが売れるものだと知って驚いた。
「この耳の穴ダンジョンって、治るんでしょうか?」
僕の質問に小野先生は難しい顔をする。
「ダンジョンをなくすためにはダンジョンを攻略しなければなりません。攻略するということは、ダンジョンコアを破壊するということです。
どうやら、耳の穴ダンジョンのコアは右脳と左脳をつなぐ脳梁付近にあると思われます。ですので、ダンジョンを攻略するとなれば、脳を手術をしてコアを取り出し、破壊することになるでしょう」
「それって、安全にできる手術なんですか?」
「脳梁腫瘍の手術に関する学術研究ですと、80%の確率で成功するんですが、ダンジョンコアの摘出となるとわかりません。
最悪、ダンジョンコアに触れた時点で暴走する可能性もありますから」
「そうですか」
先生の話にダンジョンコアを治そうか悩む。
そして、考え事をしながらつい、耳をほじってしまった。
〈耳の穴ダンジョンのレベルが上昇しました〉
「あっ」
「どうしたんですか?」
「いえ、ダンジョンのレベルが上がってしまって……」
「何か変わりましたか?」
「そういえば、耳に水がたまったような気になりました」
僕は頭を傾けてその場で軽くけんけんすると、耳からさらさらと耳垢がこぼれ落ちてきた。
「これはもう、スタンビートが始まってしまったという事ですね」
小野先生が険しい顔をする。
もう、手術をするしかないのだろう。
さようなら、耳の穴ダンジョン!そう思った時だ。
小野先生は僕の耳からこぼれ落ちた耳垢を見て驚いている。
「これは、ダンジョンレベルが上がった事による影響で、乾性スライムの純度が魔鋼紛以上に高くなっている!」
小野先生の言っている意味が分からず、何を興奮しているのか理解できなかった。
何でも『魔』をつければいいと思っているのだろうか?
「つまり、これは高く売れるということです!」
はい、よくわかりました!
僕は小野先生と一緒になって喜んだ。
それから――。
僕は耳の穴ダンジョンから出る耳垢を売って生活している。
いまだに用途とか、よくわからないけれど、お金になるならそれでいい。
今の悩みは朝起きると、耳垢に埋もれて窒息しそうになる事だ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
今では耳掃除の動画は見なくなってしまっている。