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限界到達の敗北者  作者: ぶい
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限界到達の敗北者 上

 この俺が、負ける……?

 嫌だ!

 俺はぁ!

 空中を掻きながら生きようとするも、その力に抗うことはできない。

「クソがぁクソがぁクソがぁぁああ!」

 どうしてこうなった。

 俺は最後の最後で、遠くで決着を見守るその少年に、見えていない目を向ける。

 以前戦ったあの夜、俺はあいつのことを調べた。

 俺が操っていた死体、日溜(ひだまり)朝秘(あさひ)の息子、日溜優日(ゆうひ)だ。

 あいつも俺と同じ、いや、かつての俺と同じ階級“赤”だ。

 どれほどの努力をしたのだろう。

 どれほど辛い思いをしてきたのだろう。

 赤にしてあれほどの力を持つには、それ相応の理由がある。

 俺に似たあいつ。

 昔の俺を見ているようにすら思えてきて、しかしあいつと俺とは明確に違うところがある。

 時間遊戯(タイムチェンジャー)、日溜優日、どちらも俺の被害者で、どちらも俺の復讐の対象だ。

 俺は高位能力者を許さない。

 人間を許さない。

 俺は、お前らを……


 暑い。

 俺はパリの周囲に存在する、デファンス、その中にある公園の中を走る。

 俺の能力はいわゆる武神系能力。

 身体能力の向上や、体の硬質化などを行える近接戦特化型の能力だ。

 俺はそんな能力を活かすべく、走り込みや筋トレを欠かさない。

 ひどく疲れているが、これは何も今に始まったことではない。

 物心ついたころにはもう始めていた。

 今の俺の階級は赤。

 得た当初は青だったが、小学生の時に大敗を喫し、それ以来地獄のようなメニューで特訓している。

 俺がしているのは、何も特訓だけではない。

「よう!精が出るな!」

 俺に追いついてきたそいつは、俺に速度を合わせて走る。

「そっちこそ、随分と速いペースで走るんだな」

「いやぁ〜、俺は一応術式起動してるしなぁ〜」

 この男、俺の兄は、暑い夏の日差しの中、黒いコートに黒いブーツと、いかにもな格好で走り続ける。

 いつでもどこでもこれだ、目立つったらないよ。

「その服、暑いだろ」

「バカ言え!これは正装だ!暑いなんてそんなわけないだろ!」

「じゃあその額に滲む汗はなんだよ」

「こ、これはだなぁ……」

「正直に言っちゃえよ、兄さん」

「あははは……」

 俺たち兄弟はエクソシストだ。

 悪魔退治の専門家、狩人(ハンター)とはまた別の専門家だ。

 靴もコートも特別製で、故に目立つ。

 あー恥ずかしい。

「それにしても、お前はすごいよな」

「何が」

「ここまで努力を続けられるやつはいないぞ」

「そうかな?」

「そうだよ。自分に自信を持て。お前はすごい」

 俺は別にすごくなんてない。

 もうすぐ時期が来る。

 フランス大観覧祭。

 俺は今年も個人戦に出場する。

 大学2年の夏、20になった俺は、きっと今年も決勝まで進む。

 そして今年こそ、あいつを倒す!

 俺が努力しているように、あいつだって努力している。

 勝てるかどうかは分からない。

 だが、勝つ!

 積み上げた時間の分だけ、俺は強くなっているはずなんだ!


 研究に研究を重ね、鍛練に鍛練に重ね、そして迎えた決勝。

 また、ここまで来た。

『今年も同じ組み合わせだああああ!階級赤にして格上の強者どもを倒してきた天才、今年こそは倒せるかああああ!!!』

 緊張で震える。

 だが俺はここまで来た。

 何度だってここに来た。

 今年こそは、やれる。

 負けて、悔しくて、ずっと努力を重ねてきたんだ。

 やれる、絶対に、やってやる!


 負けた。

 去年よりもさらにこっ酷く、負けた。

 エクソシストの力を用いても、能力を全開にしても、勝てなかった。

「強いな」

「お前こそ強い。さすがは天才だ」

「……」

「だが、まだ努力が足りない」

 まだ足りないだと?

「みんなは俺たちを天才だと言うが、本当の天才はお前だけだと思う」

 こいつは何を言っている?

「俺は白で、さらに言えば16位だ。だから、勝てるのは別にすごいと騒ぎ立てるほどではない。だが、お前は赤。そのお前が白の俺と接戦を繰り広げる。その方がよっぽどすごいことだと俺は思う」

「バカな。お前が努力しているからこそ、俺に追いつかれずにいるんだ。俺はお前に勝てないのは、お前に追いつけるほどの努力をしていないんだ。きっとそうなんだ。お前がそれほど多くの努力を重ねてるってことだ」

 そう、俺は思いたい。

 これは俺の願望だ。

 本当は分かってるんだ。

 俺はどれだけ努力しても、こいつには追いつけないんだってことは。

 アラン、現16位にして、俺が倒すべき目標。

「ああ。たしかにそれはあるかもな。俺は努力を積み重ねてきた。ずっとずっと積み上げてきた。その集大成が、勝利という結果を残した」

 負けたくない。

 もっとだ、もっともっと努力して、そうすればあるいは……

「何せ俺は、毎日最低でも2時間、多くて6時間もの訓練を積んでるからな」

 俺はアランの顔を見上げる。

 開いた口が塞がらない。

 体が石になったかのように動かなくなる。

「驚いたか?俺はこんなにも努力を積み重ねているんだ。手を抜いて勝てる相手じゃねーぞ?」

 口が震えて上手く言葉を紡げない。

「来年、楽しみにしてるぞ。俺もさらに努力を重ねて待ってる」

 さらに、努力して、待ってる?

「俺は……」

 退場しようとするその背に、ようやく絞り出した言葉は、なんの意味もなく、自分の中で霧散する。

「どうした?」

「いや、なんでもない」

 勝てない。

 絶対に、勝てない。

 俺はその時、理解した。

 自分はこれ以上強くなれないことを。

 自分の限界を。


『まだ努力が足りない』

 その言葉が、頭から抜けることはない。

 ドス黒いものが湧き上がってくる。

 これは、悔しさとは違うもの。

 怒り、悲しみ、苦しみ、妬み、嫉み、そんな数多の、いわゆる負の感情と呼ばれるものが、どこからともなくこみ上げる。

「まだ、続けるのか?」

「兄さん……」

 俺の努力を知ってるからこそ、兄さんは諦めるように言う。

 諦めてしまえば楽になる。

 だが……

「もう、後戻りできないところまできてしまったんだ」

「お前……」

 俺にはこれまで、ずっと積み上げてきたものがある。

 努力し、そうして見えてきたものが例え、絶対に超えられない壁だとしても、俺はこれまでの俺を裏切れないし、費やしてきた時間も戻ってこない。

 俺には……これしかないんだ。

「あいつはお前のことなんかまるで分かっちゃいない」

 兄の優しい言葉。

 しかし俺は、その選択を簡単にはできない。

「ほら、お前も家業に戻れよ。そうすれば、そんな苦しい思いはしなくて済む」

 兄には諦めがあった。

 俺はきっとその道を選ばないと、そう分かっているような、諦めが。


 俺は結局諦められず、またこうして走っている。

 道行く人たちも、何度も決勝に進む俺の顔を覚えたらしい、走っていると声をかけられるようになった。

「次こそは優勝できるよ」「頑張って」

 そんな中身のない言葉を投げかけられて、なぜか怒りが湧き上がる。

 俺には追いつけないと分かっている。

 だからこそ、そんな無責任で自分勝手な声援が、俺の中でこだまする。

 何度も何度も繰り返し届いて、そのたびに力の差を再認識する。

 俺はもう、出口のない迷宮に迷い込んでいたのかもな。

 能力で勝てないのなら、エクソシストの力で勝つしかない。

 必死に研究して研究して、そうして、その日を迎える。

 大学3年の大観覧祭。

 俺は積み上げてきたものを全て出し尽くす。

 赤、自分と同じ階級のものは問題なく倒せた。

 しかし次戦、黒を相手にした戦い。

 俺は……負けた。

 これまでずっと勝ってきた相手に、負けた。

「よっしゃああああ!」

 そんな喜ぶ声が聞こえてきて、そいつが本気で喜んでいると分かる。

「なんだよ、やれんじゃねーかよ」

 自信がついてきたのか、その次に発せられた何気ない言葉が、俺に深く突き刺さる。

「なんだよなんだよ!勝てんじゃん!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 観客からの心ない言葉の追撃が、俺に突き刺さった杭を強く打つ。

 何度も、何度も何度も、激しく、乱雑に、叩いて、叩いて叩いて、叩き続ける。

 ああ、そうか。

 俺はこれまで、勝ってきたから、注目され、応援されたんだ。

 格上を倒していたから、価値を見出されていたんだ。

 負けてしまったら、俺は無価値だ。

 観客たちは俺を倒した選手にのみ、激励の声を送る。

 兄の言う通りに、あの時諦めておけば良かったんだ。

 これまでの自分とか、費やしてきた時間とか、そんなことを気にせずに、さっさと諦めておけばよかったんだ。

 俺は、努力する才能があっても、伸び代はなかったんだな。

 努力すれば努力した分だけ伸びる、それは努力して伸びる、才能のあるやつの綺麗事だったんだ。

 結果を残しているやつが言えば、説得力はある。

 例えそいつが、努力をほとんどしていなかったとしても。

 俺のように、努力をしても報われないやつは無数にいるだろう。

 それを、努力が足りないと一蹴する。

 綺麗事とは、そんな、悪意ある言葉なんだ。

 俺は暗い表情で会場を去る。

 そんな俺に気付いた人が、どれだけいたのだろうか?

 しかし出口ではマスコミが、敗北した俺を待ち受けていた。

「今回の敗因は何だったと思いますか?」「決勝常連だったあなたを打ち負かした彼に一言お願いします」

「残念でしたね。次回も参加するのでしょうか?するのでしたら次回への意気込みをお願いします!」

 負けた俺にインタビューとは、気の利かない。

 最早悔しさなんてない。

「黙れよ……」

 ボソリと呟く。

 報道陣が俺が何かを話したと感じ、マイクを向けてくる。

「黙れっつってんだよ!クソがぁ!」

 記者だっている。

 こんなことを言えば、俺はもう、おしまいだ。

 でも、仕方ないだろ。

 だって、俺は、こんなにも、無様なんだから。

 分不相応な目標だったんだ。

 たとえ階級が低くても、努力すれば階級を上げられる、どこまでも強くなれる、格上だって倒せる、なんてものは。

 赤に上がった時にここが限界なんだと、気付くべきだったんだ。

「お前……」

 アランも、そこにいた。

 また強くなっている。

 俺は努力を重ね、分かるようになってしまった。

 いまでははっきりと、分かるようになってしまった。

 こいつには、絶対に勝てない。

「ヤメろ!見るな!俺を、そんな目で見るなああああ!」

 俺はテレビの前で醜態を晒す。

 だがすでに、そんなことを気にする余裕はなかった。

「敗因だと⁈聞くまでもないだろ!俺が弱いからだよ!彼に一言だと⁈そんなモンねーよ!次も参加するかだと⁈次への意気込みだと⁈ざっけんじゃねぇ!くっだらねぇ質問ばっかしやがって!俺はなぁ…もう限界なんだよ!あんなクソみたいなやつに負けて、俺のことを微塵も分かっちゃいないクソみたいなやつらに負け続けて、出たいなんて思えるわけねぇだろ!意気込みだと⁈もし俺が出るというなら、お前ら全員地獄に落ちろ!だ!」

 はぁ……はぁ……

 息を切らせて質問に答える。

「お前!」

「うるせぇ!お前に、お前に俺のなにが分かる!」

「たかが一度、俺以外のやつに負けたってだけじゃないか!」

「だから分からないって言ってんだよ!」

 俺は重い足取りで去る。

 そんな俺に、もう声をかけるものはいなかった。


「クソがぁ!」

 自室の壁を殴りつける。

 笑われた。

 俺の努力を、あんな、これまで努力してこなかったようなやつに、笑われた。

 俺はこれまでの集大成で戦ってきた。

 それを、少し努力した程度で、覆された。

 ヤメろ!来るな!笑うな!やめてくれ……!

 様々な人の顔が浮かぶ。

 俺を倒した黒のあいつ、俺を応援していたのに、戦いが終わってみればエールを送る相手を替えている観客、マスコミ、アラン、そんな憎しみの詰まった顔がいくつも浮かぶ。

 許せない。

 俺がこんなにも苦労しているのに、それを才能で片付けていた彼らが、今では俺を笑っている。

 許せない。

 それがさも当然であるかのようにしてきたインタビュー、俺はただの道化だった。

 許せない。

 許せない許せない許せない!

 呪ってやる……

 こんな間違った世界、呪ってやる!

 俺を笑うあいつらを、呪ってやる!

 そして何より俺自身を、呪ってやる!

 ドス黒いものが体を満たしていく。

 それが今の俺には、他の何ものよりも心地よく、なぜだか心を満たしていく。

 俺はそれに身を任せる。

 ああ、なんて魅力的な力なんだ……


「お前、まだ走ってるんだな」

「ああ。俺はもうやめられないんだ」

 俺に並んで走る兄。

「そんな力を得てまで、戦おうとするのか」

「もう戻れないんだ」

 兄は俺を止めない。

 どれほど苦しい思いをしてきたのか、ずっと近くで見ていたから。

 そんな兄が俺を否定することは、ない。

「そうか。俺はエクソシストだ。だから……」

「分かってる。俺たちは敵同士。次会ったときは、戦わなければならない」

「すまない」

「どうして謝るんだ?」

「お前に俺を、殺させてしまう」

 兄は俺のことを理解している。

 だから殺せない。

 だからそんなことを言う。

 俺が望まない兄の死を、兄はすでに受け入れている。

「じゃあな!努力家な俺の弟よ!」

「ああ、さようなら、兄さん」

 涙が薄っすらと流れていく。

 そんな兄の背中は、少し小さく見えた。


 俺は術式を完成させる。

 俺はいつもと違う道を走る。

 間違いなく強くなった。

 これまでの俺とは違う力、もしかしたら、アランのやつにも勝てるかもしれない。

 俺はいつものように走り込みを行っている。

 その時向かい側から、黒いブーツ、黒いコートの、見覚えのある風貌の男が走ってくる。

 こんなにも早く巡ってきてしまうとは。

 そいつは少し離れたところで止まる。

 俺もそれに合わせて止まる。

「エクソシストだ。さあ、投降しろ」

「断る、と言ったら?」

 しばらく目を伏せて、やがて大きく見開いた。

「殺す」

 ああ、やっぱり、そうなるんだな。

 そうして始まった戦闘は、すぐに決着がついた。

「は、ははは……やっぱり、負けちまったか……」

「……兄さん」

「さあ、一思いにやってくれ。俺が糧になってやる。感謝しろよ?」

「俺に、兄さんを殺せと言うのか!」

「ああ。そう言うんだ。もう体が痛くて痛くて……頼むよ。俺を、楽にしてくれ」

 手が震える。

「お前は死霊使い(ネクロマンサー)だ。さあ、俺を使え」

 本当に、そんなことをしていいのか。

「ははは……お前らしいな。だが、受け取ってほしい。これがお前に与えられる、最初で最後のプレゼントなんだ」

 歯を強く噛み締めて、俺は兄の体に触れる。

「兄さん……」

「俺はさ、お前の努力を知っていて、無責任に応援することしかできなかった。だからさ、それがいつしか、お前にとっての重荷になっていたのかもしれない、なんて思ってた」

 それは兄さんが抱えていた苦しみ。

 兄さんは俺を思い、苦しんでいた。

「お前に嫉妬、していたのかも、しれないな。努力を続けるお前に、努力する理由を持つお前に。はは……ダメな兄だよな。こんなダメな兄だけど、せめて最期くらいは、お前の力になってやりたい」

 俺を追い詰め人間をやめさせた、そう思っていたんだ。

 兄は悔しそうに、しかし優しく、俺を見つめる。

「ごめんな。こんなことでしか、力になってやれなくて……」

 俺がいつも見てきていたのとは違う、今までで一番の笑顔を最後に、兄さんは表情を変えることはない。

 俺は兄の亡骸を抱える。

「兄さん、あんたは俺に、これが最初で最後の贈り物だと言ったけどさ、あんたはもうたくさんのものを、俺にくれていたんだぜ?なあ、兄さん」

 冷たい体。

 俺はその体を抱きかかえたまま、青空を見上げて痛みを叫んだ。

 雨も降っていないのに、俺の頰を水滴が伝う。

 使えるわけがない!

 ただ1人、俺を認めてくれた兄を、その亡骸を操れるわけがない!

 俺は泣き崩れ、涙が枯れてからも、叫び嘆き続けた。


 失ってしまった。

 俺の、全てを。

 俺はもう、どうしたらいいのか分からない。

 兄さん……

 俺は拳を固く握って、再び大会へ出場する。

 赤のやつはどうだっていい。

 俺は俺の格上連中を、地獄に叩き落としにきたんだ!

 黒、前年に俺を倒したそいつ。

「また来たのかよ。懲りないなぁ。また、負かしてやるよ。ちょっとやそっとの努力じゃあ、俺は倒せないぜ!」

 どれだけ努力しても倒せないだろ。

 そんなことも分からないのかって、分からないから言ってるんだよな。

 俺がどれほど努力していたのかなんて、兄さん以外は誰も知らないんだ。

「笑ってんじゃねぇよ。お前は地獄を見るんだからなぁ」

 戦い、素早く攻撃を仕掛けてくる敵だが、その攻撃を全て見切り、躱す。

 前回と変わらない。

 そして相手は、俺が前回から変わっていないとでも思ったようだ、早急に決着をつけようと、接近戦を挑んでくる。

 以前では勝てなかった。

 だが、今は違う。

 俺の拳が通らなかったそいつは、俺が振るった拳をあえて受けることで、俺には勝てないということを示そうとする。

 だが、俺は触れた際に瘴気を移した。

 相手は笑って拳を振りかぶるが、急に吐き気のようなものがしたのか、頰を膨らませ口を押さえて、よろよろと後退していく。

 瘴気に当てられた。

 そこへすかさず拳を入れる。

 倒れたそいつに馬乗りになって、何度も執拗に顔を殴る。

 殴る殴る、何度も殴る。

 出血し、歯が欠けて、それでも殴る手を止めない。

 そいつが降参を言おうとする度、殴って言葉を途中で止める。

 レフェリーが止めに入って、俺はようやく拳を止めた。

 そいつの顔は腫れ上がり、鼻から口から出血し、すぐに医者が駆けつけた。

 もう手遅れだというのに、バカな奴らだ。

 あまりにひどい戦い。

 今までの俺からは想像もつかないような試合展開に、会場が騒然としていた。


 次からの試合も全てが一方的だった。

 ひたすらに殴り続け、次々と敵を倒していった。

 そしてそれら全てに、術式を仕込んでいく。

 そうして俺は、決勝を迎える。


『さあさあやってまいりました決勝戦!去年早々に敗退してしまった彼が、極悪非道に勝利をもぎ取り、再び、この決勝の舞台に戻ってきました!さて、アランは倒せるのか⁉︎はたまた彼がついに栄光の勝利を掴み取るのか⁉︎決勝戦、開始イイイイィィィィ!!!』

 そんな解説によって始まった決勝戦。

「まさか、お前があんな勝ち方をしてくるなんて、思っても見なかったよ」

「……クソが」

 少し頑張ればほぼ確実に勝てる、そんなお前には俺がどんな思いで決勝に挑んでいたのか、分からないだろう。

 俺がどんな思いで、この大観覧祭に挑んでいたのか、分からないだろう。

 お前は自分が負けた時、自分の努力が足りないからだと思うだろう。

 だがな、それはまだ努力する余地がある者だからこそなんだ。

 俺はお前に、地獄を見せてやるために、ここにいる!

「さあ、始めようぜぇ?お前に地獄を見せてやるよぉ?」

「随分と自信があるようだな?だが、敗北を味わうのはお前だ!」

 キラキラと輝くアランのからだは、気付けば俺の背後にあった。

 側頭部狙いの蹴り。

 恐ろしく速い、恐ろしく高威力の、それを、躱そうとして間に合わず、瘴気で威力を抑えながらも、結局弾き飛ばされるハメに。

「痛ってぇ……」

「ほらほら、どうしたどうした」

 そんな挑発は、今の俺には一切の影響を与えない。

 何せ始めから、いや、始まる前から、俺は頭に血が上っていたんだからなああ!

 アランの能力は強力だ。

 祝福、多くのものがそいつの味方をする、そんな能力。

 地面が、空が、海が、体が、心が、そんな様々なものが礼讃する。

 キラキラ輝く今のアランは、風を操り、肉体を操る、自分の動きたいように動けるだけの機能を、本来備わっていない力を、今だけは得ている。

 だが、その能力は完璧ではない。

 だから付け入る隙はあったはずなんだ。

 今回の俺なら、付け入る隙だって自分で作れるはずなんだ。

 何度も攻撃を受けて、防戦一方になる。

 無理だ、勝てない。

 もう、形振り構ってはいられないな。

 俺は待機させていた彼らを、地面を割って出現させる。

 それにすぐに反応したアランは、俺から離れてそれらを警戒する。

「これは、いったい……」

「はは……あっはっはっはっは!」

 それは俺が今まで戦ってきた相手選手たち。

「地獄を見せてやるって、言ったよなぁ?」

 完全に悪役だな。

 だが俺は、もう後には戻れないんだ。

「なんなんだ、これは!お前の能力はこんな能力じゃなかったはずだ!」

「これは能力じゃない!これが、闇だ!」

 悪役になったのなら、それでいい。

 俺は悪役を貫いてやる!

 それが、兄を殺した俺の罰。

 兄を殺させた人間(おまえら)の罰だ!

「やれ」

 その一言で、彼らは一斉にアランへと牙を剥く。

 それらがアランへと襲いかかり、しかしアランはそれを躱していく。

 数で押しても届かないのなら、能力を使うまでだ。

 操っている彼らに、能力を使用させる。

「能力まで使えるのか⁉︎」

 それでも躱すアラン。

 その目が一瞬俺に合わせられる。

 当然、操っているやつを倒す、という考えに至る。

 俺の背後に回ったアランが、その長い足を振り回す。

 しかしそれを、俺の操る内の一体を盾にし防ぐ。

 鈍い音とともに吹き飛ぶそれ、そして俺は瘴気を纏い拳を振るう。

 一度は外すも、2度目は当てる。

 完成とは程遠いが、くらえ。

呪爆(じゅばく)

 分からないように日本語を用いて、その術式を起動する。

 仰け反ったアランは追撃の爆発で体を弾き飛ばされて、客席ギリギリで踏ん張って、突っ込むのを堪える。

 しかし続く傀儡による追撃、耐えられるか?

 服が焼けて、体からも出血が多く見られる、そんなアランは、俺の傀儡どもの攻撃を受け、しかし反撃をすることはない。

 なんとか包囲網を抜け出したアランは、すでに満身創痍だ。

「なんて、卑劣な戦い方なんだ……」

 それは褒め言葉なんだよなぁ?

 俺はお前を地獄に落とすと言ったんだぜぇ?

「こんな戦い方で、お前はいいのか!正々堂々戦わなくて、お前は満足できるのか!」

「どうだっていいんだよなぁ?勝てればそれでいい。お前はどうかは知らねぇけどなぁ?少なくとも俺は、そう思っているんだよなぁ?

「お前はバカだ!とんでもない大バカ野郎だ!」

「なんダァ?こうも追い詰められては、もう暴言を吐くことしかできねェか?」

 アランはさらに加速する。

 俺は周囲を傀儡で固める。

 しかし風が、傀儡の間に隙間を作り、アランの侵入を許してしまう。

 顎に一撃もらう。

 傀儡が反応する前に、俺を打ち上げ囲いから放り出し、そのまま空中で連撃を決められる。

 しまいには人間ダンク、とでもいうべき、殺意100%の攻撃を受ける。

 首の骨が折れる音。

 しかし瘴気を操る俺は、その程度では問題ない。

「まだだァ……まだ俺は、終わってねェぞおおおお!」

「どうして!どうしてお前は倒れないんだ!」

 首をへし折られて、普通の人間なら病院に直行するであろうダメージを受けて、あろうことか平然と戦いに戻ろうという。

 狂気。

「俺はァァ……ゴフッ…」

「もうやめろ!それ以上やれば死んでしまう!」

「死ぬ?誰が死ぬってえ!」

 ふらつく足で駆け出す俺。

 それに続く傀儡たち。

 俺めがけて放たれたアランの拳を、受け止め傀儡が攻めに出る。

 その傀儡を弾き飛ばし、同時に俺も弾き飛ばすアラン。

 この能力に瘴気は効かない、か。

 呪いをかけることはできない

 祝福、というだけのことはある。

「おいおい、いいのか?そいつらまだ生きてるんだぜぇ?手荒なマネすると死んじゃうかもなァ?」

 狂気がアランを苦しめる。

 何度も捨て身で突っ込んでくる傀儡に、彼らが傷つかないように衝撃を抑え、攻撃を受け流すアラン。

 数の差、さらには瘴気をもってしても、アランには届かないと悟る。

 それでも、もう諦められない。


 俺はひたすらに努力を続けてきた。

 小学生の時に俺は一度敗北し、それ以来ずっと修行を積んでいた。

 だが、そのせいで俺は、何度も苦しみ、その末に、こんなことになった。

 俺の兄は、こんなになってまで勝利を望む俺のために、俺に殺された。

 俺はすでに一線を越えている。

 越えちゃいけない一線を越えてしまっているんだ。

 傀儡を押しかける。

 これでダメなら、もう勝ち目はない。

「お前は俺が、止めてみせる!」

「主人公気取りのクソがぁ!」

 能力の一斉放火。

 それを躱したアランだが、それは想定通り。

 俺の瘴気による最高までの身体強化。

 これで、決める!

 交わる俺たち。

 そして全身から血を噴き出して、俺はその場に倒れる。

 勝てない。

 立ち上がろうとして腕を地面に立て力を入れる。

 腕からの激しい出血、痛みに喘ぎながらも立ち上がろうとする。

 あいつらを操る気力さえ残っていない。

 今立ち上がろうとしていのは意地だ。

 そんな俺の胸ぐらを掴み、強引に立ち上がらせるアラン。

 すでにぼろぼろの俺を殴り飛ばす。

 能力を使っていない、怒りの滲んだ拳。

「どうしてそんな力に頼ってんだよ!お前はそんなやつじゃなかったはずだ!」

 納得できないと叫ぶアラン。

 なぜそんなことをお前に言われなければならない。

「お前は強い!赤でも俺と拮抗した勝負がおくれるほどに、強い!なのに、それなのに……たった一度黒に負けただけでそんな力に頼って、恥ずかしくないのかよ!」

 アランの言葉は、そんな心の叫びは、しかし俺に響くことはない。

「お前は()()なのに、努力すれば()()()()()()()強くなれるのに、それなのになんでそんなモンに頼っちまったんだ!」

 そんな言葉が俺を苛立たせる。

 アランは俺がほとんど強くなっていないということに気付いていたんだ。

 だが、それは努力をしていないからだと思っていた。

 これだから結果を出したやつの言葉は空虚なんだ。

「天才?どこまでも?そう思うなら、教えてくれよ。小学生の時から、寝る時以外は特訓と研究を積み重ねた、1日に16時間もの鍛練をしていた、それを毎日繰り返していた、この俺に。どうすればより強くなれたのか。教えてくれよ!なあ!」

 それをアランは知らなかった。

 目を見開き驚いて、俺の言葉を疑ってさえいる。

「俺は必死だった!元々の階級は青。そこから赤まで、伸ばしたんだよ!黒だって白だって、能力の差を埋めようと必死こいて分析した。戦い方を、分析して、弱点を探して、だが、やつは言った!ほんのすこし頑張れば勝てたんだと!それがどれほど苦しかったか、お前に分かるか、クソがあ!」

 分かるわけがない。

 どれほど努力しても実らない者の気持ちなんて、分かるはずがない。

「天才?ふざけんな!俺の努力を、俺の集大成を、才能なんて言葉で片付けんじゃねえ!努力すれば強くなれる?それは強いやつの言い分だ!弱者を努力が足りないと、一蹴するための強者のなあ!」

 俺を見下すアランに、苦しみを苦しみのまま、子どもよように叫び散らかす。

「才能なんて言葉で片付けてんじゃねえぞ!クソがあ!どこまでも強くなれるなんて無責任なこと言ってんじゃねえぞ!クソがあ!自分が努力しているからと、勝ち誇ってんじゃねえぞ!クソがあ!俺がようやく手に入れた力を、そんな力なんて見下してんじゃねえぞ!クソがあ!努力が足りないなんて言って、俺を否定してんじゃねえぞ!クソがああああぁぁ……」

 俺の叫びはこだまして、会場全てに響き渡る。

 同情の視線。

 賛同の声。

 それも俺を苛立たせる。

 俺は味方がほしいわけじゃない。

 何も分かっちゃいない連中の同情なんて、賛同なんて、むしろ俺への侮辱でしかない。

「騒いでんじゃねえ!俺を天才だなんだと言っていたお前も同罪だあ!そんなお前らが同情なんてしやがって……そこまでして俺を陥れたいかあ!」

 叫ぶたびに痛んでいた体。

 咳き込み血を吐き出す。

 俺の体を案じて俺に声をかけようとするアラン。

 しかしアランが何かを言う前に、俺が口を開く。

「お、俺の兄は……死んだ」

 なんのことだか分からないだろう。

 だから続ける。

「兄はエクソシストだった。だから、俺がこんな力を手に入れた以上、戦わなくてはいけなかった」

 俺は言葉の(やいば)を、アランの喉元に突きつける。

「俺が兄を殺した。お前たちが俺をこんなにしたから、殺さなくてはいけなくなったんだ」

 冷たく、熱く、暗く、明るく、そんな混沌とした、狂気じみた言葉で、責める。

 俺はアランが伸ばしかけていた手を見せしめのように払いのけ、ポタポタと血を零しながら退場した。

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