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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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17話 眠れる獅子


 同時刻、自警団本拠地前、ロスト・ララとレオン班の面々(ただし、パン屋のボブの息子のマイクとジェドを除く)が集まっていた。

 近場の大階段では、猫獣人ニーニャと黒縁猫の大福が日向ぼっこをしている。

 ドワーフの商隊が荷物を纏めて旅立とうとしている姿も見受けられる。

 なんとも平和そうな日々の一幕がそこかしこ。


 「ロスト、ジェドのやつは何処にいるんだ?」


 「アッシュ先生のところで魔法の授業をしているみたいです。」


 「あいつが? ...そうか。」


 複雑な顔をしたレオンは皆に言い始めた。


 「今日の班活動について。」


 「トップドッグさんから依頼があった。なんでも、昔この辺りを治めていた貴族の邸宅には悪魔の召喚に関わる道具の一つが、触媒があるかもしれないから、もしもあればそれを回収して欲しいとのことだ。」


 「それと今回の班活動にはロスト・ララが参加する。」


 ララはお辞儀をしまして。


 「よろしくお願い致します!!」


 ハウゲラタン家の旧邸。と、これを囲む古びた石垣。パラ=ティクウ上層の中でも殊更上に位置する、かつて古代帝国の時代に権勢を奮った貴族の御殿。

 しかし、今や忘れられ。ここに魂は無い。

 ただ、それは全てが失われたということではない。

 この邸宅の裏庭には灯白樹が植えられており、今も昔も変わりなく、樹木から放たれる清涼な香りが遠く離れた門の傍にまで漂っていた。


 「貴族の邸宅って言っていたけど、今はお前ん(ティクウス)家の所有なんでしょ?」


 そこの門を少し過ぎ去った先にて。


 「そうだから、ガリ。物をひっくり返したら元に戻せよ。」


 「こっちの方には誰も住んでないんだ。」


 「曰く付きなんだよ。」


 「ふーん。」


 ひと時の静寂ののち。


 「......最近見た作品の主人公とヒロインの関係に萌えていたら、ヒロインが原作には居ない上に尚且つ星になった話を語ろうか?」


 「無理に語らなくていいから...。」


 ここでララは聞く。


 「すいません、あの、触媒ってどんな物でしょうか?」


 ナルドが答える。


 「聞いた所によると、召喚陣に使う触媒は悪魔が契約者に授けるもので、意思が込められている事が重要だから、外見だけでは分からないらしいよ。」


 「そういうものなんですか??」


 「又聞きの情報でごめんね。」


 「あっ、いえ、ありがとうございました。」


 ララがレオンの方を見てみると。


 「自分も詳しいことは知らないけど――――――。」


 「かなり()()()()()()()()って聞いたな。」


 「ただ、トップドッグさんが言うには、今日探して怪しいものが出てこなかったらもうそれでいいってさ。だから、ロストも皆も気楽にやればいい。」


 しばらくして、レオン班とララは邸宅の正面玄関に到着した。


 「この邸宅はやたら広いから持ち場を決めよう。自分は一階をやるから、ロストは二階、ガリは屋根裏、ナルドは庭の方を頼む。」


 「それっぽい物が見つかったら全部まとめて玄関に持ち寄ってくれ。」


 レオンは鍵を取り出して扉を開けた。


 「行動開始だ。」


 ということで、ロスト・ララは旧ハウゲラタン邸二階にやって来た。玄関の近くにある階段を上ったすぐそこ、降り積もる埃、通路の真っ只中に。

 古びた物件とはいえ、貴族の邸宅。それでも彼には十分な見応え。

 建物の骨組み、壁の凹凸、薄汚れたカーテン、ガラスの窓。

 ここからの町の光景は屋根の色に染まっており、隙間には石の道、外側である程に土であり、更に外では農場が点々としている。角度によっては自警団本拠地と大階段、修道院もそう、ドワーフ勢力のパハ、ナルドの師匠の工房が収まる。


 (...ふぬ。)


 (なにか、こう。)


 天井の一角に蜘蛛の巣が張ってあるのを見つけたが、蜘蛛が居ない。


 (随分と静かになっちゃった。)


 ひとまず始めに深呼吸。


 「触媒の捜索をしよう。」


 それから軽く近場の部屋を覗いてみるも、ものの見事にもぬけの殻。当時はあっただろう装飾が影も形も感じ取ることさえも出来ない程だ。

 どうにしても、埃臭さがただ香る。


 (ここにはない。)


 次の部屋では。


 (ここではない。)


 更に次の部屋でも。


 「ここでもないか...。」


 ロスト・ララは部屋から首を引っ込めて通路に立つ。


 (魔力視で見回っているけど何も引っ掛からない。)


 (そもそも、どの部屋も結構片付いている。んー、まぁ、悪魔の召喚に使うような触媒がこんな所にあったとは思わないけど。)


 (だとしたら、トップドッグさんは何処に心当たりがあったんだろう?)


 顎に手を当てて考える。


 (...元より望み薄の依頼みたいだから、どちらかと言うと、見つけることより見つからなかったことの方を期待しているのかな。)


 (たぶん、触媒のある可能性が高い場所は大人達が探していて、だけど人手が足りないから、その分が班の方に回ってきた。なのかもね。)


 「あっ、でも、この邸宅がレオンさんの家の所有って比重の方が大きいか。」


 一通り考えた後で、ララは二階最後の部屋に入ろうとした。


 「スパウティスッ!!」


 「!!?」


 刹那、僅かに開けた扉の隙間を通り抜け、片翼の無い鳥型の精霊とすれ違う。

 容姿については飾りのような彼らでも穏やかではない雰囲気だ。

 ララはこの非常事態を反射的に目で追いそうになるも、しかし、それ以上に扉の向こう側を見定めなければならなかった。目を見張れ。耳を澄ませ。

 扉の取っ手を今度こそしっかりと握りしめて。


 ――――――ガチャリ。


 真っ暗い部屋、そこには問いかける者が椅子に座っていた。


 「今まデ、忘れラレないようナ蝶を見たことはなイデスか。」


 「緑青(りく)出羽蝶アケノオオキミ。」


 「ソう、呼ばレている蝶ガイます。世界が求めていル。夢ヲ見ている。真実はひっくり返りませんが、終ワッてしまっタことの為に、未来ヲ捨テる人ガいる。過去が駄目なら、今も駄目、受ケ入れたとテ、末に狂い始めてしマウ。」


 「斯クも鮮ヤかさというのは恐ろシイものデスね...。」


 鋭い眼光が君を指す。


 「―――――――――彼女はどうでしたか?」


 ロスト・ララは喉に詰まった困惑を呑み込んで。


 「...コワルスキンさん?」


 彼の名を呼んだ。


 アーマレントで出会った神出鬼没の食屍鬼(グール)、不均衡な両目、コワルスキン。

 理由は不明だが、魔物なのに人の領域に何故かいる。

 理由は不明だが、魔石と交換で何かしら融通してくれる。

 理由は不明だが、それをララに頼んで特殊な鈴を渡している。

 背景は不明だが、彼にはご主人様がいるらしい。

 なにもかもが不明だが、しかし、怪物でないのなら、唯一分かるのは今ではないということだけだろう。ララはそう思う。そう思うことにした。


 「すみません、あの、一体、誰の...話でしょうか。」


 コワルスキンの大きな方の片目の瞳孔が次第に小さくなってくる。

 それと、口を金魚のようにパクパクさせてから。


 「あぁ、ワタシとしたコとが、貴方を困らせてしマッタようだ。」


 「......そういえば、コレを探していたのデショう?」


 彼は唐突に黒い物体を差し出してきた。


 「えっ、あっ!?」


 ロスト・ララはよく分からずに慌てて受け取った。

 通路からの光に照らしてよく確認してみる。全体的に黒くて白い斑点があり、硬くて四角、ゴツゴツした感触、触れた指の熱を奪う。

 ふぅむ、これは立方体の玄武岩のようだ。


 「もシかしたらと、思ッテいタのですガネ。」


 しかも、魔力視を試してみれば渦巻く流れがここにあり。


 「もしかして、これって触媒でしょうかっ!?」


 「もう居ないっ!!?」


 玄武岩から視線を外して見上げると、既にコワルスキンの姿が無かった。

 暗い部屋には出口が一つと椅子が一脚だけである。


 それからしばらく。


 「どうでしょう...?」


 あれから、ロスト・ララはレオン班と修道院に訪れていた。

 ここに来た目的は疑わしきを確かめる為だ。

 修道院の中、視線が集まる中、アッシュ先生は玄武岩を中指から親指までの三つの指で持ち上げて魔力操作の一つである接続操作を試みている。

 程なくして、彼の判断は下された。


 「ほーう、これは確かに触媒みたいだ。個体名が確認出来ないので中位以下の悪魔のようだが、なにせ太古の代物、それも昔の話だろう。」


 アッシュ先生は触媒を手にこう続けた。


 「触媒は召喚陣を扉や門に(なぞら)えて〝鍵〟とも呼ぶが。実態は契約書みたいなもので、事前に呼び出した悪魔との契約により成立し、以降は召喚陣に添えるだけで、契約を履行させることが出来る。つまり魂の繋がりにも酷似した特性であるのと同時に、とても高度な魔法である訳だ。大変興味深い...。」


 「これは修道院で厳重に保管しておく。」


 「トップドッグには私から話を通しておくので、そこは安心してくれ。」


 レオンが頷き、「はい」と答える。


 「あんなマニアックな解説をされても誰にも分からにゃいニャ。」


 ニーニャが野次を飛ばす。


 「いやはや、これもまた教養人の嗜みでしてね?」


 「...まぁ、それはともかく、後をお願いしましょうか。」


 そして、ここから始まるのは町の安全に関わる要件。


 「改めまして、食屍鬼(グール)退治へのご協力に感謝申し上げます。」


 ロスト・ララは頭を抱えた。やっぱり、駄目だったらしい。


 (報告するつもりは無かったけど、修道院にやって来た時にはもう何故か話が伝わっていて、なんか、予想以上の大事件になっちゃっていて。)


 (触媒を見つけた経緯は説明しやすかったけど...。)


 (小鬼(ゴブリン)はいいのに...。)


 それから猫獣人は眠たげな欠伸と共に、修道院の入り口付近の壁に寄り掛かった姿勢から、ララの横に立って中腰になり、彼の手の甲をスンスンと嗅ぐ。

 ネコ科の嗅覚はイヌ科に劣れど人より鋭い。

 されど、人には知性を蓄えて受け継ぐ文化がある。

 獣人の場合はその両方が当て嵌まる。彼らこそは人の身であって人には無い卓越した感覚を有する新人類、捉えられぬものなぞ無いに等しい。


 「ほんとうに、獣人の方が居てくれて助かった。」


 ロスト・ララは身動ぎした。証拠を逃さないようにと掴まれた手首からは獣人特有の柔らかさや力強さ、あと、毛皮が触れてこそばゆい。

 弓を扱っているだけあって手にはタコがあり、これが肉球っぽい。


 「あっ、あのー?」


 「動くにゃ、気が散る。」


 「でも...。」


 出来立てのパンの匂いがする。


 「にゃあに、そう心配せずとも、私とジョンが現場に行くんだし、自警団の本隊だって現場にいくんだ。最早、解決したと言ってもいいニャ。」


 ニーニャとトップドッグ、探知と武力、『作戦名:見つけ次第ブッ殺す(サーチ&デストロイ)』を並大抵の相手であれば実践遂行出来てしまう組み合わせ。

 ただし、相手は食屍鬼グールというよりあのコワルスキン。

 このすぐ後、これまでにないぐらいに完全武装した彼が修道院に訪れて、獲物の臭いを手に入れた彼女と共に外に出かけてしまった。


 (コワルスキンさん、どうかご無事で。)


 ララには黙って信じることしか出来なかった。


 君は生き延びることができるか?


 それから少し時間が経った頃。多少の静けさを取り戻した修道院で、アッシュ先生は取り残された皆に邸宅での出来事について事情聴取をしていた。

 ガリは、「誰も人なんか見ていない」と言った。

 レオンは、「あの人に言われた通り、地下には行きませんでした」と言った。

 ナルドは、「木と墓があった」と言った。


 そして、誰かが言った。


 「あれ、ジェドはどこ?」


 アッシュ先生や皆が反応する。


 「ん? なんだ、誰も私より先に会ってないのか。急いで戻ってきたつもりだが、諸事情で体力を消費している私を何度も戻っては追い越してたのにか?」


 「なにやってんだよ、アイツは...!!」


 「えらく元気だね。」


 その中で、ロスト・ララは嫌な予感がしてきた。


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