16話 ダークホース
これからどう生きようとも馬鹿な男が一人。
地に沈む太陽。
パラ=ティクウ近郊、ルナトリス山脈へと至る裾野で荒地の途中にて。
枯れた山肌で疎らに転がる巨石群。それらの中の傍らで、木の枝の枠、灰が撒かれ、その上に、鼠の死骸と共に手段となった刃が供えてある。
これは衝動任せに吐き出した唾のようなもの。当てるつもりもないのに石くれを握って天に託す、そういうこと。それだけに終わってくれるのならいいのだが。
この世界と地球の相違点を挙げるとするならば、『思えば、宿る』だ。
故に、地球よりも自由な世界。
だから、もっと碌でもない。
「アいや。」
目、鼻、耳、口、人の顔がくっ付いた喋る右手が灰の山を突き破った。
月の巡りは花に似て。
翌朝、トップドッグが修道院に訪れていた。
「例の召喚陣について聞きに来たのだが。」
「...その件については奥で話しましょうか。」
そして始まる修道院長と自警団隊長のお茶会。この町の朝は寒い上に昨日は雨が降ったので、場所は暖炉のある部屋にしましょうか。
まぁ、お茶とは言っても茶外茶になりますが。
さておき、アッシュ先生は机に淹れたてのハーブティーを置きまして。
「えー、早速になりますが――――――。」
「朝方、町から山脈までの道の外れに召喚陣がまた見つかりました。これまでに発見されたのと同じく悪魔を呼び出す為のものです。」
召喚陣とは、少なくとも現世と異界を繋ぐ玄関である。
「今回の召喚陣の詳細については、うちの修道士がまとめた物がこちらに。」
トップドッグは提出された調査報告書をペラペラさせながら読んだ。
(木の枝を門として、灰燼が扉、生贄に鼠、触媒不明、祈祷不明。儀式自体は失敗しているが、低位悪魔が門から勝手に出現していると――――――。)
(神の権威を借りようとした形跡はなく...。)
(祈祷や詠唱等に見られる残留思念も確認されなかった...。)
パラ=ティクウからそこまで離れていない場所で、悪魔の召喚が試みられている。召喚陣の質で言ってしまえば御座なりで、後始末の杜撰さや貧相な召喚道具からしても専門家のそれではなくて素人のお試しであることが窺える。
ただし、召喚陣は原理不明なまま扱われている技術であり、国際魔術連盟の優れた魔法使いにとっても難解であることは留意されたし。
疑うべきは、これを成しえた人物からだ。
「...それで低位悪魔の方はどうしたんだ?」
「悪魔なら自分が処理しときました。」
「いつも済まないな。となると、残る憂いは犯人だけか。」
因みに、召喚陣は現在どの国であっても死霊術や呪術のように罰則がある訳ではないが、いやはや、法整備が進んでいないだけであって、危険である。
「収拾不可能な過ちが起きる前に捕まえないとな。」
しばらくして、アッシュ先生は修道院敷地内のベンチで中弛み。
「召喚陣なんて試験以来だぞ。」
あの後も、この町に押し寄せる聖国からの農奴やそれによって圧迫される食料事情について話し合ったが、やはり、一番の関心は例の召喚陣にあった。
自分自身が少なからず事情に通じた魔法使いということもある。
凄まじい違和感を感じていた。召喚陣を隠そうとするのはバレたら不味いと認識していることになり、しかし、隠し場所が町からそう離れてもいない空き地で魔術的な隠蔽も無し、想定している割には考えが甘いように思えた。
あるいは、こうした行動範囲しか持ち得なかったのか。
この違和感を解消する真相となれば、一つだけ思い当たる節があった。
(犯人が子供。)
目を閉じて考える。
(だとすると、その子供に召喚陣を教えた大人がいるな。)
(召喚陣に使われた素材は木の枝と灰と鼠、これは召喚陣の最小最適。だが、今回二度目で前回からこれだ。いきなり素人が節約レシピを思い付くものか。)
(料理本を読んだだけでは料理人にはなれない。)
(そういった本を読んだだけじゃ道理に沿わんことだ。)
(だから、この手の事に詳しい協力者がいたとするのが自然。それで、その人物は恐らく、この町の人間ではなく、町に長居はしておらず、子供との接触も必要最低限、魔術師か死霊術師のどちらかで...。)
アッシュ先生は目を開けた。
「ま、前提からして確証がない。」
「自分にとっての最悪の想定をしているだけだな。」
ただ、否定できない推測は真実の親戚である。
「随分とまぁ...面倒なこったな。」
そこから何気なく周囲を見てみると、丁度目の前に二人組。
「やぁ、ロスト・ララくん。」
「こんにちは、アッシュ先生。この前はご教授ありがとうございました。」
「ああいった質問ならいつでもどうぞ。」
「はい。では、僕はこれで。」
それでロスト・ララは修道院に入っていったが、もう一人。
「...で、今日は何をするんだ?」
ジェドが怪訝そうな表情で立っていた。
「最終的には魔法だけでの攻防戦。」
パラ=ティクウから凡そ北に3km程度、レイトフリック高原の未だ最中、森が西で山脈が東の代り映えしない景色が続いている。
現在は春、繁殖期を迎えた動物が少々攻撃的。
時刻は昼、冬眠明けの寝惚けた熊が森の方に。
それと稀にある大きな足跡の水溜まり。単眼単角の巨人の縄張りがこの付近に存在し、地域を跨いで飛竜を狩る姿が度々目撃されているようだ。
「ここまで来れば人に迷惑はかからんだろう。」
町が見えても寂しくなる距離。
「では、早速授業にしようか。国際魔術連盟による正統で王道な魔術師の戦い方というものを私が実演し、君には現状の力量で挑んで貰う。」
「並行して対魔術師の講義も行うのでよろしく。」
アッシュ先生は活性操作を行った。
「あと、必要があれば随時補足も入れておく。」
次に構築操作を行って。
「魔法障壁。」
「攪乱濃霧。」
すると、瞬く間に幻想は叶えられた。彼を中心に青白く半透明で長方形の壁が三方を囲い、宙では小さな星々が結実し、滞留し、濃霧となり、領域になった。
実体化した魔力は太陽から光を受け取って鮮やかな色彩を返す。
耐熱、耐食、対魔法、汎用性、魔術師の頼れる要塞。
「魔術師との戦闘では、この魔法障壁と攪乱濃霧から構成された基本防御陣と呼ばれる〝型〟を崩すことから始まる。一般的な奴なら、まぁ、そうだ。」
「ジェド、試しに魔法で攻撃してみろ。」
ジェドはゆっくりとアッシュ先生に指を差す。
「軍神の矢。」
発声、指先から赤黒い矢が迸るも、打ち砕いたのは相手の手前。
花やら芝が生い茂る地面の土がひび割れていた。
「魔法が逸れた?」
「その通りだが...。」
アッシュ先生の方も意外そうな顔をしていたが押し込んで。
「まぁ、これは戦闘の知恵だがね。選択肢は多いに越したことは無いが、慣れない内は判断に迷う。使わない事を決めるのも重要になるぞ。」
「で、だ。」
「今度はこの基本防御陣の中を君の魔力視で見て欲しい。」
「何か見えるかね?」
魔力視とは、魔力を目で見る力のことで魔力を感知する能力の一種。
「あ゛ぁ?」
だが、ジェドはそうする前に言い放つ。
「いや、見える訳がねぇだろ。」
「ほほう、そうだ、これは魔力の塊だから奥まで見えんよ。」
アッシュ先生はこう続けた。
「では、質問を変えよう。ここには何があると思う? いや、もっと変えよう、この基本防御陣にまだ付け足せる要素とは何であるか?」
ジェドは考える。
「...攻撃か?」
アッシュ先生が手のひらを上にして両腕を広げた。
「御名答。」
「魔法陣だよ。」
「これで基本防御陣の全容が揃った。」
魔法障壁は、純粋に魔法に対して強い防御壁であり。
攪乱濃霧は、範囲内の魔法の威力減衰と魔力感知阻害効果あり。
魔法陣は、前者二つにはない攻撃的な性格を防御陣に付与する者なり。
故に、基本防御陣というのは、相手の魔法を攪乱断幕で減衰させて魔法障壁で受け止め、尚且つ、魔法陣の実在に関わらず「あるかもしれない」という心理的圧力で容易に踏み込ませないという構造です。ミシカルでロジカルです。
「だが、ここまでやっても崩す手段ならある。」
そう言って本を取り出す。
「先人の知恵から一部例を挙げてみよう。」
本のタイトルは『魔術戦』、国際魔術連盟発行。基本防御陣のことや、これを崩す手段に加えて、魔力の節約方法についても細やかに記載されている。
基本防御陣の攻略に関しては〝四つの圧倒〟があると。
「攻撃での圧倒。純粋に相手の防御能力を上回る形で攻撃するということであり、特に物理的な攻撃が有効であるとして、使役したゴーレムで踏み潰すという実際の戦争にも使われた戦術を紹介しているようだな。」
本を閉じて。
「無論、相手は案山子じゃない。こちらが攻略しようと四苦八苦している最中に魔法を飛ばしてくることもだろう。大変だな。」
アッシュ先生は前を向いた。
「質問はあるかね?」
「...ねぇな。」
ジェドは構えた。
「じゃあ、始めようか。」




