15話 誰かのいつか-2-
昔は、飛んでいく鳥を無性に地面に叩きつけたかった。
あますことなく雨を掴み取りたかった。
日の光が眩しすぎて外に出れなくなった日があった。
キノコとチ〇コを結びつける下ネタを浴び過ぎた所為でキノコが嫌い。
昔、母親が「正直者が馬鹿を見る」って教えてきた。
それで俺にどうしろと言うんだ。
家にいる居候は俺ら兄弟姉妹によくお菓子を振舞ってくれる。
害悪が俺を財布呼びした挙句に堂々と目の前で金を盗んでいった。
「これ以上食ったら吐く」って言ったのに、そりゃあ肉は好きだけど、かー様が無理やり寄こしてくるから、後になって、かー様のベッドの上で吐いた。
ワザとじゃないのでどうでもいいけど。
まだ、家から修道院に通うまでの視線が怖かった。
知性の限界を迎えている奴が修道院にずっといた。
大人達は仕方ないみたいな対応ばかりで何かが可笑しかった。
本当に同じ人間なのか。俺はそいつに嫌がらせを繰り返してみたものの、反応するどころか理解すら出来ていなくて、不気味で気色悪かった。
そのことを修道女に馬鹿正直に伝えたら注意された。
どっちにしろ、普通の人と同じ扱いをされてはいないだろうに。
ある日、そいつが俺に怒る夢を見た。
綺麗にまとまるような心境じゃなかった。
...いろいろと考えて、諦めた。
人と人が分かり合うことは無いと思う。
ギャンブル好きな親父にしばらく酒場の前で放置された。
家に猟犬のリロがやってきた。滅茶苦茶追いかけられて苦手になった。
誕生日はケーキを食べてもいい日である。
この日、ようやく俺は修道院から解放されることになりました。
耐えるだけの何も手に入らない二年間だった。借金で頭が可笑しくなっていたのか、かー様はそんな俺に「でも楽しかったでしょ」とか戯言を吐いてきたけど。
しかし、自由になった事で今度は焦りを感じ始めていた。
家の外が知らない世界になっていた。皆が変わってしまった。それまで特権的に悪感情を揮ってきた自分以上の人達が現れて、皆が損得で物を考えるようになっていて、得にならないことをする者を一切合切小馬鹿にしている。
俺は周囲の目がある場所で衝動的にやらかした。
理由は覚えてはいないが、相当苛立っていたのは確かだ。
俺は自分よりも小さな男を力任せにぶん投げた。投げている途中で我に返り、地面に衝突しないよう襟を掴む力を強めて、ゆっくりと下ろした。
手を放すまでの僅かにはタダでも味わいたくない絶妙な間があって。
俺は自己嫌悪に苛まれたが、これを称賛する奴もいて。
翌日、どんな顔して会えばいいのかと心配しながら外出してみたら、そいつは何処にもいなくて、事情を知っている奴から教えてもらった。
そいつは引きこもりになったってさ。
心が弱過ぎると思う。
卑怯ですらある。
...だったら、俺はどうなるって言うんだよ。
最近、かー様が「施設に入れようか」と脅迫するようになってきた。
俺を黙らせる為だけの脅し文句であるのはそう。しかし、そうだと分かっていても実際に出来る上にやりかねないネジの緩さがあった。
その内、母親は俺との会話で面倒になった時も使うようになった。
にしても、施設って何処の施設だよ。
生まれて初めて双子に遭遇。そっくりそのままの容姿で世界に感動した。
女子にちょっかいを出していたら頬を引っ掻かれて血が出た。
修道院送りにされる前の心の友を思い返していた。
尖がり頭の我が友、オルシナス・ショアルート。株価が上がっている時と下がっている時のどちらで買うべきかっていう話になったとき、こいつと俺は下がっている時と答えが一致した。だから、先見の明があって頭が良い。いや、頭の良い要素を醸して。あぁ、説明下手クソかよ。とにかく、そう、賢かったんだよ。
俺のボケに対してツッコミを入れられる当時にしては破格の存在。
駅の職員になるのが夢だと言っていた。帝国の駅馬車の運行に携わる仕事ということだから、つまり国家公務員で、大学に行かないと厳しいとも聞いた。
けど、余程の不幸でもない限り大丈夫なんだろうな...。
別に正しくなる為に産まれてきた覚えなんて無いけど、正論で動けなきゃどうすんだって気持ちはそれなりにあった。
過去を振り返って辛い記憶しかなかったら物凄く嫌だな。
近頃、血の繋がった衆悪が覚えてきた武術を俺に試してくる。指の関節を悪戯に苦しめてくる程度は以前からやってきたが、今や本格的な関節技と締め技だ。
俺が逃げても衆悪は追いかけてくるし、鍵のある部屋に逃げ込んだとしても、その部屋の扉を破壊して侵入してくる。それで5枚以上壊したか。狂っていた。
抵抗しようにも、逆上する可能性があるからマジでもう面倒だった。
ただ、俺は被害者で居続けたくはなかった。追いかけてきた所を家の曲がり角で待ち伏せて、息を潜ませて、からの喉輪でよく怯ませていた。
バカの所為で物が散らかったのなら俺が片付けていた。俺だけが。俺だけがだ。
すると、生意気な妹が「構わなきゃいい」とか言ってきた。
あることについて知見はないのに意見をしてくる人生素人の正しくない判断とは思いつつも、ほら見ろと言う為だけに、無視をしてみることにした。
最初に、我が家の妖怪は俺の数少ない玩具を盗んで気を引こうとしてきた。
俺は金どころか尊厳も奪われた家庭内貧民なのでそれぐらいしか出来ない筈と思っていたら、妖怪は厨房から包丁を持ち出して迫ってきた。もしもの想定が脳裏に浮かんだ。裸足になってでも俺は急いで家の外の方に隠れた。刃を握っている以上は高い確率だ。万が一だってあってはならない。
このことを母親に直訴したら、「その内、消えるから我慢して」で終わった。
騙し騙しに生きているけど何かの拍子で狂いそう。
ババァが俺の玩具を隠して、で、そのまま隠し場所を忘れた。最悪過ぎる。
よく考えたらイジメでされるような事を全部家族にされている。
暴力、盗難、紛失、破壊、誹謗中傷、冗談じゃあない。
これが家族のやることか。その上、ゴミクソの事を周囲の大人に漏らしても、情報漏洩に気付いた母親がよくある兄弟喧嘩であると訂正しに行くし。
俺の人生が他人に嘘扱いされるのは何だか少しだけ安心する。
なんとか趣味を持とうとして集めた貝殻を父親に俺の手で捨てさせられた。
俺はキレて、一枚だけは父親の部屋に隠し通しはしたが。
現在、14歳。同年代の中にいると俺だけ何だかみすぼらしい。
しかし、金が無いと周囲に合わせる所か何も出来ない訳で。
何も出来ないのなら偶然趣味が合うこともありゃしないので。
かー様に一念発起のお小遣いの交渉に挑むも、「本当にお金が必要あるの?」「どうして?」「施設に入ろうか?」の連発で会話にもならなかった。
ぼろ切れに落書きを描いていたらばー様が絵で稼げってうるさい。
あくる日、両親とばー様が居間でまた借金の話をしていた。
家のごみ捨てを手伝った。
姉と妹にお菓子を根こそぎ奪われた。
かー様が「下層にはもっと不幸な人達がいるから」と言ってきた。
自殺の話を聞くと、自殺者による俺への嫌がらせのように感じていた。
卑怯好色大阿呆は進化を遂げたらしく、大事な物を壊されたくなければ命令に従えと、交渉なんかではなく脅迫してくるようになってきた。
もちろんのこと、俺は従うつもりは無かったので躊躇なく破壊された。
大阿呆の駄々が長引いた場合は、かー様や姉や妹も混ざって「うるさいから早くしな」とこちらの降伏を促してくることもあった。
あれには俺の玩具を壊れる寸前にまでして俺に壊させた前科がある。
かー様にいつ消えるかと聞いたら「あと一年だけ我慢して」と言われた。
熱々のシチューを事故で背中に浴びせられ、原因の人に何度も謝られた。
また両親とばーちゃんが居間で借金の話をしていた。
そもそも何の借金なのか聞いてみたが、はぐらかされているのか、ちゃんと説明する気力がないのか、満足な回答は返って来なかった。
道の真ん中に潰れた猫がいた。
最近、言葉が聞こえても意味を処理するのが難しくなってきたことを自覚した。
その所為で自分でもよく分からない失敗が増えている。
生まれて初めて飲む酒はワインがいいな。
砂漠の都市にロマンを感じる今日この頃。
手の親指の爪の内側に出来た血腫が前進する様子を日々観察していた。
意識が朦朧している最中に話しかけてきた妹を殴りかけた。
かー様にいつ消えるかと聞いたら「しつこい」と言われた。
誕生日のプレゼントは現金だけを貰っていた。あとで全額回収された。
...。
......。
ある日、家に帰ったら犬のリロが檻から姿を消していた。
かー様に聞いてみたら面倒臭そうに「死んだ」と言ってきた。
犬の寿命にしては早かったと思う。飼い始めた最初は檻の中を右往左往していて、他の飼い犬から生を全うして、そしたら誰も散歩に行かなくて、ご飯をあげるだけで、次第に大人しくなって、俺を襲ってこなくなって、暇な時は俺は撫でまくって、で、で、で、で、気が付いたら全部終わっていた。
なんで、命ってこんなに簡単に終わるんだ。
俺の家には俺が物心が付く前から大小様々な骨壺がある。




