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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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14話 天彩ナルド


 その日は雨が降っていた。


 「勢いは弱いけど! 泥がっ! 跳ねる!」


 「遅いわ、雑魚がッ!!」


 ララとジェドが雨に打たれながら走っていた。


 「二人共ー、こっちだぞー。」


 そして辿り着く、ここはナルドの師匠である万能人ヴェロッキオの工房。


 「お邪魔しまーす。」


 「作業部屋と二階以外は楽にしていいからね。」


 「はい、分かりました。」


 ロスト・ララが工房に上がると、レオン班の面々が窓際の丸机で雑談している姿があった。ガリ、レオン、ナルド、パン屋のボブの息子のマイク。

 皆の上着はコートハンガーに掛けられて、暖炉に薪が()べてある。

 先刻、雨に降られて農地を巡回する予定が御釈迦となった彼らは、しかし、せっかく集まったということで、雨宿りのついでに工房へと集合していた。


 「...ナルドは、その、あの大会(コンクール)の講評が厳しいっていう話があるんだけど、参加者からしたら一般人とかと同じ感想を貰う方が残念じゃないのか?」


 「んー、あそこで厳しい評価をされたことがないな。」


 「おぉう...。」


 「でも、持論を言わせて貰うと――――――。」


 ララは自分の靴の汚れが気になった。


 「あそこの審査員が言いたいのは作品の細かさの部分なんだと思う。」


 「...参加者は初歩が出来ているっていう前提でね?」


 「人間には未熟だからこそ信じてしまうものがあって、それは作家性にもなるし、所詮は幻想だけれども、その幻想を作品にする程の根拠が無いから、軸のブレ、謎の甘え、完成度が低い、で、審査員に詰められてしまうんだろうなって。結果的に講評が厳しく成らざる得ないだけ。」


 「だから、厳しくなくても残念にはならないね。」


 ララはしょんぼりした。


 「さっきから会話が高度過ぎて踏み込めねぇよ...!!」


 そこに踏み込めないガリが話しかけてくる。


 「ナルドの奴がさ、詳しい日程は知らないけど、あと一年か二年かぐらいで師匠とフォートベルに移り住むんだってさ。やっぱ凄いよなぁ。」


 「――――――ところで、マイニングホールやらんかね?」


 突如の話題転換、ララは首を傾げて聞き返す。


 「えっと、マイニングホールとは何でしょうか?」


 「カードゲームだよ。簡単だし、やり方だけでも教えようか。」


 「...折角なので参加します!」


 それからガリは、ずっと暖炉を弄っているジェドの方に向かっていった。


 (ジェドの方は何やってんだろ?)


 ロスト・ララは空いている椅子に座り、膝の上で両手をパタパタ。

 工房内には埃を被った石膏の塊と画材の美味しそうな香り。

 目を閉じてみると外から響いた雨音が耳の中で踊り始め。

 目を開けると三脚に飾られた絵画が現れる。それは革靴を履いた女性の影が寄り添う穀物や野菜の身体で、蜂の巣だったドーナッツ、これを遠目で見ると音楽家、近くで見ると分からんな、作りかけではあるが中々に奇妙な騙し絵だ。


 「なんか、凄いところに来ちゃったな。」


 ララの感嘆の脇でガリとナルド。


 「ナルド、カードを借りてもいい?」


 「いいよー。」


 そう言ってナルドは棚を開いてガサゴソ。


 「はいこれ、お爺ちゃんの形見。」


 これをガリは受け取り、ナルドの顔を二度見して、三度見して、山札の真ん中辺りを抜き取って上に、山札の真ん中辺りを抜き取って上にして。

 おもむろに頭を抱えて前屈みになる。


 (やりづれェ...。)


 さておき、遊びの準備は整った。


 参加者達は長方形の机を中心に向かい合う形で椅子に座っている。


 「では、説明しよう!」


 マイニングホールとは、0から11までの数字が6枚ずつ(計72枚)の札を用いたカードゲームの一種であり、山札から引いた札の枚数を競うものである。

 基本的な遊び方は以下の通りでございます。

 1、引けた札の枚数を得点とする。

 2、競技者達は山札の上から順に引いていく。

 3、競技者は自分の番の時には何枚でも引けるが必ず一枚は引く。

 4、山札から引いた札の数字を周囲に開示する。

 5、引いた札の数字が0の場合は自分の番を終えてそれまでの得点を全て失う。

 6、山札の上の札を一度の番に付き二回まで避けることが可能。

 7、避けた札は必ず伏せたままにして山札の横にでも置いておく。

 8、自分の番に切り上げ(クローズ)を宣言することで得点を確定させて勝負を抜けられる。

 9、山札の最後を引いた或いは避けた競技者はこれまでに避けられた札(そこに0の数字があっても)を得点に追加する。

 10、競技者が全員切り上げるか山札が無くなることで試合終了。


 箇条書き十個分の簡単なルール、主要成分は運否天賦、無謀を添えて。


 「初心者がいるのでローカルルールは適用外!」


 「最下位の人には罰ゲーム!」


 此度の参加者は四人、ララとジェドとガリとパン屋のマイク。


 「ちょっと待てや。誰だテメェは?? 教科書みたいな顔しやがって。」


 先攻、ジェドがマイクを睨みつけた。


 「フー! フォー! フー! ドォーモ、ハァぁぁぁイッっ!!」


 「なんだ、こいつ。」


 「...そういや、ジェドは初対面だったか。いつもは家業のパン屋が忙しいから、今日みたいな雨の日とかじゃないと来れないんよね。」


 それでは彼の背景についてお伝えしましょう。


 マイク・ベイカー、19歳。中流階級の庶民。彼がこの世に生を受ける数年前、父であるボブ・ベイカーは失恋の悲しみから酒場に入り浸る日々を送っていたが、ある日、マウスタイムというそれまでは鼠用の毒にしかならなかった薬草から中毒性のある薬物を生み出した呪術師デュクレス・ハーと酒場で出会う。デュクレスはボブをモブ顔という度し難い理由で目を付け、この薬物の売人にならないかと商談を持ち掛けるが、ボブは拒絶する。しかし、その場面を目撃した酒場の客によって警備隊に通報されてしまう。即座にやってきた兵士達はボブを呪術師の仲間と決めつけ、ボブは兵士の誤解を解こうとするも、デュクレスによって阻止される。

 その日以来自宅に戻ることも難しくなったボブはデュクレスにしばらく付き合うこととなるが、それまでに培ってきた常識を無価値だと嘲笑うが如き、彼の露悪的で破滅的な天を彩らんとする振る舞いに惹かれつつも、隙を見て振り切り、ほうほうの体で自由の町パラ=ティクウに逃れる。

 数年後、そこで新たな人生を築いたボブは町に蔓延る薬物にただならない不安を感じながら、妻の抱き抱えるマイクをあやしていた。


 「ハジメマシテー、わたしはマイク・ベイカーといいマス。」


 転移者、微弱戦士、超変人、ふつうのパン屋の息子、このテーブルに不足無し!


 「...まぁいい、とっととやろうぜ。」


 マイニングホール、只今より始まります。

 順番はガリから始まり、時計回り。


 「序盤はまぁね。悩ましくなるのは後半になってからだし。」


 こう言いながらガリは次々と札をめくり取り。


 「で、避けるときはこうする。」


 そのまま続けて二枚の札を伏せたまま山札の横に置いた。

 次の瞬間にはもう勢いよく0の数字を引いてしまった。

 これは序盤の全損、勝負全体からすればまだ軽傷、こういうものがあと5枚もあって勝利の行方を眩ませる。止まれば負けで。進めば地獄よ。

 ガリは手にした札を惜しみなく捨てながら、一言だけ。


 「こういう運ゲーなのよ!」


 「へー。」


 ロスト・ララは感嘆を漏らす。


 (...悪いね。)


 その様子を見ながらガリは思考を巡らせた。


 (どう足掻いても運を飼い馴らすことは不可能だ。実際、ルールをよく分かっていない妹にガチで...運だけで...! 三連敗した...!!)


 (お陰様で少なくないお小遣いを支払う羽目になったわ。)


 既に惨敗しちゃってんだ。


 (ということでね、運に頼らない勝ち方を考えてきた。)


 (マイニングホールの最適参加人数は三人...! それを四人でやる...! 基本的に0は避けられないものとして考える...!!)


 (0を引いたら次の人に番を回さないといけない以上...!!)


 (72枚中6枚アウト、0を引く確率は12分の1、なので、13枚以上...できれば16枚ぐらい取って切り上げ(クローズ)したら、残りの三人ですぐに山札を減らしまくって、まぁ、これなら勝てるだろうよ!! 流石にな!)


 なんだ、このガバガバ計算は。


 「だがね、勝つのは私だよ。」


 ガリの後はジェドの番。現在の山札残り59枚、避け2枚、捨て11枚。

 ジェドはすぐに4枚引いて0も引いて全部捨てた。


 「...クソっ。」


 ジェドの次はマイクさん。現在の山札残り54枚、避け2枚、捨て16枚。

 こちらのパン屋も数枚引いた後に0が来た。


 「オーマイガー! 人身事故で閉山デース。」


 ロスト・ララが最後の番。現在の山札残り46枚、避け4枚、捨て22枚。

 開始時点に比べれば0が減って引きやすくはなっている筈でも、前三人の壊滅っぷりに臆病になり、手は止まり、どうも難しい。確率が信用なりません。

 なによりも、今この時点で彼が0を引いてしまうと、山札から0が無くなったとなれば残りを総取りされるのはそうで、その可能性をより高めてしまう訳で、二巡目に自分の番が来るかすら怪しくなるのだ。挽回不可能。目に見える未来。


 (勝利を目指してはいるんだけど...。)


 無論、ロスト・ララに己が総取りする自信は無いっ......!


 「ん―――ッ! んん――――――ッ!!!」


 残りの0のカードはあと3枚、46枚中の3枚っ...!


 「ん―――――――ッ!!」


 だから、これが中々難しいっ...!


 「ん゛ッッ!!!」


 ロスト・ララはタンスの角に小指をぶつけた時の声でターンエンド。

 四人の競技者の中でただ唯一手元に札を残せた者である。


 (僕はこれを貴重な6点だと思う。)


 マイニングホール一巡目終了。


 「そして、二巡目開始!!」


 ガリは前のめりになった。山札残り38枚、避け6枚、捨て22枚。


 (想定よりも0が消えるのが早すぎるぜ??)


 (あんな、クソザコ戦法を続けている場合じゃないよねぇ。もちろん舐めていた訳じゃないし、何も考えずにやりましたが、本気で勝つ、か...。)


 (ここから本気でやって勝つ。)


 マイニングホールは0の位置を読むゲームでもある。


 (...ここに一枚あるのか?)


 避けられた札に疑惑の目を向けた。裏返して確かめることは出来ないが。もしも、そうだとして、彼にとって都合の良い展開があるとするのなら、二巡目以降は自分が無事に乗り切った後、猪突猛進なジェドや不幸にもマイクが0を減らして、初心者のララが0を読めずに少なく取って三巡目が始まることじゃないのか。

 三巡目になったら、最後の一枚まで引けば勝者となれるんじゃないのか。

 唯一ではないにしろ自らが考え導き出した勝ち筋だ。


 (人間は自分を諦めることはない。)


 (自分からは逃れられないんだよ!!)


 彼は自分が来た場所を知っている。


 (夢を抱いて頑張りました、正論を考えました、理念を磨きました、大切な思い出がありました、こうやって自分の中にどれほど積み上げていっても、最後の最後に最初の自分を思い出すんだ! もはや居ない昔の自分に頑張ってくれてありがとうって言いたい! それを罪だとは言えないから!! 辛い過去でさえも大事になって!!! 捨てられないんだ!!!!)


 (だとしても、この瞬間だって自分を信じてやりてぇなァッ!!)


 そんなものがあるから淀んでしまうんだ。


 (私はスレンダー美女が好きだ。初恋も好きなキャラもスレンダー、どうやら性癖のストライカー、ジョイスティックがヒアウィーゴー!!!!)


 願わくは、貴方の内なる運命が奇怪な螺旋を描くことを。


 「これが我の答えなり...!」


 超変人ガリ・レコンは山札から一枚を引いて二枚を避けた。


 (そして、ジェドは必ず0を引く!!)


 ジェドは嫌な気配にイラついた。山札残り35枚、避け8枚、捨て22枚。


 (透明な悪意ッッ!!)


 勝っても負けてもどうでもいい遊びに参加したつもりが、いつの間にか戦場になっていた机の上、しかし、気が付くにしては余りにも早過ぎた。

 自我の所以に従ったが故に、飛んで火に入る夏の虫。

 あり得たかもしれない勝利をひっくり返したのはお前の右手、目の前の結果は逆立ちしようが何しようが、覆水盆に返らず。黒星です。負けです。


 裏返してしまった札には0の数字。


 「またかよッ、俺は引き過ぎたのかっ!!??」


 ガリは内心ほくそ笑む。


 (最初の一歩!)


 すると、マイクは呟いた。山札残り23枚、避け8枚、捨て34枚。


 「パンが...焼けまシタヨ。」


 マイクが札を引き始める。


 1を引いた。


 8を引いた。


 少し、落ち着こう。


 これは競技者が手を震わせながら札を引くゲームの筈だ。神の慈悲を乞いながら一枚の重みに感謝して、悪魔の囁きに招かれてしまって沈みゆく。

 神や悪魔がここには居ないと知りながらもそうせざるを得ないのに。

 マイクの手は止まらなかった。何かの妄信、希死念慮の類、自暴自棄、いや、どれも違う、これは玉ねぎを引ん剥くような確信、真実への歩み。

 そうして一枚残らず山札を削り切って勝者の冠を載せていた。


 「ゑっ?」


 ガリの笑みにはひびが入って崩れ落ちていた。


 ダークネスパン屋の勝利だ。

 勝者はダークネスパン屋だ。


 「...なんで、負けている?」


 つまり、所在不明の0が二枚もどうなって。


 「今の流れで???」


 ガリ・レコンは茹でた野菜に塩を振ったような顔をした。頭の中はポップコーン、回復するまでの間、適切な運動と睡眠を心がけて下さい。

 なんというか、叶わなかった本気がちゃんと痛かった。


 「信じられないという顔をしてますネ。」


 勝者のマイクが問いかける。


 「ガリくん、アナタは始まる前の山札をあまり混ぜていませんね?」


 そうだった。


 「ナルドくんは、このカードで前回もマイニングホールをプレイしてましたね?」


 「うん、よく分かったね。」


 と、いうことは。


 「メタ読みをしたとでも...!?」


 「あっ、なるほど! マイクさんは、0の札が前半に集中していたのは前回のマイニングホールの時の名残だと考えたんですね?」


 「......ん、なんだ、何の話だ???」


 ガリ、ララ、ジェド、三者三様の反応の末。


 「ララくんの説明通りです。このゲームをプレイした後は山札に0のカードが偏る可能性たくさん、捨てられた札にいっぱい、ダメがそのまま。」


 「なので、前半を終えた辺りで避けられた0が二枚あると読んだのです。」


 「ですが、これは正真正銘の賭けでした。」


 最後にマイクはこう言うんだ。


 「アナタが貴方自身に賭けたようにワタシも賭けていたんですよ。」


 だからもうガリは項垂れるしかなかった。


 これにて、マイニングホール終了。


 戦績発表のお時間です。パン屋のボブの息子のマイク、31点。地球に帰りたいロスト・ララ、6点。超変人ガリ・レコン、1点。一匹狼ジェド、0点。

 連続して引かれ続けた札の最高枚数、23枚。

 避けられた札の合計、8枚(内訳:マ2枚、ラ2枚、ガ4枚)。

 捨てられた札の合計、34枚(内訳:マ6枚、ガ11枚、ジ17枚)。

 対戦ありがとうございました。


 「どういう白熱の仕方なんだよ...。」


 それまで傍観者だったレオンがぼやく。


 「で、最下位の罰ゲームは何すんだ?」


 燃え尽きているガリにジェドが問い詰める。


 「罰ゲームはノリと勢いで言っただけで、やらなくてもいい。」


 「はぁ?」


 燃え柄は拍子抜けした声にほんの少し顔を上げた。


 「んー、なんだー、やりたかっのたか―? ネタが思い浮かばないとか、自信が無いとかそんな感じか? しゃーない、俺様が見本を見せてやろうじゃん。」


 「じゃあもう勝手にしてろよ。」


 「とか言って、何だかんだで見ちゃうんだろ?」


 「うぜェ...。」


 ガリ・レコンは椅子から立ち上がると咳払いを二回して。


 「あのさァ、フフ、いや、これ思い出し笑いしで、この前の事なんだけどね? 通りすがりのピチピチの女子達にさ、言われちゃたんだねー。うわ~、あそこに陰湿そうな男がいるぅ! 夜中にめっさ高速移動してそう! ってね。」


 「この話を聞いてソワソワするでしょ? なんでかって?」


 「落ちが無くて、落ち着かないってね!」


 つかの間の静寂が訪れた。レオンとナルドの動きが止まり、マイクは聞こえていないことにして、ララは半笑いで周囲を見渡してしゅんとした。

 工房の中が肌寒かったりするのは、きっと雨の所為だと思う。


 「...でね?」


 「続けんな。」


 御後が宜しいようで。


 (止まない雨は無いけれど、今日はまだ終わらない。)


 (せっかくなので堪能しますとも。)


 修学旅行ガチ勢たるロスト・ララは絵を鑑賞することにした。


 (これとかよく出来ている。)


 青年が剣を掲げている絵だ。群青が白む空を背景に、残される闇が人物に、その人物像から伝う疑似的な集中線が地面の何も無い空間を殺そうとしている。写実的な手法のみによって描かれているのにも関わらず、幻想的で、妙がある。

 剣が金属、人が生物、地面の土、重力が働いていた。

 小学生の時の本の落書きを思い出さない方が良さそうだ。


 ―――――――――これの作者は誰だろう?


 「この絵はね、勇者ユーマが仇為す悪魔を消滅させてなお剣を振り下ろそうとしている場面を描いたんだよ。現在の聖国での出来事だね。」


 「悪魔ですか...?」


 「ただの悪魔じゃないよ、最高位悪魔。」


 低位、中位、高位、最高位、四段階評価の頂点。


 「その名は戦々恐々荒奴ヴィクター・クレイジーカップ。」


 「...もはや、恐れる必要はないけどね。」


 ロスト・ララが横を見ると天才が立っていた。


 「他の作品も見てみる?」


 それからナルドによって作業部屋の扉が開かれた。


 「こっちに来たことは内緒にしてね?」


 彼は壁のレバーを上げると、一秒の遅延の後、二~三歩の合間に、天井に吊り下げられた球体のガラスの中で魔導石が眩い光を放ち始める。

 傷まみれの長方形の作業台が部屋を横断していた。その上には様々な物が散乱しており、小さな黒鉛の玉を二枚の木の板で挟んだだけの鉛筆や、紅茶を飲んだ後の片付けられていないコップ、それと、誰もいなかったのにモデルのつもりなのか妖艶なポージングを勝手にしているオコジョ(イタチの仲間)型の精霊がいた。

 どうやら、緑色の絵具が駄々余りしているらしい。

 何処からともなくバニラの香りがしている。


 「これは師匠の作品。」


 後の王となる少年兵を題材にした銅像、のレプリカ。


 「これは兄弟子達のだ。」


 オオド神話関連の宗教画あるいは肖像画、透ける後援者(パトロン)、そういうもの。


 「で、この辺りのは。」


 ロスト・ララは話を聞きながら先程の絵に描かれた皮膚の弛みを思い出す。


 「師匠が言うには、創作物は作者の描いたものしか存在できないって。」


 ナルドの作家性を述べるとすれば、圧倒的な感性があること。

 人は何かを解釈する際、溜め込んだ経験から己の鼓動に合わせて模索するのだが、それが感性であり、彼の場合はこれが素で広い上に外に求められる。即ち、言葉を失う先の世界を表現することが出来る。十人十色ならぬ単独十色の変態めが。

 これならば、創作界隈の超能力者染みた上位陣にも届き得るだろう。

 百の魂を溶かして造られた神話生物とでも呼ぶべきか。


 (雲の原野を優に超える地力の強さで。)


 (蝋の翼で駆け巡る者よりも悠然に。)


 地に足がつく。

 天に手が届く。

 まさに巨人でありました。


 「歴史に残る巨匠の作品にはさ。その人の世界があって、入口も幾つかあって、実際に入れた、魔法があった、神に出会えたんだよ。」


 「あれだけが筆を手に取る者の魔法のように思えた。」


 いつの間にか、ナルドとララは数百年後の美術館に迷い込んでいた。


 「あれを自分の物にしたかった。」


 そこに飾ってある絵の中には天秤に絡みつく蛇がいた。


 「これを叶えた時、また次を望めるようになる。」


 照明が破裂して暗闇に閉ざされる。


 「そうやって自分は生きていくんだと思う。」


 今は彼の声だけが聞こえている。


 「魔法使いになったよ。」


 ロスト・ララは外から響いた雨粒で我に返った。

 ナルドは先程から椅子に座って絵を見ているだけだった。


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