12話 弱肉強食
早朝、ジェドは誰よりも早く起きていた。この後はどうしようか、やるせない合間、なればこそと自らの顔面をぶん殴って朝の朧げを討ち滅ぼし。
その後、中庭にまで行って考え事をすることにした。
その内、中途半端な空腹感が不愉快になってきたので止めた。
(食いもの...。)
厨房に侵入して昨夜の夕食の余り物、チキンフリッターを貪る。
手が油でベタつくのも厭わずに次々と鷲掴む。
「スセウルキュー!」
そこを鳥型の精霊に見つかって叫ばれた。
「あんだよ、うっせーな。」
「コレバウバク!」
「精霊語で言われたって俺にはわかんねーよ。」
肉の味をもう一度、水が欲しくなってくる。
「スセウルキュー!!」
「あー、そうかい。」
ジェドは再度中庭に戻って落ち着くことにした。
目前に舞い込んだタンポポの綿毛を追い払う。
足に登ってきた蟻んこを全力デコピンで消し飛ばす。
頬杖をつけば訳の分からん時間に襲われた。それは休日の高速道路の真ん中で屯している野生動物が一向に退く気配もなく何なら肛門を突き出して脱糞する瞬間を見せつけてくるような、みたいな冗長な例え話を聞かされている気分だ。
「...ろくでもねぇな。」
そうした最中に自警団の大人達がお喋りをしながら中庭を通りかかる。
「ヒルドエル公国だけが両陣営と同盟を組んで日和見主義。」
「サント・マリーナ共和国は聖国に資金提供を。」
「これで聖国側陣営は四カ国で決まりだな。」
「商会連合の解体を目的に、大陸外からの動きもあり得ると聞いたがな。」
「少なくとも、確定した情報は明確に報告し――――――。」
何気なく聞き耳を立てていたジェドは訝しむ。
(聖国側陣営が四カ国...?)
どういうことだ。咄嗟に指を折り曲げて数えてみる。
(聖国、アーマレント、コルリニア、サント・マリーナか??)
月の大陸における人間による公国等を除いた主権国家は六カ国。クレシェント帝国、聖ユーマ王国、ウェストバハム、コルリニア王国、サント・マリーナ共和国、アーマレント(聖国に色々と干渉されてはいても名目上は)など。
大陸外を含む領邦国または従属国等については一部を列挙。帝国勢力のプログキール大公国やアナヴェセル自治州、ウェストバハム勢力のヒルドエル公国など。
すべからく古代帝国の名残りであり、余波である。
「でっかい戦争でも起きるのか...?」
戦争には必ず勝者がおり、名誉、尊厳、誇り、正しさ、全てを手に入る。
かつての英雄達が証明してきたことだ。
さりとて、この時代だからこそではあるものの。
名声というものがあれば、先ず最初に自分がいて、次に家族がいて、友達や知人もいるが、まるで関係のない他人までもが無条件の信頼をしてくれる。
社会に認められたからこそ、社会に支えてもらえる。逆に言えば、これを失った瞬間に国王だろうが豚となる。何者でもなければ何でもないが。
なによりも頑張って生きた証明となってくれるのだ。
栄光の頂きから眺める光景は、きっと、ずっと、良いのだろう。
あれから随分と時間が経ったような気がする。
「意外と、早起きなんだな?」
ジェドの目の前にはレオンがいて、彼は今日の予定を話そうとした。
「町案内の続きを――――――。」
「不参加だ。」
「...構わないけど、暇だからって誰かに喧嘩を売るなよ。」
「俺を何だと思ってんだよ。」
ジェドは退屈そうに地面を睨む。
「とにかく、不参加だ。」
所変わってパラ=ティクウ中層、町外れ、かつて家であった廃墟にて。
「おい、どうなってんだシンギュラー!!?」
「ジャックオーナー、どうしたんすか?」
「我が尊厳が無い!! と、叫んだら君は元から無かったでしょうがい!! ...というね、ネタを考えているのだが、どうかね?」
えー、小鬼達の拠点がありました。大変そうだね。
「ちょっと重すぎやしませんかね。掴みも足りないというか。フルーティーかな、次は全裸に果物を添えて隠す感じで如何でしょうか?」
「いいねェ!! それでいこう!!!」
都会に住まう彼らは金の為、掃除、洗濯、靴磨き、育児に介護、何でもござれ、揺り籠から墓場まで、些末な問題の悉くを請け負っている。
もちろん、人間との生存競争にありまして、職の奪い合い、世知辛い。
しかし、過度な競争は排斥運動に繋がりかねないので、アーマレントの問題を予期していたが如く、同種族間の衝突を避ける為にも統制を行っているのが、この集団、床下の民の一派。早い話、棲み分けだ。賢くあろうとした。
因みに、ジャックオーナーがこの一派の指導者である。
「時に、そこのジャックよ?」
彼は配下に指を差す。
「わたしはシャークでス、頭領。」
「パハのドワーフから全員分の給与を取り立て給え。近々、私は我らの王にお呼ばれされるだろうから、とっておきの献上品を用意しておきたいのでな。」
「...ェ、今のネタを、イエ!」
シャークはそれでも小刻みに震えている。
「さてと、シンギュラーよ! 私に次なる啓示を与えてくれ!」
「それではケツドラムぅなども取り込むなど...?」
「いや、それは流石にないだろう。」
シャークは震えながら外の世界に出掛ける準備をした。
(どうせ、暴れるなら俺は賢くやってやるよ。)
一方、ジェドはパラ=ティクウ中層で町の散策をしていた。
中庭で思いついた奇策を今試しているのだという。治安維持活動に託けて多分悪党を見つけ次第フルボッコにし、いつもは多忙で話す機会も少ない自警団隊長トップドッグの仕事を減らして、取り敢えず戦い方だけでも教えて貰うのだと。
あの尋常ではない戦闘能力はきっと何かの形で役に立つ。
おいおいおい、こりゃァ前代未聞の完全無欠な作戦じゃねぇかよ。
「オレはルーチェ班のラティ・ハイドだぞ!?」
「デ、でスから!! 私奴ハ、頭領様ニ使ワれている最中でして。」
ほら、丁度良い所に騒ぎもあった。が、しかし――――――。
(ルーチェ班...? 自警団関係の奴らか?)
(いや、待て、ルーチェって聞いたことあるな。パラ=ティクウ入ってすぐに喧嘩売ってきたアホだったか。で、あそこにいるのはアホの片割れだな。)
ジェドは推定13メートル先の事態に思案する。
「だけど、二匹いるじゃないか。」
「コレカラ行ナウ作業は一人では大変ですので。」
「それと俺がどう関係あるんだよ。」
「申シ訳ございマセンが、ワタくし達には...。」
近い所為か、耳障りな難癖も聞こえてくる。
「どうしようもないゴミだな。生き恥ガッッ!」
ジェドの拳がラティ・ハイドの頬を捉えた。
ラティはよろめきながら尻を地面に打ちつけた。
彼は唖然として見上げた先のジェドの姿に、奇襲された頬の痛みが共に、ゆっくりとだが事態を飲み込み始める。あいつが犯人だ。意味不明だ。
「......おま、お前、おま、正気、お前は狂ってんじゃねぇのか!? なんなんだよ!! いきなり、殴ってきやがって??!」
「うるせぇな、喧嘩しようぜ。」
ラティの頬には温かい液体の波打つ感触。
「血が出てる...? なんだよ、マジでなんなんだよ。」
「あとで絶対に後悔させてやるからな。」
ラティ・ハイドは怯えた目で素早く退散していった。
「ママンに痛い痛いをナデナデしてもらうのか、おい!!」
遠退く背中に罵声を浴びせるジェド・グラティア。
いつも通りに行儀が悪いことこの上なし。
「ア、アリガとう...!」
「感謝致シマス。」
そこへ小鬼達が近付いて、礼を言ってきた。
「お前らは何を言ってんだ?」
「「エっ?」」
「俺が殴りたい時に殴りやすい奴を殴っただけだ。」
「「エぇぇ...。」」
彼は小鬼を押し退けてこの場を去った。
「かっこよくありゃしねぇ。」
現在の時刻は昼前辺り、ようやく太陽が山脈の上で輝き出している。
こうなると早起きの意味を考えたくなってしまうのだが。
「そこの君、止まりやがれください。」
「ああ゛??」
ジェドは即座に声の主を威嚇した。清廉潔白を表現する白を基調とした服装、噛まれた痕のような痣が腕にあり、肩には今朝見た鳥型の精霊を止めており。
そこにはやや崩れた無表情の男が立っていた。
「スカバンキュー、ルンルン!」
「ほうほう、なるほど、不法侵入からの決闘騒ぎや盗み食いに加えて楽しく暴力沙汰とは、パラ=ティクウだからといって、こうも満喫されては困るんだがな。」
しかも、精霊の話に耳を傾けて。
「トップドッグにあんまり迷惑かけているんじゃないぞ、悪ガキ。」
精霊が彼から離れて青い空に飛んでいく。
「誰だ、テメェは??」
「覚えていないのなら初めまして、修道院長のブライアン・アッシュだ。」
ブライアン・アッシュ、27歳。帝国の修道院で精霊語を習得、上京して、大学では霊魂学と解呪学を学修、そこから国際魔術連盟構成機関『旅梟』所属にして第四位階の解律座、で、なんやかんやでパラ=ティクウの修道院長。
以前までなら犯罪者予備軍扱いされることもしばしば。
「ついでに魔法使いだったりもする。」
「だから、なんなんだよ。」
それからもアッシュ先生は語り出す。
「ドワーフやら住民関係やらで通常時も忙しいって言うのに。最近は呪術師が出ただの、牛っぽい傭兵が大暴れしたただの、情勢がどうのこうのと来たもんだ。」
「過去を振り返った時に何もないよりはマシかもだが。」
「まぁ、どちらにせよ。」
「グラティア家には無縁の話だったかな。」
ジェド・グラティアは瞬時に腕に魔力を集中させ、少しだけ煙が立ち昇り。
「...何処で聞いた。」
ここにいるのは国際機関公認魔法使い。
「まさか、魔法で勝負するつもりなのか。」
それがどれ程の意味を持っているのか、今に分かるでしょう。




