11話 蛇の道は蛇
パラ=ティクウの中層、自警団本拠地辺り、時刻は昼過ぎ。
ロスト・ララは不意にそれが見えてしまった。
路地の暗がりで、まだら模様の蛇が身を曲がりくねらせては進んでいる。
自由な町には隠れ潜む蛇がいた。腐る林檎を手前に旅人を待つ姿は憐憫を誘うだろうとも断じて違う。仮に化けの皮が剥がれたとして、晒される本性が自惚れた子悪党であったとしても、被った意思は紛れもない事実のはず。
ここに在るものをどうか、よろしくお願い致します。
「ロスト・ララ?」
レオンがララに反応した。他三人も足を止め、ジェドに関しては不機嫌そう。
「レオンさん、あそこに蛇がいたんです!」
「えっ、蛇がいたの!? どこ!?」
「あそこの路地の、あっ、あっ、あれ??」
ララが例の路地に指を差して確認してみると、蛇の姿は無くなっていた。
そもそも本当に居たのだろうか。怪しくなってくる。
「...多分、見間違えとかじゃないかな?」
こうして、レオンは興味を失って皆のところに戻っていった。
「実際、どっから見に行くの?」
「パハからでいいんじゃない?」
「あー、じゃあ、パハからでいいか。後は上から下で丁度いいし。」
もはや、蛇が話に上がる事は無いのだろう。
(あれは、なに...。)
現在、ロスト・ララはトップドッグの提案により、執行部隊が戦争の影響で撤退するまでは自警団本拠地に滞在する事となり、差し当たっては不便が無いようにとレオン班の面々から町の案内を受けている。不本意にも戦争を待ち望む訳だ。
まぁ、何であれ、ここで旅の態勢を整えたかったので有難い話ではある。
しかし、戦争の成り行き次第ではこの町も十分危ない。なんと言っても、帝国とドワーフの交易路、防衛少なめ、ウィークポイント。
(...大丈夫。まだ、何も起きていない。)
そして、ララはレオン達に連れられて自警団本拠地横の大階段を上がった。
案内先までにはまだ距離があるので雑談でもしながら。
「さっきの話に戻るけどさ。物事の黎明期とか過渡期が好きなんだよね。決まってない状態だからこそ、自由でいられるというか、暴れられるというか。」
「ガリが真っ当なこと言ってる?」
「なんか変な物でも食べた?」
「泣くぞ? 泣いてやるからな? 覚悟しとけよ?」
ガリとレオンとナルド、五人の内の残りの二人の方では前途多難。
「...そういえば、ジェドはどうしてこの町に?」
「関係ないだろ、バカ。」
「僕と同い年だったんだね。トップドッグさんから聞いたんだけど。」
「殴るぞ。」
仕舞いには言葉に押されて離される。
(森の時よりも拒絶されているなぁ。)
ジェドが不機嫌だ。嫌な人間らしさ。苛立つ原因は腹立たしい事実にあるが、いいや、教えない、致命傷に刺さったナイフを誰が他人に握らせるのだろうか。
とにかく、わざわざ負け犬になるよりも一匹狼の方がずっと良い。
「なんで、お前は怖くないんだ。」
風に紛れる程度の声を滴らせていながらも。
(多分、ジェドは悩みを抱えている...。)
(それは分かるんだけど、分からない...。)
傾く太陽の下、ララは上層の町並みを眺めていた。古くはあるが決して安くはない家の造り、レンガで舗装された道、巡回している自警団の大人達。
猫の大福はニーニャに預けているので若干手持無沙汰。
不注意につき轍の凹みに足を引っ掛けて、耐え、耐えた。
「ところで、ナルドさん。今向かっているパハってどんな場所ですか?」
「んー、ドワーフが商人を保護する為に建てた商館だよ。」
ドワーフ勢力の商業拠点『パハ』とは、精霊語で〝箱〟を意味し、石壁に閉ざされた土地に建つ倉庫と宿泊機能を備えた輸送兼商取引を行う為の複合施設である。
これらは人間族にも利用可能ではあるが、天井が低い、頭上にはご注意を。
ついでに運営者たる彼らのことも紹介しよう。彼らは髭モジャで胸板が分厚い小さな背丈の種族、やたら酒癖が悪くて失敗もよくするが鍛冶の腕はピカイチ、精霊に起源を持つとされているが真偽は不明、これがドワーフだ。
「おい、後ろから馬車が来てるぞー。」
レオンの知らせの後、ガタゴトと大型の荷馬車が横切っていく。
進行方向的には帝国の方からやって来ているようだった。
それから間も無くして、荷馬車はパハの入口の近くで静かに停車した。
ドワーフが馬車から降りてくる。これを同族達が出迎える。彼は貴族の装飾品のような上品な髭の持ち主で、本当はネクタイなのか、髭を掴んで整えて。
「フラメル鋼、オルタインク、飛空艇の素材が総じて値上がりしていたぞ。」
フラメル鋼とは、錬金術によって生み出された粘り強さが売りの鉄合金。
オルタインクとは、恒久的な魔法陣を描くのが主な用途の特殊な塗料。
「そうか! やはり、そうか!!」
「......では、食料、特に穀物はどうなっている?」
「ビールが無くなってしまう。重大な問題だ。」
「そりゃ専門外だから何とも言えんが、商会連合関連の奴らが内地でスゴい量の小麦を運んでいるのを見た。ともすれば、元老院が直々に指示を出して属州から持ってこさせたのだろう。ビールは安泰!! 今日も明日も乾杯しようぜ!!」
「だが、その前に荷物を片付けないとな。おい、小鬼ども!!」
ドワーフの旦那に応えて、異形な人型がパハの内側から次々と出てきた。
荷馬車の貨物を小さな身体で必死に担ぎ上げては運び始める。
こちらは小鬼、あらゆる種族の手下、大人でも人間の子供のような背丈の亜人で頭髪を持たず膂力は人並み。床下の民と鉱山の民に大別できるが、前者は不遇だ。
本来であれば、そも語るに及ばない矮小な存在なれども。
「割高になるけど、直談判すれば欲しい金物が何でも手に入る。」
「しかも、ドワーフ製だからかなり頑丈だ。」
ロスト・ララはナルドの説明を聞きながらその光景を見ていた。
「...なんなら、今から中に入ってみる?」
パハ内部の倉庫にて。
「ティクウス家の長男とそのご友人方か。日用品の見本なら表に持っていきましたが、あー、どうぞ、ごゆるりと御覧になって下さいや。」
「えっと、お邪魔しまーす。」
倉庫の造りは棚卸をしやすくする為にも全体的に高く広く、モルタルが詰まったレンガの壁にトラス構造の骨組み、床では外まで続く線路が引かれており、それ専用の台車が置かれている。配置の最適化。やや近世的だ。
設備でこれなら貯蔵品はどうなっているだろうか。
「ほう、まさか、小僧は興味津々なのか? 大有りなんだな?」
これらを、やけに饒舌なドワーフの職員がご紹介。
「傭兵方のご要望にお応えして御作りました、聖鉄製のハルバード!」
「重量制限の厳しい飛空艇事情を鑑みまして小口径長砲身化、のっぽ大砲!!」
「帝国軍の大量発注で製造した銃の中でも特に精度の良いものを、良き友人の力を借りて付与魔術を施した奇跡の一品、その名もマダム・カーリー!!!」
「商会連合のとこの武器屋に俺らは負けられねぇのよ!!」
ララはマダム・カーリーの詳細を聞いた。
「一丁、18ペタル!!?」
これから売りに出される小銃のお値段設定。
「この銃、凄く高いです!」
「小僧、奇跡は安くねぇーぞ! ガッハッハッハッ!!」
そのまま小鬼に銃を預けて次の商品説明を、致しませんでした。
「いや、いけねぇ、調子に乗って喋り過ぎちまった。」
あれやこれやと見ている内に外ではもう夕暮れになっていた。空でも、この時間帯によく聞く謎鳥の鳴き声が響き始めていた。
どうやら、予想以上に時間が経っていたようだ。
「気を付けて帰りな。」
ニッコニコなドワーフに見送られて、レオン達はパハの外。
「なんか、時間が消し飛ばされた気分だ。」
「......俺もそう思う。」
帰り道、ララとジェドの意見が一致した。
「自分の家の門限が夜の鐘までだけど、今の時間ならギリギリ一つ行けるかどうかの瀬戸際ぐらいだな。これ、間に合うか。パン屋とか。」
「でも、レオン。急ぐ用事でもないし、今日はもう解散にしたら。」
「だけど、これはトップドッグさんに頼まれたことで...!」
「ふーん、まぁ、それでもいいけど。」
レオンとナルドが話し合う傍らで、ガリがララにこう言った。
「上層なら、自警団に協力してくれる傭兵がいるから夜道でも安全だぜ。」
「あー、ありがとうございます!」
「いえいえ、感謝されることはしてないよー。」
ロスト・ララはその話からある傭兵を思い浮かべていた。
「...ガリさん。この町の傭兵でハラン・ピークという。」
それはそうとして、ここはパラ=ティクウである。
「へへっ。やぁ、皆さん、お揃いで。」
薄汚れた痩せた男が道端から声をかけてきた。見るからに下層の出で立ち、夜の者。五体不満足、右腕欠損、破けたシャツに何かの勲章、病的なまでに荒れた肌と、髪の毛が伸びている上に汚れでくっ付いて、そこから異臭が漂っている。
ララに向けて、頬を引き攣らせていながらも何とか口角を上げた。ジェドに対して、震えた腕を挙げてみせた。努力は認めるべきかもしれないが。
少なくとも、怪訝な顔をされるには十分過ぎる要素だろう。
「なぁ、少しでいいからお金を恵んでくれないか?」
そして、通り過ぎようとするレオン達にこの男は付いて来た。
「物乞いだ。ロスト・ララ、こういう輩は無視した方がいい。」
「何かと理由を付けてお金をせびってくる。」
レオンはララに警告する。経験からくる忌避感、うんざりしているようだった。
「確かに、私は物乞いだが!! しかし、傷痍軍人だ! その証拠に花剣章を持ってる! ほら! ほら! ほら!! かつての戦争で負った傷が痛んでいるのに、どうして私を無視しようとする!!!」
物乞いは身の上を主張してきた。可哀想な貴方、それでも尚なのか。
「証拠を出すが早ぇなー、おい。」
ここでジェド・グラティアが突っ込んだ。
「まさか、疑うのか??」
「疑う要素しか、無ェだろうが。」
花剣章とは、怪我や病によって戦線を離脱した兵士に授与される勲章。帝国の権威に裏付けされた誇り高き真鍮のメダル。投げると遠くまで飛ぶ。
様々とある勲章の中では特に手に入れやすい部類である。
「なら、どうやって手に入れたんだよ。」
「ジェド。だから、相手にするなって...。」
ジェドはレオンの静止を無視して叫んだ。
「だったら、何処の軍団に所属していたのか言ってみろよッ!! 兵種は!? 肩書は!? 司令官は誰だ!? なんの戦争に参加していんだよ!!!」
間もない静けさの中、物乞いの呼吸が大きくなったり小さくなったりしている。
そうしているだけの時間が長く続きはしなかった。
「なんだよ、阿保臭い。帝国軍の編成も答えられねぇのか。」
物乞いは次第に動きが鈍くなっていった。
「それがなんだ。私には右腕が無いんだ。」
「みんな、初めての人生なのに。」
取り残された男は閉じ切れない口の隙間から笑い声を漏らす。
しかし、これすらも上手く出来ずに息が詰まってしまう。
彼は急いで聞き耳を立ててみると、明らかな異変、よくある事象、激しい靴の荒波がすぐ傍まで来ているのを知る。次の獲物か、何かの騒ぎか、どれも違う。
メーデー旗団、自警団に協力している傭兵団の一つだ。
「...あぁ、どうか、優しさを恵んでくれ。」
物乞いが対話を望むも、敢え無く傭兵達に取り囲まれた。
彼らの冷たい視線がこれから起きる私刑を予感させる。
「俺と同じ穴に落ちろォ!!」
例えば、腕を掴まれ、頬を殴られ、蹴り倒され、完膚なきまでの袋叩き。
一方でレオン達、大階段の付近にまでやって来ていた。
「どうして、弱者を演出してまでやることが金稼ぎなんだよ!! 大方、野垂れ死んだ本物から盗ってきたんだろうが、勲章を汚しやがって!!」
「マジで、クソがッッ!!!!」
ジェドの悪態は未だ追撃、勲章を出しにされた事が余程癪に障ったらしい。
「にしたって、まだ他の乞食の方が根気あんだろ!」
レオン・ティクウスは周囲を見回した。ロスト・ララはもう何でもないのに慌てており、ガリに関しては先程から沈黙、ナルドは歩きながらスヤスヤと寝ている。
それから、班長の彼は溜息を吐いて宣言することにした。
「ごめん、面倒なことになった。今日はもう解散にしよう。」
この後にレオンは呟く。
「もしも、全人類に救われる順番を決めるとするならさ。」
「ああ言う連中は最後であって然るべきだろ。」
紆余曲折を経て、ジェドとララは自警団本拠地の扉を通り抜けた。
ジェドがニーニャにびっくりした。
ララは猫の大福を撫でた。
トップドッグは料理が上手だった。
各々、与えられた自室に入っていった。
ロスト・ララは今日起きた事をベッドの上で振り返ってみる。自分が間違えなかった日はないので、つい間違えを探して、凄く辛くなった。
それだけでもう気持ちが一杯になってしまった。
そうではなくても頭から溢れ返りそうな一日だった。
過去形ばかりで嫌になりそうになる。砂粒みたいな記憶を必死に探って、はぁ、疲れてしまっては、あぁ、駄目なのかもしれないが、捨て切れない。
(...順番とか、良い人とか。)
(やっぱり、前よりも人を助けるのが難しくなったな。)
だから、目を瞑って今日を終わらせることにした。
おまけ??
ガリ・レコン(ララとジェドはもう仲が良いのか、流石だ。)
ガリ「これは『試練』だ。私は今試されている...!!」
ジェド・グラティア「は?」
ガリ「......異端者! ウ○コ!」
ガリ「古代都市! 誕生日のケーキ!」
ガリ「ウ○コ!......帝国街道! ウ○コ!」
ガリ「必殺奥義! シックス! †漆黒の堕天使†(ゲファレナー)!」
ガリ「皇帝紫! ウ○コ! 必殺奥義!」
手を伸ばすガリ・レコン「秘密の基地!!」
ジェド「」青筋プッチィィィ
ジェドに手を噛まれたガリ「ギャァ―――!!!」
レオン・ティクウス「さっきから何やってんだよ...。」




