9話 舞台裏より
あれから、ロスト・ララは自警団本拠地に向かって歩いていた。
カァーン、カァーン、その随に昼の鐘が鳴り響く。
パラ=ティクウの荒くれ者でもこれには従う。休憩時間をお知らせ申す労働者達への救いの福音、いつも通りに少なくなった人通り、諸行無常の響きあり。
こうして、スッキリした通り道には二人の姿が強くありました。
「相も変わらず生真面目なヤツだニャー。」
「人の上に立つ者には相応の振る舞いが必要だ。」
「堅苦しいわ。」
「...そうか。」
猫獣人ニーニャとフードを被る男が肩を並べて待っていた。
ララは歩く速度を上げてみて近付き。
「ニーニャさん!! すみません、ちょっと遅れましたッ!」
「ン、元気でよろしいニャ。」
「もしかして、そちらの方が元執行部隊の人ですか?」
その素朴な質問にフードの男が答えます。
「あぁ、執行部隊でプロキオンを名乗っていた。」
「そうにゃ、そうにゃ、こいつはジョン・ハングレイブ。パラ=ティクウの自警団隊長で、皆からはトップドッグって呼ばれているニャ。」
横槍だ、ニーニャがフードの男を肘でつついて。
「ほれッ、もうちょい愛想を良くしい。」
トップドッグはフードを払って顔を晒す。若さの残る顔立ちで渋い表情、引き締まった肉体、拳がゴツイ、骨密度が凄い、脹脛は中くらいの太さで実に筋肉質。
どう足掻いてもタダ者ではない風体である。本物は服越しでも匂い立つ。有名人だからと顔を隠していたようだが、意味はあったのだろうか。
マッチョの波動を人類は感じざる得ないだろう。
(ギガスさんとは違うタイプのマッチョ、マッチョッ!!)
「いい目をしているようだな、少年。」
「――――――ッ!!」
トップドッグは一息つき。
「ニーニャから事情は聞いた。追われているんだったな。」
いまから始まるのは執行部隊対策の話。事の発端はアーマレントでの銀行泥棒、因果応報、サジタリアスを仕向けられて、必死に逃げて今日に至る。
このままでは命が幾つあっても足りません。
「君には必要なことだけを話す。」
ちゃんと生きようとする程に情報量は多くなるというもの。
一旦、情報を取捨選択して整理整頓しておこう。
前提知識から簡単に説明すると。執行部隊はシルバーメインの子飼いの戦力、シルバーメインはオオド商会連合に属する腹黒金融機関、オオド商会連合(以下、商会連合)とはオオド海に本拠を置く特権的な貿易コンソーシアム。
「商会連合という組織は帝国と共存関係にある。古い契約に基づき、帝国が必要とする物資を確実に輸送しなければならないという義務が発生している。」
「商会連合の不手際は巡ってシルバーメインの損失となる。」
「執行部隊の主な仕事は自社の不確実な危険を消すことだ。」
「もうじき、帝国絡みの大きな戦争が起こる。そうなれば執行部隊は輸送の対応に追われて人探しどころではなくなるだろう。」
ここまでの話を踏まえてララはこう考えた。
「自分は戦争が起こるまで見つからないようにする?」
「一時凌ぎの策で申し訳ない。」
「...ありがとうございました。話が分かりやすかったです。」
ロスト・ララは視線を落としてこれからについて考え込んだ。
勇者ユーマの旅路を辿ることで手掛かりを見つけようとしているが、時代のうねりに翻弄されてばかり。地球への帰還はやはり遠く。疑問はまだ多く。
猫の大福が鞄から頭を出したので撫でた。
「で、こっちはどうにゃんだい? せんそーの影響は。」
こう、ニーニャに聞かれてトップドッグは顎に手を当てる。
「パラ=ティクウとしては風向きが悪いな。情勢も慌ただしいことだ。戦争のどさくさに紛れて何が起こっても不思議ではない。」
月の大陸全土を巻き込む間近に迫った大きな戦争。
これを語るに知るべきなのは大国の近況。
聖ユーマ王国は聖石の輸出によって繁栄しているが、近年になって現れた聖石に取って代わる加工技術により経済は打撃を受け、衰退し、その余波で一般市民にも餓死者が出ている状況だ。モノカルチャー経済の弊害をもろに受けた形である。しかし、今から他の産業を伸ばそうとしても競合相手が強すぎる訳です。
このままでは帝国はおろか近隣諸国にも経済力で負けてしまうであろう。
そうした中で戦争をしようというのだから、何を企んでいるのやら。
クレシェト帝国は覇権国家として振舞う傍らで研鑽を怠らない姿勢。対聖国政策の一環でドワーフとの関係を強めつつ、最強の飛空艇を造ろうという内容のマキシマム計画の始動、新技術を導入した工業団地の設立、地味でも大事な土木工事、これからの時代に向けて地盤を固める方向で動いている。
かの帝国に産まれた者は幸せだ。パンとサーカス、それ以上のものを満たす。
ウェストバハムは病で王家を失って以来、公爵達が幅を利かせているようだ。
それでも国家への帰属意識は高いので政治的には安定している。
今回の迫りつつある戦争については、帝国と同盟を組む、聖国と不可侵条約を結ぶ、両国に隣接する国家としてスタンスを決めかねている。
コルリニア王国は帝国を抑える目的で聖国側での参戦を決意。優れた港湾と立派な海軍を有しており、足りないものを補完する形で協力するであろう。
最近では、中継貿易で培われた伝手を利用して海外の技術者を招いている。
「町が帝国とドワーフ勢力の妥協の産物として成り立っている以上、出来ることは限られている。不安を煽り立れば、そのまま不幸になるだけだ。」
「だから、パラ=ティクウはこのままでいいとは思うが。」
「...まッ、たかが自警団の隊長だけが気負うもんじゃにゃいね。」
トップドッグは上層のほうを見つめた。
「ここは行き場を失った者達が最後に頼りにした町だ。」
「どうなってしまうのだろうな。」
会話をする二人の真横、ジェド・グラティアが不思議そうに通り抜ける。
なんだこれと奇妙に思って更に周囲を確認してみれば。
直後に、ロスト・ララが視線を捉えて満面のドヤ顔で迎え撃つ。
「ッぃ!!?」
ジェドは自警団本拠地に駆け込んだ。
(なると思っていた! いつか、こうなるだろうと思ってたッ!!)
中庭ではガリとレオンとナルドが暢気に雑談をしている。
「トップドッグさんと会話したいばかりに色々な人がデタラメな相談をしにいくけど。あれ、ほんとに良くない。いや、ほんとよくない。」
「前にスプーキーフラーを探していたのもそれかね。」
「へぇ、けど、職場の先輩の奥さんの旦那から聞いた話なんだけどさ。」
「......それ職場の先輩だけでよくない?」
ガリは身を乗り出しながらこう告げた。
「スプーキーフラーは実在する。」
ジェドは与えられた自室に閉じこもるとまず深呼吸をしてみた。
すると、あっという間に衝撃が蓄積していく。
自警団に入団してから数日が経過した。あの日から自分がどうなりたいかすら決まっていないが、特に進展はないが、絶望まではしていない。




