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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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8話 迷子


 この町に旅人なんて珍しくもないが。


 あくる朝、ロスト・ララがパラ=ティクウにやって来た。


 「おお、お?」


 町には彼からすると馴染みのない雰囲気があった。

 隣人とも他人であれる都市にあって秩序のある無法という町の形、バトルロワイヤル会場に紳士協定があるような。知らない筈だ。そうであろう。

 もはや矛盾と言っても差し支えないのに存在している。

 不思議と調和を保っているのだ。大した統制なき共同体、触れてこない周辺諸国、外圧が少ないのにも関わらず内圧によって潰れない。


 (なんか、町の上に古そうな館がある。)


 ロスト・ララはよく見ていた。


 「あんまりキョロキョロするにゃよ。」


 彼の良き同行者、猫獣人ニーニャは毛を逆立てている。


 「へへッ、なんて抱き心地が良さそうな毛皮だ。」


 「毛むくじゃらぁ。おひょ、ひょへ、ひェひェひェひェ。」


 業の深い者達の声が聞こえてくる。


 「下層は嫌いだニャー。」


 「...ニーニャさんの毛皮は素敵ですけど?」


 「ロストぉ、意味分かってにゃいでしょ。」


 道すがら首を傾げてララは行く。


 (もうちょっと町を見ていたい気持ちがあるけどー。)


 左右非対称な建物を横切る刹那に少しでも多く見回した。アーマレントにはなかった粘板岩(スレート)の屋根であったり、手作り感満載な扉の飾り、ささくれがマジの凶器な研岩樹を使った荒い作りの柱、無骨の塊がカッコいい。

 最近、あまり楽しいことがなかった反動でなんでも面白いらしい。


 (ニーニャさんについて行ってトップドッグさんって人に会わないとー。)


 ロスト・ララ、14歳。地球人です。いつか地球に帰りたい。好きな食べ物は白米と刺身とお茶系全般、特技は応急手当とか薬草探し、筋力E、耐久D−、敏捷E、魔力なし、幸運E+++、なんのステータスだこれ。

 この町に来るまで様々な努力をしてきた。寄り道もしてきた。

 彼の鞄の中で二股の尻尾を持つ黒縁猫がミャーと鳴く。


 (大福(ダイフク)って名前を付けたけど普通過ぎたかな。)


 ララはお試しで呼びかけてみた。


 「ダイフク、調子どう?」


 「ミャウ。」


 「そっかー。」


 てくてく歩いていって下層と中層を繋ぐ緩やかな坂道。


 (んーんっ?)


 すると、よく知る香り。


 「これは...。」


 脳裏にチラリ。


 「鼠殺しの毒?」


 ララが思わず振り向いた方角には、水タバコを思わせる大きな喫煙器を用いて化学物質を摂取している濁った眼をしたお爺さん。が、15人。集団だ。

 同じ趣味を持つ仲間で集まれるとはきっと好いことです。

 きっと、その高級そうな喫煙器は割り勘して買ったのでしょう。


 彼らの一人がこちらを見た。


 「こっち来んな獣血病めがッ!!! まだ死にたくないぞ!!!」


 「バァ――――――カ。」


 ニーニャは言い返して通り過ぎた。


 しばらく時間が経った後。


 (薬物かぁ...。)


 ロスト・ララは思案する。違法薬物とはなんなのだろうかと。

 目的地に辿り着くまでの暇潰しには丁度よかろう。

 違法薬物とは違法な薬物のこと。つまり法律が定めているということ。では、まずは法律が何の為にあるのか定義してみたいが、どうするか。

 とりあえず薬物と似たような立場にある嗜好品と比較してみる。

 お酒とタバコ、部分的に法律違反と関わりのある二大巨頭。いずれも依存症や後遺症に馴染み深いですが、薬物と違って所持と使用が禁止されることなく、むしろ世間に受け入れられている印象がある。アメリカの禁酒法時代は知らん。


 (日本で密造酒が駄目なのは、税金関連だっけ?)


 こんなことで故郷に思いを馳せるとは。


 (未成年の飲酒と喫煙が禁止なのは健康上の問題だから。)


 (違法薬物も健康や安全性の観点で見ていけばいいのかな。)


 手詰まり感を味わいつつも思考を巡らせる。


 (でも、そう考えると法律って国家を守るというか社会秩序を守る為の道具ぅ、そこに倫理観が、自業自得を、うーん、なんて言えば分からないけど理性と思いやりが両立しているんかなぁ。裁判だって機械じゃなくて人が行っているし。)


 (やっぱり、明確には分からない。)


 (もしかしたら、法を定義するよりも違法薬物が違法になるまでの歴史とか、性質とか、考えたほうが分かりやすいかもしれない。たぶん。)


 グダグダと、そうこうしている内に時間切れ。

 本来の目的である自警団本拠地前。

 かなり大きな建造物だ。人によっては機能美を感じる。下層のそれとは違って基礎工事からしっかりしているので真っ直ぐ建物が立っている。

 まるで要塞、いや、用途を考えれば要塞そのものか。


 ニーニャは鼻を鳴らしながら右往左往。


 「到着したけど、ジョンの野郎がいないニャー。」


 (嗅覚で分かるんだ...。)


 「んにゃー、この感じだと町の外にいるっぽいから捕まえて来るわ。ロストは中層以上にいれば安全だから、今の内に好きにゃものでも見てきにゃ。」


 そこからポケットをゴソゴソして。


 「お小遣いをくれてやろう。」


 やったね、ララは大銅貨(約600円)を手に入れた。


 「えっ、ありがとうございます!」


 「昼の鐘が(ニャ)る前にはここへ戻ってきにゃ。」


 「分かりましたッ!」


 こうしてロスト・ララはニーニャと別れて自由行動となりました。

 改めて町を眺める。何処か嫌いになれない風景だ。

 ちゃんとしなくても頑張って生きているならそれでいいと、心の何処かでそう思ってしまっているからかもしれない。もしかしなくても、甘い考え。それにしたって人によりけり。これを他人が聞いたならどんな反応をするのやら。


 「......。」


 ロストは魔女の館に落ちていた熊の人形を取り出した。

 意味はあるのか。無駄なのか。分からないが。

 彼は人形と見つめ合う。人間は思い出を物に託して前を向く生き物だが、今回に関しては誰が為、しかし、あの時もやっておこうと思えただけ。

 そうだ、あの時の気持ちを完遂しておきたかったんだ。


 「...そろそろ行こうかな。」


 熊の人形をあるべき場所へと納める為に。


 「すみません。あのー、魔女の被害者が眠る墓地ってどこですか?」


 なので、聞き込み開始。第一歩、ここらを行き交う町の人々。

 厳つい傭兵からクッキーが好きそうなお婆ちゃんまで。


 「いま急いでいるので。」


 「知らないな。」


 「なんだ、無魔(デノム)人か。どっか行け。」


 場所を変えて聞き込み再開。今度はもう少し上層に近いところ。

 けれども、この辺りに来ても結果は変わらずであった。

 なかなか情報が集まらない。誰も知らない。もしかしたら、慰霊碑のようなものすら存在していないのかもしれないが、じゃあ、どうすればいいのだろう。


 (こうなったら海に流して供養するしかないのかも。)


 ふと、いい香りがした。


 誘われた視線の先にはこぢんまりとした屋台があった。店主が黙々と鍋の中をかき混ぜ、旨味が香り立ち、ロスト・ララの腹が鳴く。

 どうやら、チャングを作っているようだ。


 「すみませーん、一杯下さい!!!」


 チャングとは、精霊語で〝スープ〟を意味する言葉であり、何かしらの手段で乾燥させた豆を麻袋に入れて棍棒で叩き潰して野菜や肉の切れ端と共に煮込んだ料理である。ビルケール発祥のズボラ飯。日本でのお茶漬けと似た位置付け。

 いわば主食系スープだ。満腹感ならばシチューにも負けない。

 こうも調理が単純だからか地域毎に様々な派生をしている。例えば、ドミル風と呼ばれるものは肉汁が多くハーブと酢も入れた香ばしさが特徴的。


 (ドミル風のは食べたことはないけど絶対にウマイ。)


 とにもかくにもビルケール風チャング、王道の味。価格は15ビーズ(約600円)です。


 「頂きます。」


 手を合わせて召し上がれ。


 「おいしいです...!」


 「そうか、そうか!!」


 切り揃えられた野菜の丁寧な食感が凄く良き。料理下手を誤魔化すような調味料の使い方もしていない。自炊する彼だからよく分かる。感動した。ブラボー。

 先述したような単純な料理だからこそ、料理スキルが求められる。

 これは巧い、そして旨い、ならばもう言うことないじゃない。


 この食事風景をニコニコ顔で見てくる店主のお爺さん。


 「ごちそうさまでした。」


 全てを平らげて、ララは屋台から離れる。


 (うまかった。)


 胃の奥底に感じる確かな触感。


 (それに地味にやりたいことが出来たので満足。今の所はだけど、他には、徹夜で遊んでみたり、学校の購買で買い食いとか、ね。やりたいな。)


 (で、食べている間にちょっと考えてみたけど。)


 (たぶん、宗教施設周りを調べた方がいいな。うん、むしろ、そこから先に探した方がよかったね。反省しましょう。)


 それからは修道院に向かって行くことにした。

 緩やかな時間の流れに身を任せ。


 こうする合間にも世界を変える人がいる。

 偉人と呼ばれる人種だ。よくそこまで行けたものだ。

 常人が憧れるには遠すぎて、離れるにしても近すぎる。なにせ、世界を変えているんですもの。影響力という観点で言えば災害となんら変わりません。

 もちろん、なりたいと思ってなれるような存在ではないが、ただ、なりたくてなった人が何処にもいない。とても厄介なのだ。これこそが。


 (おっ、トカゲがおる。)


 まぁ、ロスト・ララには関係ない話であろう。


 しばらくしてパラ=ティクウ上層の修道院の入口に彼は到着した。

 ここより先は世俗から切り離された小さな箱庭。


 ――――――一方その頃、修道院内部では。


 「アッシュ先生、なんか面白いことして。」


 「おっ、子供ながらの無茶振り。やってやりますとも。」


 修道院長ブライアン・アッシュが子供達に囲まれていた。


 「むかし、むかし、ある所にアホ馬鹿間抜けな事をやらかしたスーパーど戯けタイム君という人間のカスがいました。ある日、そいつは自分を救う旅に出ました。年月が経ち、彼が見つけたものは行く先々で他人を救うことが出来ましたが、最後まで自分を救うことは出来ませんでした。めでたし、めでたし。」


 「なにが、めでたいンじゃあ!!」


 「つまんねぇー大人。」


 「性根から捻くれてやんの。」


 「その歳まで何やっていたの? ねぇ?」


 残念ながら当然か、ハチャメチャに非難が飛ばされる。


 「やかましいわッッ!!! 以上、終わり!!!!」


 わッと広がった騒がしさが更に盛り上がっていく。本当に修道院なのか、疑いたくなるぐらいにだ。それもパラ=ティクウなんで仕方なしなのか。

 そもそもの修道院長が聖職者らしい振る舞いをしていないのだ。

 ロストはこの学級崩壊さながらの雰囲気に気圧される。


 (でも、悪くはない...?)


 扉を開けた矢先に丁度この騒動の真っ只中。


 「ヌお゛ッ!!!?」


 不意に筋肉モリモリマッチョマンな石像と目が合う。本当に不意にだ。それにしても見事な筋肉だ。漢らしく、逞しい、もはや反則的じゃないのか。

 股間についている細部の拘りに目が行きがちだが肝心なのはそこでない。

 人類はより大きい視点を持つべきなのである。


 「こんなことをしている場合じゃない。」


 自分に言い聞かせるようにしてこの場を後にした。


 (...うん、でも、やっぱり初めて来た町って楽しいな。)


 (見たことないものが一杯あってさ。)


 そうして彷徨っている内にソレっぽい場所を発見した。

 やけに苔生した長方形の部屋で、木の椅子が片隅にポツンと一つだけ置いてあって、中央には大きな石碑、それと、内壁の白い漆喰がガラス窓からの日光に照らされて綺麗だった。ロスト・ララはよく見ていた。

 お盆の日に家族と行った納骨堂の記憶がよみがえる。


 「貴方は誰?」


 石碑の前から問いかける人がいた。


 「...もしかして、迷子なの?」


 「いいえ、違います!」


 貧相な身なり、細い指先の迷い、目の下には(クマ)、淡い灰色の絡まった髪の毛をした野鳥みたいな少女。しかし、飛ぼうとしたら飛ばされそう。

 速過ぎる内に子供の魔法が解けてしまった大人でもある。

 束の間に、彼女はララの持つ熊の人形に気が付いた。


 「なにそれ。」


 ララはこれまでの事情を下手くそに説明する。


 「ごめん、訳が分からない。」


 謝られてしまった。


 「でも、貴方の求めている場所はここで合っているよ。」


 彼女は石碑に視線を送った。経年劣化により大半はもう読めないが、碑文には確かに〝魔女〟と〝死者〟という単語が刻まれていた。

 しばらく、ララは言おうとした言葉が出せなかった。


 「...ありがとうございます。」


 そして彼は熊の人形を石碑に寄り添わせる。

 意地の終わり。解はなく。ただ、そうでありえた。


 「これは独り言なんだけどね。」


 その様子を見届けたあの彼女は語り始めることにした。


 「人には幸せになる権利がある。」


 彼女の思う自分自身とは、ララの見た印象よりも、深く歳を重ねた老婆のようであり、どこで何をするにしてもすぐに自分を見失ってしまう存在。

 そして大切になれそうなものを急ぎ取り込み消してしまう。

 何度も繰り返した。ずっと。かつては何処にでも行ける心もあったが、産まれながらの環境が、親の考える上限が、社会における常識が、とても邪魔で、とても嫌いで、なのに何にも無くて。


 「どうでもいいのに、感謝とか。祈りとか。戒律とか。」


 「理由なんて知らないけどそれが当たり前だからやっただけ。」


 「走らずとも歩いてさえいれば何処かには辿り着くんだよ。別に頑張らなくても。それで愛されなくても。それが私なんだから、他人を押し込まないで欲しかった。けど、いつも叶わなくて。星が綺麗でね。私は醜いままだった。」


 しばらく彼女は口籠り。


 「もう皆死ね。」


 ララはもう黙って聞いているしかなかった。自分の知らないところで起きた想像できないような本当なんてどうすればいい。

 閉じた口の中で血の味がしたような気がする。


 「きっと、誰かに嫌われることは運命なんだと思う。」


 だが、これは質問だ。


 「...早くこの町から出て行きたい。」


 彼女の目は問いかけていた。


 「僕はッ!」


 いつの間にかララは喋り始めていた。


 「自分は周りの人間が笑顔じゃないと嬉しくないんです。自分にとっての他人は、ありえたかもしれないもう一人の自分だから、その、僕は。」


 「ただ僕は、そうでありたいです。」


 彼女は目を丸くした後に優しく微笑み。


 「やっぱり貴方は優しいのね。」


 それだけを言い残して、あっけなく去ろうとした。

 空気に溶けそうな髪の毛が一本、ゆらり揺れて。

 ロスト・ララはその後ろ姿に目を奪われ。酷いのに美しくある微笑みを思い返し。凄く惜しいような気がしてしまい。


 「名前を教えてくれませんか。」


 彼女は沈黙ののちに。


 「...ねぇ、二度と会わない他人でいましょう。」


 「良い人には教えられないの。」


 それからは静寂が続いていった。


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