7話 新たな選択
照明は魔法と蝋燭の二種類があった。
ララが立つ場所、地下墓地は彼の予想を超えて綺麗なところ。
大きな長方形の部屋に机が二つ、壁には遺体を収める穴があり、そこに眠る全ての者は麻袋に包まれて安寧を享受している。
そして地下である以上、浸水の影響を受けやすい筈なのだが、しかし、それが全く感じられないのは何かの魔法か。それとも建築家の見えない努力か。
どちらにしても、不思議な空間に違いない。
さて、彼にとってはどう映ったのだろう。
(村にあった墓所とはまるで違う雰囲気。腐乱臭はまるでしない。)
目を横へ、部屋の隅は棺桶の山に占領されていた。
そのレンガみたいに積み上げられた棺桶はどことなく工場を思わせる。
(...酒場の件もある。頼まれていた事をしてすぐ離れよう。)
そう決意をしてからは早い。なにせ、既に準備は整っていた。
遺体は机の上、直視するには少し堪える見た目。
彼が村を追い出される前、埋葬の手伝いをする事もあったが惨殺死体は初めて見た。仮にそうでなくとも気分を悪くしたのは勿論のこと。
これを今から、死者の為とは言え弄繰り回すのだから気が滅入る。
それで肝心の義眼は必要な道具と共に置かれていた。
シワシワな木目に目の模様が描かれた義眼だ。
(そして魔法陣みたいな模様も微かにあると。)
ロストは息を呑みこんで作業を始めた。
好奇心が過ぎると戒めて。
それからしばらくして。
地下墓地から階段を上って部屋に戻ってみると。
そこには人影、待っていたのか革命王。
「やぁ、ララ。少し話がある。」
わざとらしくララは首を傾げてみせて。
「話ですか?」
その時、窓の向こうで星が輝いて。
「―――ただ、すみません。これから仕事を探そうと思っていまして。」
と言って、急ぎつつこの場を離れようとするも。
これを革命王は言葉で繋ぐ。
「残念ながら、行っても無駄になるだけだ。」
ララは振り返って訳を訪ねた。
「どういう意味でしょうか?」
いまいち理解しかねる内容だ。
「恐らく君はアーマレントにやって来たばかりだろう? ここの出身ならば間違っても来ないだろうからね。」
革命王はこう言った。
「だから知らない筈だ。この国で就職、商売、衣食住、その全てにおいて無魔人は不利な立場に追いやられている事を。君の見てきた物はどうだった?」
「例え何者であろうとも、君の体質は無魔人そのもの。無魔人として扱われること間違いないな。」
「自分と無魔人が同じ?」
「そうだ。そして、この国の法律にはこう綴られている。魔力無き無魔人は職の自由と家の所有に制限が発生すると。つまり君は働く事が許されない。」
衝動的にララは頭を抑えた。話が唐突過ぎて呑み込み切れなかった。
この事は彼にとって大きな意味を持っている。
仮にも最初に決めた行動、最終的な目標は地球への帰還なのに、その最初すら自分は成せやしないなんて笑い話にもなりゃしないと。
地球が遠のいたように感じたのだ。
何にせよ彼には落ち着く時間が必要であった。
それを見て取り、オキュマスは話の最後をこう締めくくる。
「そんな無魔人達の最後の砦がこの教会。一時的でも、恒久的でも、我らの仲間である限り、身の安全を約束しよう。」
「...少し考えさせてください。」
ララは俯き顔の影を濃くした。
「もちろんだ。今は十分に考えておいてくれ。」
オキュマスは彼の整理が付くまで返事を待つつもりだった。
しかし、腹心ギガスからよりお客様のお知らせ。
「何だって今に腐れ貴族が。」
教会の寂しい通路を歩きながら報告を聞き取った。
時刻は夜、外の明かりは月か星かの二者択一。
「護衛は男が一人だとさ。随分とまぁ舐められたもんだな。」
「それより、この場所が相手に知られているのが一番の問題だ。」
やがて、王と巨人は教会の玄関に辿り着く。
扉の前で賑わう配下の慌てぶり。それでも指導者が「開け」と言えば、すぐさま統率された軍のように門を開いてみせた。
そこから見えるのはまた別の二人組。貴族と憲兵、ガルフとダンカン、彼らは煮え立つ敵意の中を悠々と、実家同然のように進み行く。
「腐食者に会いに来たぞ。何処にいる?」
「物好きな者よ。ここにいる。」
呼びかけに対してオキュマスは集団の中から躍り出た。
胸の内では依然として物思い。
(軍隊を後方に控えているのか、居場所をどうして知られたのか、どうにしろ主張を聞いてみるべきだろうな。)
これに答えるようにガルフは言った。
「私はたった二つの用件を伝えに来ただけだ。」
「一つ、革命ごっこを今すぐ止めろ馬鹿ども。二つ、アーマレントから出ていけ、いつまでもこの国に拘るな。場所は用意してやるからそこに住め。」
「馬鹿言え!! 行きなり来てなんなんだその物言いは!?」
反論したのは革命王ではなくて極一般の無魔人。
一人が言えば二人が返す。賛同する声は次々と沸いて、最後にはもう呪いに昇華してしまいそうな怒りと殺意が溢れだしていた。
この怒号の渦をガルフはたった一言で止めた。
「黙りやがれ底辺の蛆虫共が!!」
たった一言だ。
「事の張本人が言う事じゃない。」
と、群衆の中にはか細く反論が。これについては聞き流す。
「おめぇらの行動...ごっこ遊びなんだよ所詮は...。」
「なんで情けないと思わないんだ。無魔人の革命だと言うのに主導者が遠い! 異国の! 異民族?!!! ふざけてるのはどっちだ! 自分の足腰で立ち上がれないと周りに言い触らしたいだけなのか? おぉ、流石だな! かつて弱小奴隷民族として栄えていた事はあるな。え゛ぇ、貴様らは自分ら以外の民族がいなければ存続できないちっぽけな存在なのだな。」
「ガルフ殿、落ち着いてください。」
その声に一息して。
「すまない本音が出てしまった。」
「...とにかく、移住の話はお互いに利益がある事だぞ。海の見える我が別荘の一つだ。収穫祭までに私の館にやって来てくれ。ではこれで去らば。」
後に残るは石畳を歩く靴の音、それもやがて無音となる。
しばらくは過ぎ去った嵐かのように皆唖然とするのみだったが、誰かの乾いた笑い声を皮切りに怒りが再燃。思うがままに、各々殺意と武器を手に取って追撃に。
これでも動かなかったのは元気の無かった複数人、筆頭のオキュマスは疲れを吐き出そうとしたが、残念ながら人間の構造上そうはいかない。
「厄介だなこりゃ。ギガス、怪我人を運ぶのを任せていいか?」
「あぁ、力仕事は大好きさ。」
もしも、伏兵がいたならば全員帰って来ない可能性だってありうる。
どのくらい生き残るかと革命王は思案した。
あんな事を言ったのだ。
ガルフ側もそれを理解しており、現状こうして取り囲まれていることに対して何ら疑問を抱いてない。
また、自分らが生き残れる事についても。
「なるべく殺すなよ。」
こんな事を言える余裕すらあった。
それに応じるべくダンカンは鞘を外さずに剣を構える。
この様子は彼らの怒りをより一層激しく燃やす燃料となった。鼠同然の生活は耐えれても、その屈辱だけは許せなかった。
彼らは自らの民族の為に動きだす。
かくして戦いは始まった。
ダンカン達の側面に足音、それに目をやれば前からも数人ばかりが肉薄。
「ガルフ殿は隠れていてください。」
「終わったら呼んでくれ。」
短い会話の後、ダンカンの周囲から武器が振り下ろされた。
けれども殆どが空振った。正面の者は剣を盾に防がれて、側面の者はあと一歩で虚空を斬ってしまい、そればかりか背後の者には蹴りが減り込む。
それも鳩尾深くに食い込む大打撃。
ペチャリ、その者の冷たい脂汗が流れ落ちた。
その衝撃は辺りにも伝わった。
流水を空想させる反撃、見ていた者たちは恐怖する。
既にダンカンの足元には三人が倒れ伏していた。
描写する事なく追加で二人。
「良い気になるなよ...。」
無魔人の誰かが呟く。それは自分らを鼓舞する為の物、ようやく覚悟を決めたか男達は貧相な武器を携えて皆突撃。
無策の勇気は蛮勇だ。まるで鷹に立ち向かう蛙の群れ。
第二波、今度の野郎どもは一度に大挙した。
栄えある最初は単なる棍棒の振り下ろし。これをダンカンは剣で受け止め、膝をバネの様に曲げて伸ばす運動で、勢いを付けて敵を大きく跳ね飛ばす。
追い打ちは出来ない、次が来た。
剣、槍、斧、どの武器が一番強いかは知らないが、ダンカンの前では全て平等に叩きのめさるだけの存在だった。使い手が弱かった。
自暴自棄になった輩でさえ、ダンカンにとっては御しやすい相手。攻撃を軽く避けて、通りすがりに脛を鞘で強打する単純作業。
転んだ末に痛みで悶えるのがお約束。
ダンカンは攻めあぐねる彼らを好い事に一つの大技を腕に宿す。
効率的な暴力装置。ガントレットに魔力を集中させ、無魔人に向けると、今度は失敗しない、飢えた暴風が腹を満たすために現れた。
荒れ狂う嵐に逃げる術なし。
風の通る周辺領域、野郎と家屋を一緒くたに食い破る。
戦場に満ちた土煙、動きのある者は数少ない。
心が折れてしまった者も少なからずいる中、ダンカンの快進撃を止めるべく、一際大柄な男が立ち上がった。戦う意志を目で示す。
刹那、そいつはダンカンの初撃を見切って掴み取る。
だがそれはダンカンの計算の内。大男が掴んだのは鞘だけで、ダンカンは刀身を引き抜いて容赦なく膝小僧を斬り裂いた。一筋の鮮血が迸る。
運が悪ければ二度と歩けない重傷だ。
これを期に殆どの無魔人から戦意が消え失せた。
その様子にガルフは感心と違和感を抱いた。本当に容赦がなかった。その情け容赦ない所に感心していた。
違和感は別の所にあった。
「他所見してんじゃねえぇぇ!!!」
ガルフ相手に無魔人が短剣を手に襲い掛かる。
ドッッタァッーン!!!
こちらも刹那、反動の余韻を腕に残して相手の顔を真っ赤に染めあげた。
それでも奴は生きていた。
ガルフは即座に銃に弾を込め、止めをさそうとしたが。
「...そうか、なら、俺もやめておこう。」
違和感の正体が分かった。
この戦場に転がっているのは負傷者のみ。
なるべく殺すなと命令した張本人もこれには予想外。
ダンカンは、彼は殺しをやめたのだ。