6話 超変人ガリ
人が弄する現実を勘繰れば質の悪い本当の立つ瀬はなし。
癒えない傷とてあってないようなものとなる。
とは言えども、意気揚々と無粋に踏み込むのもどうだろう。
それはそうとして瞳には意思が宿るという。これは本当にそうだ。だが疑うべきだ。下手な決め付けが己を狂わせないように気を付けたまえ。
「俺を自警団に入れてくれッ!!!!!」
あの時、トップドッグはジェドの瞳を見ていた。
「いいだろう。」
それから数時間が経過した。
パラ=ティクウ自警団。司法が働かないこの町で、行き過ぎた人の業をブチのめし、必要最低限の共同体の体裁を整えている非公認組織です。
今でこそ泥に咲く華のように暴の頂点として輝いて見えるが。
実の所、自警団の歴史はそこまで深くない。十数年前の行方不明者捜索に集まった者達が、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたのである。
「いであァ? かみいき...?」
そんなパラ=ティクウ自警団の本拠地は大階段のすぐ横に。
「写本とはまた随分と古いなぁ。」
稽古場となっている中庭の脇の机にて。
「なんだこれ。」
ぶつくさと文句を言いながらジェドが本を読んでいた。
トップドッグに勧められてそうしている。もちろん大人しく従う質ではないが、そんなことよりも今は凄く暇なので、そうしているだけだ。
現在、建物には彼一人のみ。他の連中は執行部隊との戦闘で荒れた地域に掃除やら修繕やらの手伝いで全員出払ってしまった。
つまり、トップドッグ以外の自警団メンバーとはまだ会えていない状態。
ジェドは本の1ページを捲った。
クレシェント帝国の歴史書だ。新帝国のほう。かの帝国では魔王が現れる以前の帝国(古代帝国と言われているもの)の正当な帝位継承者の血統を君主が有しており、尚且つ歴史的にも地続きで、よって我が国は古代帝国の継承国と言え、資産を引き継ぐ権利があり、故に月の大陸の征服は奪還であって侵略ではなく、また同じ名前で紛らわしい言われるのは筋違いであると主張している。
それ以外は社会秩序の話が殆ど。役割分担を軸に男性と女性は産まれながらにして出来ることが違うのだから仲良くすべしとか。
ジェドが辟易しそうな話ばかりなのである。
「こんなのを説かれても。」
他の本に目配せする。
(......基本戦術のパレストラ。)
アルブレヒト・カルカ著作の帝国の若き士官の為の戦術入門書。
〝戦闘効率〟というものに焦点を当てた一冊。しかし、著者が帝国の主要民族たるドミル人ではなくビルケール人であるという点から敬遠されがち。
ジェドに限ってはそんなことないので気兼ねなく読んじゃう。
まず戦闘効率においてカルカ氏が重要と考えたのが〝接敵機動〟〝攻撃頻度〟〝攻撃の有効性〟の三要素。また、これらの要素を考慮してこそ陣形や士気などが如何に大切なのかを学べるだろうとも綴られている。これに則って戦闘効率が高いと呼べる戦術を挙げると、地球上においてはアレキサンダー大王がよくやったとされる鉄床戦術がそうである。
「興味はあんのに頭に入らねぇな。」
そのお隣に神秘主義者ヤコブス著作の魔法論。魔法が祈りであった時代から哲学ひいては科学へと認識が推移していく世の流れ、その先駆け。
この世界で初めて魔力に属性の概念を持ち込んだ書物でもある。
内容は、魔法に関する基本法則の追求と解明と懸念。魔法嫌いな文言が多い為に世に出た当初こそ評価されなかったが、皮肉かな、最終的に魔法を理解するのに最適とされ、魔術師達に愛されるようになった。
余談ではあるが、著者はデノム人の祓魔師で精霊語研究もしていた。
(これもよく分からねェ...。)
ギギギギ、ここらで玄関の扉がうるさく開いた。建て付け悪し。
「あれ、皆いないな? どこに行ったんだろ。」
「うーん、さっぱり。」
どうやら二人組のようだが。
(誰でもいいか。)
しかし、ジェドは気にせず本を読む。こういった場合、人が人ならば、相手を驚かせないようにそれらしい生活音でも立てて自分をアピールするのだろう。
で、相手は何も知らずに中庭へやってきた。
「うわッっ!! びっくりしたァ―――...。」
ジェドの存在に物凄くビクッとなったレオン・ティクウス。
「へ~、新しい人? よろしく。」
そして飲み込みが早すぎるぞ、誰かさん。
この二人に彼の反応はこう。
「ジェドだ。今日、自警団に入った。」
以上、終わり。その後の彼はこっちに来るんじゃあないと態度で表す。
とりあえず知らない人には敵視するスタイル。
まぁ、その実、さっき読んだ本の内容が吹き飛ばないように集中しているだけであったりするが、傍から見れば判別しようがない太々しい態度である。
「空気が悪いぜ。」
これに焚きつけられて挑戦者が現れました。
「我が名は超変人ガリ・レコン。ショートコントいきやす!!」
そう言ってガリは一度建物の外に退場する。
「よっしゃ、んっ、あれ? ちょ、開かない? えっ???」
しばらく玄関の扉をガっガっとする音が中庭にまで響いてきた。
今思うと結構粘っていたように思う。
それも次第に小さくなり、やがて何もしなくなる。
大階段横の自警団本拠地前。
ガリは腰を手で押し出して空を見上げるポーズをとっていた。
諦めた奴にしては凄く爽やかな笑顔でした。
彼は己の人生について今一度考える。ふむ確かに不幸ではある。玄関の前で立ち往生するとは何たる巡りの悪さ、今までもそうだし、これからもきっとそう。
だけど、そんなのは人生の一部でしかないじゃない。
ほら、見てみろ。いいじゃないか。名匠の水彩画すらも後れを取る圧倒的な現実の空、いつか落ちて来ると空想されるにまで至った摂理に基づく被造物。
対人関係は第一印象と最後の印象が大事らしいが、さっき全て台無しにしたことだし、もうどうだって、ハハハハハッ!!!
「空、綺麗だな。」
――――――完。
なんとも微妙さ残る自警団本拠地内部中庭より。
レオンは頭を掻きながらジェドに問う。
「あー、それで、本当に何なんだよ君は?」
ジェドは椅子から立ち上がりながらこう返す。
「どういう意味だよ、そりゃ。」
レオンは口をすぼめた。嫌な汗が頬をくすぐり痒かった。
「...自警団に入れて貰ったって誰にさ。いきなり現れて。もしも嘘じゃないのなら何か証明してほしいけれど、あるのか?」
「トップドッグだ。本人に聞け。」
「ッ嘘言え!! お前みたいな小悪党を許す訳がないだろ。」
ジェドが不意に腕を振りかざし。しかし、脱力した。
「実際そうなってんだよ。」
レオンは咄嗟に構えた腕を下ろす。
「だから、この話は終わりだ。俺は今から本を読む。お前は外にいるバカたれを連れて犬の尻尾でも追いかけてな。」
こうしてジェドは苛立ちたっぷりに勢いよく椅子へ座った。
これをレオンが不機嫌そうに見ているが。
そんなことよりも本の続き。彼は集中しようとした。だが、先程までは何ともなかったのに靴を踏む足裏の感触や音楽の無い静かな世界が疎ましくなってきた。
精神が肉体に袖を通して通じ合ったこの瞬間。
やけに現実味の増してきた自分の調子に酔いそうだ。
「やっぱり、お前は自警団に相応しくない。」
気分を悪くしている所にレオンの捨て台詞。
「待てよ。」
これを声で捕まえて。
「なんだ?」
再びジェドは席を立つ。
「男がいちいち女々しいんだよ。子悪党だの、相応しくないだの、後から後から鬱陶しいわッ!! そんなのを相手にするほど俺が暇に見えるのか!? そうなんだろうな!! だけど、そうじゃねぇんだよ。うるセェんだよ! 俺の嫌いな奴らに似ているのが特にクソ。こうなりゃブチのめすぞッ...!!」
「だから俺と決闘しやがれ!!!」
しばしの静寂が訪れた。
「...えっ、ちょっと待て!」
「オメェが勝ったら自警団を辞めてやる。」
「なにを言ッて!?」
「チャンスはやったぞッッッッ!!!!」
ジェドの剣幕にレオンは押し黙ってよろけた。
(本当に何なんだコイツは!!?)
それにしても何故だろう。分からない。なんてことだ。
レオンは自分を馬鹿にしてきた連中を思い出す。もしも、コイツなら殴ってる。だが、コイツは生意気にも自分に向かって吠えている。
よりにもよって自分よりも年下であろう奴がさ。
これって、あってはならないじゃないのか。
喉が熱くなってきた。もはや受け入れられないな。
「わかった。いや、やってやるぞクソガキがッ!」
レオン・ティクウス、18歳。好きな食べ物はガーリックシュリンプ、好きなことは強くなることとカードゲーム、尊敬している人物はゴート・ミーク。
これといった逸話を持たないがそれもまたいいでしょう。
将来の夢は英雄と呼ばれるようになること。例えばクレシェント帝国の親衛隊の隊長になるとか、災害を切り伏せるとか、奇跡のような活躍を。
座右の銘はゴート・ミークが発したとされる心意気。
「そうさ、英雄は成し遂げる。」
レオンとジェドが睨み合う。
「もしや立会人が必要なんじゃあるまいか?」
ここでヌッと現れました。誰にも呼ばれてないのにジャジャジャジャーン。
蜘蛛の巣まみれのガリ・レコン、埃臭いぜ。
どうも普段使われていない窓から侵入したようです。
「卑怯なことしたら張り倒すぞ??」
「ガリは確かにアホかもしれないけどそこは信用していい。」
「そだよ。いつでも公平であることを約束しようじゃあないか!」
ガリ・レコン、18歳。好きな食べ物は肉料理全般と美食、好きなことは遊ぶこと、尊敬する人物は努力が出来る人と小説家などの文化人全般。
性格は見ての通りに剽軽で前向きで若干の不幸体質。
妹と妹の友達に出血は鼻血の上位概念であることを説得しようとして逆にゴリ押し論破された過去があり、今も根に持つ。11歳の時の話です。
座右の銘は、明日は明日の風が吹く。
三人は中庭のど真ん中に移動して決闘の準備をする。
今日初体面でなんてこと。ガリ立ち合いの下でレオンVSジェド。
どうせ今だけの若気の至り。ここまでくればイイ感じ。悪名蔓延るパラ=ティクウでの小さな一幕、身から出た錆ぞ、藪から棒な無益な争い、封じたい記憶に注ぎ込みましょう。そして暴れ続けていきましょう。
変わりたいのに変われない似た者同士で決闘だ。
「倒れた相手への追撃はなし。噛み付き攻撃や中庭から出るの禁止。目玉、鼓膜、喉、金的を攻撃してはなりません。これ破ったら負け。」
決闘とは格式張った喧嘩だとも言える。
だが、これを行う者達にとっては喧嘩以上の意味を持つ。
ジェドとしては絶対性を望む。いかなる結果となっても皆が認めるという絶対性が、確かな精神の勝利、純粋な殴り合いよりも価値がある。
「勝利条件は相手を降参させるか動けなくすること。」
ガリがルールを詠唱した後に右手を挙げて。
「ではどうぞ!!」
これを下ろして始まりの合図。
お互い開始位置からじりじりと詰め寄り。
先制、ジェドが顔面狙いの突撃パンチ。レオンはこれを受けきってお返しに横腹へ掌底打ち、追加で二発、更に体格がいいのを利用して突き飛ばす。
またもや出来た二人の距離に緊張が走った。実感があった。
この時を以って決闘が始まったと言っても過言ではない。
ジェドは策を考えながらゆっくりと立ち上がる。荒い息をしながら。ただ、頭を使って戦えるほど器用ではないので〝一つ〟だけを決めた。
対するレオンは用心しつつジェドの出方を待った。
先程、殴られた箇所は少し痛む程度で済んだ。
深呼吸だ。日々の練習を思い出しながら自分を落ち着かせようとする。
2秒ほどが経った。
――――――刹那、ジェドが詰め寄って。
「!!?」
レオンは胸をドキつかせながらも両腕を構えたが。
「オ゛らァッ!!!!」
ジェドは狼の如く跳ね上がって左手から裏拳を繰り出した。
重力に身を任せた打撃は最初よりも鋭く重い。
レオンの防御を薙ぎ払う。それに留まらず。がら空きとなった顔面へ、耳元までよく引き絞った右拳を情け容赦なしに叩き込んだ。
(どこで覚えたそんな動き!??!)
派手に仰け反ったレオンから鼻血がヌラり。
(自然体で戦う。たった〝一つ〟だけだ。)
ジェドは帝都にいた頃、気に入らない奴をボコボコにしてきた。
相手との実力差を顧みずに挑んだことも多々ある。
まぁ、ガチの犯罪者とは流石の彼とて避けたようだが。
つまるところ経験豊富なのだ。返り討ちを体験済み。場数を踏んでる。勝負とはビビった方が基本負けるものだと心得ている。
「ブチのめす!!」
「ほんとこのっ、この狂犬がッッ!!!」
飛び掛かってきた狂犬をレオンは咄嗟に掴んで投げ飛ばす。
(とりあえず距離を取って...!!)
ジェドは受け身をとってすぐに起き上がった。
(距離が取れないッッ!!!)
そして先程披露されたばかりの技、そう技、あれの恐ろしさはここから、ヤケクソにも思える猛突進の最中に彼は裏拳を構えてもう一度。
レオンは焦るも中腰となり左腕だけで顔面防御。
これを見たジェドの歩みは遅くなるどころか速くなる。
そうして三度目の接触。打ち勝つは誰か。レオンは裏拳を防いでみせたが、裏の裏、そこに隠された強烈な打撃が今度は左わき腹へと入ってしまった。
どうしても顔が歪む。くぐもった声が吐息と共に漏れだしていく。
(あぁ、そうか、分かってきたぞッ...。)
初撃で視界を遮って二撃目で自在に叩く殺意高めのヒデェ技。しかも、分かっていても反射神経がよくなければ対応するのは難しい。
これにレオンは見事にしてやられたのだ。
(だから、何処で覚えたんだよそんなのを!!!!!!!!)
そうこうしている内にジェドはまた裏拳を構える。
「この畜生めが!!」
準ハメ技の使い手も相応に殺意が高い。
少々赤くなった稽古場での決闘。張り裂けそうな緊張感、動き出す前の僅かな間、高まる鼓動、引き延ばされた刹那の時間に二人は身を投じていった。
ジェドとレオンは叫び合いながら急接近。この瞬間から、後の先の為にお互いの動きが連鎖して挙句の果てに中途半端な動作、接触する寸前、絶妙に産まれた隙ともいえないような相手の誤算でせめぎ合う。
間際に起きた攻防。結末はすぐ。無理に攻めて体勢を崩したジェド、勢いの削がれた必殺パンチを頬にくらって身を捩るレオン。
「英雄は成シ遂げルッッ!!!!!」
レオンは気を絞って己を律した。痛みがなんだ。そこから両手を固く握りしめて拳を作り、ジェドを右、左、右、左右交互に殴り続けた。
トップドッグの下手な真似事と言われても知らんがな。
「なーにが、体幹ブレブレ連打だ!!」
ちょいとレオンは殴られ過ぎでしどろもどろ。
咄嗟にジェドは両足の力を抜いて猛攻をすり抜け、バネみたく跳躍する。
すると、これが自然と頭突きになってレオンの顎に綺麗に決まった。
瞬時に彼は背筋をピンと硬直させて倒れ伏す。で、身動ぎはすれど立ち上がってはこれずに呻き声。頬の内側が擦り切れ歯茎にもダメージ、大変そう。
立会人ガリ・レコンが駆け寄って戦意を確かめてみた。
「顔面がぜんぶ痛いンだよバかァ......。」
「ジェドの勝利です!!」
「ハァハァ、なんだよそりゃ...!!」
これを聞いてジェドもぶっ倒れた。中庭の芝が滅茶苦茶背中に刺さる。
だけどもう疲れちゃって、全然動けなくてェ。
(久しぶりに人を殴れたなぁ。)
辺りの熱気に引付けられてか優しい風が吹いてきた。
中庭の脇の机の上、とある一冊の本が自然と捲れていく。
ゴート・ミーク、魔王共をボコボコにした勇者ユーマの仲間の一人。
卓越した剣技に重属性魔法を併せた戦闘スタイルであったという。
性格面は炎天下の泥炭みたく燃え上がりやすかったとか。
魔王征伐の後にグラティア家を創設。して、ゴート・グラティアに改名。元となったミーク家については古代帝国の時代に成立し、ニゴ家と並んで栄華を極めたものの、魔王を乗り越えた時代に起きた不慮の事故によって途絶えてしまった。
活躍した時期の関係上、世間ではミークの姓の方が一般的。
「まったく俺ってなにしてんだか。」
ジェド・グラティア、14歳。自分の血統が嫌いです。




