3話 化け物みたいな夜だった
ジェドは暗くなりつつあるパラ=ティクウの街路を途方もなく彷徨っていた。
このまま行くと町の何処かで野宿することになりそうだが。
けれど、彼は慌てる仕草も見せずに歩くだけ。なにせ、この辺りは今まで見てきた町の様子とは打って変わって治安がいい。ゆっくり出来る。
これがロスト・ララならば今頃ネガティブになっていただろう。
(簡単に吟遊詩人を信じるもんじゃないな。)
あいつら割と嘘つきます。
(聞いた話とはだいぶ違う。)
地上の楽園だと謳っていた。
(とは言え、もう俺は引き下がれねぇよ。)
やんちゃ坊主のこれまでの旅路。帝都であるコンゴルムから始まり、駅を使って交易都市のレッグバッチ、フニャーゴ山岳を超えてブニスクラ、ビルケールの首都でもあったフォートベル、色々あったアーマレント、現在地はパラ=ティクウ。
年齢不相応の大冒険。だけど、インディ・ジョーンズには勝てません。
こうなってくるとあの森での出来事すら霞みます。
(でっけぇ崖はあったが。まぁ、覚悟さえあればな。)
(魔物もギタイザモク以外は特に危険なのはいなかった。)
ここで上層から夜を告げる鐘の音。
(こんな町でもあるんだな。)
そして改めて見る町の全景、クソみたいだ。
いや、断言するのはどうなんだろう。
でも勢いで言いたくなる。ジェドはそうだった。自由でありさえすれば理想郷になると心の隅っこに飼っていた僅かな期待だって否定されたくはないもんだ。
だが、このままでいいのかとも思ってしまう。
本当にどうしようか。結局、色々な町に行ったが得られなかった。
「聖国だけには行きたくねぇなぁ。」
誰も行けとは言っていないのに独り言。
(もう自分でもよく分からねぇよ。)
とても空腹だ。いつも餓えているんだ。
これを満たす為ならある程度の犯罪をやったっていい。
だけど、他人に頼ることだけは絶対に駄目だ。大人に聞くもあり得ない。仮にやったところで思春期だと反抗期だの嘲笑って、社会はどうだの求めてもいない説教をして、武勇伝を間抜け面で、勝手に満足して勝手に話を終わらせるさ。
(立派な大人って奴はッ!! そうだろ???)
答えが出せそうにない物を追っている。
(これが単なる俺の拗らせならいいんだよ。だけど、なんでマジで頼れない大人しか周りに居ねぇんだよ。全く面倒くせぇなぁ。)
(あと、こっちは正しい生き方とやらには興味ねぇから。)
(そんなことよりも生きなきゃいけない理由を教えろよ。)
でもそんな変な奴いないから。
(じゃあもう俺は俺を救わなきゃあいけない。)
まだジェドはパラ=ティクウを彷徨っていた。
人と獣の違いはなにか。丁度、この時代ではよく議論されている命題。
結論から言うと文化を持つかどうかだ。
どんなに賢い獣でも演劇や小説を嗜まないと。
この考えは既にクレシェント帝国の世論になりつつあった。パラ=ティクウでも広まっている。パン屋のボブもそう考えている。
これが何を生み出したのか。貴族が芸術家のパトロンになりたがったり、文化を守ろうという意識が芽生え、古代帝国を取り戻すという運動も巻き起こった。
オォ、素晴らしき文化。賞賛すべき人間性ぞ。
いまこの世界の大部分では人間が人間らしくあることが最大限の当然であり、というよりも獣であることに恐怖を感じ、その為には文明人として規則を守り、先祖の精神を尊び受け継ぐべきだと。そう考えられている。
はて、地球ではどうだったかな。
さておき、パラ=ティクウ上層にあるティクウス市長の邸宅。
「ほほぉ、かの有名な名刀アドミラルロンドではないか。」
「これがラァバレン料理の天日干しした魚皮の茶!!」
「誰かワインを知らないか? いつの間にか無くなっていたんだ。」
「ヴェロッキオ殿、この様々な表情の顔が向き合う絵画はなんという題名で...〝人間模様〟...なるほど!!」
様々な客を招いた大宴会。ギャハハハと笑い声、楽しそうでなによりです。
主催者はティクウス家の当主ルシオ・ティクウス。ティクウス家とはある豪農がハウゲラタン家からティクウス伯爵の称号を買い取り創設した家系である。
つまり、れっきとした貴族の血筋であるということだ。
ただまぁ帝国絡みで称号が失効するまでの三日天下ではありましたが。でも失ったばかりじゃないよ。補填金をたっぷり貰った上でのサヨナラホームラン。凄いぞ、当時の当主。流石だ、ティクウス家。
その後は現在に至るまで市長の座を世襲しています。
「おい、レオン。こんな時間に何処へ行く気だ。」
「自警団の手伝いだよ。父さん。」
「まさか!! まだ英雄になりたがっているのか!? 」
こんな町の市長に何の意味があるのかはともかく。
「お前は将来、パラ=ティクウの市長になるんだぞッ!!!!」
当主の叫びも空しくレオン・ティクウスは逃げました。
「しばし、私は席を外すのでこの場を頼むぞ。レオンの件でだ。」
「おや、では名言クイズでも出しましょうか。さぁさぁ、皆さん。お手並み拝見。ページの余白に君がいる。誰かにとって最高の瞬間を。英雄は成し遂げる。これらは誰が言ったでしょう。」
「ペパハ氏とテアトルム公と。ハハ、最後の方が思い出せません。」
「私がワインだった......?」
パラ=ティクウの中層、ここもそろそろ危険を顧みる時間帯になってきた。
自警団の制裁を恐れて基本的に誰も何もしないが、衝動任せは別物。夜の過ごし方を忘れてしまった者達によるルナティック。もうどうにでもなれ。
――――――あるいは、もうどうにかなってくれ。とか。
もちろん動機の方は人それぞれ。社会に裏切られたと思い社会を破壊したがる奴、なるべく人の足を引っ張って死にたい奴、最期は何かしたいの方向性が悪魔的だった奴、あとは酒や薬によるものなど。
こうやってリスト化すると何が悪いのか余計に分からなくなる。
(俺は簡単に悪になってやるつもりもねぇからな。)
ジェドはそう願っていた。
(それより寝床だよ。駄目だな。こんな所で雑魚寝をすれば朝になって目立っちまう。出来ねぇよ、誇りを失った訳じゃねぇんだ。)
(ロスト・ララには元から無いだろうけどな。)
オォ―ン、どこからともなく野犬の遠吠え。
声の発生源は意外と近い。
「...。」
ジェドは足を止めて周囲を見回す。よく聞こえるように息を潜める。
この時ばかりは布の擦れる音までもが耳障り。
急に腕が震え出した。すぐさま膝に強くぶつけて誤魔化した。
「ハァ、もう...。」
未だ静寂、何も起きない。
「なんだよクソが。」
くだらない邪魔が入った。こんなことで少し疲れてしまった。
彼は振り返って寝床探しを再開させる。
一応、目星は付いている。町外れの森近く、ボロボロだったけど小屋があったのを思い出した。そこが駄目なら厩舎を勝手に借りるつもりだ。
「急に撃ち殺されても文句は言えねぇな。」
その時にはもう死んでいるからね。
「なんで、俺は一人で喋っている。」
本当にさ。黙って歩くと空っぽみたいな気分になる。
ここでジェドはメーデー旗団がどうすればあの牡牛の戦士に勝てたのかと、思考を巡らせて心を紛らわせようとしてみた。
やっぱり駄目だ。実は既に心の中で決着がついている。
あぁ、防ぎきれない。
地球の誰か曰く、ドラマとは退屈な部分をカットした人生である。
それに則ればこんな空虚は誰にとっても日常茶飯事だろう。
これをジェドは何の因果か実感してしまった。
だから、彼には分かるんだ。夢を持たない者がどうやって生きていくのか。何も映らない瞳を抱えて、無常にも歳を食って老いぼれていくのを。
全部、難しい話だ。かといって後回しにも出来ない。
だって自分がそうだから。
これほど一日は長いのに進展がなかったことから明らかだ。
世界の何処かでは常に何かが起きているのに。
この気持ちは嘘か。いいや、困ったことに本物だ。じゃあもう事件に首を突っ込んで死ね。いや、これじゃあ何かが違うんだ。いつまで経っても自分の欲しい物が掴めない。ほら、まただ。こうやって変わらない夜になっていく。
呪術師ですら夢を持つ時代になにをやっているんだろう。
「全員ぶっ殺したらなんかイイ感じになんねぇーかなー!!!」
パラ=ティクウ郊外、俺を導かない月明かりと鬱陶しいだけの冷たい風。
ジェドは魔法で作った火球を頼りに夜を歩む。
こればかりは疲れ果ててしまう前に辿り着かなきゃいけない。




