2話 ドッグファイト
戦いを見届けるべくジェドは群衆の中を突き進んでいた。パラ=ティクウの人口は一万ちょっと。三千人の壁を子供の背丈で掻い潜っていった。
これは先程の地元住民に誘われたからではない。
ましてや、勢いに飲み込まれた訳でもない。
周囲で歓声が響く。こうも他人を沸き立たせる存在が何か気になっただけだ。全部、自分の意思だ。その筈だ。だから、いいんだ。
不明慮を心に抱えながらも彼は最前線に辿り着く。
「済まない。トップドッグ、これは我らの不始末が故の事態。」
戦いはまだ。
「どうか、先にケジメを付けさせてくれ。」
衝突が今。
「メーデー旗団が行くぞ。」
ただし、起きたのは執行部隊とメーデー旗団の喧嘩。環境は都市部、衆目の下、血が香る危険な牡牛に剣士達が立ち向かう。
お目当てじゃなくて観衆は静か。なんちゅうヤツら。
執行部隊とはシルバーメイン銀行が有する伝説の武装勢力。トーラスの装備はハルバードと鎖帷子や肩当てを組み合わせた特注品の皮鎧。
一応は都市側勢力、メーデー旗団とは剣士のみの変わった傭兵団。剣技も足並み揃えて同じ流派、柔よく剛を制すの体現、プロスウィア流剣術を扱う。
そこの者が三人、長剣を構えて突撃したのだ。
「さっき、相手してやっただろうがッっ!!!!」
トーラスは足元の死傷者を魔法で地面を迫り上がらせて跳ね飛ばす。まるで箒で薙ぎ払った蟻みたい。並みいる魔法使いでもこうはならない。
剣士達は回避成功。野次馬には命中。
そのまま彼は自慢の得物ハルバードで迎え撃つ。その為の踏み込み。すると周囲の地面がデコボコに陥没後、今度は逆に鋭く展開、すぐさま棘状に隆起した。
これには思わず剣士一人が足を止めてしまった。
ここにハルバードを振り下ろす。相手は剣で受け止めようとする。が、受け止めきれずに脳天をカチ割られた。無論、即死だ。
開戦から十秒未満でこの所業。
「まだ大暴れする程の魔力を持つとは...!!」
「ならば、こちらは短期決戦の心構えでェッ!」
残りの二人が肩を並べて突きの準備。
「いいぞ、来てみろッ!!!!」
トーラスはハルバードを振りかぶる。武器に緋色の力を宿らせる。肉体強化魔法もオマケだ。彼の中では既に敵を両断する光景が出来ていた。
そして近付いて来た相手に己の想像通りを解き放つ。刹那、爆散する地面、舞い散る埃と揺れる家屋、隕石もかくやといった様子の衝撃波。
だが、これを二人は足捌きで直撃だけは免れる。
この避けた勢いに乗じて一人が敵の右脇を通りすがりに斬りつけた。
もう一人も何とかではあるが敵の左肩に斬撃を浴びせた。
「痛ェな畜生が!!!」
トーラスは振り返りながらハルバードを横薙ぎに払った。
これを剣で受け流したメーデー旗団の者ども。
そこから始まる苛烈な剣戟。血気盛んな異文化交流。受け流して反撃するを追求した歴史ある剣術と、力押しに徹することで隙を見せにくい攻めの我流。
ただし、この場を制したのは根本的なある要素。
「なんだ、この化け物体力は!!」
「これが同じ人間か????」
次第に体力切れしてくる剣士二人。
けれど、牡牛の猛攻は止まらない。
「間に合わなッ――――――。」
トーラスの緋色を纏った体当たり。吸い込まれるように捕らわれた一人。彼の牛を模した鋼の肩当てが相手の鳩尾にめり込んだ。
それだけじゃない。それだけじゃ終わらない。
このまま土の壁を生成しては己の敵で叩き割る。
既にニ枚目通過、三枚目も通過、四枚目では物質硬化魔法で補強してから突っ込んだ。旅は道連れ世は情け。でも過ぎたるは猶及ばざるが如し。
「なんだよ、今の、人の領域を超えてないか。」
「トップドッグじゃなきゃ勝てねぇ。」
「メーデー旗団の奴らはさっさと諦めればよかったんだよ。」
巻き込まれかけた民衆の騒ぎ。
「おい、これ大丈夫か。」
「大丈夫じゃないだろ。」
取り残された最後の剣士が戦況に下唇を噛む。
ここでトップドッグが前に出た。
これを見て、もぞもぞとその剣士は観衆の中に身を引いた。
「よぉ、疑問なんだが。この都市には守る価値があるのか?」
トーラスがトップドッグに語り掛ける。
「俺には意味が分からん。執行部隊に対する隠れ蓑でも、ちやほやされたい訳でもないだろ。それともシリウスの意思か。てか、アイツは何処いった。」
「いや、どうも、スッキリしねぇんだよ。」
「じゃあ、テメェは一体何なんだ。」
トップドッグは答えた。
「己が為だよ。自分を許せる人間になりたいだけさ。」
「......己が為か。」
二人は構えた。
先手必勝、トーラスのハルバードによる突き攻撃。
トップドッグは軽く回避して反撃する。右拳に捻りを加えて殴打を繰り出す。狙う位置は鳩尾付近、防御する素振りを見せたら肘撃ちに転じる腹積もり。
だが、命中する前に自らの意思で引っ込める。距離も取る。
これを見て、トーラスは密かに掌底に貯めていた水を投げ捨てた。
直後、トップドッグが緋色を纏って体当たり。トーラスが堪らず一歩後退。そこから彼は腹部に向かって右肘打ち、流れで裏拳横打ち、次は左拳で殴打、右、左、右、左、連打の末に全力ストレートパンチ。
牡牛は全ての攻撃を受け入れてハルバードを振り下ろす。が、途中で止まって隙だらけ。いつの間にか地面と得物が氷で繋がれて動かない。
ここでトップドッグが緋色を纏って奴を蹴り飛ばした。
「こうだ。」
トップドッグの言葉の後、トーラスは空中で回転しながら家屋に激突した。
その激しさには隣に住んでいるお婆ちゃんも目を覚ます。
「やっぱり、慣れねぇことはするもんじゃないなぁ。」
丈夫にも程がある。それでも立ち上がった彼は血みどろの瞼で神秘を描く。
得意な魔法は土属性、果てしない大地に何思う。
先程ので半壊した家の壁すらも対象にして土と石から蠢く指先を生み出した。自らの意思に随伴する壁であり槌、魔法の産物、土で出来た構造物。
対して、トップドッグの得意な魔法は火属性とその派生である灰属性。灰属性とは燃素と呼ばれているものを操って現象を起こす奇跡の形。
たったいま、彼の心に破壊衝動が現れた。
「やって見ろよ、クソガキ!!!」
トーラスは緋色の力を身に纏ってトップドッグに肉薄していった。土塊も一緒に引き連れて。もうすぐで魔力が底を尽きるが。だが、全力でだ。
彼の背後では地面が波を起こしたかのように隆起した。
あらん限りの最後の力を総動員した最高傑作。途端に爆発。せっかく連れてきた壁のレンガも何もかも次々に爆散していく。
右耳が千切れたけれども無問題。
髪を燃やされたが今はいい。
トーラスはトップドッグを正面に捉えてハルバードを振り下ろす。
ちゃんと当たれば致命傷だけは免れない筈の殺意。
だが、これをトップドッグは瞬時に武器の柄を左腕で受け止めて右手で掴んだ。そして相手の足に素早く踏み込み、顎に向かってアッパーカット。
逃れられない力が牡牛の巨体で響き渡る。
ここから更に緋色の力で相手の足の上で体を回転させて、からの肘打ち。咄嗟の物質硬化魔法も空しく鎧ごと彼の腹部はひび割れた。
中身が溢れる。この時代の医療ではもう難しい。
すかさずトーラスは無言でハルバードをぶん投げた。緋色の力はもう出せない。肉体強化魔法も魔力不足。だからこれは純粋な筋力の賜物。
避けても良かった。もう野次馬が巻き添えになる程の飛距離は出せない。
けれど、トップドッグは物質硬化魔法で空間丸ごと固めて防御。牡牛のハルバードを空中固定。最期まで戦い続けた男の攻撃だからだ。
これを見届けた後、トーラスは崩れ落ちた。
戦いを見守っていた者達が歓声を上げる。
そして淡々と始まる戦後処理。トップドッグが指揮をして、聖職者が死体を取り扱い、自警団の面々は二つに分かれてお手伝い。
その背景でジェドはただ茫然としていた。
最初から最後まで、ずっとただの背景だったんだ。
「あっ、あぁ...。」
ジェドは見ていた。大概の人達は満足感を覚えてこのまま去った。明日にはメーデー旗団を忘れて生きるのだろう。明後日にもなれば更にだろう。
彼は自分の手を見た。別に何もないさ。
彼は顔を手で覆った。別に何でもないさ。
そうだ、何者にもなれずに終わるなんてよくあることだ。雰囲気だけで生きていけ。皆、そうしているじゃないか。実際、それで幸せそうな人もいる。
でも何故かは分からないがそれが凄く嫌だ。
(人には言えない。)
過去、似たようなことを言って友達を失ったことがある。
そもそも友達だったのか怪しいが。
まぁ、だいぶ不快な奴だったし悔いはない。
ジェドの記憶の中で誰かが言っていた。
「英雄は成し遂げる。」
はっきり言って嫌になる。
自分にはない強さが嫌になる。




