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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
三章 珍獣街パラ=ティクウ
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1話 自由都市にようこそ


 人は歩む道を見失った時、地獄の門に辿り着く。だが、なにも恐れることはない。これはただの出入口、進んだ先もただの道、死ぬまで続く長い道のり。

 なんなら通過した上で更に迷ってくれても構わない。

 また門からやり直すだけのつまらない結果にはなるが。

 ここの前で鎮座する奴がいた。門を潜る背中をずっと見てきた。

 彼は優柔不断の権化みたいな性格だったので通ることすら出来ずにいた。お陰で様々な人間を見てきたのだろう。その末に夢を騙る術を得た。


 まるで門番のようなその男。


 ロスト・ララとジェドが森で別れた日のこと。


 ルナトリア山脈の麓、鳥がよく飛ぶ夕方頃、緩やかな斜面に張り付く町並みと遠方には家畜を囲む柵や小さな畑。

 一見して穏やかな町に住まう者達のさざめき。


 「犯罪者が更生することなんて絶対ねぇよ。」「うわ~、あそこに陰湿そうな男がいるぅ!」「そこの綺麗なお姉ちゃん、俺とお茶しない?」「上座は入口から見て正面になる位置ですか。」「猫おるやん。」

 「あの髭モジャ共め。弁償ぐらいしやがれ。」「ねぇ、なんでやったの?」「おいおい、こっちに来るな浮浪者が、臭ぇんだよ。」「えっ、本当か。」

 「やぁ、旅人さん。この先は気を付けなされ。」「ハランはまだ来ないのか。」「あそこに犯罪者がいるぞ。」「世の中はね。理不尽なことばかりなんだよ。」


 ここは退廃の地、勝手に腐っていった人々。


 「どうして、そう言えるのさ。」「夜中にめっさ高速移動してそう!」「いいけど、上層以外は嫌よ。」「うんうん、どうしてそう思うの?」「石だったわ。」

 「ドワーフだか何だか知らんけどよ。」「貴方がいつも嫌いって言っていた兄貴と同じことをやっていた。」「なぁ、売ってくれよー、薬をさぁ。」「おう、話してみたら意外といい人だったよ。」

 「何かを取っていくのは構わねぇ。」「前みたいに飛竜と殴り合ってんじゃねぇか。」「本当だ。死ねばいいのに。」「はぁ...?」


 ここは通り過ぎる場所、人とドワーフの交易路。


 「だって、あいつら。手を汚したのに足を洗おうってんだぜ。」「キモッ、虫じゃんそれ!!」「あっ、ごめん、急に用事を思い出しちゃった。」「主催者を分かりやすくする為にでしょうか。」

 「酔って器物損壊は無ェだろうがよ。」「あれ以上に人を苦しませる方法を俺は知らない。」「頭まで可笑しくなったのか、金を出してから言ってみろ。」「人の形であり続ければ人の域を出ることが出来ないって言ってた。名言だよこれ。」

 「慈悲を持ち込むのは止めときな。」「やっぱり、ギガス越え狙ってんのかねぇ。」「死んでも悲しんでくれる人がいる訳でもないのに。」「俺は違うよ。ちゃんとお前が正しければ助けるから。」


 ここは自由の都、それでも選べた筈だと思いたくなる。


 「言葉遊びかいな。」「マジウケる! ゼハハハハ!!!」「ナンパ野郎じゃなくて半端野郎だったか」「残念、偉いからだよ。まっ、これから勉強だね。」

 「俺のお手製なんだぞ...!!」「貴方、悍ましいよ。」「今はねぇけどよ。」「いや、ちょっ、えぇ、呪術師がでしょ? 本気で?」

 「恨まれるぞ。」「おいおい、やらないことを言うような男じゃねぇだろ。あいつは。」「やったのは俺じゃねぇよ!! なんだよ、いつも遠くから!」


 自由都市パラ=ティクウにようこそ。自治権を有する帝国の都市、ではあるが政治的な諸事情により帝国領の外、空白地帯(フリーセクト)と呼ばれる地域に位置している。

 特筆すべきは法律が機能していないこと。これを説明するには、帝国でドワーフと結んだ協定が時限爆弾的に炸裂した上に反乱分子が便乗してきたことを詳しく語らなければなりません。

 だが、その自由を皆が共有している訳ではなかった。


 「やっぱり、ネズミ地区とは違うな...。」


 ここにジェドが現れた。パラ=ティクウの下から上を眺めていた。

 あまりの混沌ぶりに困惑している様子だ。

 それはそうと彼の真横で還暦を超えたオッサンの喧嘩が発生中。


 「俺には騒がしすぎる。」


 そして歩き出した。


 知らない人の流れに乗って。


 すれ違う者達の殆どは俯いている。でなければ他人の値踏みをしている。 

 厄介を嫌って地面を見ても面白くない泥の道。

 途中、彼を見て近寄ろうとした大人がいたが仲間に止められて諦めた。ジェド自身も横目で見ていた。きっと、碌でもないお誘いだったのだろう。


 立ち止まっている人の中には。


 毒を吸って喜ぶ連中がジェドの視界に入った。いや、ちょっと違う。()()()()()を娯楽向けに調整した地元住民お手製の薬物だ。

 空気に触れることで有害な気体を出す殺チュウ剤の改良版。

 呼吸器官に取り込むことで神経に素早く作用し一時的な多幸感を与えてくれます。その代わりに依存症や呼吸不全並びに麻痺などを引き起こす。

 ここ、パラ=ティクウにおいてはよくある趣味に数えられる。


 ジェドは彼らの前を通過した。


 次に出会うは道端で丸まる老けた青年。泣いている間だけ正気を取り戻す。どうして、なんで、断片的な自問を繰り返した挙句にまた酒に逃げて夢を見る。

 隣には完全に事切れている少女がいた。

 流石に珍しいのか、通行人も一目見ては過ぎ去っていく。


 この町ではそればかりだ。


 もう嫌気が差してきた。


 いつの間にかジェドの歩みは早くなっていた。

 本当は叫びたかったが出来なかった。

 あの森にいた時ならば簡単なことだったろうに。

 それが出来る場所へ。そう思っていたのがいけないのか、都市の掟を知らずに破り、気が付いたら先程とはまるで違う場所にいた。


 パラ=ティクウの中層、区画整理された住宅地やレンガ造りのベーカリー。

 不意に子供の叫び声。でも助けを求めている訳じゃない。

 子供達が悪ふざけをして出しただけだ。なんだそれは。しかも全員がピカピカの服を着ている。どうなってんだここは。

 ジェドが唖然としていると子供達が急に走りだした。


 その内の一人が彼を見つけて止まってこう叫ぶ。


 「そこの、誰? いいや、お前も早くしたほうがいい!!」


 「あ゛っ??」


 「お前、柄が悪いのなッ!!」


 事態は既に起きている。


 「トップドッグ! トップドッグ! トップドッグ!」


 「ブッ殺せ、そんな奴!!」


 「下の皮を剥いで食わせちまえ!!」


 「トップドッグ! トップドッグ! トップドッグ!」


 ジェドの地点から程遠く。英傑の勇姿を見るべくして集まった野次馬共、憧れを抱く少年少女、歓声を飛ばす奥様方、建物の上から見ている人もお忘れなきよう。

 これらの視線に囲まれて厳つい大男が鼻をすすった。

 こいつの足元には死傷者多数の地獄絵図。誰が見ても騒ぎの首謀者、剛の者。ハルバードを肩に担いで不機嫌そうだ。


 「いや、まさかだよ。こんな所で犬の王とは。」


 これと対面しているのがトップドッグ、強き者。


 「随分と人気じゃねぇか。おい。執行部隊から逃げた奴が。」


 本名はジョン・ハングレイブ。種族は人間、茶髪に黒目で面の良さは中の上。

 元執行部隊所属、その時の名称はプロキオン。

 現在はパラ=ティクウ自警団所属、自警団隊長としてここにいる。


 「元気そうでなによりだ。トーラス。」


 かつての仲間に牙を向けた。


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