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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 後日談&番外編
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腐食者の脅威


 月の大陸の中南部に広がるその王国。


 聖ユーマ王国、シンバタリアンを前身とした神権政治国家である。

 この国の暮らしは雪と共に。そこでは人の上、人の下、目を逸らすことが出来ない白い世界に包まれながら人々が今日も明日も生きていく。

 殆どの土地がそうであり、農業するには不利な国。

 なので、食べ物がないのは日常茶飯事。それどころか、もはや生命線ですらある薪も不足気味。唯一満たせる物があるとするならば信仰心。


 だが、貴族は違う。


 飢えに苦しむどころか優雅な生活を送っていた。

 土台から説明すると。彼らは魔法で動く温室を専有しており、そこで生産された食料を民草相手に売買し、これを元手に更なる財産を築く。

 まさしく金が金を呼ぶ構造に君臨していたのだ。

 しかし、これではただの富豪の話。では彼らが貴族たる所以とは何か。それは国政への参加権を持っていることに他ならない。

 そもそもの歴史から語れば、シンバタリアンの時代にこうした温室の所有者へ参政権が与えられたのが聖国貴族の起源なのである。

 つまり金も権力も持っている。これが全て。


 そんな貴族達による宮廷劇が今開催されようとしていた。


 舞台はミッドランド・ルール地方のアクシュタラ湖に浮かぶ島の宮殿。大理石のレンガと青銅製の屋根が特徴的な建造物。

 その中の第一執務室とも呼ばれる大広間の中心にて。


 「只今より代行者会議を執り行う。」


 主宰者は聖務執行法官アンディ・クランポン。


 「この場にお集まり頂いたのは他でもない、腐食者オキュマス・プライドについてだ。もはや、この名前を知らない者はいないだろう。」


 彼の為に大勢の貴族が立ち並ぶ。


 「三日前、我が国境を侵攻した後にチャールズ・アーズベルの私兵と合流。同日、アーマレントとアーズベルの戦いの地となった古城を占拠。」


 大勢が耳を傾ける。


 「そして現在、外交官サリアの開放と引き換えにアーズベルの自由を要求している。その是非、対応について皆に問いたい。」


 この言葉は彼らに動揺を生むのには充分であった。アンディ・クランポンと同じ視線、演壇の上から見れば丸分かり。

 人の頭が右往左往しては声が広間で木霊した。

 ああするべきだ、こうするべきだ、知れ渡っていた以上の非常事態ということもあって滑らかな舌で語られる解決策。


 「だが、その前に質疑応答の時間を設ける。質問者は挙手を願いたい。」


 瞬間、騒ぎは途絶えて右手が挙がる。


 一人目は生態系キラーなる珍魚を養殖している変人貴族。


 「聖務執行法官様。どうして、そこにアーズベルの私兵がいたのか。アーマレント軍によって殲滅されたと聞き及んでいましたが。」


 「それについては我々もまだ把握出来ていない。」


 二人目は温室利権で儲けて聖石鉱山に投資する一般貴族。


 「聖務執行法官様。何故、国境が突破されたのですか?」


 「それは本来いた筈の国境警備隊をアーマレントの援軍に向かわせた際に、国境が手薄となり、オキュマスの侵攻を防ぐことが出来なかったからだ。」


 三人目は...特にない...。


 「聖務執行法官様。事が起きたのは三日前とのことですが、その日の時点でオキュマスの動向を把握していたのでしょうか?」


 「当初は我々の内で対処する手筈であったが、考えられるだろう影響の大きさから、急遽会議の招集をかけさせてもらった。」


 その後も四人目、五人目、何人か続き。


 「他に質問のある者はいないか?」


 応答なし。ようやくアンディは自分の座席に腰かける。

 位置は演壇脇の目立つ場所に。


 すると、またもや大広間は騒がしくなってきた。

 それも仕方ないこと、この時点で四つの派閥が出来ていた。名前を付けるならば、アーズベル即刻処刑派、オキュマス奇襲派、交渉受諾派、代案模索派。

 おおよそ過激派二つに穏健派一つと中道派一つ。

 彼らは言葉を重ねて話し合う。自らの意思を提示する。

 これだけを見れば真っ当な会議のようだが、根底に詰まっているのは保身と利権、好きなように天秤を傾かせているだけ。


 では、ここで過激派と穏健派の会話でも見ていこう。


 過激派バンベロ・ガーデンウルフと穏健派ゲオルギオスによる対立だ。


 「腐食者なぞ聖国軍で問題なく消し飛ばせる。全力でなくとも一割あれば十分、何も恐れる必要はない。そんな臆病者がいるとも思わないがな。」


 「先程から貴方がたはオキュマスと戦うと仰っていますが、サリア様の身の安全の事はまるで聞こえませんなぁ。」


 「となると、貴公はあの蛮族の中が一番安全だと?」


 「そのように聞こえたならば申し訳ございません。しかし、仮にも無傷で国境を通り抜けた男にそのような扱いは無理があるのでは?」


 「随分と敵を褒めたたえるのだな。聞けば奴らの勢力は素人の、それも無魔(デノム)人の群衆と少しばかりの手練れではないか。」


 「そうですな。それでアーマレントがどうなったかお聞きしても?」


 「...あまり私を怒らせない方が身の為だぞ。」


 「これは失敬。ただ言わせてもらえれば、サリア様を口実に同盟国たるアーマレントの主権を一定期間とはいえ握ったのですから、他所から見て彼女の安否を無視するような行動は他の同盟国との信頼を損なうのではないのですかな?」


 彼らの周囲にいた貴族達がこの対立に注目し始めた。


 「だからこそ、我々の力を今ここで発揮せずにどうする気だ。これから帝国との戦いがあると言うのに、あんな集団相手に交渉していては面子が立たん!」


 「でしたら、もっと落ち着いた方がよろしいかと。前回の代行者会議で対帝国の意向を決めた理由を考えれば、その戦いの損失すら惜しいのですからな。」


 「仮に数人の戦死者をだしたとしても敵が滅べば十分であろう!」


 「...おや、数を数えるのがお上手なようで。」


 刹那、空気が変わった。


 「今侮辱したなッ!? 馬鹿にしよってからに!!」


 血走った目でバンベロは剣を引き抜こうとし――――――。


 「んぬッ!?」


 突如現れた第三者に握った剣の柄頭を取り抑えられてしまう。

 それで彼は介入者に怒りを滾らせて凄むも。


 「誰だ貴様はッ! っ!? もしや騎士長、様!??」


 相手を間違えたことに気が付いた。


 「ここは聖域でもありますぞ? 信奉者同士、仲良くね!」


 そこにいたのは十字槍の使い手、火刑の騎士ルカ・ルベルノクス。聖国において聖王の次に恐れられているだろう人物。

 信仰心に鍛えられたその見事な肉体美は鎧を着ても隠せない。


 「―――っ、ゲオルギオスよ! 命拾いしたなッ!!」


 思わぬ形で会話が終わる。


 バンベロは暴言を吐き捨てながら大広間から退場した。

 そんな彼に対して様々な表情が向けられる中、これに混ざってアンディ・クランポンもまた顔に手を当て溜息を。


 「クランポン氏、我々の役目は何であったか?」


 すると、同じく聖務執行法官のルイス・セプテットに声を掛けられる。


 「事前に騒ぎを止められず申し訳ございません...。」


 聖務執行法官とは、聖王が国政に集中する為に設置された官職であり、主な業務は聖王の代役として代行者会議を通じた聖ユーマ教の指導だったが。

 今や逆転して、彼らが政治を掌握している。

 しかし、だ。聖務執行法官の任命権と罷免権を握っているのは聖王なので、聖国の頂点は依然として聖王にある。


 「そのことではない。」


 アンディは不思議そうにルイスを見た。


 「我々は聖王の代理、死人が出ても動じずに構えていなさい。」


 これに無言で応える若き聖務執行法官アンディ・クランポン。


 この後も対帝国を見据えた軍の編成や、黒煙火薬の製造権を巡った論争、一度休憩を挟み、同盟国との連携についてなど。

 農民を部外者にして会議は続いていく。


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