23話 ままならないなぁ
場所は変わって魔女の館から遠く、大陸規模で見ればまだ近く。
ロスト・ララは森を走っていた。暗くて凍える闇の合間を、朝でも光の届かない木々の下を、静止画の中で藻掻くようなひと時だった。
そして風に逆らう方向を進んだ。ルナトリス山脈の斜面から降りて来る冷風の方へ、丁度パラ=ティクウのある方角を。
そんな彼を全身の痛みが熱となって支えた。
だが、それがあっても意識は暗い世界に引き込まれ、やがて森の静寂に足を止める。いつの間にかそうしていた。
涼しさと日差しが心地いい次の朝。
石を積み草木で蓋をしただけの小屋の中、木漏れ日が落ちるその場所で、これまた簡易なベッドから彼は起き上がった。
そこで大きな猫を目撃する。それもビスケットを食べている場面、美味しそうに一枚食べてもう一枚、ただの猫ではない人でもある。
青茶色の曖昧な色合いにハッキリと浮き出た白い波模様の毛並みの持ち主。なにより彼が気を引かれたのは頭で動く猫の耳。
その時に鋭い視線と目が合った。
「ん~にゃ、私は猫獣人のニーニャ。目覚めたのにゃらコイツに感謝しにゃ、私にお前さんが倒れているって教えてくれたんだ。」
ニーニャの指差す方向には奴がいた。尻尾が二股のあの猫だ。
ここまでずっとロストに幸運を招いた猫のこと。
「んで君の名前はなんて言うのかニャー?」
「あっ、僕の名前はロスト・ララです。助けて頂きありがとうございます。正直、いま生きているのが幻みたいで、ありがとうございます。」
お礼の次に悲鳴も出す。この直後、ララは刺すような痛みに硬直した。
「しばらくはここにいにゃ、せっかく助けたのにすぐ死にゃれちゃ困る。...それにしても酷いあり様ニャ。」
そう言われて彼は自分の身体を調べた。赤く腫れた傷口が腹を中心に所々、骨折は鼻骨のみ、首元は鏡が無いのでよく確認できず。
目算では完治するまで軽く二カ月程度。
現状、首元の怪我については安静にする以外の対処法無し、鼻の骨折は詰め物で形を整えるぐらいしか無さそうな。
感染症にも気を付けなければならない。
(でも最悪じゃない。首は最初より動くし痛くない。)
治ろうとしている。あのままだったら本当にどうしようもなかった。
そうなった原因はもうどうにでもならないが。
「フンフン。にゃら、次はどうしてあんにゃ所で倒れていたのか教えて欲しい。おおよそ魔女関連にゃのは分かっているけど。」
ララはニーニャに事情を説明をした。少しばかりは濁しつつ。
最初に思い出したのはあの光景、口にしたのはジェドと二人で森に来た経緯、コワルスキンの話は飛ばしてハラン達との出会い。
そこから賞金首とは言わずにサジタリアスに狙われていた事を伝えた。
「それで二人が別行動しようとした時に僕はハランさんに着いて行って。」
話は途中だが、この時点でも存分に訳の分からない人生。
これを聞いてニーニャは頷きこう返す。
「うん、ハランの馬鹿は知っているにゃ、パラ=ティクウの有名人。だけど、サジタリアスだったとは随分と老けたねぇ。」
「―――お前、何をしたんだニャ?」
ララは鞄に手を伸ばした。もちろんこれは逃げる準備。
「いやにゃに、責めている訳じゃないにゃ。シルバーメインの子飼い、執行部隊に狙われていようとも私の知ったこっちゃにゃいね。」
「ただ、どんな陰謀に巻き込まれたのか気ににゃっただけさ。」
そう言ってニーニャは最後のビスケットを頬張った。
なんとも心臓に悪いな。と、思いながらララはアーマレントでの記憶を思い返してみる。しかし、その陰謀とやらに思い当たる節は無し。
いや、花畑でのサジタリアスの反応がそういうことなのかもしれない。
だが、陰謀らしきその影を見つけた辺りで彼は一旦探るのを止めた。
ただなんとなく、誰かの策略に振り回されていたとしても、事の発端が銀行強盗への加担なのだからそれも仕方ないような気がしてきたのだ。
「にゃ~にさっきから気難しそうにゃ顔してんだっ。」
ボスっと猫の尻尾が頬に直撃。
「えっと、その。」
ボフっと往復でもう一回。
「あのにゃ、あの魔女の領域で助かったって言うのがどれほどの幸運か。ちょっとぐらい嬉しくしてみたらどうにゃんだい?」
こう言って空の皿に手を伸ばし、無を掴み損ねた。
「ん? ふん、ちょっと待ってろニャ。」
何だろうか。そうしてニーニャは皿を持って小屋の外に行った。
一人取り残されたララはベッドで仰向けになる。すると微かに暢気な鳥の鳴き声が、隙間風の愉快な音楽も聞こえて来た。
ふと、天井に手をかざしてみる。
(本当に生きている。)
こんな平和がなんだか嘘くさく感じてしまう。
いまこうしている間に魔女が近くに来ているとか、そんな事が起きていないのか不安になってくる。本当にそうなんじゃないのか。
実はニーニャは執行部隊とやらの一員で仲間を呼んでいる最中とか。
そうだ、シルバーメインの事情を知る人間が偶然こんな所にいるのは都合が良すぎる。サジタリアスさんの話に出た情報提供者とやらの力が及んでいるとすれば。
やっぱりその可能性が高いのではないのか。
だったら、今すぐ起き上がって猫を連れて逃げるしかない。
ララは自分の頭を抑える。
(もう終わったんだよ。)
彼は目を閉じることにした。
そして夢を見た。気が付いたらコワルスキンが目の前で喋っていた。
二人揃って名の長い森を背景にして立っている。
そんな夢の中でララの意識はふわふわと、自分自身になったり、真上から眺めるような視点になったりしてこれを聞いていた。
「異世界に移動スる方法、正直に申しマすと自分も知りませン。」
「ですが、ソれに繋がりソうな話は知っておリマス。オオド神話、月の大陸の東に面するオオド海を中心に発展した神々の話。」
そう語るコワルスキンの姿はただの人間のような。
「ソれと勇者ユーマ、そノ伝説ニあった扉の話。...もしモ興味ガ湧イたならば彼の歩みを辿っテミませンカ?」
この話の内容自体は実際にあったこと、それで彼が決めたのは勇者の伝説を巡って手掛かりを見つけること、俗に言う聖地巡礼である。
今の所、地球に帰るにはそれぐらいしか出来る事がない。
だが、無駄にはならない。もしも、その道中でより確率の高い方法を見つけたならばそれに乗り換えてしまえばいいだけ。
そこでララは目覚めた。短い夢だった。
時刻はまだ朝、外から戻って来た様子のニーニャがベッドの横で立っている。その手には料理が二皿。
香辛料だろうか、食欲そそる良い香り。
「とりあえず食え。」
彼女は机に皿を置き。
「辛いときこそ笑えば良いんだニャ。」
そう言ってまた小屋の外に出て行った。
(...。)
とにかくララは起き上がって椅子に着いた。
それで料理の方は、一品目は白胡椒が香る白身魚のシチュー、二品目は刻んだ鴨のハムと苦い野菜を柑橘類のソースで和えた絶品サラダ。
これを見て、今さらながら彼は自分が空腹だったことを思い出していた。
色々とありすぎて忘れていたのだ。
他にもきっと、忘れていることがあるのかもしれない。
手を合わせる。
今日だけはもっと気持ちを込めて。
「いただきます。」
名の長い森の冒険はこれで終わり。
第二章完




