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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 深緑の墓場
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22話 昔話


 遥か昔の話がしたい。


 リブレガリア家の出身にしてティクウス女伯爵カフ・ハウゲラタン、その名前は今よりも昔の方が知れ渡っていた。権力も知名も確かにあった。

 当時の生活はまさに貴族やや盗賊、民に重税は基本的、精霊が住めるケーキ作りで破産寸前まで試行錯誤、チーズとワインの為に他領の職人を拉致監禁。

 それでいて大貴族の愛娘なので並大抵の人では逆らい難い。

 いつだったか、そんな彼女が館の窓辺で町を見下ろしながらこう言った。


 「私、人間が大っ嫌いなの。」


 だからなのか、どうやったのか結婚式は親族のみで決行、奴隷は必ず獣人かデノム人に徹底し、外での用事を押し付けた。

 参加しなければならない社交界では口を閉じてお静かに。

 だが、自分の子供が病で倒れた時だけは違っていた。自らの口で医者を呼び、自らの手で神に祈った。


 そこから少しばかり時が経ち。


 天候は晴れ、時期は春、場所は大陸の北岸にてとある祭儀が行われた。

 精霊語で〝雨〟を意味するコポンと呼ばれる祭儀だ。

 これを行う宗教の死生観では、死者の魂は水に溶けて海となり、いつの日か神々の世界にまで運ばれて、それが雨として大地に降り注ぐ。

 その最初を手助けするのがコポンである。


 海岸線、祭儀に集まった人々が遺骨や遺留品を舟に乗せて海に託した。

 苛立つ海流は何の躊躇いもなく呑み込んだ。

 これを遠くから見た後に、カフ・ハウゲラタンは二人分の思い出を握る。それでお別れになる筈だった。


 「来ていたのね。」


 カフは振り返る。何かを言おうとして止めておく。


 彼女の名前はシャン・ニゴ、帝国の輝く星だと詩人が歌う麗しき淑女、爵位こそ持たないものの親が派閥の大首領。

 彼女とカフは宿敵であり出会う度に争うばかり。

 今日に限っては始まらない喧嘩、弾まない会話で時間が進む。


 「こんにちは。」


 「お久しぶりです。ティクウス女伯爵、それとニゴ家のお嬢様、この度は私方が主催するコポンにお越しいただきありがとうございます。」


 そこにアダ・ウィンドール、続けてリスプ・ローブレイブがやって来た。

 後にクレシェント帝国で大公家となるウィンドール家の女児と、古代帝国の始まりよりも先にあった魔法使いの家系であるローブレイブ家の老婆。

 更には、二人の後ろで黒褐色の服を着た杖振る男。


 「ロータス! そんな魔法じゃ意味ないわ。見っともないからやめなさい。」


 「でもお婆さんっ、風を弱めないと転ぶよッ!」


 それから間もなくして。


 居心地悪そうに大気が唸り、高波が沿岸を湿らす。天気が悪化、雨が降る。コポンの参加者達は海から離れて土ある方へ。

 シャンは空気の傘を作りながら宿敵にこう言った。


 「私達もそろそろ移動しましょうか?」


 大粒の雨になってきた。


 「...そうね。」


 「それならば私達の別荘にいかがですか。すぐ近くにあるのよ。ロータスッ! 先に別荘に戻って出迎える準備をしてきて頂戴。」


 それでリスプの案内の元、彼女達はローブレイブ家の別荘に避難した。

 すぐに暖炉のある部屋に通されて、ワインに蜂蜜を入れて暖めた飲み物と、遠くの属州で作られた砂糖漬けの果物が出される。

 それと部屋には先客がいたようだった。

 皇后アバル・アース、精霊語でアースは〝最初の人〟または〝先駆者〟を意味し、彼女は古代帝国最後の皇后でもあった。


 「こんにちは、皆さんお揃いで。」


 アバルの一言で皆が一礼する。ここでリスプがある事に気付いて声に出す。

 もう一人、皇后の隣に見知らぬ男の客人がいた。


 「その人は私がここに連れて来たの。」


 アバルがそう答えると問題の男が言った。


 「これはとんだ失礼を。挨拶が遅れました、自分は偉大なる(グランティア)大陸で呪術ギルドの長を務めておりました。」


 「呪術王ズレンでございます。」


 ズレンは精霊語の名前で〝槍〟を意味する言葉。呪術王とは偉大なる大陸の呪術ギルドにてギルドの長に与えられる称号である。

 呪術師は当時も現在も忌み嫌われている存在。

 彼は白と黒の縞柄ローブの奥で誰にも見えない笑顔を浮かべた。


 「ですが、私めは悪事の為にここへ来たのではないのです。」


 「一年前、ズレンは呪術師としての権威を捨てて人の役に立てるようなことがしたいと思っていた所に、アバル・アース様と出会いました。」


 「もしかしたら、呪術師として培ってきた業で罪滅ぼしが出来るのではないのかと。その機会が今回なのです。何でもいたします。」


 カフ・ハウゲラタンは注意深く聞いていた。


 「そうですね、例えば死者の蘇生...とか。」


 それから数日後、ズレンはパラ=ティクウにあるカフの館に来ていた。

 とてもよく晴れた日だったが二人は薄暗い地下にいた。

 地下牢だ、れっきとした犯罪者が鎖に繋がれてむせび泣いている。踵に釘を打ち込まれた人、顎と鼻骨を砕かれた人、様々だ。

 古代帝国では罪人に対する刑罰は領主に一任しているのでこれが正しい。


 「おーおー、変わったご趣味で。」


 要するに、領主ならば人体実験すらも刑罰一種として執行可能である。

 実際に彼女はそうする覚悟もあった。


 「で、どうすればいいの呪術師? 蘇生って言うのは。」


 ズレンは長く語った。


 「そもそもこれを呪術とするのは大間違いなんですが。まぁ、世間の言う呪術を細かく見れば本来の呪術に加えて、死霊術、召喚魔術、一部の精霊魔法、民間宗教などの多くが含まれており、呪術師の端くれとしては不本意ながら今回は便宜上良しとします。何も困った事はありませんし。」


 「ズレンは当初、魔法に意思を持たせる研究をしておりました。これを実現する為に生きた魔法とも言える精霊がなぜ自然発生しているのか調査したのですが仮説の段階で頓挫。しかし、そこから魂の可能性に気が付きましてね。色々と実践してきました。」


 「呪術、死霊術の世界で魂はこう理解されております。魂と物質は互いに影響を及ぼし合い、例えば魂を奪われた人間は気絶や記憶の喪失、最悪の場合には死んでしまう事がある。逆に魂を有する何かが破損や死んでしまった場合、その魂に深く刻み込まれ、そのまま消失してしまうこともあると。なので、死者の魂と言う物は大変残り辛いんですよ。珍しい。そこで、グェッ。」


 カフはズレンの顎を掴んで。


 「要点だけを言いなさい、貴方を呼んだのは無駄話をさせる為ではないの。」


 憎たらしい笑顔で彼は答える。どことなく目の焦点が合っていない。


 「ハァイ、了解しましたよ夫人。死者の蘇生に必要な素材は大まかに二つ、肉体と魂、どちらも欠けてはなりません。」


 「ですが、恐らく夫人の蘇らせたい人間の魂はもう既に人だった頃の記憶や形を失って、彷徨っている状態だと思われますね。見つけるのも大変だ。」


 カフは眉をひそめる。


 「おっと、ご安心を。近親者や友人または遺留品から対象に纏わる記憶つまり魂を摘出し、本人の魂を補完すればある程度の融通が利きますので。」


 「それは記憶が完全に戻らないってことなの? どうなの?」


 「戻りません、そりゃそうですよ。普通、死を無かった事には出来ないんですからこれで十分ですよね?? 自分はそう思いますが???」


 ケタケタとズレンは笑い始めた。狭い地下で響いていた。

 カフは気味の悪さに一歩引く。皇后アバル・アースが何を考えてこの男を連れて来たのか段々分からなくなってきた。

 それでも、呪術王はハッキリとした答えだけは持っている。

 これだけは間違いなかった。


 「...遺体はもう焼いたわ。これはどうすればいいの。」


 これまた数日後、人嫌いが自分の町にやってきた。

 誰も領主の顔を知らないので騒ぎにはならなかった。


 「カフ・ハウゲラタンよ。私の館の前に子供達のお墓を移設したいのだけれど、ここの神官にそう伝えて貰えないかしら。」


 教会の人にそう告げた。


 「―――出来れば内密にやって欲しいの。この件で夫がうるさくて。」


 それは嘘だった。何かをしていると周りの人達に怪しまれないようにする為の嘘、特に呪術王ズレンを知っている者達から。

 それに彼女の夫はもう既に死んでいた。不審死だそうだ。

 夫の死について、町の人たちは誰も知らない。これはカフと言うよりも彼女の実家、リブレガリア家の当主が秘匿したからだ。

 実の娘が夫を暗殺したなんて悪い噂が付かないように。


 町から帰って館の中、カフとズレンは話し合う。


 「遺骨は持ってきた。それで次はどうすれば。」


 ズレンは大釜から黒い物体を取り出して。


 「骨に肉付けをしましょう。精霊を構築している魔法の物質、精霊体で体を作っていくのです。予めズレンが作った物がありますのでこちらをどうぞ。」


 「これは魔力を操作する感覚で動かせます。」


 時折、精霊体は勝手に動いて不思議な挙動を繰り返す。

 カフはこれを見ていると希望が持ててきた。まるでそれを知らなかったが、とても神秘的な物に見えてきた。これなら叶うと思えた。

 半分ほど、人の形を作った辺りで一呼吸。消耗した精神を落ち着かせる。


 「そろそろ終わるのね。」


 「えぇ、これで完了です。今までお疲れさまでした。」


 カフはズレンの顔を静かに見た。冗談じゃない。


 「...ッ貴方、まさかこれで終わらせるつもりなの?! 蘇らせると言ったじゃない、これじゃ、これじゃただの、怪物じゃない!!」


 黒い団子が勝手に蠢いた。


 「おや、これだって立派な命ですよ。愛せばいいんです怪物も。」


 「黙れッ! 私は、私は元気な頃の姿が見たかった。生きてるだけじゃない、成長していく所も、なんで貴方にはそれが分からない!!?」


 「そう言われましてもこれが私めの限界。例えば労働者に金を払っても翼を生やせる訳がない、誰しもが自分相応の働きしか出来ないって物です。」


 カフは少しばかり口を閉じた。この馬鹿には何を言っても通じない。

 だが、このまま静かにしているのは違うと思った。


 「だったら、貴方には何が出来るの。」


 カフの問いにズレンは応える。


 「ふむ、ちょっと不細工なやり方にはなりますが不死身なら確実に。どうせなら、それ以上も望んでみますか?」


 「今よりも...もっと強大で、もっと便利な、肉体を。」


 数十年後、魔女がパラ=ティクウにやって来た。

 誰も魔女の顔を知らないので騒ぎにはならなかった。


 「蝋燭を十本、それと錬金術の本を。」


 この時にはもう古代帝国、旧クレシェント帝国は滅びを迎えていた。

 崩壊の始まりは幾人かの魔王と幾つかの天災。

 消えた帝国に代わって月の大陸では五つの国家が台頭していた。ドミル、ビルケール、シンバタリアン、ウェストバハム、コルリニアの五カ国だ。

 時代は混乱の渦中、世界はまだ勇者を知らないでいる。


 「ハウゲラタン家が襲撃されたらしいわ。盗賊かしら、もしかしたら魔王だったり、どちらにしても物騒な世の中。」


 「それってガウナンの人よね。森に住んでいた。」


 買い物を済ませ、魔女カフは噂の多い町から名の長い森の館に帰った。


 「「ママ!!」」


 出迎えたのは二人の子供のフテルとモシャドバ、新しい体で新しい思い出を作っている。けれど、魂が悪いのか生前よりも物覚えが酷く悪い。

 中でもフテルは魂の九割が他所集め。

 きっと、もう一度死んだら全てが消えてしまうぐらい脆い存在。


 「子供達の為なら何にだってなれる。」


 今も尚、千年級の魔女カフ・ハウゲラタンは探している。

 子供が人に戻れる方法を、呪術王ズレンが死んだ後も、自分を残して家系が途絶えても、千年間続けてもまだ。

 昔話はこれにておしまい。


 時は戻って現在、ララが逃げ去った後にようやく魔女が帰って来た。


 そして見た。


 「―――ぁ。」


 森はただ、さざめいていた。


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