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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 深緑の墓場
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21話 脱出


 牢屋の上部、窓とも言えない狭い隙間から月光が入り込む。


 ララは蝋燭を机に置いた。


 「これは...。」


 何度見ても生きていた。けれども、その小枝は既に萎れており、葉っぱを支えている茎の部分が項垂れて、枯れ始めていた。

 だが、またあの液体を使えばそれでもきっと長生きする。

 たった一滴でこうならば、瓶一つでどのくらい、小さな果実を実らせるぐらいまでには育つのかもしれない。


 ふと、彼は牢を見てとある考えが浮かんできた。


 どうなのか、結果が何であれ人のやっていい事か。

 牢に誘われるように近付いた。もしも死者蘇生なんてことが可能ならば、この瓶は人の夢、不老不死すらも実現してしまうかもしれない。

 実際に、これのお陰か魔女カフは千年以上も生きている。机の小枝のこともある。力は本物、何処に迷う必要性があるのか。


 腕を牢へ、液を垂らす。

 一滴落ちて動き出す。


 軽い悲鳴、あの奇怪な生物達が体液を撒き散らしながら飛び跳ねた。

 その内の心臓型が肝臓型に激突、そいつも飛び上がって大腸型に衝突、留めない内臓の乱舞が腐肉の上で始まった。

 絶望的な押し競饅頭、最終的には絡み合う臓物が牢のそこかしこで大発生。

 虫とも分からないが防虫剤の効果あり。


 それで結局、使わなかった生命の小瓶はどうするか。


 (もしも本当に死者蘇生が出来たなら、喜ばしいことだけど。)


 悪い予感がしたからではない。彼はただどうして魔女カフが人の形を捨てたのか、それでも人の見た目だけは維持していたのか、考えた。

 便利だからの理由だけで肉体をああしたとは考え辛い。

 どこかの時点で人のままではいられなくなったのか。

 心のどこかに引っかかる。試すのが怖いのもあるけれど、こう言った妙な点もある。それに牢の中の人を蘇らせてもだ。


 だから、今はこれでいい。


 (これでいいから。)


 手に持つそれを鞄に入れた。


 話は戻って牢のこと。防虫剤の薬効を確認した所で彼は右腕にも塗り込んだ。

 そこから身を屈めて鉄格子の合間に突っ込んで、彷徨う嫌悪を避けながら、ヌチャヌチャする生暖かい熊の人形を掴み取り。

 鞄の中、残った防虫剤と一緒にしまい込む。


 立ち上がると後を追って発火するような血の匂い。


 (出来る事はやった。後は脱出するだけ。)


 改めて地下牢を一望した。机の上の小枝、僅かな可能性、増え続ける謎、どれを取っても魅力的な輝きだ。

 幻影に手を、ここでの探索はこれで終わり。

 通過する。偽りの壁が一瞬歪んで元通り。

 彼は地下牢から出てきた。鞄の中身には生命の小瓶と防虫剤それから熊の人形、これがフニィマの死の答えを求めた成果。


 (結局、何も分からなかった。あの小瓶にどれほどの力があるのか判明しなかったし、魔女が魂を求めている理由さえも。)


 (でも、届け物が出来た。パラ=ティクウに行かなきゃ。)


 階段を駆け上って厨房へ。


 (多分、魔女がもうすぐ帰って来る。)


 ララは念の為に短銃を取り出して火縄を近場の蝋燭で着火した。

 再確認。装弾、火縄どちらもよし。

 これを左手に持ってもしもの時の備えとする。


 (先ずは館から出ることが優先。その後は朝になるまで過ごして、どうにかルナトリス山脈の位置を確認、パラ=ティクウに至る。)


 (ハランさんと合流出来るならそうしようか。)


 骸骨に見つめられながら、ララは気付かない振りをして通路に出た。

 一階左側通路。後は急ぎ足で玄関ホールに向かうだけ。


 「ぁっ―――!?」


 ララは振り返った。


 「あ゛あ゛アアアァ―――ッ!!?!? ぼらイッたドウりだ、ごらビったトオりだ、ゴエがしだっえイっだ!!!!」


 「おおおおおお!! ヨくやった! やっと見つけたぁ!!!」


 通路の端で響く声。指差す奴ら、ハウゲラタン兄弟がそこにいた。

 相変わらず見た目が不安定、ウニとワニが並んでいる。


 「こんな時にッ!」


 踏み込む動作で床が軋む。兄弟は牛になってララの背中を狙っていた。


 だが、幸いな事に兄弟の位置は階段側、ララは玄関側で逆方向。しかし玄関の扉は施錠中、彼の手持ちには鍵二つ、開けるまでには時間がかかる。

 ここは館内で逃げるに徹するべきか。

 銃を握る、今なら優位に戦うことも可能であるが。


 (...いやっ。)


 ララは兄弟に向かって瓶を投擲。


 「バァ―――カ!! 当たらねぇよ。ん?」


 「ゴハッ...びゃ!??!??」


 モシャドバの近くに命中。小瓶は派手に砕け散って中身が流出、飛び散った雫の数だけ緑は栄え、複雑に絡み合って林を作る。

 それは天然の檻となってモシャドバを捕らえた。


 「二ィちゃん、ウゴげないよッ!! なんで?」


 「なんでオマエが持ってんだよ!!???」


 そればかりかフテルの進行も食い止めた。この始末に怒った彼は顔面を膨らませて枝の壁を突き抜ける。物理的には変化なし。

 しかし、稼げた時間は僅かであろう。

 モシャドバがちょっと藻掻く度に若葉が舞い散り小枝が吹き飛んだ。

 次々に制圧されていく広葉樹。その後ろでは葉っぱに隠れて動く影、薄っすらとフテルの形が見えていた。


 (回り込んでいるのか。)


 その様子を見ながらララは通路を走り抜けた。

 扉を開けて玄関ホール。実は床下が定位置、骸骨達が自ら階段下の穴に戻っていく。なんて奇妙な景色を見過ごして扉の前に彼は立つ。

 鞄から鍵を出す。少し錆びた黒い鍵、黄金色に輝く青銅の鍵。


 ただの勘、彼は青銅の鍵を握って玄関扉に挑んだ。鍵の先端を鍵穴に差し入れて、右回し、左回し、音が鳴る。

 急いでララはドアノブを掴む。ララも誰かに掴まれた。

 後ろを見るとカバの顔、よく見れば子供の顔。


 「モシャ――!!! ハヤく来い!!」


 フテルだ。掴まれた左腕から骨の音が鳴り響く。


 「ぐ、んな離してッ!!」


 痛みを堪えて腕を引いた。が、微動だにしない。

 体重を使って引っ張ってもまるで駄目。


 「あ゛? てか、オニごっこなんだから捕まった時点で抵抗するなよバ―――カ!! しかもなんで家の鍵を持ってんだよ!!!!!!」 


 「おい、モシャ―!!! 早く来いって言ってるだろ!!」


 体格差は同じなのだが力の程は倍違う。力負けしてしまっている。だとしたら、これ以上暴れてもどうしようもない。

 ララは短剣を取り出そうと鞄に手を伸ばす。


 「いいカゲンにしろよ! お前の負けだぞ!!」


 フテルはより強く握り締めた。血が垂れる。肌の下をムカデに這いずられたような痺れる痛みがララの頭を引っ掻いた。

 けれど、彼にそれを気にしている暇はなかった。

 それよりも、どうにか短剣を取ろうと身動ぎする。殺すまでしなくても手が緩みさえすればいい。致命傷を与えない程度に。

 そうした考えでようやく届きそうになった時、フテルの力が緩んだ。


 「ナンだこれ?」


 そう一言、銃口を覗きながら口にした。


 「それだけは待って!!!!」


 フテルは銃を奪い取ろうと。


 嫌な金属音がした。


 ―――顔が破裂する。瞬間、ララの視界は白く塗りつぶされてしまった。

 気が付くと彼は横たわって天井を見上げていた。

 次に見たのは辺りを舞う黒い煙、血塗れになった自分の体、幻だったのか血は消えて、体を起こすと何かいる。


 ブヨブヨした黒くて巨大な塊がそこにいた。

 それは辛うじて人の形だと認識出来るが、頭だけはどこにもない、だから分かった。フテルだ、これが本当の姿なんだ。

 ララの中で頭を吹き飛ばす瞬間が蘇る。

 しかし何故だろう、引き金を引いたのが誰だったのかあまりよく思い出せないでいる。


 「あの...フテル?」


 耳鳴りの奥で返事を聞いた。


 「あああ?あ?あああ?ああ?あああああ???あああ?ああああああ????ああああああ????」


 フテルは意味を成さない声を出しながら、姿勢をそのままにして仰向けに倒れ伏した。手放された人形みたいに無抵抗。

 そこから先の動きは首から下の小さな鼓動、そして噴き出る黒い靄。


 「あで? ニぃちゃんッ?」


 扉の前で、全身枝まみれのモシャドバが首を傾げた。

 木々の壁を突破したらしい。


 「なんでウゴいでないの。」


 不思議そうにフテルの体を無造作に揺さぶった。


 「オニごっごオわってないよ? ねぇ、ウゴいでよ。ニげちゃうよ。」


 すると、フテルの形が崩れた。と、同時に大量の砂と子供の骨が床に散乱する。頭蓋骨とか脊髄が、これに混じって木馬のおもちゃ。

 モシャドバはその木馬を持つと無言になった。

 これを見届けた後、ララは玄関を目指して静かに立つ。


 その間、何も考えないようにしていた。










 扉だ。






 「ウ゛ア゛ア゛ア゛ァッッっ――――――!?????!?」



 ララは振り返る。と、同時に迫る影に視界が割られた。

 回る世界。凄まじい怪力で殴り飛ばされた彼は土の上で一転三転、夜の森に睨まれて、望んだ外にやってきた。

 早速、悪魔みたいな子供に見られている。


 それは先程彼を吹き飛ばした張本人。


 「ネェ、ナンでぇ―――!? ネェ、ナンでぇッ――――!!!? ナンでえええええええええええええええええぇ????????」


 人間未満人型以上、黒い団子が連なったような不出来な形状。

 今までで一番安定しているその見た目、モシャドバの位置は玄関口から一歩外、きっと館の魔法かなにかで偽装していたのだろうこれまでは。

 あれがハウゲラタン兄弟の正体。


 人じゃないなら怪物だ。


 「ぁ...ぁ...。」


 おびただしい鼻血を垂らしながらララは銃を構える。幸いなことに、この短銃はフテルが死んだ時からずっと手から離れなかった。

 新しい弾倉モドキを装着して用意良し。

 残弾は計四発、どれも無駄にはできない一撃だ。


 「ママッ!! ママッ! ハヤくガエってギてよママッ―――!!」


 痛む左腕に右手を添えると手ぶれが安定する。

 の合間に、ララの口から血が出て来た。

 それどころか全身の傷が痛み出す。中でも首が一番酷い、痛い上に動かない、見たい方向を見ようとしても首が一切動いてくれないのだ。

 恐ろしい力、今ここでやらなければ後で殺されてしまうかもしれない。


 「パパッ、パパはドゴ??!! ね゛ぇ、パパッッ! パパッ!!? ヤダ! ヤダ! ナンでダレもギてぐれないの゛っ!????」


 対してモシャドバはずっと叫んでいるだけ。

 狙うのは容易い。引き金に指を、指を、指を、指を、指をっ...指を離し、ロストは銃を投げ捨てて逃げ去った。

 理由なんて何でもいい、もう十分だった。


 とにかく遠くへ。


 声が届かなくなるぐらい遠くへ。


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