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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 深緑の墓場
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20話 食料庫


 一階と地下の境界線、分厚い石の狭間、ここより下では淀んだ空気が客を待つ。

 床には所々に苔のカーペット、割れた壁から僅かな浸水あり。

 肝心の食べ物はどこまで行っても置いていない。

 今となっては形無し、食料庫だった名残は棚と箱、それ以外では鼠の白骨、後は何処からかしてくる微量の悪臭。


 (フニィマがなんで死ななきゃいけなかったのか。)


 こんな所にようこそ。


 (なんでもいい、何かを見つけて後は逃げる。)


 彼の体内で、自身の息遣いが緩やかに反響していた。


 この元食料庫は洞窟の時を思えば大したことのない環境。

 以前とは違う、ララは魔力を見ることで蝋燭では成し得ない光を得た。ぼやけた輪郭が世界を示す。闇を恐れる一つの理由とさようなら。

 ただし、魔力を見るだけでも脳が疲弊するので完璧ではない。


 (前より魔力を見る精度が落ちている。)


 探索は始まったばかり。


 暗闇を歩いている内に彼は靴を引っ張られているような気がした。

 蝋燭で足元を探ると今度は背中を触れられた。

 それで部屋全体を調査しようと魔力の世界を眺めたら、小さな人型の精霊が飛んでいて、錆びたフォークを片手に突き刺そうと構えている。


 「待って!」


 声を聞いた途端に精霊は逃走、ララの周囲をくるりと回って一階に消えた。

 この世界ではああいった精霊も珍しくはない。


 (まだ穏便なので助かった。)


 胸を撫で下ろしつつ一考。


 (そうなると基本的に精霊は人気のない場所を好むから、魔女が普段ここに来ていない可能性がある。当てが外れたかな。)


 (でも変だ。だとしたら地下への扉が開いたままの理由が分からない。)


 僕を探す時にハウゲラタン兄弟がそうした可能性もあるけど、それだとさっきみたいに精霊が兄弟に何かをしてくるような。

 実際そういった事になったなら、その時点で精霊が逃げてしまって僕と会うことはないだろうから、この線は薄いと考えていいのか。

 だけど、この推測は全部今日起きた事って前提で立てているから何とも。

 それに兄弟から逃げた後で戻ってきたのかもしれないし。


 (仮に魔女がやったとしても目的が分からないな。)


 (気紛れにしても珍妙過ぎる。もしかして精霊が?)


 そうこうしている内に部屋の一番奥までやって来た。

 あったのは何かありそうな雰囲気だけ。


 困った彼は階段を上って一階に戻ろうとした。上から光が零れ落ちてきた。

 だが、そうする一方で自分が何をすべきなのか迷っている。

 三階に戻って館の設計図を見直すにしても道中の危険性は言わずもがな、それ以外で情報を集めようにも漠然としか行えない。


 (地下牢があるって分かっているのに。)


 階段の途中で足を止めた。


 (...待って、これを教えてくれたのはフニィマだ。そう言えばどうやって地下牢から出て来たんだろう。)


 思い返す。状況からしてフニィマもハウゲラタン兄弟と鬼ごっこ、本人もそうであると言葉にはしなかったがそんな反応。

 そこから更にどうなっているのか推理する。


 (僕に対してフテルは魔女が帰って来るまでの鬼ごっこって言っていた。)


 (となると、フニィマの時も同じルールだとしたら、あの兄弟によって魔女の居ない間に地下牢から連れ出されたと考えるのが自然。)


 なので、あの兄弟も地下牢の場所を知っていると。ただ、これが分かっていても地下牢発見の材料にはなりそうにない。

 彼らに道案内させる訳にもいかないので本当に。

 まだある。フニィマは大勢の子供が捕らえられていたとも話していた。


 (子供だけとしても牢屋が広いな。仮に八人前後としてもかなり。)


 牢屋部分だけではなく通路なども含めて考えるとそれなりの広さ。

 やや強引だが、これに魔女が殺し方に拘っている様子も加味すれば、専用の処刑器具などがあるかもしれないのでもっと広い。

 先程とは違ってこれは役立ちそうな情報だ。


 (館、食料庫、地下牢、魔女、兄弟、骸骨。)


 これらを踏まえて考えて。


 しばしの沈黙の後、彼は口を開いてこう言った。


 「分かった。」


 その言葉は三つの理由から成っている。


 一つ目、厨房で出会った骸骨が床掃除をしていた事と、開いたままの扉を合わせて、この地下は利用されているのだと推測できる。


 二つ目、この館には三階と屋根裏部屋まであるが、食堂だけは一階の部分しかなく、ララの想定している地下牢の広さを考慮すると食堂近辺が合理的。

 つまりは建物の重量を考えると負荷の少ない場所に地下室を作る筈だと。

 ただし、彼は建築について素人なので単なる憶測に過ぎないが。


 三つ目、先述した二つの理由を組み合わせると分かることがある。


 (要するにここはただの通り道。)


 ララは後ろを振り返ってそこを見た。階段を下りてすぐ正面の壁の方、丁度そこが食堂の方角、食糧庫の奥まで行かなくても大丈夫。

 これならば精霊があそこにいても可笑しくない。


 (地下牢はあの壁の向こう側。見えない道がきっとある。)


 その壁の魔力を見た。微かな揺らめきを感じた。


 (―――見つけた。)


 これを押す。すると腕は抵抗なく壁をすり抜けた。

 そのまま彼は足を進めて壁の中、幻影を通り過ぎて隠し部屋、そこにあったのは古びた牢屋の鉄格子、中にあるのは鎖で吊られた男の遺体。

 答え合わせはもう十分。地下牢に辿り着いた。


 だが、彼は喜ぶことはしなかった。


 (それで何がある。)


 机の上に並べられた小瓶の山、壁際の棚には薬草の束、牢屋の前には大釜が鎮座して、どれもが整理されて片付いて作業しやすいようにされている。

 三階で見た魔女の部屋らしき場所とそう変わらない潔癖具合。

 違う点を挙げるとするならば死臭があること。

 ララは牢屋の方に目を移す。下半身を失った男の遺体が腕を拘束されて宙吊りになっており、その瞳はどこを見ているのか定かではない。


 (牢屋はこの場所に一つだけ、だから、ここにフニィマ達がいたことになるけど、その後にこの人がこうなった。のかな。)


 この下では奇妙な形が蠢いていた。


 (...虫って言うのも違うような。)


 それどころか生命と言うには抵抗感がある見た目。もっと正確に言えば、臓器にそのまま目と口を足したような醜い姿。

 そんなのが腐った男の下半身で元気に泳いでいる。新鮮なほうが好みなのかお互いを食い合ってもいた。

 そして、これに混ざって熊の人形が横たわっていた。


 (誰かの、たぶん子供の遺品だ。)


 人形の毛先は血で固まり、目を中心にカビまで生えて耐え難い姿。

 持ち主はとっくにいないが思い出までもが消える事はないだろう。


 (助けなきゃいけない。)


 そう決めた。


 それで幸いにも手の届く位置に熊はいる。


 (見たところ肉食、下手に手を出しても噛まれるか。)


 腐った肉にいる生物なんて、どんな病を持っているか分からないので注意しなくては、そうでなくても噛まれたくはない。

 こうした奴らに対抗する術を彼は知っている。

 元薬種屋としてそういった事はむしろ得意、魔女の用意した薬草も機材も揃っているここでは尚のこと打って付け。


 そうして棚の中から必要な材料を採り出した。

 これから作る薬品は簡単な部類。刻んだ膝突き草に灯白樹の樹液を混ぜればすぐ出来る。効果は防虫、殺虫ではなく防虫。

 素材単体でもその効果は高いが作っておけば後々にも役立つ。

 例えば、この薬品は人が摂取しても無害なので、食品にそのままかけて虫からの食害を守るなんて使い方も...。


 (もう完成した。)


 容器に入れようと空の小瓶に手を伸ばす。


 (これは?)


 そこで気になるものを見つけた。


 (生命...?)


 小瓶のラベルにそう書いてあった。中身はただの透明な液体で、魔力的なものは何も感じないが、よく周り見ればこれが沢山あるのだから何やら不気味。

 凄く悪い予感はしていたが彼はそれを手に取った。

 半分は単純な好奇心だった。もう半分は、これがこの地下牢の存在する意義なのかもしれないと疑ったからだった。


 震える手で中身を一滴、指に垂らす。


 だが、何もなかった。


 (なんだ。)


 その一滴が指を滑って机に落ちる。

 若々しい緑色、古びた木板から()()が生じた。


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