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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 深緑の墓場
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18話 孤


 それは月明かりを使った巨人のやる影絵のように。


 形が変わる。いや、そもそも形なんて最初から無かったも同然。

 あれは何だ。ララは敵とする相手の変化をよく眺めた。

 少なくとも彼の目には悪魔が大きくなって小さくなり、存在を点滅させて、刺された傷口を修復しているかのように見えていた。

 やがて、繭から出る蝶みたいな動きをする。

 生まれ変わったその姿は以前と同じ。異様な存在感があり、不可解な身体を持ち、生きているとは程遠い顔つき。

 きっと永久にそのままだ。何度繰り返そうとも同じ結果、そういう約束が世界のどこかで交わされたのかもしれない。

 だが、本当にそうなのかは結局誰にも分からない話。


 どんな憶測でも悪魔は全てを演じきるだろう。


 そうして再生の儀式を終えた悪魔は地に落ちて、雲から吊るされているのか、ぐらり、ぎこちない立ち上がりを披露する。

 間違っても手を差し伸べてはいけない。


 ララは手持ちの短銃を一瞥する。


 (火縄に火がない。再着火は無理そうだ。)


 そこから悪魔の動向を再確認、当然のように姿を消している。

 冷たい風が汗を舐め取った。


 (恐怖に負けるなよ。)


 やる事は二つ。骸骨の上で敵を待つ。短剣を構えて敵を討つ。

 そして彼は目を閉じた。想像するは自分の姿、夜の静けさに悪魔を見出すため、心を目にして注意深く。

 そこで一滴の輝きに気が付いた。

 色彩、光度、とても科学で推し量れるような物ではない、美しい輝きがすぐ近くにあると。


 その時、彼は気付きを得たのだ。


 見えない世界が鼓動する。肉体を超えて、世界と自分が接続する妙な感覚、宇宙の膨張がこの場で起きているかのような錯覚。

 この瞬間に彼は魔力の一端を掴んでいた。

 アーマレントの時のうっかりとは比べられない自覚があった。


 悪魔が潜むとするならばこの世界。


 だが、それ以上は踏み込めない。


 急に芽生えた魔力の感覚に、迷いがあったのは事実だが、魔力を見る以上の利用方法を知らなかったのである。

 でも、ありがたい。彼はその世界を通して悪魔を見つけようとした。

 それらしき物はすぐに分かった。石の裏、脳の中、木陰それから靴の下、あらゆる闇の中から歪んだ存在に出会ったのだ。

 これらがゆっくりとララの前に集――――――。


 (...!!)


 開眼、斬った。


 悪魔は黒い靄を吹き出しながら地面に倒れて沈む。

 まるで手応えは無かったがやったのだ。


 (当たった!)


 そう喜んだ束の間に彼の首が締まった。

 咄嗟に首に手をやるが何もない。そのまま体は宙に浮き、次第に地面も意識も遠のいて、いつの間にか短剣を手放してしまっていた。

 白濁とした意識の中で彼はとにかく暴れたが全くの無意味。


 そこで一拍遅れて手を替えて、鞄を使って殴打。

 鞄の中の、銃に装填された聖石によりソイツは潰されたケーキみたいに変形した。だが同時に、彼は彼で空での支えを失って脚から地面に落ちていく。

 そうして意識が滅茶苦茶になりながらも、両膝、左腕、額、胸部、それぞれ順に強打して最終的には星空を見上げていた。


 綺麗な空だがそれどころではない。


 息を吐く、節々が痛む、更に息を吐き、吐いて、吸って、痛んで、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、下唇を噛んで封じた。

 歯の合間から血と涎が泡になってこぼれ落ちる。

 彼は仰向けから腹ばいになって、そこでようやく呼吸が安定して。


 (だからなんで剣と魔法の世界でこんな血生臭い事にッ...。)


 悪い予感、いや、奴の気配が。


 (悪魔が来るッっ!!!)


 そこから頭を上げると丁度目の前に短剣があった。

 掴み取ろうと素早く手を伸ばす。


 が、それより早く悪魔に片脚を掴まれた。


 そして引っ張られる。脚の血流が途絶えるぐらいに強く、彼は急速にその脚の感覚を失いながら、それでも指を地面に付きたてて短剣に手を、掴んだ。

 同時に彼の両足も掴まれた。とうとう抵抗出来ずに引き摺られる。

 一回軽く宙に浮き、顎で地面を耕しながら引き摺られる。


 しばらく引き摺られた後、何とかララは上半身を捻って進行方向を確認、判明した、悪魔の目的地はギタイザモクの足元。

 その先の事なんて容易に想像がつく。

 これを阻止すべく不安定な姿勢から短剣を構えて。


 「当ッたれええエェッぁぁああ゛あ゛―――!!!!」


 そして投げた。


 それはララの意思に従って悪魔の背中に喰らいつく。

 悪魔は聖石に嫌われており、純度の低い聖鉄であったとしても命取り。刺さった箇所からボコボコと小爆発を繰り返し、黒い靄をまき散らし、生物が硫酸に浸かるよりも酷く歪む。

 手足が手足でなくなった。人型ではなく何かになった。

 だが、ソイツは消える運命から逃れようとして事実を拒んだ。


 それにも関わらずララは止まらなかった。


 せっかく悪魔がああなったというのに、慣性の法則によってギタイザモクの足元に引き摺り出されたのだ。

 突然だとしてもご馳走に手を付けない魔物はいない。

 天然のギロチンが落ちていく。ロストの柔らかな腹の上に。


 「「嫌だッ!! 死にたくない!!!」」


 パニックになりながらも、彼は地面を蹴って何とかこれを回避。

 すぐにギタイザモクから離れて悪魔に振り落とされた短剣を回収。

 そして苦しむソイツを背中から襲った。首に一刺し、すると逃れようと空に、もう一刺し、悪魔は飛んだ、一緒にララは空に舞いながらも何度だって刺す。

 とにかく何でもいい。ララは戦いに決着を付けたかった。


 「「もう、終わってくれ!!」」


 彼はトドメを刺そうと振り上げて。


 その刹那に暗転、彼は気が付くと館の通路の真ん中にいた。

 そして明転、骸骨の群れが忽然と現れて通路の蝋燭を取り換えていた。

 理解不能。ララの存在を他所に骸骨達はせっせと館のお掃除もこなしており、中には人皮を被った骸骨もいたが、やっぱり彼には無関心であった。


 他に変わった点は、骸骨に混じってボロ切れが立っていたこと。


 (...悪魔?)


 悪魔は、黒い影に相応しい姿になっていた。

 本人はそれが嫌いなのかグニュグニュと人型に戻ろうとして、失敗して、戻ろうとして、不気味な運動を繰り返している。

 それを何度かした後ソイツはララに気が付いた。


 周囲の光が消え去った。


 (武器ッ!)


 握りしめた手には何もない。それどころか鞄すらもない。

 彼が惑う合間にも黒い影は恐ろしい形相で動いた。

 体を膨張させながら通路を呑み込み、その何十倍にも引き延ばした顔面は吐き出した息で氷を作る。


 ララは走った。行く手にいる何体もの骸骨を押し退けながら逃げたのだ。

 魔力と音が激しく鳴り響く通路に吐き気が湧いてくる。

 そして、逃げた先で鞄を見つけた。中身が散らばっている。これらを鞄に入れながら銃を、違う、短剣を手に取って背後に向けると。


 悪魔の顔。


 一瞬にして彼の視界は奪われた。身体は悪魔の闇に触れられて徐々に凍り付く。

 洗濯機に放り込まれた蟻のように滅茶苦茶な流動を受け、けれど物理的なそれではなく、魂を引き裂かれるような今まで知らなかった感覚。


 (記憶が奪われてッ!!?)


 それに彼が気付いた瞬間その記憶も奪われた。

 だが、奪われる直前に振るった短剣が黒い影の大事な部分に突き刺さり、お互いバランスを崩して落ちていく。


 落下地点は元の部屋、屋根裏部屋に通じる三階の部屋。


 「あれ?」


 気が付いたらそこにいた。


 (なんで?)


 そんな問いかけも断片的な記憶では掴めない。


 ただ。


 部屋の中央で黒い影が蠢いていた。

 これが答えか。ララはそれが全てを物語っているように感じた。


 それで彼は無言で、重い身体を引っ張って、短剣を、握り、息を切らしながら黒い影の前に立った。

 もうすぐ戦いが終わる。終わらせる。

 ロストの意思が伝わったのか黒い影は必死に腕のような何かを振り回して抵抗、してはいたが出来ていなかった。

 ゆっくりと着実に彼は短剣をソイツの頭に。


 すると影は消えた。




 それはとても静かだった。


 何も残らなかった。静かに、死に際に何かをする訳でもなく、静かに、言葉を紡ぐこともなく、静かに、大事な物を落とす訳でもなく。

 月明かりに照らされながら消えてしまった。

 痕跡があるとするならば何だろう。


 ララは目を閉じた。思い出す人がいた。


 「エルモさん、僕は何をしたんでしょう。」


 戦いが終わった。


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