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帰還志望の受難生  作者: 白ム月比心
二章 深緑の墓場
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17話 vs魔女の夫


 こればかりはよく考えた。


 (それはどうなんだろう。)


 その前に一つ整理を。


 黒い影が奪った記憶をどうしているかで話が変わる。そもそも、この前提が間違いで消去や消費されている可能性だってあり得るが。

 ただ、それをどうやって知るのか。

 そして知った所で解決出来るとは限らない。

 それで結局全部分からないから情報を収集することにした。これが昼過ぎ辺りまでの彼の考えであり行動である。


 ララは短剣を強く握った。


 (黒い影を殺す。でも。)


 そんな何も分からない状態でやることなのか。


 仮に間違っていたとしても利点はある。あってしまう。

 探索時や逃走時の危険性を減らす意味でも、これから現れるかもしれない館からの逃走者達の為にも、いま殺しておいた方が何かと良い。

 それにいつ、魔女を呼び出すのかも分からない。


 殺しておくだけでもお得なのだ。


 (むしろ早急にやるべきか。)


 それで忘れてはいけない欠点。と、言うよりも危険性について。

 ララが戦闘中に記憶を奪われた場合で、黒い影を殺しても記憶が戻らないとなったら、そこから先は予測が付かない事態となる。

 奪われた何かによって幾つにも分岐すると。


 (急がずに情報収集してからでも?)


 それで、その情報はどこにあるのかとなったら。


 (この館の書庫、研究室とか?)


 (ただ問題なのが、そこに行ったとして欲しい情報が絶対得られる訳でもないし、あったとしても探し出す時間が惜しい。)


 やっぱり殺すのが手っ取り早い。


 殺して確かめた方がいい。


 (本当なら、ここから逃げて帝国軍に丸投げ出来たら良かったんだけど。)


 今まで帝国があれだけの骸骨を知らなかったなんて事はないだろう。

 ララと魔女が出会ったあの花畑の土の下。あそこの全員に両親がいた筈だ。兄弟もいたかもしれない。友達だっていただろうに。

 忽然と人間一人が消えて、その内の誰もが不審がらないなんて冷たい世界。


 (...そんなのある訳がない。)


 帝国は全部知った上で魔女を野放しにしている。

 告げ口したところでフニィマを助けてくれないのはほぼ決定事項。


 「だから、僕が何とかしなきゃなんだ。」


 決意は固まった。


 (それなら。)


 彼は深呼吸をして今一度辺りを見た。

 目には屋根裏部屋の武器防具。その中から聖石の弾薬を集め、更にはサジタリアスの扇状の短銃とその他の銃も拾い出し。

 これらを床に広げて銃口の確認。弾薬入りの銃を発見。

 すぐさま窓のカーテンを切り裂いて布の確保、その上に火薬を吐き出させ、今度はそれを扇状の短銃に注ぎ込む。

 そして聖石の弾丸を、入らなかったので短剣で小さく加工。


 武器だけはいつだって心強い仲間。


 準備完了。弾倉モドキが2セット、合計八発分の用意。

 弾丸は不揃い。命中力バラバラ。

 火薬は目分量。どうにでもなれ。


 彼はその銃を一旦鞄の中にしまい込んだ。


 (あとは。)


 そして靴の詰め込まれた箱を見て。折角なので靴を履き替えていくことに。

 血塗れな靴と靴下も一緒にここでお別れ。

 新しい靴の履き心地は古びたパンを踏み締めるような感じ。


 (これで全部。)


 ララは梯子を下りていった。

 

 階段正面の部屋。現在の様子はとても静かなもので、夜の闇も手伝って、沼の深み、この世から隔離されたかのような別世界。

 蝋燭の火が揺らぐ。この世界も揺らぐ。

 彼はここで黒い影を待つことにした。ここでなら黒い影はすぐに現れてくれるだろうと考えて。


 しかし、単に待つだけでは何かと勿体無い。こんな考えで彼はあの羊皮紙を見た。この館の設計図の隣にあったあれを。

 それにしても文字が掠れていて読み辛い。

 消しゴム、それどころか息だけで消せそうな具合である。


 (えっと、ハウゲラタン公爵の何々の名によって、ルキウス・ハウゲラタンにガウナン・グ・ウィリディスダ―トゥムの称号を与える。以下、証人一同。)


 文の最後には木の紋章。


 返せ


 何かの声がした。


 ララは素早く振り返ったが何も無い。それでも警戒を怠らず、近場の蝋燭で短銃の火縄を着火させて辺りを様子見。

 心拍数が上がる。息が耳を塞ぐ。

 こんな世界だ。これが神経の衰弱がもたらした幻聴なんてつまらない結末はないだろう。

 それに彼は自身の悪い予感がどれほどの的中率か知っている。


 (悪い予感がする。)


 黒い影、静かな悪魔、記憶泥棒、後はなんて呼べばいい。とにかく、状況からしてそいつの仕業であるのは間違いなかった。

 探す。探す。探す。だが、どこにもいない。

 声がしたなら近くにいる筈なのに見つけられない。

 そもそも彼自身ここに隠れる場所がなくて困ったくらいで、目に見えるならもう見つかっている。

 そこで敢えて目を閉じた。魔力と同じ、見えないのならそうやって感じ取るしかないと思ったからこそ。


 そうして深く息を吸い込んで、浅く息を吐き出しつつ自分と空気を一体化。そんな想像をしながら部屋の違和感を肌で探す。

 虫の囁きすら逃さないように。


 ふと、冷たい吐息を感じて静かに目を開ける。


 もう目の前にいた。


 鼻の先に死の仮面を見たのだ。


 ララは恐怖よりも先に納得してしまった。

 通路で出会ったあの時から目の前にいて、近すぎたから分からなかっただけで、ずっと自分はその虚ろな眼孔を通して世界を見ていたのだろうと。

 この理解は彼の何かを狂わせた。


 「あっ。」


 気が付いた時にはそいつに短剣を刺していた。


 その時、音にすらならない叫びがあった。見る見るうちに蝋燭の火は消え、空の光も途絶え、静かな悪魔は暗闇に溶けていく。

 そして、この部屋は完全な暗闇に閉ざされた。

 腕はどこ、脚はどこ、自分自身の形すらも見失ってしまう程の闇だ。

 これに加えて凍えるような寒さがある。


 冷静さを取り戻した彼は短剣を握り直す。


 (この感覚さえ分かれば良い。)


 決意はもう決まっている。


 それからのこと、彼はそれすらも沈みそうな暗闇を突き進む。

 まずは軽い気持ちで数十歩。ここでもう、踏み込んだのはただの闇ではなく、誰も知らない様な全くの異質であることに気付かされた。

 走る。だが何処までも行っても辿り着かない。

 ここが本当にあの部屋ならばとっくに館の外で空中歩行している頃合いだ。


 とうとう魔法の世界からも追放されてしまったか。

 こんな事を考えながらもララは走り続けた。


 それから数年が経った。ような気がする。


 ある日、彼はお仲間がいたことに気が付く。すぐ右隣にいた。黒い影が謎の靄を薙ぎ払いながら前進していたのだ。

 「幻覚だろう」とは言い切れない。彼はこの暗闇全てを幻だとは思えずにいた。

 しかし、いまや真実はどうでもよかった。

 何であっても放って置くのは気が済まない。


 彼は短剣を構えながら近づいた。


 狙うべきは脳天。


 その時、雲が晴れてしまった。


 月の光が辺りの暗闇を一掃する。露わとなったのは横並ぶ倒木と骸骨の山、それとギタイザモクの孤独な擬態、春の虫がこれを嘆いて泣いている。

 そして場に似つかわしくない花の香りは今なお健在。

 ここは花畑、あの花畑であった。

 様子はだいぶ変わってしまっていたがそうである。


 ララは大きく見開いて唖然としていた。

 現状は理解した。だが、納得はできない。


 (いや、その前に。)


 彼の頭上、綺麗な星空に黒い影が浮かんでいた。


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