14話 死んでも帰りたい場所
彼は鞄を掴んで通路に出た。
「二ィッ!」
そこはカビ臭い空気に満ちていて、壁に掛けられたランプで仄かに明るい。
驚きなのは扉の数、ララの確認出来る範囲内だけでも七枚ある。
一枚は先程彼の出て来た部屋の扉、そこから右隣に扉が二枚等間隔に並んでおり、反対側の壁の方も同じ配置で合計六枚。
それとララから見て通路の左端にも扉が、右手の突き当りには階段がある。
もちろん、彼にはどうやって逃げようかと吟味する時間はまたもなし。
「サァーーンッっ!!」
(とりあえずここから離れないと。)
ララはそれだけを胸に左端の扉を選んだ。
「シィ~~~~!!!」
時間稼ぎにでもなればと扉は丁寧に閉めておく。
やってきた先は玄関ロビー。ドーム状のガラス屋根が特徴的で、一階から二階まで吹き抜けになっており、ロビーの両脇には二つの階段がある。
ララの出て来た位置は二階部分、玄関の真正面にあたる場所。
早速、彼は木製の手すりに掴まりながら一階へ移動した。
その途中で見えるのは面格子のある窓ガラス。その向こう側、青々とした森と空に広がる太陽の輝き。
そこへ至るにはあの古びた玄関扉を開くのみ。
息を呑む。
物は試し。と、玄関扉のドアノブに触れてみると。
「開かない。」
当然だ。結果は予想通りに期待を裏切ってくれた。
そう落胆した直後、彼は予想すらも裏切られていたことに気が付く。外の方から馴染み深い猫の鳴き声が聞こえたのだ。
たった一瞬のことである。
そこで。
「ジュウ!!!!!」
それが扉を貫通してロビーに響いてきた。カウントダウンの終わりだ。鬼ごっこの始まりだ。
ララが辺りを見回すとあったのは扉、扉、扉、沢山の選択肢。
騒がしい足音を感じ取りながら彼は決める。
そうして扉は開かれた。
乱暴者のご登場、ハウゲラタン兄弟が玄関ロビーに現れた。
その時にはそこにロスト・ララの姿はなかった。
探索が始まった。だいぶ慣れた様子でフテルは周囲を見回して、それをモシャドバが真似をして、すぐに彼らは発見する。
玄関から見て右側、通路の扉が開いたままだと。
二人はお互いを見合い。そして、競うようにその扉に突入していった。
そんな終始慌ただしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ララはゆっくりと息を吐いていく。肩は強張ったままだ。
彼の現在地は玄関から見て正面の扉、その裏のところに隠れている。
因みに、その周辺の構造は二階のあの通路と殆ど同じつくり。
これで一安心...とはいかなかった。
森から続いてこの館。落ち着く時間もありはしない。
今度は階段の方から足音がやってきて、ララの不安を鷲掴み、そして彼は慌てて、彼は無理に自分を落ち着かせながらどこかの部屋に入り込む。
ゆっくりと、床の軋む音すらも敵だ。扉を閉じる音は最小限に。
そして、やっとの思いで閉じられた。
彼はいつの間にか止めていた呼吸を再開させる。
(手が震えている。)
扉の開閉を利用した陽動作戦。見事なり。
だが、彼が思うのは小さな成功ではなくてこれからのこと。
(窓には鉄格子、扉には鍵がかけてある。素直に扉から出るとなればどこかで鍵を見つけなきゃだな。どこにあるんだろう。)
(でも、なんだか気が引ける。嘘でも遊びに付き合うなんて言ったから。)
ここでララは扉をちょこっと開いて音を聞く。
遠くで足音がした。すぐ閉めた。
(一番の難関はこの館の構造かも。まるで分らない。)
彼は頭の中で整理する。建物を把握してしまえば逃げやすいだろうと。
まずは間取り。その部屋の前にあり、玄関の正面にある一階中央通路は、一階階段前通路と繋がっており、そこからどうなっているかはまだ未知数。
だが、今の段階でも考察を重ねれば建物の構造を解き明かせそうだ。
けれど、考えるだけでも時間は進むし頭も疲れる。危険ではあるが、実際に見て回った方が早くて確実。
(とにかく、いま重要なのは逃げ道だけだ。階段と各通路の関係さえ分かればいい。あとは何かあるかな。)
こんな時に鉄臭い匂いが鼻を突く。いや、こんな時だからこそ重要か。
(匂いだって居場所のバレる原因になり得る。)
ララは血塗れな自分の服を見た。ボロボロだ、ズタボロだ。
原型が思い出せない程に変わり果てた服がある。
(これは森の薬草で臭いを誤魔化すとして...。)
鞄から取り出した薬草を握りしめ、出て来たエキスを服中に擦り付ける。命をかけた鬼ごっこの割には地味な風景。
この時もまだ彼の手は震えていた。
「ねぇ...。」
浮足立つ、ララは顔面蒼白にして振り向いた。
そこにあったのは穴の空いた奇妙なクローゼット。
事態は硬直、ララは恐れを抱いて動けなくなった。それを覗くことも、逃げることもできない。
ただ、待つのみだ。
しばらくそうしているとまた声が。
それは子供の声で。
「君もあの兄弟に?」
ハッとして、ララはクローゼットに近づき小さく答える。
「そうだよ。」
その返事で精いっぱい。
「やっぱり、そうだったか。ボクの名前はフニィマ。君は?」
フニィマは精霊語で果実を意味する言葉。月の大陸、クレシェント大陸ではこの名前の者が多い。
日本の太郎に相当する。
「僕の名前はロスト・ララ。そうだ、一緒に逃げようよ。」
フニィマは言葉を濁しつつ最後にはこう言った。
「それは無理なんだ。」
彼は静かに喋ってはいた。
「記憶を奪われたんだ。いつからこのクローゼットの中にいるのか、どこで産まれてきたのか、いっぱいいっぱい何もない。」
「もう、ボクはここから逃げられても帰れないんだ。」
「ララも気を付けて、大切なものがなくなるよ。」
その話をロストは俯きながら聞いていた。
「...せめて、君だけでも外に逃がせるように協力する。」
そう言って、フニィマは自らに残っていたものを伝えた。
あまり多くはない。一階が一番隠れやすいこと、黒い影みたいな何かが記憶を奪っていったかもしれないことを。
これらをよく聞いてララは質問した。
「もしも、記憶が戻ったらどうしたい。」
「そんなのありえない。ありえないけど。もし、あるなら故郷に帰って、いっぱいいっぱい何かしたい。」
ララは立ち上がって。
「わかった、その時には僕も呼んで。」
そして、彼はドアを開ける。その手の震えは止まっていた。




