13話 不出来な息子たち
目を閉じる。それはとても不思議なこと。
瞼の裏を見るだけ、自ら視界を閉じるだけの行為に、どうして安らぎを感じてしまうのか。眠るときにしてしまうのか。
人間は闇を恐れる生き物ではなかったのか。
ドライアイさえ気にしなければ、ずっと開けたままの方が隙がなくていいし、そうした方面に進化しなかったのは何故だろう。
場所は森のどこかで。
そんな疑問をロスト・ララは解明した。
(現実を見るのも恐ろしい。)
ほんとうに情けない話である。
(でも、このままでいるのも恐ろしい。)
そんな訳で状況把握。閉じていても仕方ない。
ララは目を開ける。その前に、もう少し自分を整理しようとして、過去を振り返ってみれば頭の中にしっかりと叩きのめされた記憶あり。
そこで腹が痛んだような気がした。
(うん、あれは間違いなく致命傷だった。)
なのに、現在は痛みも疲れも何もない上に、人生の中で一番元気になっているような気さえしていた。あれをどうしたら、ここまで治せるのだろう。
死にかけだったのが嘘みたいに絶好調。
そう死にかけていた。それを分かっていながら彼の考えることは別のこと。
(こんな万全な調子で骸骨に挑めたなら勝てたのかな。)
最高な状態で思い出すあの最低な結末。
もっと上手く戦えた、もっと上手く逃げられたのでは。
負ける覚悟はしていた。それで一回諦めて、チャンスを手にしたと思ったらこの無様。でも、何かもっとやりようがあった筈。
もしかしたら、その二択を選択することすら避けられたかもしれない。
あの時、変に森から脱出を狙わずハランさんとの合流を目指すべきだった。あるいは洞窟のあの場所で待ってさえいれば...。
そこでララは目を開けた。
(全部もう昔の話になっちゃった。)
彼の目に映るのは椅子に縛られた自分の身体。それと、どことも分からない部屋と、床に転がっている愛用の革鞄。
後悔はさておき、次はここまでの情報を踏まえて考えごと。
(あの骸骨に負けた僕は捕まって、現在は治療を施されて放置中。って所かな。幾つか気になる点はあるけど、どこから手を付ければいいのやら。)
彼の気になること一覧は以下の通りに。
一つ、あそこまでの殺意を見せておきながら生かされた。
二つ、自分を治療したのは誰なのか。
三つ、純粋にここは何処なのか。
四つ、あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
五つ、同じく森を通ったジェドは無事なのか。
六つ、完全に猫とはぐれてしまった。
彼の生来なので仕方ないが、これはちょっと気になる事が多すぎる。
(治療してくれたのは魔女か別人か。どちらにせよ、あとでここに来るだろうから後回しにするとして。)
そう考えながら蝋燭が揺れているだけの薄暗い部屋を見回した。
床と壁は木造だ。ちょっと動いたら音が出そうな荒れ具合。部屋の隅にはおもちゃ箱、中身の程は分からない。部屋自体の広さはそこそこ。
あとは壊れたベッド、薄汚れた絨毯、それに暖炉がある。
汚れてさえいなければ十分豪華な部屋。
(様子からして子供部屋? だとすると、ここは金持ちの家とかかな。)
この世界で子供に個室を用意できるのは金持ちの特権。おもちゃで遊ばせてられるのも同じ所業。
だと、ララは思った。
あとは右を見ても、左を見ても、いつもあるのは暗がり。
(もう、ここで得られる情報はなさそうだ。)
あっという間に情報収集が苦しくなってきた。
見るものは見た。と、なれば。積極的に脱出を試みてもいい頃合いだが、そう思うと途端に怖くなってくるのが彼である。
元気だった筈の脚は震えてしまう。
いつくるか分からない何かの為に怖がってもつまらない。なんて、頭では分かっているのに。
(世話の焼ける自分だ。)
そうして、彼は拳を作って手の縄を解こうとした瞬間。
――――部屋の扉が開かれた。
そこから現れた黒い影は彼を見て。
「あっ、ニィじゃん!! アイツがイシギをトりモドしでるど!!」
ララは驚きを噛み砕く。
「ホントか?! モシャー!!!!!」
声に呼ばれて、扉から更にもう一体が現れる。
対処を間違えば死ぬかもしれない緊急事態。
ララは手堅く情報収集から。
黒い影の二人組はどちらも子供のような雰囲気を纏っていた。
年齢で表すなら六百歳前後。
黒い膿の塊だと表現されるような見た目をしており、人によっては生きたキュービズムとも言うのかもしれない。
つまり、想像力次第で何にでもなりそうな鶏。
爆発力が試される訳だ。
そうして彼らは土に潜ろうと天井に激突する。
(ん? 違う、まってそんな訳ない。何が起きているんだ。)
ララは再度二人を見ようと努力した。
そこには間違いなく子供がいた。
「アレ? 二ィちゃん、ナニをするんだっけ?」
ただ、その二人組は人間と言うには何か変だった。
これを説明するのは難しい。ちゃんと人に見える。だが、人に見えない時もある。そんな彼らをどう言葉にしていいか。
強いて言うならば、よく中身が透けて見える着ぐるみ。だが、これだけでは明らかに言葉足らずなのは間違いない。
ララはこの時点で正しく形を捉えるのを諦めた。
「バーカ、ママはいつも礼儀正しくしろって言っているからアレだ。」
そんなこんなで自己紹介が始まった。混乱で化粧をした兄弟からのご挨拶。
一番手は背が山の様に高く針の様に細い子供から。
「オレの名はフテル・ハウゲラタン!!」
二番手は背が海の底みたいに深く鮭みたいに太い子供。
「オデのナはモシャドバ・ハウゲラダンッ!!!」
ハウゲラタンは精霊語で豊穣の森を意味する。家系としては古代帝国の名門貴族、ハウゲラタン公爵を筆頭とする貴き血統の一族。
結局はそれも昔の話、今は見る影もなし。
なんであれ、ロスト・ララにとって知りも関係もしないお話だ。
(何が何だか分からないけど。)
ハウゲラタン兄弟を見ながら。
(簡単に逃がしてくれそうにないな。姓からして魔女の家族で間違いないだろうし、僕を縄で縛ったのもこの兄弟だろうから。)
と、考えながら挨拶を。ついでに質問も添えて。
「えっと、僕の名前はロスト・ララ。もしかして怪我を治してくれたのはフテルさんと、モシャドバさんで良いのかな...?」
モシャドバは深く頷く。
「うん、そうだよー。ゴハンでなおしだの。あ゛っ、ゴハンはゼイレイさんをブッしてマゼマゼして、ぼこぼこしたらデギるヤツ。」
(僕は何をされたんだろう。)
笑い話にならない。ララの中で不安と頭痛が飽和する。
なにより一番の問題は、無意識の内に彼らの存在を何度も拒絶してしまうのでいつもと疲れやすさが倍違う。
クラクラしてきた。
そんな彼に休みを与えずフテルは叫ぶ。
「どうでもいいからアソぼうぜ!! その為だろ!?」
「だね! だね! 二ィちゃんがイうならそうじよう!!!」
「みんなでオニごっこだ!」
このハウゲラタン兄弟の誕生日当日みたいな盛り上がり様は、ララに嫌な予感をさせるのに十分であった。
これに応えてくれるようにフテルは指差す。
「ルールはカンタン!!! オマエは逃げる。そんでオレらはオマエを殺しにいく。ママが帰って来るまでに逃げきれたらオマエの勝ち!!」
次はモシャドバ。
「ゾしてザンカイジんだらオマエのバけ!」
ララは声を荒らげる。
「ちょっと待って!!!! 僕は三回どころか一回も死ねない!!」
「オニごっご!! オニどっご!!」
「ウルセェ!! ママがクル前に始めっぞ!!」
フテルは扉を開いていく、それと同時にモシャドバが縄を千切っていく。
残念ながらここは身勝手な彼らの独擅場。
これを止められるのは二人の親だけ、来られても困るだけ。遊び感覚で殺されたくなければ分かり切った選択肢を歩むしかないのだ。
「ッ! だったら、その遊びに付き合ってあげるよ!!」
救われた命が掛け金だ。
「ジュウ秒数えるからその内に逃げろ!」
縄が床に落ちた。
「イチっ!」
ロスト・ララは扉の外に向かって走り出す。




