9話 vs射手?
倒れた場所でロストは一秒一回息をする。
自分の命が狙われた、その衝撃は弾丸と共により深く。
(でも何が、何が、あったんだ?)
相手は銃で撃ってきた。
僕は銃で撃たれて吹っ飛んだ。
僕は銃で撃たれて吹っ飛んだが、身に着けていた魔導具のお陰で生き延びた、命中個所は額のど真ん中、被害は多少の打撲に流血と魔導具一つほど。
こんな風に彼の中、何度同じ真実を突き付けても理性が信じず現実逃避、本能はこれに困ってとりあえず息をと指示を出す。
間違いなく彼はアリスに襲われた時以上に混乱していた。
(そうだ、ハランさんはギタイザ何とかを払い除けたんだっけ? それよりもアーマレントで別れたエルモさん。そして確か勇者ユーマはグルウルを倒した剣を...。)
夢を見るかのように過去の情報を思い出す。
その過程で浮かんだのは何もこの世界の事だけではない。
(落ち着け、周りを見ろ!!)
やっと混乱から立ち上がる。
今いる場所は明るい洞窟の出口付近。
「っ! 猫さんは大丈夫!?」
ララの見えない所でミャウと一言。
「良かった。取り敢えず怪我の手当ては後回し、ここから逃げるが一番、狙撃してきた相手は恐らくサジタリアスさん。」
(弾着と発砲音のズレからして遠くからの射撃、それも洞窟から体を出す前に撃たれたから、方向はある程度絞れるとして、逃げるとしたら何処だ?)
彼の揺らぐ頭はそれでも冷静な分析をした。
ちょっと冷静過ぎるぐらいに。
(サジタリアスさんはハランさんとの会話で顔を潰さないようにと言っていたから、頭を取りに来るのは間違いないな。)
この思考の速さはアドレナリンのお陰、と言いたかったがアドレナリンは思考能力を低下させてしまうらしい。
(僕にある選択肢は五つ。崖に沿って逃げる、洞窟に引き返す、奇を衒って前方に逃げる、死体の振りして奇襲返し、そして一か八かで命乞い。)
(一つずつ考えてみよう。)
崖に沿って逃げる、これが一番順当か。
洞窟に引き返す、あの魔導具がないので暗闇を彷徨うだけか、もしくは運良くハランさんに出会って反撃するかの運試し。
奇を衒って前方に逃げる、意外と良い選択かもしれない。
死体の振りをして奇襲返し、これは一撃必殺でやらねば勝ち目無し、僕にそんな攻撃は出来ないので却下。
一か八かで命乞い、今でなくとも逃げきれなかったらそうしよう。
(決めた、壁に沿って逃げて時間を稼ぎつつハランさんと合流することを目指す。で、いま動くか? いま動くか!)
大まかな戦略は決定された。
額に乗る壊れた魔導具を脱ぎ捨てて、ぐったりとした身体を起こして立つ。
「これは、思っていたより不味いな。」
今にて判明、ロストの体調は芳しくなかった、頭を打ったせいか平衡感覚がやや不調、体の傾いていく感覚が常に足先を惑わす被害あり。
ついでに手足も震えてきた。
頭に弾丸が直撃した結果としては安いものだがしかし。
「っ!?」
それでもと前に進めば足がもつれて壁に寄りかかる始末。
(体が思い通りに動いてくれない。)
洞窟を抜け出すだけでこの有様。
(全ては恐らくだけど、相手が僕を撃てたのは魔力を見て高純度の魔石を目印にしたから、使われた銃は再装填に時間がかかって隙が大きい筈。)
(逃げるなら今が一番の好機なんだ。頼む、ちゃんと動いて。)
そして一歩一歩、ロストは生き残りを乗せて歩み出す。
まだ姿を見せない射手を恐れながら。
どうかしている、そんな時に何故か彼は生きた心地がし始めていた。
同時期に硫黄がどこかで香り立つ。
洞窟の外、森の奥の奥で獲物を覗く狙撃手が一人。
魔力だけではない、彼はロストが思う以上に多くのものが見えていた、多くのものを感じていた。
彼の実名はバクルック・ロックフィンガー。
とある王国の元騎士でオキュマスと同じくドレト人、バクルックの名は精霊語由来、詳細は省くが母国で革命が起きたとか。
彼の来歴は語ると長い、現在進行形で大波乱の人生を送る52歳なのだから。
「多少運も良いらしいが。実に惜しい、惜しいな。」
再装填、銃床を地に付けて銃口に火薬を注ぐ作業中。
次に弾丸を棒で突っ込んで装填完了。
「吾輩でなければな...。」
銃床を蹴り上げて、左手の掌を軸にクルリと回して銃床を右手で掴む。
一つの動作で銃を構えた。
「―――逃げられていただろう!!!」
引き金動き、点火する。
ドッバンッーーー!!!!!
鼓膜を揺るがす大音量、弾丸は膨れ上がる空気の圧に押されて飛び立ち、大きく山なりの弾道を描いて森の上、そこから下がって木に、今度は獲物を目指して。
彼はいま洞窟を出たばかり。
結果はどうだ、場所は戻ってロストの所。
「あ゛あ゛あ゛あぁーー!! あ゛ぁぁぁーーっ!!」
彼は獣のような唸り声で痛みを堪えていた。
左脚のふくらはぎを押さえながら。
ドパン!!
その最中に憎たらしい銃の遅れた自己紹介。
ララにこれを気にする余裕はいまやなし。
それより手で押さえようとも溢れ出す血の流れ、患部の状態は皮が捲れ上がって肉が丸裸、何故か火傷あり、幸いなのは弾丸が体内深くに到達していないこと。
(ここで手当てしてもまた撃たれ、逃げたとしても失血で気絶し兼ねない。まず安全な場所へ逃げて...。)
そこでサジタリアスが鳥を跳弾で全滅させていた事を思い出す。
「安全な場所って?」
ロストは辺りを見渡した。
洞窟を出て二分未満、現在地は森の真っただ中で遮る物しかない。
「どうやって当てぁ...。痛い、ぅぐぁ...。」
激痛が再発、更に浮き出た冷や汗が傷口に染み込んだ。
もはや彼の腹から出るのは呻き声にすらならない潰れた息、涙が自然と出てしまう痛み、これに抵抗する方法は行方不明。
こんな状態で逃げられる訳がない。
(だけど、逃げなきゃ。リックさんの魔石を捨てていくしかないのか。)
本当に困った。
ニャウ?
「猫さん、ごめん。いままで名前付けられなくて。」
まるで最期の言葉のようだ。
「ねぇ、変なんだよサジタリアスの銃弾。」
「普通は跳弾なんかしたら威力も落ちるし、どこに弾が飛ぶなんて分からないのに、鳥を一発で三~四羽も倒してた。」
「それにいくら魔力を見る力があっても、他に森に住む動物だって魔力を持っている筈で、見分けるなんて。そもそも魔力を見る以外の手段かもしれない。」
ふと、ロストは目前に落ちてきた一枚の木の葉に目が留まる。
何となく、あれが地に付いたら弾丸がやってくる予感がした。
「取り敢えず! 行けるとこまで行ってみる!!」
鞄を放り投げ、ロストは頭を両手で守りながら木の裏へ伏せた。
頭に当たらなければ即死ではない、少しでも長く抗いでチャンスを待つ、腕が捥がれようとも生きてさえいれば勝利なのだから。
途端、彼の頭上で異音と共に何かが飛び交った。
これに遅れて銃声が訪れる。
ドパンと一発、なのだが頭上の何かが終わる気配はなかった。
「ッ!!」
この異常な環境はロストの平常心を狂わせる。
と思いきや、何かが垂直落下して鞄に風穴を開けた。
その衝撃で土埃が宙を舞う。
(間違いなく今のは銃弾、でも挙動が可笑しすぎる。この世界ならありなのか? 実際に目の前で起きているんだから。)
ロストは拳を作って頭を振る。
「これ以上の混乱はいらない!!」
彼は鞄を拾い上げて歩き出す、歩くたびに血肉が軋む。
予定通り洞窟から崖沿いに移動する。
そこから時間稼ぎをしてハランに合流する腹積もり。
これを観測するサジタリアスことバクルック・ロックフィンガー。
四発目の銃弾を詰め込み中。
「こうもやり辛いとは面白い、無魔人よりも少ない魔力に小さな的。ちと卑怯臭いが共鳴器官を積極的に使わせて貰うぞ。」
共鳴器官とは、ギタイザモクなどの魔物によくある器官の一つ。
その機能はこれを有する魔物が痛みをや苦しさを感じると、周囲の同種も共鳴器官を通して同じ気持ちにされてしまう。
言うなれば強制共感装置。
もちろんのこと、生物による性能差も個体差もあり。
――彼の出身、グランティア大陸ではそれを使った人体改造が盛んだとか。
ただ、何の種族の共鳴器官であろうとも射撃の腕まで上がらない。
そこは単純にサジタリアスは怪物であった。
「逃れられると思うなよ。」
流石に場所が悪いのか、サジタリアスも銃を背負って移動する。
いやはや、これから少年は生きるか死ぬかどうなる事やら。




