5話 馬脚を現す
ロストは骨を引き裂くような音を聞いた。
獲物を逃さないように、ギタイザモクの脚は瞬発力に優れており、その速さたるや、相手に死を悟らせず至らしめるほど。
そうやって、幾多の獲物から勝利してきた彼らだが。
どうも今回ばかりはそういかなかった。
(まだ、死んでいない。)
これにロストは気が付いて。
無意識の内に閉じた、瞼を開けた。
ハラン・ピークの後ろ姿を見つけた。
そして、彼は宣言をするのだ。
「俺の勝ちだ!」
その言葉を理解したのだろう。
ギリリリリ、ギタイザモクは悔し気な声を響かせて、獲物を見つめながら、バランスを崩して倒れ伏す。
そして、倒れた後ですら獲物を熱心に見つめていた。
その執着心にぞっとしながら、ララは何があったのか状況把握に努め...。
(とにかく危なかった! で、助かった! 今はそれでいいじゃないか。)
と言う訳で、彼は喜ぶことに専念し始めた。
その横でハランは言う。
「もう簡単には逃げられねぇかもな。」
「逃げられない?!」
これを聞いた直後、ロストは二足歩行する樹木を見つけてしまった。
森の奥から一体二体と、正体はもちろんギタイザモク、その団体客が列を成してロスト達の方へ差し迫って来ていた。
それにしても、だいぶ遅い進行だ。
何しろ、最初に出会ったギタイザモクがロスト達に追いつけていない。
この個体は攻撃を避けられた時点で動き出していたのにも関わらず。
ロストはこうした情報を集めて解析。
(走っていれば追いつかれなさそうだ。あとは頭上に気を付け、あとは、あとはなんだ? と言うか、なんでこっちに? 何かの習性? 利用出来る?)
そうやって、目まぐるしく逃げる算段を付けている所へ。
ハランが喋り始めた。
「奴らはな。腹が空いてない時、特に仲間が傷ついた時、人には感知出来ない何かで仲間を呼ぶのさ。んで、しつこく追いかけて来やがる。」
そして、最後にはこう言って締めくくる。
「言っとくが、森から出るのは無しだ。異変を見つけるまではな。」
ロストは頷き、その条件を飲み込んで生存競争を開始した。
とは言え、実態は字面ほど厳しいものではなかった。
逃走を開始して僅か。
二人の通った道にギタイザモクの骸が転がる。
(ハランさんが強すぎる。)
つまるところ、そう言うことだ。
索敵、戦闘、何をするにしても彼がいれば大丈夫。
そもそもとして、ギタイザモクも獲物を座して待つのが本来の生き方、狼のような狩りは全く以って不向きであろうに。
それはそうと彼ら二人の動向はこうだ。
ハランが先行し、その後ろをララが着いていく形で逃げていた。
最早、ギタイザモクの姿が見えない時でさえも、ハランの判断によって、どこまでも歩く事だけはやめなかった。
やがて、ロストに限界が見えてきた。
彼の息にはもう水分を感じられず、白いベールに包まれた視界でふらふらと、歩く事すらも困難になっていた。
「休憩しよう。」
その言葉で、魔法が解けたみたいにロストは倒れた。
意識は辛うじてある。
一方、ハランは余裕のある表情で木の根に座った。
(体力が追いつかない。足裏痛い。)
ララは悔しさを滲ませながらそう思った。
根っこの広がる歩き辛い地面、更には太陽の位置が下がり始めており、元から低い気温が、更に冷たさを増して熱を奪う。
アーマレントのカーラス地区とは違った過酷な環境。
それが体力を削っていったのだ。
「しゃあねぇよ、同期の傭兵共でも俺より体力のある奴はそういねぇ。」
そう言って、彼は革製の水筒で喉を潤す。
ロストも喉を潤そうと思ったが、残念な事に水筒を持っておらず、仕方ないので自分の唾を飲み込み我慢した。
すると、目の前に水筒が投げ込まれる。
「お前もこれ飲め。先は長いぞ。」
「...ありがたく頂きます。」
と、ロストはこれに口を付けてすぐ咳き込む。
しかも、味も味だが匂いも強烈、喉からのお裾分け鼻にも激痛が迸った。
「おいおい、無駄にするなよ。俺の特性ドリンク。」
「一体、何が入っていゲほッ。」
「酢と薬草だ。んなことよりも、聞きたい事がある。」
ハランは大剣を木に預けてロストに近づいた。
彼の影が彼を覆う。
「ゲほッ、なんでしょう?」
「お前の名乗ったギルギュセスってギガスの別名だろ? そんでお前の名前はロスト・ララって所かな。ん? あってっか?」
その瞬間、ロストは頭の激痛に苦しんだ。
そしてビデオを再生するように、それともCDか、または走馬灯でも見る様に「見つけ次第ソーセージにしてやるわ」と言葉が頭の中で反復する。
つまり、ハランはロストを恨んでいると思い出したのだ。
「え? あっ、ちょっと違うんです! これは!!」
状況を理解した時、ロストは疲れも忘れて立ち上がった。
「まぁまぁ、慌てなさんな。もう別にお前を殺そうとは思ってない。だって、あの名前を知っているってことは、ギガスとは友達なんだろ?」
「そうなんです?」
「アイツってあの名前が嫌いだからな。よっぽど仲良くなければ聞く事すら叶わん。ガハハハッ!!!! 精霊語で貧困者だったっけか? ハハッ!」
ロストは釈然としない様子で座る。
なんだろうな、冬なのに雪が降らなかった気分だ。
(勘違い。とにかく、良い方向に勘違いしてくれた。)
現状、悪い方向へ行かないように舵取りするのが一番だ。
そんな訳でロストは話を聞く事にした。
聞きたかった事が名前だけでなく別の意図があるだろうと。
「俺はな、シルバーメインの銀行強盗の時にギガスの姿を見たのさ。なのに、いや、別に俺はこんな話をしたい訳じゃねぇ。」
「ギガスを雇っていたのはどこの誰だ?」
固唾を呑む、言って良いのだろうか。
不思議な事に躊躇ってしまう抵抗感があった。
「オキュマス...革命王オキュマスさんです。」
ハランはニコリと笑う。
「とんでもねぇ大物と組んでるじゃねぇか。やっぱり、あいつが動く時は世界が動くと決まってんだな! ガハハッ!! お前もそう思うだろ?」
「あっ、はい。」
ロスト・ララからしたら、オキュマスがどれほどの人物なのか、世界でどう評価されている人物か全く分からないのでピンとこない話。
ギガスの方もはっきりとは分かっていない。
そればかりか世界の情勢について全くの無知だ。
(と言うか、初めて行った都市でそんな人物に出会ったのか。)
そろそろ自虐し始めそうなところでハランが叫ぶ。
「おっとぅっ!! そのオキュマスはいま何処にいんだよ?」
「それが、すみませんが知りません。」
「ん、なんでだ。お前ら仲間じゃあっ、あぁ、二人だけが賞金首ってそういう事なのか。いや、俺が悪かった。」
「まぁ、なんだ、生きていれば良い事あるぜェ!」
どんな勘違いが繰り広げられたのやら。
この言葉の後、ハランはロストへ金貨一枚を渡した。
(なんだろう、凄く返したい。)
罪悪感のおまけ付き、お得だね。
(ちょっと待てよ。)
そこで嫌な予感が第二弾、それは具体的な形を持っていた。
これを言葉にしてみればこうだ。
「もしかして、サジタリアスさんも僕の正体を知っていたり。」
「そうじゃねぇの?」
ロストは頭を抱えながら考えを巡らせる。
その一、子供が森に来ている時点でだいぶ怪しい。
その二、賞金首であるロストの年齢はほぼ特定されている。
その三、そんな自分をサジタリアスが怪しまないのが怪しい。
結論、黒に近い暗黒だ。
早く気が付くべき事態であったろうに後れをとった。
「そうだ、この森をすぐにでよう。ハランさん協力してくれませんか?」
「ダメだ。俺は森の異変を見たいんだよ。」
「えぇ、そんな。」
落胆する彼にハランはこう言った。
「それにな、この森を早く出ようたって上手くいかんと思うがな。」
ロストは彼を見た。
「この森から出れば平原ばかり。サジタリアスは凄腕の銃使い。見晴らしの良い平原に出たらどうなるか分かるだろ? しかも、探知能力が高い。」
ララだって親身にそこまで言われたら引き下がる他なし。
こうして、彼らは森の探索を続けることになった。
「へへ、改めて挨拶だ。俺の名前はハラン・ピーク。馬脚のハラン・ピークだ。馬脚の二つ名は俺の俊足から来ている。」
「もう一つの、僕の名前はロスト・ララ。村長が名付けてくれた。」
森の冒険はまだまだ続く。




