4話 ネズミ事情
視点を戻してロスト・ララ、目的地に着いていた。
それまでの道中には土壁と茅葺き屋根の質素な長屋が立ち並び、道端には豚の死骸と鼠の群がり。やはり、ここは人の暮らす環境とは程遠い。
なにせ、カーラス地区でも特に過酷な場所。
それをそうとは知らずに立ち入った者に対する処罰は重かった。
「教会...。」
さて、そこで目にする光景はどうだったか。
近くで見れば、また違う。古びた人工物の息遣い。
小高い丘の上に建ち、白くへなった蔦に侵食され、変色した泉(と言うよりも沼地)に囲まれて、その全容は正に魔境。御利益無さそうな風体だ。
悪人だって近寄り難い雰囲気に彼はどうしたか。
「伝説の剣が封印されていそう!」
とまぁ軽い気持ちで近づいた。そのまま入口付近にまでやって来た。
すると、教会の扉の隙間から微かであっても声がして。
これをララは「こんな状態でも通い詰める信者がいるんだ」と、その信仰心を勝手に思って大きく感服。尚のこと、神の姿を知ってみたくなった。
そうして扉にもう一歩、ここで違和感を覚えて立ち止まる。
(ちょっと待てよ。)
これに従い、耳を澄ませると。
「本当に...それでも...だが...。」
「お前は...だろう...だからこそ...。」
このような断片的な会話が聞こえてきた。
それと何やら煙草のような匂いが。やはり怪しい、この大陸に煙草を使う儀式はない。少なくともララの知識では有り得ない。
それに彼の違和感もこう言っている。そこまで信仰深いならば教会の汚れを許す訳がないし、そのままにするとは到底考えられないと。
だとすれば、ここで何が起こっているのか。
逃げればいいのに、ララは姿勢を低く盗み聞こうと冷たい壁に耳を当て。
「お前ら! そこで何している!!?」
どデカい声が鼓膜に直撃。
「ちゃッ、違うんで...す?」
咄嗟に否定の言葉を引き出すも、どこを見回したって誰も居ない。
はて、誰が言ったのか。そう考えていると壁の向こうから同じ人の話し声、その調子で会話が続いていった。
「いいじゃないかタバコぐらい。神経質だなぁ。」
「いや、こんな所で煙草の匂いがしてみろ! 感づかれたらどうする気だ?」
それを聞いてララは。
「やっぱり煙草だったか。」
なんて、自分ではなかったことに対する安堵感。匂いの元を当てたことに対する満足感で少し得意げになった。
「あれ?」
しかし、冷静に考えて当てた所でどうしたって話ではある。
(うん、まぁ、とにかく様子が変だね。)
この雰囲気、きっと自分では手に負えない案件だ。厄介事の解決は勇者か主人公と相場が決まっている。決して自分では無い、絶対に無い。
さてと、場所を変えて暇を潰そうか。
そうやって彼はこの場から離れることを決意する。
「君って鼻が良いのね。」
その時、優しそうな声と出会った。
「ありがとうございます!」
百八十度方向転換、感謝の言葉を返しながら振り向くと。
当然、目が合った。エメラルド色の綺麗な瞳。
それ以上に興味を引かれたのは、彼女が手に持つ立派な棍棒。これを認識した瞬間に世界は暗転、いつの間にか視界は地面で埋め尽くされていた。
誰が言い始めたのかネズミ地区。
それはカーラス地区の一部(特に壁付近)に科せられた蔑称。
何故、鼠なのか。不幸や悪徳の象徴だからとか、そういった後ろ向きな理由ではなく、単にその場所で鼠が大量発生しているからである。
それをまた何故かと言えば...。
「あぁ、ったく。」
城塞都市アーマレントの中枢。五つある地区の内、中央地区サドラと宗教地区ポポネオテの狭間に位置する大きなお城。見た目の方は大変質素。
しかし、その外見に騙されてはいけない。凶悪な仕掛けを秘めている。激しい攻防戦があった過去の産物が未だに生きている。
そんな物騒な場所で会話するのは聖国の外交官とアーマレントの貴族だ。
「こんにちは、聖ユーマ王国外交官サリアです。そろそろお願いの返事を聞かせて貰うべく、今日は参堂いたしました。」
恭しく、サリアはお辞儀を披露した。
それを貴族は片目で凝視した。
洗練された一挙一動から見て取れる、男性社会にあって国家の顔を務めるに申し分ない器量。もしや、外交官ですら不釣り合いとする程か。
何より、伝説上で語られるエルフの銀細工を体現したかのような絶世の美女。
彼女は淡い雪に宿る緩やかな印象を纏って静かに微笑む。
(だが、私は絆されない。私の妻の方が世界最高だからなッ!)
愛妻家貴族の決意は強かった。
「前と同じだ。もう十分にやったであろう。」
そして長く息を吸う。次の言葉を吐き出す為の前準備。
「そうだ、不魔人をネズミ地区に追いやった上に工事の事故に見せかけて、街中の下水道の出口を造ってやった。お陰で泉は腐り、数だけが取り柄の不魔人も殆どが病に倒れた。それでも元気のある奴は監獄暮らしに招待さ。」
「地区名をスイレムからカーラスに変える程に監獄を増設した。言われた通りの事は出来る限り叶えたつもりだ。」
「これ以上に何を望む!? 何をさせたいんだ!!?」
外交官サリアは答えた。
「聖王様は望んでいるんです。彼らの消滅を。」
前と同じく業務的な喋り方、どうしてか毒蛇を彷彿とさせてしまう。
貴族は震える手でパイプを掴んで口に咥えた。
使用するのはテインという名の珍しい茶葉とタバコ草を混ぜて作られた高級品。魔法で火を付ければ紅茶の香り、煮え滾った気分もこれには和らぐ。
しばらく会話は途絶えたが、2~3度煙を吐いた所でサリアが切り出した。
「ガルフ・スイレム様、分かっているとは思いますが貴方には拒否権がありません。現在、大聖堂にいる娘さんの事を忘れている訳ではありませんよね?」
一日たりとも、ガルフが娘を忘れた事はない。
だからこそ腹立たしい、聖国も、自分も、国の為に尽くすことが自らの存在意義だと言うのに、こうしている事の全てがだ。
それを強く意識して胸を痛くする。
「...そちらの策により国内の我が立場は微妙だ。王より地区の管理を任せられた身であって、数々の失策を起こして人口を減らした男だぞ。その上で直接国民を殺せとでも言うのか。」
「残念だが、断頭台で娘と再会する気はない。」
サリアの目を覗いて最後に言った。
「もうこれ以上の無茶は言わないでくれ。もう無理だ。」
外交官は彼の視線を避けるようにして下を向き、一つだけ質問をした。
「そうですか。では、革命王と呼ばれている人間を知っていますか。」
「あぁ、少しは知っている。世界各地で革命を主導し成功させているグランティア大陸の有名人だろう?」
革命王、渾名通りの行為から貴族には腐食者と呼ばれ、平民からも腐食者と呼ばれ、貧民になってようやく英雄と呼ばれ始める。
もちろん、評価は場所によって七変化。一律にそうとも言い辛い。
なので、ここでは平均して世界に嫌われた男とする。
彼を恐れる各国の対策として、同盟を組んだり軍を差し向けたりなど扱いが魔王級、生きているだけで世界が勝手に変わっていく。
「まさか。」
「そうです革命王は不魔人を率いて、この地でまた革命を起こそうとしています。きっと、暴動が起きますね。大変ですね。あの時よりも厳しくお願いしますよ。頑張ってください。」
それだけを言うとサリアは帰って行った。
その後ろ姿にガルフは何も言わない、言う事が出来なかった。
扉が閉まる。
「あぁ...あぁああ。」
ガルフは椅子から立ち上がった。
もう十分我慢した。
「他人事だと思いやがって!! クソっ!! クソがあ゛あ゛あぁぁぁっっーー!!!!」
自慢のパイプを圧し折って叫び散らす。辺りにバラまかれた木片と怒気、胸にはこれより大きい破壊衝動、実際には丁度部屋に入ってきた召使を驚かす程度。
それすらも何だか虚しさを覚えてしまう。
因みに、パイプに関しては後悔する。
「あ゛ぁ!! 後ろ盾無かったら、頭蓋骨を蟻の巣箱にしてやるよ!」
自傷すら躊躇しない心意気にて、今度は彼女の立っていた床を執拗に踏み鳴らす。八つ当たりでしかない、悔しい。床が頑丈で効果無し、これも悔しい。
ついには靴から血が滲み出てきた。
けれども、痛みなんて感じない。
それでもまだ、怒りがガルフを支配していたからだ。
「...いつか報復してやる。」
ここでの話はこれでお終い。