3話 一人目の暗殺者
それは彼らが森を進んでいる最中のこと。
兎がピンと耳を立て、騒がしい存在を聞き取り逃げていく。
ロスト、ハラン、そして暗殺者の三人組は歩くだけで口を閉じるほど寡黙な集団ではなかったようだ。
「さっき思い出したんだが、ルナトリス山脈のどっかに小鬼の王国があって、混沌の神様を信仰しているそうだ。」
「魔物の王国? それで帝国はどうしていますか。」
「どうもしてねぇ、まったくの中立だ。敵でも味方でもなくな。」
もっとも騒がしかったのはロストとハランの二人だけ、残りの一人は先頭に立って警戒中、誰かが頼んだ訳でもなく自然とそうなっていた。
これに気が付きロストは言った。
「あっ、すみません。えっと一人で前方を警戒してもらって。」
「そう言えば名乗ってなかったのう。吾輩の名はサジタリアス。なに、こうした事は慣れておる。」
殺す相手にこの態度、サジタリアスには思うことがあった。
(ふむ、お喋りなハランがいるお陰で正体をばらす必要が出てしまったわ。もしも秘密にして知られたら、吾輩が気付いている事を勘付かれてしまう。)
など。
(吾輩の信条は誰にも知られず仕留めること。ハランに気付かれずにやるとなれば、事故に見せかけねばならないな。)
現在の、二人の状況を詳しく言えば。
サジタリアスは獲物の正体を知っており、相手も自らの正体を半ば知っている状態だが、その上で獲物を人知れず処理したい。
ロストの方は狙われている事を知りつつも、相手に自らの正体が知られてないと信じ、この森から無事に通り抜けたい。
この場で一番有利なのは誰だ。
やはり、その気になればいつでも殺せるサジタリアスだろうか。
(しかし、獲物がこうも若いと調子が出ん。)
本来ならば、逃げ惑う経営者の背中こそ彼の的である。
それもただ撃ち込むばかりではない。
ゴゲゴー!
「魔物だ! 魔物か?!」
ロストが騒ぐ、そればかりか何もかにもが騒がしい。
突如としてサジタリアスの技能を試すかのように現れた。
やが、ゴゲッゴゴゲッゴ、やがてロストの悲鳴をかき消す程の、ゴゲッゴっコー、どこからともなく近付く泣き、ゴッケーーー、泣きご、ゴッケーーー。
うるさい、とにかくうるさい鳥共だ!
コケー、ゴゲッゴー、ゴッゴー。
ゴゲゴーゴッゴー、そんな鳥の群れが三人組に飛んでくる。
あの鋭いくちばしに刺されたら相当痛いだろう。
「うーむ、何やらうるさい。」
ゴゲゴッゴー
これを狙う事すらもせず、サジタリアスは同型の短銃二丁でズダダダ。
後に残ったのは反響する銃声と鳥の山。
撃たれた八発でこの有様、数に合わない弾と死骸は魔法のようだ。
卓越した技術は奇跡に準じる。
「凄ぇな。」
ハラン・ピークは素直に称賛した。
誰だって目の前で起こされた奇跡にはそうする他ない。
ただ、サジタリアスからすればこれも技術の内、まるで偶然の産物かのように、それを奇跡と呼んだら彼はきっと腹を立てるだろう。
「なーに、跳弾を利用したまでよ。」
そう言って彼は短銃を下した。
彼の装備する銃は三種類、やや説明が長引きます。
まず一つ目は先程使われた二丁の短銃、ドワーフの作り出す神秘の火薬、黒煙火薬(黒色火薬とは違う)により鉛の弾丸を発射する。
この銃の構成を大きく分けると二つ、握りの部分に引き金と火縄や歯車などを加わえたAパーツ、四つの銃身を金具で扇状に束ねたBパーツ。
機構の方は、Aパーツの上部分(握りの部分を下とした場合)からBパーツの(中心角を手前に、どちらか端を下にして)装着が可能。
そして発射する毎にAパーツの歯車が回転、連動してBパーツの角度が変化し、次の銃身がAパーツに合わさって発射可能な状態へ。
撃ち切った後は自動でBパーツはAパーツから外れる。
つまり、四連射出来る再装填可能な扇みたいな火縄銃である。
二つ目は魔石(もとい魔力)を推進力として聖石を撃ち出す魔導銃。
三つ目は彼が背負った長銃、こちらも火薬で撃ち出すタイプで、構造は地球の火縄銃と大して変わらない。
ここまでの説明全部飛ばしても恨まないことを神に誓おう。
それで鳥の猛アタックを跳ね返した現場の方は、そこらの木々が弾痕まみれ、地面は踏み場がないぐらいに鳥まみれ。
これが産まれたのは一瞬の出来事である。
ロストはこんな惨状にあえて近づき調べていた。
「なんで、鳥達がここまで狂暴化を?」
そんな単純な興味と謎を知りたい気持ちから。
それで彼が得た情報は幾つかある。
(一羽一羽、眼、翼、脚の形状に顕著な個体差がある。群れ全体で突然変異が起こったみたいな感じ。何があったらこうなるんだ。)
(もしかしたら、サジタリアスさんよりもこっちを警戒すべきか?)
ロストは新しい脅威の匂いに考えを巡らせる。
「ともかく、この鳥の肉は頂けないな。」
「え、食べないのか? もったいないじゃねぇか。」
ハランが鳥の首掴んで現れた。
片手に五匹、両手合わせて十匹ちょっと。
「不安要素が大き過ぎます。なにより、既に僕らは十分な食料を持っていて、わざわざ危険な道を歩かずともいいんです。」
その鳥が持っているかもしれない毒や寄生虫や病などなど。
何があっても不思議でないし、食い意地張って死ぬものか、ロストはそう思いながら引き続き狂暴化の研究。
と、行きたい所だったが。
「おい、立ち止まってたら夜になっちまう。一日で通り抜けるにはそうするしかねぇぜ。」
「わ、分かりました!」
(これ以上調べても得られる情報は少ないだろうし。)
そう割り切って彼は次の段階へ。
名の長い森はとても広いがその一部分を通過するだけのこと。
彼らはもう中間を過ぎていた。
「あの群れは凄かったな。それを撃ち落としたサジタリアスはもっとスゲェよ。何食ったらあんな戦い方が出来るんだ。」
「吾輩は生物の内包する魔力を見切ったまで。それより、凄いのはお主の方ではないのか。魔力の質と量どちらも吾輩を上回っておる。何者だ?」
これまた森を進みながらの雑談だ。
あの元気ある二人の後ろに死にそうなのが一人。
「ゼぇ...ぇ...。ぇ、ハぁ...。」
ロストは短期間に負った疲労で身体が重い。
ただ、自らの命を狙う二人組から意識を向けられていない現状は、彼にいままで以上の安心感をもたらしていた。
(現状把握、現状把握、脅威になるのは魔女とあの二人。その内一人は傭兵で、もう一人は賞金稼ぎ。森の道には蛇と熊。空から来るかも狂った鳥達。)
「なんでこうなった。」
彼の嘆きは誰にも届かない。
名の長い森、ウィリディスダ―トゥムの森は来る者拒まず。
人の足音に反応して地面から逃げ出すキノコ、樹木に集る青みを帯びた半透明ナメクジ、笹の葉模様の眉毛を持つ蜘蛛。
こうした小さな存在が息をする。
これを喰らう大きな存在もまた動き出す。
樹木に擬態する四つの脚の吸血生物、爆風が通常攻撃の超巨大カタツムリ、狩りの成果が身分に直結する豚鬼の奴ら。
いまから綴るのはそんな森の頂点さん。
彼女達の評判は実に様々だ。
悪魔を育てた無法者、神の恨みを集める異常者、こうした厳しい言葉が出てくる一方で、慈愛を棄てられない婦人とも。
とにかく、世間は彼女達を総称してこう言った。
魔女だと。
そして魔女は百の命を奪う方法と、百の命を与える方法を知っている。
この力は決まって森を支配する為に使われた。
だとしても、ウィリディスダ―トゥムの森は来る者拒まずだ。




