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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
二章 深緑の墓場
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1話 国境封鎖


 都市国家アーマレントで起こった無魔(デノム)人の反乱は、聖国の暗躍と革命王オキュマスによって、複雑な結末を終えていた。

 そこだけの結果なら紛れもない失敗だ。

 けれど、革命王を主導者とした自称革命軍は、聖国の放った軍勢から、勢力を損なうことなく逃げ延びたのだからどうだろう。

 これもまた長い歴史の一つに過ぎない。


 そして南の大国、聖国は同盟関係を履行した報酬とその他諸々、そして連れ去られた外交官の補償として、アーマレントの統治権を奪い取っていた。

 この騒動を受けて北の大国、帝国はどう動くのだろうか。


 これは不要な客人、鳥類王フェイルリーフの襲撃を退けてから三日目の早朝。

 いくつもの半壊した馬車が分かれ道に辿り着く。

 その風景を穏やかとは言えないが、彼らの心情はとても静かなものだった。

 いままでと比べればそれはもう。


 「国境付近到着。よーし、ここで止まれ。」


 ガルフの命令に従って停車した。

 もはや彼らの背中に見えるのは雄大な大地、そこはレイトフリック高原の北側、東には大陸を代表するルナトリス山脈が見えていた。

 それを見てロストは「今まで小さな世界だった」と振り返る。

 こんな彼が感傷に浸る間もなくジェドが来て。


 「先に言っとくが、俺も北に行くが別行動だ!」


 「ジェドも北に来るの?」


 そう言ったすぐ後にガルフも登場。


 「二人とも、ここから先はお別れだな。私達は西へ行く。」


 ここまでの行程はこうだ。

 ロスト・ララの一団は都市国家アーマレントから北上、名の長い森を迂回して、名も無き川を渡航して、帝国の国境沿い付近までやって来ていた。

 これから先の予定は、ガルフとダンカンと孤児達は西へ。

 対して、ロストとジェドはこのまま帝国へ。


 帝国へ向かう前にとロストは挨拶回り。


 「ガルフさん手の怪我の事ですが、僕がしたのは間に合わせの処置なので、余裕ある内に一度、信頼出来る医師とご相談しておいてください。」


 「大丈夫だ。問題ない。」


 ララは向きを変えて。


 「ダンカンさん、本当にお世話になりました。このご恩はいずれ。それと魔導銃を破壊してしまい、本当にすみません。」


 「むしろ助けられたのはこっちだ。礼を言わせてくれ、ありがとう。」


 「こう聞くのも何ですが、母国の方は大丈夫でしょうか?」


 ダンカンはそう聞かれてこれだけを言った。


 「これでも私の故郷は強いんだ。」


 それからのこと。


 ロストは西に向かう者達を背にして旅立つ。


 「これが別れか。」


 今思えば静かな別れ方であった、逆にそれが良かったのかもしれない。

 こうして彼らは北を目指すのだった。

 希望で胸を膨らませてララと猫、一人と一匹で旅の始まり始まり。

 やはり残念ながら、宣言通りにジェドは先を行っており、ロストはそんな遠い背中を見ながら移動した。


 約数時間後、そろそろ国境付近と聞いたのを疑う頃。


 「...。」


 ふと、ロストは道の先の先を見た。

 だだっ広い平原に一筆書きしたような道があるだけで、あとは僅かばかりの森と丘、それと兎がちょっといる。

 背後も似たようなものだ。

 それで、いまさらアーマレントが大都市だと思い知る。


 「長いなぁ。」


 地球帰還を果たす旅、決して容易く終わらないであろう旅路。


 「それをやっと僕は歩き始めたんだ。」


 「もうこの世界に来てから半年以上が過ぎている。その間に言葉を覚えて、薬学を覚えて、医学もちょっと出来て、料理が上手になった!!」


 道の先より。


 「うるせぇー! 静かに歩けよ!! このバゥァーカッ!!!」


 ロストは黙って歩いた。


 (僕にはちょっと気になる事がある。)


 エルモさんのその後、アーマレントの今後、コワルスキンと例の鈴、アリスさん、革命王が自分の命を狙ってこないかとか。

 言い出したら切りがないな、それと鳥類王なる存在と地球へ帰る手段。

 どれもが無視出来ない事態だとロストは頭を悩ませた。


 (そして今ある道具は。)


 現在、ロストの荷物は魔力を測定する魔導具、魔力で鳴る鈴、料理道具一式、医療道具一式、がらくた騎士の魔石、小ぶりの魔石がたんまりと。

 後はガルフから分けて貰った二日分の食料。

 さてと、今の僕には何ができる。


 「ちょっと待てよ。」


 そこでロストは思いつく。


 「そうだ! ジェド、ちょっと試して欲しい事がある!」


 こうして二人は合流、ジェドが足を止めている所にララ到来。

 そしてララは思いつきを素早く説明してみせる。


 「この鈴は魔力を流さないと音が出なくて、僕にはまだ出来ないから、四回だけ代わりに音を鳴らしてみて欲しいんだ。」


 すると、彼からはこんな答え。


 「意味分からんが、大銅貨一枚(約600円)で手を打ってやる。」


 ロストは一枚払って。


 「どうぞ。路銀が足りないの?」


 「お前と違って金持ちじゃないんだよ。」


 こう言いながらジェドは鈴を鳴らした。

 四回だけ、すると何も起きなかった。


 「何も起きないじゃねぇか。」


 なんて、文句を言い始めた。

 本来ならばコワルスキンが来るのにと。

 一体何がどうなっているのか、ロストは不安に思う一方で、諦めず何かある筈と、辺りを必至に見回していたらそれはあった。

 道の先、ちょうど帝国の国境のところ。

 それが全くの期待外れであった事だけはすぐに分かった。


 「ん? なんだ。」


 ジェドの方も気が付いた。


 「とりあえず行ってみよう。」


 本人はやめて欲しいのに、ロストの心臓は懐かしそうにバクバクと鳴り響く。

 彼が見たものとは人であった。

 それも一人でなくて複数人、彼らは鉄の鱗を束ねたような鎧を着こみ、武器は総じて槍と剣、そして旗を掲げている。


 (その装いはまるで。)


 ララの考えを当てるが如くジェドは。


 「ロスト、奴ら帝国の兵士だ。」


 「国境通れるかな。」


 せめて、なにかの危険な予兆ではありませんように。

 そんな祈りを込めつつロストは現場に到着。

 こうして現れた二人に対して、兵士達の方は目もくれず穴を掘り、木の杭を地面に打ち込み、小さな要塞を作り上げていくだけだった。

 その代わり、これを監督しているだろう人物が現れる。

 しかも他の兵士と違って兜がちょっと豪華。


 「そこのお前ら引き返せ、現在ここは地方議会の名の下に封鎖中だ。」


 「あの、どうしても通れませんか?」


 帝国に行けなかったらどこへ行けばいいと言うのか。

 内心慌てるロストにジェドは言った。


 「やめろ、相手は軍隊だぞ。」


 「確かにそうだけど。」


 「そうさ、我らは軍隊。軍隊の使命は国の使命、我らに逆らうのは帝国に逆らうのと同義、その勇気があるならば通ってみろ!」


 解決策もなく諦める訳にはいかない、自分にとっては死活問題なのだから。

 とは言え、これでは厄介事の種にしかならない。

 こうして、ロストの必死になる気持ちは終着点を知らず彷徨うのだ。


 「ゲハハッっ!! まぁ、そう熱くなるな中隊長。」


 騒ぎを聞き付けてもう一人登場、とても偉そうな兜を身に着けている。

 そして、その見た目通りに偉かったらしく。


 「これは大隊長様、お見苦しい所をお見せいたしました。」


 「ここは俺が相手する。お前は仕事に戻れ。」


 この言葉であの中隊長は逃げていく。


 「さて、ここを通るのはダメだ。」


 それで何か話が変わる訳でもなかった。

 ロストは口をもごもごとさせて、説得出来そうな理由を探したが、彼らの行動を変えるようなものは何一つ持ち合わせていない。

 最終手段として「賄賂」も考えた。

 しかし、そんな手段を絶対に取りたくないのが実情だ。


 「ふぅーむ、しかしだ。お前らみたいな子供がなんで国境を渡ろうとするのか。なんだ、親と喧嘩でもしたのか? それなら話に乗るぜ。」


 (賄賂はなし! 嘘もなし! だってよくない。)


 善良な光を前にしてロストのか弱い邪気は滅ぶ。

 悪は去った。

 けれど、それで策が芽生えた訳でもないので、ロストは次の瞬間にはもう、何かないかと頭を抱え始めたのである。

 これを尻目にしてジェドは言った。


 「俺は帝国の出身だ、細かい地名も言える。それで通してくれるか?」


 大隊長は笑って。


 「ゲハッ、いいとも! って、言えたらいいのにな!」


 「なんだ、ダメなのか?」


 「ダメだね。で、ダメだね。これも帝国の命令なのさ、誰一人通すなって、例えそれが生き別れた兄弟の片割れだろうとねぇ。ゲヒッ!」


 南無三、二人揃って頭を抱える。

 これを見て大隊長は言った。


 「男が嘆いても仕方ねぇよ、帝国に入りたきゃ東に行け。」


 「東?」


 「あそこかよ。」


 ジェドは勘づいていた様子。


 「そうさ、ここから東にはウィリディスダ―トゥムの森があって、その先には帝国が領有の放棄を宣言した場所、空白地帯(フリーセクト)だ。」


 「そこに自由都市パラ=ティクウがある。望むならそこだ。」


 大隊長の指差した方角を猫共々ロスト達は見た。

 自由都市パラ=ティクウ、ティクウは精霊語で「牧畜」を意味し、ジェドが知る限りでは、治安をドブに捨てて自由を掲げた荒くれ者の首都とだけ。

 ロストに至っては(なんか自由そう)としか思ってない。 

 大隊長曰く、そこと帝国との国境線なら通れるだろうと。


 「言っておくが、どう足掻いても道のりは危険だ。魔物どころか魔女が出る。ここを無理に通るよりもずっと恐怖さ。ゲハっ、諦めるなら今だぜ。」


 「行くぜ、俺は。」


 こともなげに答えるジェドに続いて。


 「僕も死ぬ覚悟が出来てます。」


 ロストもジェドも、とても力の入った言葉ではあった。

 だが所詮、森の恐ろしさを知って言った訳でない。

 けれど、その覚悟が本物か偽物かは別問題、崩れるかどうかも別問題、言葉を真実にするべく二人はこの場を去った。

 その勇気を称えて大隊長は叫ぶ。


 「空飛ぶババぁに気を付けな!!」


 この忠告を胸に彼らは名の長い森へ向かった。


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