1話 国境封鎖
都市国家アーマレントで起こった無魔人の反乱は、聖国の暗躍と革命王オキュマスによって、複雑な結末を終えていた。
そこだけの結果なら紛れもない失敗だ。
けれど、革命王を主導者とした自称革命軍は、聖国の放った軍勢から、勢力を損なうことなく逃げ延びたのだからどうだろう。
これもまた長い歴史の一つに過ぎない。
そして南の大国、聖国は同盟関係を履行した報酬とその他諸々、そして連れ去られた外交官の補償として、アーマレントの統治権を奪い取っていた。
この騒動を受けて北の大国、帝国はどう動くのだろうか。
これは不要な客人、鳥類王フェイルリーフの襲撃を退けてから三日目の早朝。
いくつもの半壊した馬車が分かれ道に辿り着く。
その風景を穏やかとは言えないが、彼らの心情はとても静かなものだった。
いままでと比べればそれはもう。
「国境付近到着。よーし、ここで止まれ。」
ガルフの命令に従って停車した。
もはや彼らの背中に見えるのは雄大な大地、そこはレイトフリック高原の北側、東には大陸を代表するルナトリス山脈が見えていた。
それを見てロストは「今まで小さな世界だった」と振り返る。
こんな彼が感傷に浸る間もなくジェドが来て。
「先に言っとくが、俺も北に行くが別行動だ!」
「ジェドも北に来るの?」
そう言ったすぐ後にガルフも登場。
「二人とも、ここから先はお別れだな。私達は西へ行く。」
ここまでの行程はこうだ。
ロスト・ララの一団は都市国家アーマレントから北上、名の長い森を迂回して、名も無き川を渡航して、帝国の国境沿い付近までやって来ていた。
これから先の予定は、ガルフとダンカンと孤児達は西へ。
対して、ロストとジェドはこのまま帝国へ。
帝国へ向かう前にとロストは挨拶回り。
「ガルフさん手の怪我の事ですが、僕がしたのは間に合わせの処置なので、余裕ある内に一度、信頼出来る医師とご相談しておいてください。」
「大丈夫だ。問題ない。」
ララは向きを変えて。
「ダンカンさん、本当にお世話になりました。このご恩はいずれ。それと魔導銃を破壊してしまい、本当にすみません。」
「むしろ助けられたのはこっちだ。礼を言わせてくれ、ありがとう。」
「こう聞くのも何ですが、母国の方は大丈夫でしょうか?」
ダンカンはそう聞かれてこれだけを言った。
「これでも私の故郷は強いんだ。」
それからのこと。
ロストは西に向かう者達を背にして旅立つ。
「これが別れか。」
今思えば静かな別れ方であった、逆にそれが良かったのかもしれない。
こうして彼らは北を目指すのだった。
希望で胸を膨らませてララと猫、一人と一匹で旅の始まり始まり。
やはり残念ながら、宣言通りにジェドは先を行っており、ロストはそんな遠い背中を見ながら移動した。
約数時間後、そろそろ国境付近と聞いたのを疑う頃。
「...。」
ふと、ロストは道の先の先を見た。
だだっ広い平原に一筆書きしたような道があるだけで、あとは僅かばかりの森と丘、それと兎がちょっといる。
背後も似たようなものだ。
それで、いまさらアーマレントが大都市だと思い知る。
「長いなぁ。」
地球帰還を果たす旅、決して容易く終わらないであろう旅路。
「それをやっと僕は歩き始めたんだ。」
「もうこの世界に来てから半年以上が過ぎている。その間に言葉を覚えて、薬学を覚えて、医学もちょっと出来て、料理が上手になった!!」
道の先より。
「うるせぇー! 静かに歩けよ!! このバゥァーカッ!!!」
ロストは黙って歩いた。
(僕にはちょっと気になる事がある。)
エルモさんのその後、アーマレントの今後、コワルスキンと例の鈴、アリスさん、革命王が自分の命を狙ってこないかとか。
言い出したら切りがないな、それと鳥類王なる存在と地球へ帰る手段。
どれもが無視出来ない事態だとロストは頭を悩ませた。
(そして今ある道具は。)
現在、ロストの荷物は魔力を測定する魔導具、魔力で鳴る鈴、料理道具一式、医療道具一式、がらくた騎士の魔石、小ぶりの魔石がたんまりと。
後はガルフから分けて貰った二日分の食料。
さてと、今の僕には何ができる。
「ちょっと待てよ。」
そこでロストは思いつく。
「そうだ! ジェド、ちょっと試して欲しい事がある!」
こうして二人は合流、ジェドが足を止めている所にララ到来。
そしてララは思いつきを素早く説明してみせる。
「この鈴は魔力を流さないと音が出なくて、僕にはまだ出来ないから、四回だけ代わりに音を鳴らしてみて欲しいんだ。」
すると、彼からはこんな答え。
「意味分からんが、大銅貨一枚で手を打ってやる。」
ロストは一枚払って。
「どうぞ。路銀が足りないの?」
「お前と違って金持ちじゃないんだよ。」
こう言いながらジェドは鈴を鳴らした。
四回だけ、すると何も起きなかった。
「何も起きないじゃねぇか。」
なんて、文句を言い始めた。
本来ならばコワルスキンが来るのにと。
一体何がどうなっているのか、ロストは不安に思う一方で、諦めず何かある筈と、辺りを必至に見回していたらそれはあった。
道の先、ちょうど帝国の国境のところ。
それが全くの期待外れであった事だけはすぐに分かった。
「ん? なんだ。」
ジェドの方も気が付いた。
「とりあえず行ってみよう。」
本人はやめて欲しいのに、ロストの心臓は懐かしそうにバクバクと鳴り響く。
彼が見たものとは人であった。
それも一人でなくて複数人、彼らは鉄の鱗を束ねたような鎧を着こみ、武器は総じて槍と剣、そして旗を掲げている。
(その装いはまるで。)
ララの考えを当てるが如くジェドは。
「ロスト、奴ら帝国の兵士だ。」
「国境通れるかな。」
せめて、なにかの危険な予兆ではありませんように。
そんな祈りを込めつつロストは現場に到着。
こうして現れた二人に対して、兵士達の方は目もくれず穴を掘り、木の杭を地面に打ち込み、小さな要塞を作り上げていくだけだった。
その代わり、これを監督しているだろう人物が現れる。
しかも他の兵士と違って兜がちょっと豪華。
「そこのお前ら引き返せ、現在ここは地方議会の名の下に封鎖中だ。」
「あの、どうしても通れませんか?」
帝国に行けなかったらどこへ行けばいいと言うのか。
内心慌てるロストにジェドは言った。
「やめろ、相手は軍隊だぞ。」
「確かにそうだけど。」
「そうさ、我らは軍隊。軍隊の使命は国の使命、我らに逆らうのは帝国に逆らうのと同義、その勇気があるならば通ってみろ!」
解決策もなく諦める訳にはいかない、自分にとっては死活問題なのだから。
とは言え、これでは厄介事の種にしかならない。
こうして、ロストの必死になる気持ちは終着点を知らず彷徨うのだ。
「ゲハハッっ!! まぁ、そう熱くなるな中隊長。」
騒ぎを聞き付けてもう一人登場、とても偉そうな兜を身に着けている。
そして、その見た目通りに偉かったらしく。
「これは大隊長様、お見苦しい所をお見せいたしました。」
「ここは俺が相手する。お前は仕事に戻れ。」
この言葉であの中隊長は逃げていく。
「さて、ここを通るのはダメだ。」
それで何か話が変わる訳でもなかった。
ロストは口をもごもごとさせて、説得出来そうな理由を探したが、彼らの行動を変えるようなものは何一つ持ち合わせていない。
最終手段として「賄賂」も考えた。
しかし、そんな手段を絶対に取りたくないのが実情だ。
「ふぅーむ、しかしだ。お前らみたいな子供がなんで国境を渡ろうとするのか。なんだ、親と喧嘩でもしたのか? それなら話に乗るぜ。」
(賄賂はなし! 嘘もなし! だってよくない。)
善良な光を前にしてロストのか弱い邪気は滅ぶ。
悪は去った。
けれど、それで策が芽生えた訳でもないので、ロストは次の瞬間にはもう、何かないかと頭を抱え始めたのである。
これを尻目にしてジェドは言った。
「俺は帝国の出身だ、細かい地名も言える。それで通してくれるか?」
大隊長は笑って。
「ゲハッ、いいとも! って、言えたらいいのにな!」
「なんだ、ダメなのか?」
「ダメだね。で、ダメだね。これも帝国の命令なのさ、誰一人通すなって、例えそれが生き別れた兄弟の片割れだろうとねぇ。ゲヒッ!」
南無三、二人揃って頭を抱える。
これを見て大隊長は言った。
「男が嘆いても仕方ねぇよ、帝国に入りたきゃ東に行け。」
「東?」
「あそこかよ。」
ジェドは勘づいていた様子。
「そうさ、ここから東にはウィリディスダ―トゥムの森があって、その先には帝国が領有の放棄を宣言した場所、空白地帯だ。」
「そこに自由都市パラ=ティクウがある。望むならそこだ。」
大隊長の指差した方角を猫共々ロスト達は見た。
自由都市パラ=ティクウ、ティクウは精霊語で「牧畜」を意味し、ジェドが知る限りでは、治安をドブに捨てて自由を掲げた荒くれ者の首都とだけ。
ロストに至っては(なんか自由そう)としか思ってない。
大隊長曰く、そこと帝国との国境線なら通れるだろうと。
「言っておくが、どう足掻いても道のりは危険だ。魔物どころか魔女が出る。ここを無理に通るよりもずっと恐怖さ。ゲハっ、諦めるなら今だぜ。」
「行くぜ、俺は。」
こともなげに答えるジェドに続いて。
「僕も死ぬ覚悟が出来てます。」
ロストもジェドも、とても力の入った言葉ではあった。
だが所詮、森の恐ろしさを知って言った訳でない。
けれど、その覚悟が本物か偽物かは別問題、崩れるかどうかも別問題、言葉を真実にするべく二人はこの場を去った。
その勇気を称えて大隊長は叫ぶ。
「空飛ぶババぁに気を付けな!!」
この忠告を胸に彼らは名の長い森へ向かった。