50話 終戦
誰がやったのか、館の中は荒れていた。
きっと、国を荒れたのを良い事に暴れまわった泥棒の仕業。
そこを何も気にしないジェド。
「にしても、なんで足首を挫いていたんだ?」
ロストは子供に手を貸してもらいながら。
「屋根から降りた時にちょっと...。猫を見つけようと思って登っていたんだ。この子は知っているよね?」
ロストが鞄を開けると中から猫がニャー。
黒縁猫様のご登場であった。
説明を追加するならば、あの時、ジェドが聖国軍に絡まれている時に、ララは屋根の上から援護射撃したのである。
「わざとふざけてるのかと思ったわ。こんな時に。」
「そんな事はない。そうだったとしても、こんな時だからこそ笑える時は笑おうよ。いつも気を張ってたら人間は壊れちゃう。」
「それはお前だけだろ。」
相沿わない二人、生きてた世界がまるで違うようだ。
そのちょっと険悪なムードに怯えた孤児達に救いの手。
「すまない。別行動をさせてしまって。」
雑談はここまで、二人を出迎えるダンカン。
彼と一緒に二人がとある扉と入っていくと、そこに待ち受けていたのは暗い部屋、誰かの魔法に照らされると、奥行きの分からぬ階段が現れた。
これから国を脱出する方法がこれであった。
なんで貴族の館にそんな物があるかなんてララにはわからない。
「足元に気を付けてくれ。」
ダンカンは光球をしもべに先導する。
階段は横幅が狭く一人がやっと通れるぐらいで、足元は濡れた箇所が多く、急いで通ろうとしたら間違いなく死人が出るだろう。
手すりなんて親切な物なんてないのだ。
聖国に追われていようとも慎重に通らざる得ない。
「今だからこそ聞くが、この後はどうするつもりだろうか?」
ダンカンはそんな質問を投げかけた。
「俺はデノム人じゃないが、聖国に行ってもつまらなさそうだし、そこ以外で居着くつもりだ。」
ジェドはこんな事を答えて。
「一先ず、僕は北上して探し物を探したいです。」
ロストはそんなことを答えた。
孤児達の場合は、自分のしたい事が分からずに戸惑うばかり。
けれども、無理してあれやこれやと言いかけては、やっぱり今のは無しと取り消してしまうのだ。
「...の前に、孤児たちを連れて安全な場所に連れて行こうかと思います。」
後付けでロストはそう発言を増やしておいた。
自分には帰りたい場所があるが、孤児達にはそれがない、これを見捨てて行くことなんて選択肢には存在しない。
「お前、困難な奴だよな。」
「なんとでも言うがよい。」
ジェドになんと言われようが意思は固い。
(エルモさんは聖国に行く予定があるようだから、なんとしても僕が連れて行かなくちゃ。じゃなきゃ、ここから逃げても意味がない。)
そんな思いもあるのだ。
そうして決意を漲らせているとダンカンは言った。
「きっとその心配は大丈夫。良い当てがある。そうガルフ殿が言っていた。城で出会ったあの貴族だ。」
彼はその当ての事を詳しくは知らず、増してや、どうしてガルフがそこを信頼しているのかも分からない。
だが、あと数段で長い階段がもうすぐ終わる。
ここまで着いてきたなら最後に向かうだけだろう。
「ここからは単純な一本道。けれど足元が滑るからまだ危ない。」
その忠告を聞いてから左程の時間もなく、薄暗さの向こう側に扉が現れた。
ダンカンがそれを開くと夕焼けが寂しく出迎える。
彼らの出た先は滅んだ村の井戸の底、数少ない村だった面影の一つ、そこから出る手段としてあらかじめ梯子が立て掛けてあった。
「ここを出ればすぐだ。」
それを聞いて疲れた体に鞭を打ち、ジェドがこれ一番にと地表へ這い上がる。
あぁ、久しぶりの壁の外、山と木ばかりの懐かしい風景を一望するが、そんな物に気を取られる場合でないのが残念でならない。
「早速で悪いが馬車に乗ってくれ。」
そこをガルフが出迎えた。
彼の背後には、豪華な仕立ての馬車やらただの荷車、馬が曳ける物を集められるだけ集めたような努力が垣間見える。
そんな乗り物の中にはどこか見覚えのある馬車もあった。
ジェドに素朴な疑問が浮かび上がる。
「なぁ、あんた。デノム人にこんだけ協力的だと、聖国にバレた後がヤバいんじゃないのか?」
死ぬまで追いかけて来ること間違いなし。
ガルフはこう答えた。
「そうだな、むしろそうなってくれた方が良いのかもしれない。私個人がデノム人を擁護していたとな。」
ジェドがこの答えに困惑している背後で、次々に馬車へ乗り込む子供達。
これに気が付き、彼もこの馬車に急いで乗り込んでみたのだが、最後に乗ったのはジェドではなくロスト・ララ。
ロストが一番に遅れた原因として、諸々の怪我によって梯子に登れず、最終的には、もやい結びでダンカンに井戸から引き上げて貰っていたのだ。
そして、もう取り残された者はいないと従者が声を上げた。
「全員揃いました。今から出発します。」
その言葉に安堵して各々の緊張は途切れ。
ララは久しぶりに欠伸が出た。
彼が乗る馬車は最後尾、同乗者はジェドやダンカンと見知らぬ貴族、馬を動かす従者はいても孤児は前三台に全員収まっている。
「ダンカン、これでお前と話せるようになったな。」
何やら重要そうな話が始まりかけ、耳を防ぐかどうか悩む。
「ガルフ殿、今まで何をしてきたのか。貴方がこれから何をするのか。今ここで教えてほしいのです。」
やはり、ダンカンはそれを求めていた。
「そうだな、もちろん私はデノム人を救いたいからと行動してきた訳ではない。実はただの私怨だったのさ、何となく分かるだろう? 近くで見てきたならばな。」
ガルフは言った、自分は賢者になれなかったと。
悲しそうな表情も許されないだろうと眉をしかめて。
「聖国に人質を取られ、だからとデノム人に散々な害を与えた挙句、そんな彼らを自立出来ない奴隷民族と貶し、最後には手を取り合えと叫んだ。」
「デノム人を聖国と戦わせる準備をしながらな。」
「私はこれら全てを国家の、正義の為だと履き違えていた。これに気が付かされた時にはもう後退れない所までやってきていた。だから最後まで貫いた。」
そして最後にこう言った。
「どうだ、私を見損なったかね。もはや国家の利益どころか足を引っ張るような醜いこの男を。」
ガルフは両手を広げて聞いたのだ。
そこで元憲兵は言った。
「...そんな男に救われた人間がここにいるんです。」
「殺された憲兵の一人息子に勉学を身に着けさせ! 今ここに存在させてくれた人間が!! 私の目の前にいるんです!!!」
「なぜ、気が付いた時に頼ってくれなかったんですか! どうして恩返しさせてくれないんですか!」
もしも聞いてくれたなら別の未来もあったかもしれない。
もう手に入らない明るい世界が待っていたのかもしれない。
「ただただ、それだけが悲しい。」
「すまなかった...。」
「それは私ではなく別の人に言うべきだ。」
ここで二人の会話が終わる。
それを聞いていたジェドは少しだけ羨ましそうにした。
夕暮れを背景に馬車が動く。
もう終わりなんだと太陽は沈むのだ。
「ここを行けばたどり着く」
ガルフはそう言って馬車が向かう先、指をその方向へ。
あったのは異様に背丈が高い木々の森、その鬱蒼としている様は、自分達が薄暗い未来へ進んでいるように見えて気分が悪い。
どうにしろ行先はそこだけ、ロストは疲れた体を休ませようと横になろうとしたが、ジェドはそんなララの肩を叩いてきた。
「なぁ、あれなんだ?」
馬車の後ろで何かを見つけたらしい。
ほらあれだって、とジェドは視線で指し示す。
「大型の鳥?」
それは羽ばたいた。
「俺には人に見える。」
それは剣を取り出した。
そこで鳥とララは目が触れ合う。
刹那、視界が揺らぐ、馬車が何かと激突していたのだ。
そして不思議なことに空が見えていた。
どうして、ロスト達が乗っていた馬車には屋根があったのだが、今やそんなものは何処にも存在していない。
「敵襲だ! ガルフ殿、伏せていてください!」
ダンカンは声を荒げ剣を構える。
彼は見たのだ、風に舞う木の葉のような体躯にて、真っ直ぐな刀身を鉤爪みたくしならせて、馬車の上半分を削り取っていった男を。
異常だ、魔力が肌を押し潰すように感じるのだ。
「お前は誰だ!?」
と言ってみたものの、自分は男を何処かで会った気がする。
しかし、あんなのと知り合った記憶は一つもない。
襲撃者は一瞬の内にして見失ったが、気味が悪い事に、耳元は近くで囁かれるようにして声が届けられ始めた。
「天の守り手にして鳥を愛する者。」
突如、風が天高く運ばれて。
「天命を授かり人を罰する者。」
風が静まり、男は馬車へ着地する。
「鳥類王フェイルリーフ! それが私の本名なり!」
男は鳥の仮面を身に着けていたが。
それはとある顔に変形して、わざわざ正体を露わにして。
「ダンカン、今まで待たせてすまないなっ! 上からずっと見ていたが、やっと殺してやれるからなっ! クェハハハハ!!!」
父親の仇、奴はチャールズだった顔を晒す。
と同時に、鳥類王は二つのレイピアで攻撃をし始めた。
一振りは脚を破壊するために差し向けて、もう一振りは胸を貫くために突き出して、たった一人とは思えない怒涛の暴力を全面へ押し広げる。
これをどう防ごうかと悩んだ瞬間に死ぬ、そんな攻撃だ。
「今さら出てきて! そんな用か!」
左手の籠手で払い除けて、もう一つは剣で跳ねのけた。
すると敵の腕は外向きとなり、ダンカンはその無防備になった胸部へと、間髪なく風魔法をぶち当てるのだ。
その手厚い反撃に鳥類王はよろけて。
「お前の名前がなんであろうとも!」
剣を振り下ろすが避けられて。
「倒すだけだっ! チャールズ!!!」
喉元を狙って突き上げるも空に逃げられた。
鳥類王は空中で体勢を整えて、何を思ったのか剣を一本鞘に納め。
「だから私はフェイルリーフだと...。」
突如、腕を自らの腹に突っ込んで。
「言っているだろう!」
そして何かを引きずり出す。
それはところどころ赤くて丸い物体、これをダンカン目掛けて投げ付けた、まるで大砲で撃ち放たれたかのような球速で。
背筋がゾワッとするような出来事だ。
「...っ!!?」
ダンカンはその物体と目が合った。
副隊長の生首と。
今の今まで無事でいられたと思い込んでいたのだが。
ダンカンはどうしようもない大きな隙を晒した。
そこへ鳥類王はレイピアを迫らせる、風の加速を得て、とても対応出来ないような瞬息の一撃。
ここでロスト・ララが魔導銃で援護する。
パァッンと最後の一発を近距離で撃ち込んだ。
「神聖な戦いを邪魔するなっ!」
相手は膨大な魔力を解き放ち、銃弾は跳ね返されてしまう。
無意味か、いいや、それはちゃんと繋がれた。
「ほぅ...。」
ダンカンはその隙に剣で相手の胸を貫いたのだった。
しかし、残念なことにそれだけで終わる。
彼は笑いながら剣を握りしめて、もっと剣を体の奥深くに差し込んだ。
「で、だからなんだ。」
その体は絶対に人ではない。
大部分が謎の黒い物質で構成され、尋常ではない魔力が込められており、更には体に何かを収納出来る機能付き。
これは生物ですら無いのではないか。
「お前は何も守れない。お前は何も出来やしない。だが、私はちゃんと名前を覚えておいてやるぞ。感謝して死んでいけ。」
鳥類王はレイピアで刺した。
「今度はお前が邪魔するか。」
ガルフの腕に突き刺さった。
声にならない苦痛が全身に深く巡るのだ。
「ぁっぅ...。」
奴は顔を歪ませるのを見て微笑む。
「なぁ、ダンカン。お前が守られてどうする。」
鳥類王はレイピアを捻り始め、同時にガルフの傷口は広がり、彼の眼はあまりの痛みに涙が零れ落ちるのだ。
もう見ていられない、ララは魔導銃を握った。
銃弾は残っていないけれど、この銃には銃弾と同じく聖石が使われている。
「なら、まだ戦えるんだ。」
がら空きだった後頭部に銃で殴りつけた。
それは防がれる事もなく、思った通りの手応えあり、相手の身体が聖石の力に負けて徐々に変形していくのが見て取れる。
「だから邪魔をするなぁっ!!!」
鳥が叫ぶと、背中から一本の黒い腕が生えてきた。
驚く間もなくララの手首は抑え込まてしまう。
「力負けしてんじゃねぇよ!」
そこでジェドも加勢する。
銃を一緒に相手の身体へと押し込むのだ。
「ああぁもう、ああぁもう、お前らなぞ名前が分かったら即殺してやる...!!!!!」
応戦するように、鳥類王の背中では幾つもの黒い手が増殖し始めた。
これで終わりにしてくれとロストは叫ぶのだ。
「もう、消え去れっ!!」
その時、ララの手中で、銃の中で石の砕ける音が。
そして白い光がパッと広がり。
流石の奴も光は防げず飲み込まれる。
そんな眩い光景の中でララは見た、人の形が溶かされていく姿を。
輝きが収まると、鳥類王の立っていた場所には、ぼろい藁とそこに括りつけられた魔導石だけが残されていたのだ。
そんな状態でそれは喋った。
「ダンカンよォ、私は偽ノ身体を破壊さレただけだぁェ! それデも、今回ハ、お前の実力で勝った訳ではナイってことダぁ!」
「聖国デ待っていル。絶対に来い。」
その言葉を最後に崩れ落ちる。
戦いは終わった。
力尽きた者たちを残して。




