49話 変わらない
既に調整された魔法陣に手を当てて魔力を流す。
それから、ガルフは喋り始めた。
「これを聞くデノム人達よ。我々はとても長く争い過ぎていたようだ。」
声はすぐアーマレント中に広がる。
「もう何十年も。」
城の中でも反響し合った。
「だが、そうなるのも仕方ない。親が死に、家を失い、親友を殺され、人生を奪われた人間ならばな。」
恨みが恨みを呼ぶ、呪われた世界。
それがダンカンやジェドの母なる故郷。
「しかし、そうも言っている状況では無くなってしまった。」
そうだ。
「ここでデノム人が勝利を収め、アーマレントを手に入れたとしても、北と南の大国はこの動乱に便乗して、この国を舞台に戦争をするのは明白。」
「つまり、これは争いの呼び水にしかならない争い。結局のところ新しい滅びの始まりでしかなかったのだ。」
「こんなにも無意味な事はやめてくれ。そして、手を取り合おう。」
そして最後にこう言った。
「決して、憎しみを帳消しにする訳では無い。ただ賢者であってくれ。」
城の外も中も、革命王の配下も、あらゆるデノム人の間にざわめきが産まれ、その中にはつい武器を落とした者もいた。
それは信じて戦った行先が無意味と思えばの反応。
もし、彼らの中に、聖国にすら勝てる自信があったならば、話は少し変わった事になっただろう。
「ちょっと待て、そして落ち着け勇士達。」
それに慌てた革命王。
「その妄言が正しいと言うならば、大国間の戦争がどうして起きるのか説明が出来るのだろうな。そういった偽りで民を騙そうなぞ恥を知れ。」
そこで彼はあの魔法陣にも届くよう、声高らかに問い詰めた。
それに対してガルフは流暢にこう語る。
「あの二国は地理の関係上、船の上、いつもは海洋で戦争していたが、寒い土地柄である聖国では最近木材不足に悩まされ始めている。」
もしかしたら、聖地の山ですら禿山になるかもしれない。
「船を作れずでは帝国に攻められる一方。本来ならば、そこで地上から行軍するべく、我が国と同盟を結び、それを基点に攻め込むつもり筈だったろう。」
「しかし、デノム人がこの土地を取ったとなると話は変わる。聖国は同盟国奪還を大義名分にここを攻め、帝国はデノム人保護を名目に武器を持って訪れる。結果、大戦争だ。」
オキュマスはこの返しに。
「なるほど。だが残念ながら、我々の手には聖国の外交官サリアがいる。扱いによっては二国間の争いを避ける事すら出来る。」
ガルフはそれを。
「それは問題の先送りでしかないな。聖国が無くならない限り、デノム人はユーマ人に震えて暮らすしかないだろうに。」
そこで一旦、お互いは呼吸を整える。
言葉をぶつけ合っただけであったが、しかし、剣でも交わしたような妙な疲れがあった。
そして最初に革命王は言った。
「そうか。そうか。では次の手を打つまでだ。」
「全員、撤退!」
その指示に従い、革命王の部下達は列を成して出口へ駆け込んだ。
最前列には、革命王本人と外交官のサリアを並べ。
オキュマスは最初から決めていたのだ。
交渉が実を結ばない場合には、なるべく多くの戦力を回収して、聖国が来るよりも先にアーマレントを脱出すると。
「口惜しい、国捕りの名誉は手に入らぬか。」
出口にいたガルフを押し倒して、集団は外に向かう。
その余りの行動力に唖然とするしかない王と貴族、それと違って追うつもりのダンカンに、言葉が投げかけられた。
「ダンカン、追わなくていいぞ。」
走り去る背中を見て。
「国を守れたのだから。」
確かに国は守れただろう。
窓の外では、デノム人が革命王の撤退命令に則して動き出しており、国から続々と去っていく、まるでイナゴの群れみたく。
ダンカンは倒れたガルフに手を貸して一言。
「私はカーラス地区を守れたのか。」
あの昔にあった平和な時代を取り戻せたのか。
「それは...わからん。」
ガルフにはそう答える事しか出来ない。
だが、一時的でも、戦いが終わった事は確実。
そんな中、貴族達は胸を撫で下ろして、外の状況も見ずに、生きた心地のしない一日だったと呑気な事を言うばかり。
壁の向こうからは聖国軍がやって来ているのに。
けれど、これで全てが終わった?
残念ながらそうでもない、順当に行けばアーマレントは聖国の保護を受けるとして、その後に起きるのは置き去りにされたデノム人の処刑。
そうなれば子供と言えど容赦はしてはくれない。
デノム人の孤児と、勘違いでロスト・ララはその餌食となるだろう。
ガルフもララの事をデノム人と勘違いしていた。
だからなのか、こんな事を彼に言った。
「聖国が来るよりも先に逃げてくれ。どんな理由でもデノム人は絶対殺される。そうならずともアーマレント国民に殺される。罪のない君達は逃げてくれ。」
現状、祝日を荒らされた上に逃してしまったので、アーマレント王国の面子は浮浪者の肌の様にボロボロ。
アーマレントは民意共に今後は聖国との同調、つまりデノム人の迫害、が推し進められるのは決定的となった。
あのガルフの演説は今日限りの歯止めにしかならないだろう。
「わっ、分かりました。」
とか、言っているものの頭はパニック状態。
(先ずは、ジェドを連れて...。)
彼は窓の外に居る筈だと、ロストは駆け寄りすぐ見つけた。
窓の下、足を壁に引っ掛けて窓枠に掴まる彼の姿、そして、ついでにアーマレント郊外を進む、夕焼けに輝く謎の軍隊も。
銀色の鎧を着ており、デノム人とは思えない乱れのない行進。
あれが何かとは知る訳が無い。
だが、それが何であるか予想は付く。
「聖国軍っ!?」
もしかしたら。
「帝国なのか?」
それをジェドは言った。
「それはない、絶対に帝国軍じゃない。てか、そこから退いてくれ、良い加減まともな足場を歩きてぇよ。」
それはまるで死人の声のようである。
これをごめんと謝って、ロストが場所を開けると、腕力に物を言わせて一気に中へ飛び込んだ。
着地は失敗、倒れ込むが、すぐ怠そうな動きで立ち上がる。
そこでガルフは声を張り上げた。
「こっちに来てくれ!」
二人で駆け寄ると彼は小さな声で言った。
「逃げ道がある。」
そしてこうも言った。
「そこから逃げたら北に向かえ。森に辿り着いたら泉を探せ。そこでは似たような境遇の者達と出会えるだろう。」
この次に、急いだ様子でダンカンは彼に聞く。
「ガルフ殿、いったい何をしようと?」
「ダンカンにも後で話がある。国賊紛いの私に、いや、国賊である私に着いてきてくれるか? 」
ガルフは国家の総意を無視して事を進めてしまった。
例えそれが良い結果を齎したとしても、どんな処罰が下されても可笑しくなく、王が即刻この場で断罪を求めても文句は出せない。
それ以前の問題もあるが...。
ダンカンの答えはこうだ。
「全てを話してくれるなら。」
「そうか、有難い。」
ガルフはララ達を見て。
「君たち、他にデノム人の子供を知っているなら今すぐ合流して、そのまま私の館に来てくれないか? ―――そこの兵士、二人を外まで案内してやれ。」
コクリと頷いてロスト達は移動した。
入り組んだ城の最短経路を走り抜け、道中の絞り尽くしたリンゴみたいな何かと遭遇、そんな異常事態なのに肉体は平常運転。
情けない事に、ロストが息をゼェゼェさせているとジェドは言った。
「俺が孤児共を連れてくるからお前は先に行ってろ! 体力ねぇ奴がいると足手まといだからよ!」
「あっ、あぁ、分かった!」
こうしてロストは一人で貴族の館へ。
しかし、またも役に立てないとは、ジェドの言葉に悪気はなく、全ては自分の弱さの所為である。
悩める十四歳、一年後には盗んだバイクで走り出しそうだ。
そうしてララはガルフの館に辿り着く。
時を同じくしてジェドの方も避難地へと足を踏み入れた。
「あれ、どうしたんですか。」
状況を知らないエルモは首を傾げる。
「色々と説明したいのは山々なんだけど...聖国軍が来てるから、孤児達からデノムの子を...えっと、その。」
「それ大変じゃないですか!」
と、迅速な物分かりの良さによって準備はそうかからない。
ただ、素早いのは聖国もそうであった。
赤い獣や旗手に白い鎧。
「我ら聖ユーマ王国の勇士なり。道を阻む者はアーマレントの名において即座に処刑されるものと思え!!」
旗を掲げて過密の避難地にやってきた。
そんな事をされたら、どう足掻いても逃れられない人間が出てしまう。
いくら同盟関係と言えども、見逃して良い光景ではないが、生憎とそれを止められそうな人間がこの場には居なかった。
「ちょっと私が注意してきます。その間に子供達と逃げてください。」
前言撤回、どうやら彼女は強かった。
「ありがとう。」
ジェドは孤児達と共に館に向かった。
それも、なるべく路地裏を使って移動する。
何故なら。
「ッ、全員止まれっ!」
すぐ目と鼻先で数多くの聖国軍が走って行った。
幸いなことにバレてはいない。
「とんでもなく大変だな。あいつがいなくて正解だわ。」
そんな独り言を漏らしたのが悪いのか。
「キャっー!??」
ジェドの背後に悲鳴が一つ。
「なんだ!」
ジェドの背後に赤い猛獣が現れた。
その獣は聖国軍の扱う召喚獣、召喚者に従う赤い魔物、大問題なことに、そいつによって一人の子供が組み伏せられている。
噛み殺す一歩手前、牙を喉元に当てながら。
もちろんのこと召喚者も近くにいる。
そんな召喚獣に引き続き、しめしめと姿を現す聖国軍の兵が二人、この内のどちらかがそうである。
「8人か...山分けすれば一人120ピース。悪くねぇ。」
そんな彼らの目の前にジェドは両手を広げてみせた。
戦っても実力が及ばないのは知っている。
「おい、そこの坊主。どけよ。」
もし、ここで素直に退いたとしたら。
ジェド自体はデノム人ではない為に見逃されるかもしれない。
しかし、そんなの自分じゃない。
「断るぞ! 俺はッ!」
兵共はこの漢の様子を一頻り笑わって。
「馬鹿なガキだ。自分を英雄だと勘違いしてやがる。」
「そんな奴隷民族に媚びを売っても金になりゃしねぇっての。」
三人は槍を構えてジェドに近付いて行った。
戦えるような力はないが、逃げてしまったら捕まったあの子の運命はどうなる。
相手を睨み付けても止まる気配がない。
ジェドは決意を決めて、手に魔力を込めた。
「オラッ!来いよ!」
心の中、想像するのは冬の静けさ、求める物は熱の揺らぎ。
ジェドは今から魔法を使おうとして、それよりも先に一発の銃声が異を唱える。
と、同時に召喚獣が弾け散った。
「なんだ!?」
やりやがったんだ、あいつが!
ジェドは熱魔法を地面に叩きつけて発火させた。
相手はこちらには近付けない、こちらも召喚獣に捕まっていた子供に近づけない、そこで、ジェドは熱魔法を更に発動させて相手にぶつけてみる。
それをユーマの二人組は水の障壁を作りだして簡単に防ぐ。
「そんな攻撃じゃ後ろのガキに当たっちまうぜ。」
笑う兵士にジェドは言った。
「もういねぇよ。」
兵共は後ろを振り向くと子供は消えていた。
前を見直すとジェドに孤児全員が消えていた。
「あぁ、もう! てか、なんでお前も後ろを見た!?」
「だって、あんなの振り向いちゃうじゃん!」
後は兵共が罪を押し付け合う。
ジェドの方はこれ以上の災難は訪れず、無事に館へと辿り着くと、くたびれた様子のロストが子供と共に館で待っていた。
ララは一言だけ告げる。
「さっき足首を挫いて今動けない...。」
ジェドは無言で館の中に入って行った。
無様なものである。




