48話 計画成功
アーマレントの顔たる王の居場所。
応接の間はとても明るい部屋であった。
だからこそ、ここに踏み込んだ先から違和感をたっぷり味わうのだ。
なにせ、光源が何処にも無い癖して、暗がりと言う物が一掃されており、まるで天から日光を浴びているかのような。
ロスト・ララはここが魔法の世界である事を思い出す。
夜はもう近い、そんな時刻に突入した決死隊とダンカン達。
そこでは丁度、オキュマスがサリアに短剣を突き付けて、アーマレントの王に対し、彼女の身柄と王国の所在について交渉を仕掛けたばかりであった。
そんな精神を焼かれる空気の中、ダンカンは剣を革命王に差し向けた。
「あぁ、ようやく見つけたぞ。」
この新しい来訪者に革命王は眉をピクリとも動かさない。
その後、ダンカンは彼に近付こうとすると、これを制止する声が出た。
誰だろうかと思えば王国側からの発言。
「控えろダンカン。彼らと王は交渉中であられるぞ。」
その声はガルフであった。
前に会った時よりも痩せているように思える。
「彼らは万民を害し、祝祭を穢した。」
と、ダンカンは言ってみたが。
「それでもだ。残念だが、革命王にしか今のデノム人を抑えられない。悔しくても今は堪えてくれ。」
仕方ない、ダンカンは憲兵として剣を鞘に収めた。
そんな男に目もくれず、オキュマスは王と話し合っていた。
「今なら、降伏してくれさえすれば、貴方様だけならず臣下共に保護することを約束します。賢明なご検討をお願いしますよ。」
この言葉を最後にして、オキュマスは悠々と場に居座る。
彼はなんと、部下がいるとは言え、交渉決裂して襲われることも考慮した上で、アーマレントの議論を見届けるつもりなのだ。
その態度に、貴族達は煮え切らない思いでいた。
「サリア殿を保護すれば聖国は助けてくれます。」
「いやいや、何処にそんな保証があると言えるのか。」
「そもそもこの事態を招いたのは誰かね。」
見てられない、醜い口論が過熱する。
こんな時、ロストは決死隊の背中に隠れていた。
何分、革命王と顔を合わせるのは不味いと思い、怪しまれないようにと息を堪え、場を見守っていた訳である。
その状態を保ちながらジェドに伝えた。
「ジェドも武器をしまって。」
けれど、彼は戸惑いながらも剣を握ったままである。
「あいつが俺らを攫った奴なのか。」
その声には怒りが込められている。
自分は、彼の事をよくも知らず今まで生きて来た、出会ったのも少し前、琴線に触れるような出来事がどれかとは分からないが。
「そうだ。でも、今は駄目だ。」
どんなに感情を昂らせてもやってはいけない。
「あぁ、分かっている。分かっているが。」
剣先が揺れ動く。
何らかの拍子に突撃してしまいそうな危うい心と、それを抑えようとする気持ちが、そこに集約されているようだ。
ロストは彼の肩を両手で抑えて言った。
「ジェド、良く聞いてくれ。」
そこで、これから紡ぐ言葉を初めて選んだ。
その結果がこうなる。
「もし、このまま殴りつけるよりも、苦痛を効果的に与える方法があるとしたらどうする? それを考えもせず突撃するべきか?」
ちょっとした沈黙の後。
「そうだな。」
と、これを聞いて大人しくなる。
必死に止めようとして、なんだか血生臭い説得になってしまった。
でも今はそれで良し、後で弁解でも何でもすれば良いだろう。
「何かいい案があるのか?」
「ごめん、まだ思い浮かばない。」
ある日から、ロストはここまでデノム人を思っての行動をしていた。
どれもこれも、こんな争いを止めさせたかったからであり、止めさせたからと言って利益を得る訳では無かった。
ただの自己満足、現実が親の教えた理想であって欲しいなと。
だから、人を貶める方法を考えるのは人生史上で初の試み、全く以て思い浮かばない、どうすれば良いのか分からない。
「だったら、国中のデノム人に何か伝えれば何とかなるかもな。革命の失点。お前は確か、首謀者の近くで色々と見て来たんだろ?」
そこで出て来たジェドの提案。
「やってみる価値がある。」
そして今度は何を言えばいいのやらとロストは悩む。
銀行強盗、アリスの人攫い、呪殺の件とか、どれを取っても革命王のカリスマに打ち消されてしまうだろう。
デノム人は彼を強く信じているからだ。
「あと、一手が足りない。」
王と信者の関係に致命傷を与える一手が。
「にしても、ここから出て行くのは一苦労だぞ。もういっそのこと、ここから外に知らしめる方法がなあったらな。」
「それなら知ってる。だけど、ここにも在るのかな。」
それについては思い当たる節がある。
「一体、何の事だ。」
ララが思い付いた物。
「通信用の魔法陣って知っている?」
ジェドは頭を傾げた。
「何だよ。それ。」
「原理は分からないけど、遠くの人間と会話が出来る魔法陣だよ。」
それを聞いてジェドは納得した。
あの魔法陣、街のあちこちに設置されているようだから、あれを使えばすぐに国中に伝達できる訳だ。
この城の何処かにも設置されているとは思うが見当がつかない。
おや、そんな話をしていると、二人に何者かが近づいていた。
その者はこんな事を呟く。
「その必要はない。」
この思わぬ声の反応はそれぞれ。
ララは肩をビクリと震わせる事しか出来ず。
そして、ジェドは誰かも確認せずに剣で斬ろうとして、しかし、その前に剣をがっしり掴まれて、振るう事すら出来ずに止められた。
とても見事な腕前であった。
これで企みは終わってしまうのか。
だが、そうはならかった。
ララとジェドはその者の顔を見て驚く。
「あっ、あなたは...。」
「静かに。」
その正体は軍団長だった。
あぁ、ジェドがとんでもないご無礼をしてしまった。
流石の彼も思う所があったようで、気不味そうに剣を下ろす。
「魔法陣は入口の暗がりに設置されているが、行った所で意味はない、何故なら壊れているからだ。魔力を籠めても動かない。」
告げられた真実に戸惑う二人。
それを気にも留めず軍団長は言った。
「それを直す方法がある。」
「あの魔法陣は大雑把に言うと声を捕まえるだけだ。私が調べた限りだと、あれに問題は一切見当たらなかった。」
となると。
「現在、調べてないのは声を飛ばす装置と、声を受け取る装置の二つだ。問題があるとしたらそこ以外にあり得ない。」
「二つの場所は窓の外だ。行くかどうかは二人で決めてくれ。」
最後にそう言って、軍団長は元の位置に戻って行く。
そのアドバイスは有難いがちょっと釈然としない。
「ロスト、何ボーっとしてんだ。早く修理しに行こうぜ。」
「あっ、うん。」
一先ず、魔導具を修理する方向で決まった。
けれども窓までに行くのに一つだけ問題があった。
相変わらずオキュマスは部屋に滞在しており、人影を縫って動くのは難しく、見つかりたくないララはジェドを修理させに行かせるしかない。
今回もまた何も出来ずに終わってしまうのか。
やきもきと焦る気持ちが先行していく。
(焦るな自分。そうだ、何かデノム人と革命王の仲を裂けそうな情報を捜そう。)
そうやって頭を捻りながら考える。
思い浮かぶのは差し障りのない事柄ばかり。
そんな彼を置いてくが如く時間は過ぎ去った。
進捗のないそれとは違い、ジェドはそれとなく窓際に寄って行って、議論の騒音を隠れ蓑に、誰にも気付かれず窓の外に出て行った。
それは、これまで過酷な生活の中で得た技能。
具体的にどうやって育まれたかは秘密である。
(んで、ここからは。)
肩はガラスの高さを下回る、ジェドは窓の縁へぶら下がっていた。
そのまま何処に機械があるかと見渡して、難なくと見つけ、そこまで壁にある僅かな凹みに足先を突っ込みながら移動し行く。
その身のこなしは立派な曲芸師。
「なんだこれ。」
そんな彼にちょっと困った事が発生だ。
軍団長の話に出た、二つの装置がまとめて設置されていたのは良いとして、それとは別に、何か真っ黒な生き物が装置に張り付いていた。
その大きさは山羊と子犬の中間ぐらい、図体に対して細長い足が六つ。
これは虫なのだろうか。
「どうでもいいな。急いでるからどっか行けよ。」
そう言って容赦なく熱魔法で炙ると奇声を上げながら落ちていく。
なんか変なのがいたな程度に、ジェドは機械を見た。
「ん? 素人目だけど異常ねぇな。」
壊れている様子は全くなかった。
実際、装置が動かなかったのは故障していたからではない。
そうした事もあって。
「あっ。」
一方のロストは視線を素早く上げた。
部屋の入口から急に魔力を感じ取ったからだ。
この事態に急ぎながらも慎重に、人影から物陰へ、オキュマスの視線には特別注意して辿り着く。
暗闇で見辛いが確かに魔法陣は起動していた。
魔力の動きがその証左。
(ジェド、君が装置を直したんだな。)
そうした勘違いを横に、ララはこれを動作させようと試みる。
今までの体験から、魔導具などは魔力を流せば動き出すのが大抵らしいので、取り敢えず、魔力を入れて見れば良い。
それは、自分に出来ることなのか。
「そうだ。ダンカンさんに...。」
と、彼を見てみたが。
「ダンカンよ、私は諦めた訳では無いぞ。」
「っ...?」
「利用出来るなら使うまで。例えどんなものであろうとも。」
何やら貴族と口論してるではないか。
その時、気の所為かもしれないが、チラリと貴族が見たような感じがする。
ここからだと、口を動かす動作しか見えないが、何やら重要そうな話し合い、オキュマスはそんな二人を警戒していた。
(いま、自分自身にしか頼れられないのか。)
正に極限状態だ。
(話す内容はまだ無いのに。事ばかりが先行するなぁーもう。)
なんて、頭を悩ませていると。
「すまないな。利用させて貰った。」
ララの背中に、そう軍団長は言った。
何の事だろうかとロストは後ろに振り向いて、そこで丁度、軍団長の背後から別の人物が現れるのだ。
その方の名はガルフ・ド・スレイム、王侯貴族の一人。
この肩書を知らずとも、ふくよかな腹と贅沢そうな服装を着ているならば、そうそう相手の地位を見誤らないだろう。
「ちょっと、その装置を使わせてもらうぞ。」
ガルフからはどこか懐かしい煙草の匂いがした。




