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帰還志望の受難生  作者: シロクマスキー
一章 魔王の支持者
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44話 囚われの騎士


 鎖と牢屋、この環境はどこか懐かしいと思えた。

 肌に触れる冷気の感触はどことなく実家とよく似ていたからだ。


 「全く、不幸だ。」


 子供にしては目が虚ろ。

 最近起きた不幸と言えば馬車で連れ去られそうになったこと。

 そして暴れた所為か仮面を付けた誰かに捕らえられ、それっきりずっとここで鎖に繋がれて飼われている。

 なんだ、教会に居た時となんら変わりない。

 強いて言うなら、待遇がちょっと悪くなった程度か。


 「このまま何もないで死ぬのかな。」


 彼の名前はジェド。

 産まれはここより遥か北の地。


 「そうじゃないだろう。じゃなきゃ意味がない。」


 手錠をかけられているが脚は自由。

 ジェドは、牢の外に向けられた窓に近寄って踵を浮かると、ギリギリだが外の様子を窺い知る事が出来た。

 そんな事をしていると何やら悲鳴が聞こえる。

 しかも段々とこちらへ近付いているようだ。


 「おーい、誰かいるかぁー!」


 ジェドは軽く叫んだ。

 けれど、その後に聞こえて来るのは遠ざかる足音ばかり。

 あっという間に静寂を取り戻した。


 「やっぱ他人に頼るもんじゃないな。」


 そんなことは知っていた。

 結局のところ誰だって、その人に肩入れでも無ければ助けないし、助けなかった人が何処ぞで野垂れ死んでも気にしないだろう。

 これに例外はない、教会の件はきっと裏がある。


 死人の目を宿して、彼は小さく(うずくま)る。

 そんなところに何やら物騒な男がやって来た。


 「子供か。いま助ける。」


 その言い方には腹が立つ、だが戦っても歯が立たないだろう。

 なにせ男は二本の剣を持ち、鎧を着ている。

 まるで戦場に行くような武装の仕方、そこからジェドは外が思う以上に危険であることを察知し、何が起きているか少し知りたくなった。


 「なぁ、お前は誰だ。」


 そんな問いの最中にはもう、男は鍵を破壊し終えていた。


 「私はアーマレント軍で軍団長をやっている者だ。」


 軍団長は次に手錠を強化魔法を使って引き千切る。

 これで手も自由になったジェドは、手首にしつこく残る跡をしめじめと見つめ、それからこう質問した。


 「それで、牢屋に入っていた男を簡単に逃がしても良いのかよ?」


 「色々あって、アーマレントでは子供の犯罪を教会が取り仕切っていてな。ここにいるのは何かの間違いだと思って助けた次第だ。」


 「ふん、そうかい。」


 ジェドは目付きを厳しくさせる。

 多少の不満があるものの助けてもらった、もちろん職務上の義務によって、この後も安全地帯にまで連れて行かせるか。

 そんな考えをしていると突然、軍団長は振り返って一刀。

 そこには世にも珍しい黒い血飛沫が花開く。


 「失礼、私が連れてきてしまったようだ。」


 「えっ、何をやってんだ。」


 ジェドの目には、背後に立っていた人間をただ暴虐に斬り伏したように見えた。

 だから急いで軍団長を押し退けて、まだ生きているかと確認すると、ジェドの眼下には真っ二つの腐った死体がそこにあったのだ。


 (ただの死体じゃない。肌の色が所々違うし、その境界線には縫い目がある。)


 動揺する様子を見て、軍団長は彼にこう言った。


 「誰が呼び寄せたのか、ゾンビが辺りを徘徊して見境なく人間を殺している。デノム人も含めて多くの死者が出ていてな。」


 「そんな危険な状況になっていたのかよ。」


 城壁都市アーマレントは安全だと思っていたのに。

 とんだ計算違いだとジェドは項垂れて、そこである事に気が付いた。


 「なぁ、自分の部下はどうしたんだ。」


 ジェドは本来、自分にとってどうでも良いのに聞いてしまった。

 これを軍団長は何の顔色も変えずに、だが耐えるように剣を握りしめて、最終的にはこう言った。


 「全員生死不明だ。もういいか、行くぞ。」


 外の眩しさが目に痛い。

 光が目に慣れると、周囲には当然の如くゾンビの群れ。

 数にすれば約15体、たった二人で対処するには多すぎる数であり、逃げるにしても運が悪ければ挟撃される可能性が高い。

 そこで軍団長は戦うことを選択した。


 「付近で安全なところに隠れていてくれ。」


 「そうさせてもらう。」


 その戦いぶりは順調そのもの。

 剣一振りで敵一体、所詮ゾンビは単純な動きしか出来ないので、手間がかかる以外に何ら問題点のない魔物である。

 では、そんな奴らに軍を瓦解させられたのか。

 断じて違う、あの急襲で襲って来たのはこんな軟な物でなく、もっと上位的存在、明らか人の手が加わった自然界では有り得ない怪物。

 まるで訓練された兵士、豚鬼(オーク)のような強さを誇る。


 そんな奴が戦いの香りでも嗅ぎ付けたのかそこへ。


 「ん、来たなっ!?」


 その相手の見た目は醜悪、瞳には邪な光が宿り、力強い魔力を感じる。

 すかさず剣を三撃、しかし全て相手の槍によって打ち止められた。


 「槍なぞ使いやがって。」


 二体目が寄って来る前に倒し切らなければ劣勢もいいところ。

 あの斬撃に相手も負けじと槍を突く攻撃、だがそれは反撃の切っ掛けにしかならない、その瞬間に懐へ近付いて胴に一振り。

 しかし、血は溢れるが倒れる素振りがない。

 そこから敵はすぐに距離を取り、槍の間合いを維持しようと努める。


 (仲間が来るのを待っているのか。変な知恵まで持っている。)


 戦えば戦うほどうんざりする相手だ。


 「あ...た...れ!」


 そんな時、静観を破ってジェドは魔法を行使した。

 生み出された火炎が弧を描き、渦となり、徐々に大きくなりながら短く撃ち出されて、油断した敵の横腹に喰らい付く。

 それで小さく吹き飛んだ敵は倒れ伏し、起き上がる気配が無かった。

 けれど、軍団長は念のために首を跳ね飛ばす。


 次に同じ魔物が来る前に、すぐに二人はこの場所から離れた。

 その時の道中にこんな会話があった。


 「その歳でもう魔法が使えるのか。」


 見たところ、14から12歳の間ぐらい。

 平均的には17歳から学ぶのが通常。


 「必要だったからな。」


 軍団長の驚きをよそにジェドは落胆していた。

 それは先程の魔法が失敗だった為で、本当なら火炎なんて産まれずに高熱が放射される魔法であったのだ。

 これを感じ取り、軍団長は彼を戦士の心があると知った。

 そんな時、ジェドはひょこひょこと動き回る知り合いを見つける。


 「...ちょっと待ってくれ。」

 

 元来白であったろう灰色の作業着を来た女性。

 彼女はエルモと名前の聖職者で、こちらが声をかけるよりも前に、ジェドに気が付いてこう言った。


 「あっ! 生きてるっ!」


 それは珍獣を見つけたような声だった。


 「今まで大丈夫でしたか?」


 ジャドはぎこちない返事で答える。


 「大丈夫だよ。」


 「そうでしたか! では、すぐに避難所まで向かいましょう。あそこには教会にいた子供達が全員いますからね。」


 「うん。」


 それから彼女に手を握られて真っ赤になった。

 この光景、軍団長は心の底から湧き上がる違和感と笑いに堪えるのが精一杯。

 あんな子供が子供らしく過ごしている、なんて平和なんだろう、これを守る為に自分は戦い続けていたのだと、今更ながらに思い出す。

 この視線に気が付いたジェドは会話を変える。


 「そっ、それでどうしてここに。」


 「それは歩きながら話しましょう。」


 向かう先はもちろん避難所。

 軍団長だけ少し違うようだが。


 「私がギリネス地区にいるのは、非戦闘員であるデノム人達が郊外へ行くのに同行していたんですな。」


 「無魔(デノム)人を?」


 ずっと牢にいたジェドにはチンプンカンプンな話だ。

 エルモは何を話すかと考えて。


 「少しまとめて話しますと。」


 「現在デノム人の一派が革命と名の大暴れをしているんです。そのお陰で、無関係なデノム人が避難所に逃げられません。」


 「そんなデノム人がアーマレント郊外へ逃げる為に門へ、それまで兵士との間に齟齬が産まれないよう、間を取り持つために私が付いていたのです。」


 情報量が多すぎて、ジェドの脳にはすっかり入らない。

 軍団長は貴重な情報源として一片も逃さなかった。


 「あと困ったことに、ギリネス地区以外の門が破壊されていたですが。いったい、何を計画しているのでしょうか。」


 この報に軍団長は目を(しばたた)いた。


 「それは真か?」


 「そっ、そうです!」


 余りの気迫にエルモの声が上擦ってしまう。

 一考すると、軍団長はこう言った。


 「すぐにこの情報を届ける義務がある。すまないが、先を行かせてもらう。」


 それから急いで王の下に馳せる。

 何処まで行っても彼は軍人、子供を渦中に置いてでも、多くの血に混ざりながら伝えなければならない事を沢山持っていた。


 「軍って大変ですね。」


 「うん。」


 軍団長は、二人が何かに襲われない事を祈るしかない。


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