42話 地獄の入り口
ロスト・ララは走り出す。
追っ手はいない、それを担う獣は今や倒れ伏していた。
ララに銃で撃たれて爆散した黒き靄が、黒い雨となって辺りを染め上げて、後に残るのは何とも不気味な空間。
そこへ佇む美しき娘は言った。
「なるほど。なるほど。貴方もそうなる訳ね...。」
彼女は怒りよりも強く関心していた。
そして関心よりも強固に落胆していた。
あの頃を懐かしむように目を閉じて、思い出した為に手を震わせ、やがて気持ちが整った所で決意を声に。
「全力で潰す。」
彼女から濃い魔力の波が放たれた。
それを合図に黒き靄はゴーレムを取り込む。
以前の姿からだいぶ変ってしまったこの兵器、彼女の強い意志のお陰でまた一つ、ほんのちょっとぴり強力になってしまった。
見た目では分からない程度に。
一方、ロストの様子。
あと四発、それが残りの寿命かもと、ロストは少な過ぎる弾数に焦りを覚える。
魔導ゴーレムはいづれ動き出すと思い、その一番の対抗策であろう魔導銃の弾丸を数えていたが、気分を悪くするだけであった。
それから僅かな間である。
存在感が背中を焦がす。
「もう、来たっ!」
ララが逃げて来た方向。
二本足で全力疾走、全く以て情け容赦ない。
先程までのは全部遊びだったと言わんばかりにまるで違う気合の入りよう、こちらまで、そこまで恨まれるような事をしたのだと気圧されてしまう。
けれど、ロストには生きる目的があるのだ。
今度は冷静になって、必死に走った。
「ぐっぬ。」
しかし、そうは言っても、このままでは逃げれない。
距離を次第に詰められていく様は恐怖そのもの。
「だったら...。」
銃を構える、だが止める。
ゴーレムの弱点は背中にあり、ましてや距離がある、それから導かれる答えは撃っても当たらないだろう。
先程のように前傾姿勢にでもなってくれなければ。
そこで、どうするべきか考えた。
(まだ距離はある。だから今の内に物陰へ隠れても、前みたく、建物ごとやられるなんて事態にはならない筈だ。)
そう思い立ったが吉日、ララは路地裏へ侵入した。
安心は依然として出来ない、相手はなんたって探知魔法とか言う卑怯臭い技を使えるので、静かにジッとする事すら未だに不可能。
そして、これら建物を障壁に逃げ切ったとしても、相手の動向が不明となり後々で奇襲されやすくなる訳だ。
(残る手段は。戦うか、いっそのことアーマレントから逃げるかの二択。)
でも今逃げたらジャドの安否も、エルモさんの命まで危うくなる。
だからこの男に残された選択肢はたった一つ。
「やってやる! やってやるぞぉー!!」
そうやって奮起する傍ら、本当に自分に出来るのかと迷う。
ロストは安心する為の材料を心の底から欲しがっていた。
なのに、誰かを頼りにしたいのに、誰も自分の傍にいてくれない、そんな人類をちょっとだけ恨みたくなった。
ただ善行をしたいからという目的でここまでやって来た方が異常なのだから、途中でそんな思いを手にしてしまうのも致し方ない。
(そんな事を考えてる場合じゃない!)
ロストはどうやってゴーレムの背後を取るか考えた。
相手をどうにか回り込んで攻撃、違う、どこかに隠れて攻撃、それも違う、あやふやな部分が埋まらないままに頭からは熱が出る。
あぁ、探知魔法という存在があらゆる策を潰してくれるからだ。
もう一つ、撃って当たったところで大した効果は見込めない、ゴーレムを完全に破壊しなければ、相手の戦闘不可以外は意味がなかった。
そうこうしてる間に地面が踊る。
(地響きがする。かなり近く。)
ララは止めた歩みを再開させた。
こうなったら、探知魔法が嘘である可能性にかけてみるか。
まさか、それは望み薄にも程があるだろう。
魔法はなんたって便利なんだろうか、そして自分はそれに対してどれほど無知であるのか、お陰で相手の実力がまるで分からない。
ロストの悩みは深く散り積もる。
「何か無いのかッ!」
このまま絶望して自ら首を差し出す未来が見えた。
これではいけない、絶対になってはならない。
しかし、今の自分に出来る事と言ったら、幸運を授けてくれる猫がまたやってくれるなんて夢を見るぐらいしかない。
彼は行き詰っていたのだ。
「あっ...。」
そんな中、ララの真上では鳥が空を飛び行く光景があった。
天高く、空の大海原を、自分にもあんな風に羽根があったならと無自覚に伸ばした手、今度は届かずに落ちていく。
「あった。」
それで思い付くとは思いもしなかった。
そんな時でもゴーレムが背後から迫っている。
「先ずは向かおうか。」
それからの事、戦いの場はシルバー・メインの近場へと戻っていた。
全くの余談になるが、この銀行は火事場泥棒から自衛する為に、銀行配下の怪しい傭兵部隊が抜刀しては辺りを威嚇している。
ロストはとある目的地まで、察しの良い人ならもう分かるだろうが、そこへ彼女の追撃を振り切ってやって来ていたのだ。
身体はボロボロだったが、希望があると分かった時点で元気は一杯。
もう、行き場に迷うことは無いだろう。
とある通路、ちょっとした小細工を終えた後。
ララは立ち尽くして待っていた、これに応える様に現れたのは彼女の姿、そして変貌した魔導ゴーレム。
「あれぇ~、観念したの? つまんな。」
そう軽口を叩きながら、ゴーレムを一歩動かした。
ゴーレムに空いた穴からは膿のように黒い靄が揺れ動く。
「なんと言うか、あっさり終わるもんだね。」
そして、もう一歩動いた。
「同感ですよ。」
ギィギィと地面が軋む音。
その正体、ダンカンさんが言っていた下水道に空いた穴、それを保全する為に設けられた木の板、これが軋む音なり。
土を塗しておいたから一目では分かるまい。
そんなのを踏み抜いてしまった鉄の塊たる魔導ゴーレム、木の板は怪物の重量に耐える事が出来ず、弓なりに曲がった挙句にポッきり折れた。
後は重力に従って下へ下へと真っ逆さま。
「えっ。」
この驚いた声、自分のものだ。
彼女じゃなくて僕だ。
無論、ゴーレムに搭乗していたアリスさんも落ちていく。
その時にどんな顔をしていたと思うだろうか、アリスは笑っていた、本当に、彼女の意思かと疑いたくなるような笑顔でだ。
無理やり作られたような、作り物の仮面を被っていたかのような。
そんなたった一瞬の僅かな光景、けれど、ララの脳裏へこびり付いたように離れない、簡単に視界からは消えてくれなかった。
気が付いたら、アリスは僕を見上げていた。
「痛いなぁ...。実に痛い。」
彼女は視線を、汚い地面から綺麗な空へ変えた。
いつも人類を明るく見守り、照らしてくれる大空が、彼女の視界だけは真っ赤となって世界を染めているのはどうしてか。
目元に溜まる血を拭っても変わらない。
「ハハッ...ハハハハッッ!」
彼女は汚れた自分の手を見て、何が楽しいのか声高らかに笑ってみせる。
取り敢えず、その声からロストは彼女が生きてる事に安堵して、崩れた地面を深く覗いてみると、そこには全く知らない人間が立っていた。
またもや驚いた、それは獣に引っ掻かれたような、手酷い火傷を顔から首まで巻き付けた女性が一人いたのだから当然。
アリスと変わらないのはそのエメラルド色の綺麗な瞳だけ。
これも魔法なのかなんて考えるが分からない。
でもあれは確実に彼女なのだろう。
「よくも、ねぇ...。」
頭上の太陽に眩しそうにしながら言った。
「理解に苦しむ。ここまで頭が回るなら、どうして人間なんてものを救おうとするのか。剣で水を斬るような無駄な事をなんで。」
これは人間不信なのか。
もっと適切な言葉がある筈だ。
「無駄じゃないって信じているからです。」
彼女はロストの答えに言った。
「ふーん。オキュマスが言うには、アンタが善行をしたいと言ってるのも、自らの承認欲求を満たしたいが為だって。」
にやりと笑う。
「今の言葉だって、自分に酔いしれたいからでしょ?」
悪魔、それが似合うな。
ここまで散々言われているが、多少なりとも腹が立ったとしても、残念ながら、今は受け答えするような暇が無かった。
ララは銃に弾を装填してからこう言った。
「ジェドは何処です。言わなければ撃ちますよ。」
銃口は彼女に、魔導銃を突き出した。
「お前如きが私を撃てる訳がない。」
「そんで、さっきの質問を答えないのはどうしてかしら。そんなゴミの名を使って正当化するつもりなのぉ? 私、気になっちゃうねぇ。」
タァッッ――ン!
そうだ、その通りだ。
ロスト・ララの放った銃弾はアリスを殺さない、聖石の力によって黒い靄を吹き飛ばす、ただそれだけに終わるのみ。
アリスが言った事は当たっている。
「だから何だ。人助けするのに何か真っ当な理由でもなくちゃいけないのか。」
「ふん、そもそもが馬鹿らしい...。」
彼女は右手を広げる。
それによって、黒い靄がそこへ集まり始めていた。
あれを危険な兆候と捉えるべきか、それを熟考する程の時間は無い、もう靄は中型犬くらいには大きくなっていたのだから。
ララはすぐさま銃に弾を装填して狙おうとした。
止めた、暗い場所の小さな的、もし外れたら彼女に当たる。
そこで彼女は言った。
「甘いね、命取りだ。」
それにはもう同意するしかない。
やがて、彼女の手に小さな仮面が横たわる。
笑った表情の意匠、右目から流れる涙模様、自らを主張する派手な着色、そんな道化の仮面と言うべき物を彼女は身に着けた。
すると、良く見知った顔が現れた。
何の為に顔を変えていたのか推測すら出来やしないが、ただロストに分かるのは、強く自分を覆い隠したいなんて感情だけだ。
「もう二度と会わない事を祈ってる!」
この声を起点に魔導ゴーレムが動き出す。
ララの気が付かぬ間に、もう既に動けるようになっていた。
唖然とするだけ、無防備なロストに向かって火炎放射器が放たれる。
溢れる火炎は空気を舐め、それを知ってか知らでか下水道に溜まるガスに引火し、地獄の吐息が地上に解き放たれた。
今日一番の破壊力、小さな子供なんて優に2~3mも吹き飛ぶ。
ここに産まれたのは滅多に見られない綺麗な火柱。
それを見ずに、ロストは初っ端から意識を失う伝統芸。
むしろそれが良かったのかもしれない、もしも浮遊感に加えて、肉体を引き千切るような衝撃力を同時に味わったらどうなる事か。
暫くの後に、黒煙の傍、火の粉が降り注ぐ天気に目を覚ます。
そこから発した最初の言葉はこうだ。
「ゲほ、げほ。...生ぎでう。」
喉がおかしい。
「吐き気がずる。」
ララの容態は奇跡的に五体満足。
決して無傷だった訳ではない、腕は頭を守ったお陰で火傷まみれ、今はアドレナリンが痛みを抑えているので分からないだろうけど。
「ぞうだ。げホッ、まだ喉が変。」
(アリスさんはどうなっ、アリスはどうなった。)
ララは焼け焦げた地面の底を覗き見た。
そこにあったのは変色した魔導ゴーレムの残骸。
他に何もない、死体もないし、あのヘンテコな黒い物体も見当たらない、もしやと、ロストはバラバラになった姿を想像して吐きかけた。
そんなところに誰かが来た。
「おーーい、大丈夫かぁ!? 爆発音を聞いてやって来たぞ。」
新鮮な声、生きた人間がいる。
ロストは、その人がデノム人でなければ殺されるのかな、なんて呑気な事を思いながら、ゆっくりと意識を手放した。
一つ目の戦いはここで終わり。




