37話 遊びの終わり
短くてすみません
新鮮な戦場の空気が辺りの漂うこの場所。
そんな中で、魔導ゴーレムは魔力を滾らせて腰を深く落とす、これが何の予備動作だろうかと、ダンカンは注意深く観察していた。
それは空舞う虫けらさえ見逃さない集中力でだ。
(何だ。)
そいつの背後で何かが瞬いた。
そう思った瞬間には。
「っ!?」
構えた剣はいつの間にか天高く弾かれている。
あの剣を離さまいと握っていた手首は、紛うことなく見事に脱臼をして、死人の手首に早変わり、痛みはあっても動く事のない私の手。
けれど、これよりも衝撃的なことがあった。
(早すぎる...。)
これは完全に油断した。
あれで全てだと、思い違った私は今ここで砕け散った。
「倒すつもりだったが、本当に足止めになってしまったな。」
目に捉えきれない疾風の一撃。
それをまた行おうと、鉄の獣は前傾姿勢をとる。
「だが、死ぬ気は無い!」
ダンカンには勝機があると信じていた。
何故なら、もう既に相手の弱点を見抜いたからである。
先程の攻撃は間違いなく必殺、確実に殺しにきた大技。
しかし、それがダンカンに直撃しなかった理由が一つある、ゴーレムの動きは何処かズレて、歪んでいたからであった。
それさえ理解すれば、容易に避けられる。
痛む右手をぶら下げて、相手を見つめた。
一挙一動、見逃さないように。
そんな時、ロスト・ララは逃げていた。
いままで彼はこの地で色々な事をして来たが、どれも努力以外は良い所が見つからない、こんな散々な結果しか残せないとは涙が出る。
でも、責任を取って最後までやるつもりではある。
デノム人を説得して安全地帯に誘導ぐらいはね。
「よし!」
ララは握りこぶしを作って意気込む。
こう決意した直後に、何か音が聞こえた。
「...ぁ。」
それを理解して、ララは少しビクッとする。
(人の声だ。声が聞こえる。)
ロストの脳裏には、あの事がチラついてみせる。
アリスの声も、どこからともなく聞こえて来るようだ。
けれど、この声に綴られた言葉の意味を理解するうちに、だんだんと身体の強張りが解かれていった。
少し違和感を感じるが、確かに助けを呼ぶ声だった。
それで、急いでそこに近付いて行くと。
「誰か、誰か居ませんか! いたら返事を下さい。」
何の変哲もない壁が喋っていた。
女性っぽい声だから、この壁の性別はきっと女性だ。
「いや、魔法陣か!」
これが通信用の魔法陣。
前に、オキュマスさんが言っていた物だろう。
でも見た限りはただの壁、土汚れで塗られた白い壁、そこから声が漏れ出す光景は何とも不思議な気分が沸き起こる。
その上、かなり音質が悪いので、所々聞き取り辛い。
「そこにいるんですね!?」
そうして声を聞かれてたらしく、この反応ぶり。
本格的に魔法陣がどんな構造をしているのか気になる。
「えっと、はい。」
「では壁に記された数字を今から伝えてください。どうぞ。」
そんな消極的なロストに対して、ウキウキに答えた相手。
その数字がどうしても必要なんだろう。
ララは仕方なく、壁に寄り、まじまじと見つめて。
「0、4、0、1、5?」
これに間髪無く。
「ライト地区、シルバー・メインの銀行付近。」
居場所が特定された。
ララの身体は冷や水を喰らったように震える。
よく分からなが一瞬、何やら恐怖を感じたのだ。
「そこから宗教地区までは近いので、急いでここに退避することを強く勧めます。もしも、道に迷った人を見つけたら声かけもお願いします。」
ロストの様子に、声の主はそうとも知らずに言い終えた。
どこにそんな怯える要素があったのか、たぶん自分が疲れている所為だろうと、少しだけ冷静を取り戻す。
ふっと一息。
「では通信を切ります。」
この次には焦る。
「あっ、あっ。そう言えば、この近くで、憲兵とゴーレムの戦闘が起きているので、誰かここに来れないか軍の人へ教えて下さい!」
ちょっとした達成感を噛み締めて。
よくやく平常心を取り戻した。
(これでダンカンさんも楽になるかな。)
と思っていると。
「分かりました。すぐにお伝えいたします。」
と、椅子らしき物音を一つ響かせ、魔法陣は機能を停止。
またもや、自分が孤独になったのを感じ取る。
ところかわって、宗教地区のとある教会。
現在は避難所となって人を支える憩いの場。
「はふぅ...。」
疲れた体が椅子を求めた。
しかし、彼女は無理をして兵の元に行こうと奮起。
傍から見れば椅子に座っていただけ、知らぬ者には何故ここまで疲弊するかと思うだろうが、それには訳がある。
魔法陣を使うのに魔力を消耗したからであった。
あぁ、なんて人なのか。
「エルモ、もう休憩しなされ。私は知ってますよ、昨日はそんなに寝ていないのでしょう?」
優しさを振りまくこの人はエルモの叔母様。
彼女もまた立派なシスターで、エルモの憧れる数少ない大人の一人、そして超えるべき巨大な壁でもある。
いつ見ても独創的な顔の皺、いい意味で。
「はい、でも。」
「いいの。シスターの死にそうな顔を晒していたら、誰だって心安らぐことが出来ないのだから。」
確かにそうだと説得されかける。
けれど自分が休むと、負担が誰かに偏ってしまう。
「お願い、一つだけ。」
上目遣いに加えて、祈るように手を合わせる。
こんなに可愛い子供からのお願いだ。
「もう。」
これには思わずエルモの叔母は、下手な説教面を柔らかくされた。
そうして、彼女を見つめて答えたのだ。
「仕方ないねぇ。」
ここでパっと表情を花開かせるが少し早い。
喜ぶのはまだ早かった。
「とでも言うと思ったの? 私が代わりに用事を済ませるから、しっかりと魔力の回復もしてきなさい。」
むぅ、さてはてどうした物か。
「顔を膨らませても駄目よ。」
ここまで言われてしまったら仕方ない。
大人しく座って待っていよう。
口でどう言おうとも、身体は疲れていた。
椅子の上、僅かに休むつもりだったのに反して、もう既に、夢への境界線まで揺らいでいるぐらいには眠たかったようだ。
そんな彼女の、足先を小突く者が現れる。
「んぅや。あにゃた様は?」
目を覚ましては見つけた小さき生き物。
それは尻尾が二つの黒縁猫、エルモには見覚えがある。




