36話 鉄の猛獣
転げた反動で身体が痛む。
しかし、そんなことより気になる相手。
「魔導ゴーレムなのか...?」
地面に伏したダンカンからそんな言葉が飛び上がる。
彼は以前、腕の魔道具を知った切っ掛けと同じく、本で見た事があるのだ。
魔導ゴーレムは戦場に活きる生命体。
使役したゴーレムを魔道具で着飾り、より先進的な兵器に変えた逸品。
つまり、ゴーレムに鎧と武器を持たせてみただけだが、単純ながらもこれが強い、ある個体はたった一体で戦場を支配したらしい。
現在、聖国で熱心に研究されている分野だ。
でも、それを思い出した所でどうにもならない。
そんな理不尽極まりないこの兵器。
やがて、魔導ゴーレムは歩み出す、第一歩目は土を石のように変質させ、第二歩目で瓦礫を平地にしてみせた。
これには呆けた頭も目が覚める。
「ッ、どうします!?」
もう、分からない、ロストの叫びに。
「あぁ、逃げよう。」
まずダンカンが立ち上がった。
行動の遅れたララの手を引きながら。
そこで魔導ゴーレムは、まるで遊び相手を見つけた子供かのように、単眼を不気味に光らせては笑っていた。
ネズミを見つけた猫と言うべきか。
でも、猫と言うには遅すぎる追手であった。
魔導ゴーレムは地面を揺るがし迫り来る。
この光景は大変恐ろしい、だって重機に追われるようなもの、けれど鈍重過ぎるその動き、この兵器の一歩は子供より遥かに劣る亀の動き。
でも、ダンカン達はこれから逃れる事が出来ずに苦難するばかり。
それはそうだ、地面に広がる瓦礫がそうさせたのだから。
逃げている最中、迂回しなければいけない道もあった。
そして、足元を引っ掛けないように慎重に、追い付かれないように機敏に、これを続ける事は精神を擦り減らして。
想像するよりも厳しい展開。
それでも諦める訳にはいかない。
睡眠不足な瞼を傍らにして、ロストは逃げた。
「ハァ、ハァ、ハァ。」
目から汗の涙が流れていた。
それを腕で拭き取ると、いつも通りの街並みが出迎えてくれる。
あの美しい破壊されていないライト地区の光景だ。
それを認識したからか、意識をハッキリとさせていく。
別にわざと意識を埋没させようとした訳では無い、気が付いたら自然とそうなっていて、どうやら走りながらも気を失いかけていたらしい。
その所為か、どのくらい逃げていたのか見当がつかない。
ここまで背中を焼かれるような思いで地を駆け巡って来たが。
限界はもう近い、でも子供ながらによく頑張った、疲れ知らずゴーレムに対してここまで逃げれるのはきっと君だけだろう。
それでもララは後もう一歩だけと、頑張ろうとした。
「えっぁ。」
脚に力が入らない。
「どうして?」
脱力したまま地面にへたり込む。
ロストは自らの脚を不思議そうに見つめた。
産まれて初めての経験だった。
「大丈夫か。」
心配してくれたダンカンさんはまだまだ元気だ。
「肩を貸そうか?」
「あっ、えぇ、お願いします。」
いつあの強大なゴーレムが追い付くか分からない。
もし、ゴーレムに追いつかれなかったとしても、アリスさん直々にご登場されるのかも分からないのだから、すぐにでも距離を離さなければ。
ロストはそう考えていた。
一方、ダンカンはそうでなかった。
兵士達がああまでもやられた原因を考えていた。
普通ならば、兵士は集団として行動し、時には魔法を使って事態の収束を図る、でも魔導ゴーレムにあそこまでやられるような事態とは何なのか。
あんなに足の速度が遅いのに、短期間であの街の破壊を起こせた点も疑問。
その答えは割と簡単だった。
猫でなくて、ハゲタカと呼ぶに相応しい所業。
「疲れちゃったかぁ。」
不意打ち気味にロストの耳へ彼女の声が轟いた。
今度もまた、彼のみが聞こえる悪魔のお言葉。
「んー、ならね。罰。」
それの意味を理解したその直後。
キィーやら、ピィーとか、機械音が鳴り響く。
大問題、精確な方角は分からなかったが、割とすぐそこから聞こえて来た、もう追いつかれたのかとロストの心情は震えていた。
そこで唯一の大人であるダンカンが彼に言う。
「ララ、落ち着いて聞いてくれ。」
何でしょうか。
「先程の音はな、ララの目の前からだ。」
ロストの目の前、それは逃げて来た方角とは真逆に当たる。
顔をハッとさせてララは言った。
「つまり、先回りされていたと...?」
「そうだ。」
ダンカンは渋々と頷いて。
それから、こうも言った。
「約束を破る事になるが、君だけでも逃げてくれ。私が足止めをする。」
「でも...。」
「大丈夫だ。死ぬ気はない。」
確かに、これから死ぬ人間の目付きではない。
でもそれとこれとは話が違う、死ぬ気がないのと、死ぬかもしれない状況とはまるで、ダンカンさんの実力は知ってはいるが本当に足りるのか。
こんな時こそ、足手まといの自分がもっとも嫌いだ。
ララは下を向いて、何かよい説得が出来ないかと考えた。
そんな様子に見かねてなのか、はたまた、それとは別に考えあってか、ダンカンは腰からある物を抜き取った。
「そうだな、また会う時まで、これを持っていて欲しい。」
それは銃だ、銃の造形をした武器、触ってみると手に馴染む。
受け取ったララは動揺と好奇心を揺れ動かし、これを見て少し笑顔を浮かべると、次にダンカンは言ったのだ。
「君なら使い方も、使い時も、分かる筈だ。」
「だとしても、これは受け取れませんよ。」
けれど、思わず受け取ってしまったので、どう返そうか悩みどころ。
短銃だったが見た目に反してずっしりと重く、手の平に沈む、この重量は不思議と安心感をもたらしてくれた。
だったとしても、いや、よそう。
「その約束、最初の代わりに果たしてくださいよ。」
「あぁ、もちろんだ。」
それから、ロスト・ララは一人で反乱軍の基地へ向かった。
だからこの場に残るは彼一人と、化け物が一機に。
ダンカンは目を細めた。
「来たのか。」
魔導ゴーレムを操る者が一人。
彼女は自分の為に動く、それは誰にも縛れない。
「来ちゃいました。お久しぶりですね。」
姿はあの夜のように、道化を模した仮面をかぶり、現れた。
「それで、勝算あるんですか?」
彼女は無謀だなぁと、ケタケタ笑ってる。
「肉体だけならず、魂まで弄ぶとは許さんぞ。」
ダットンの件もそうだが、今までの犠牲者、それに見知らぬ兵士の命。
感情を激しく隆起させるダンカン、こんな非常時においてどうするべきかは分かってはいるが、冷静さだけでは彼らに報えない。
「なんで、魂で遊んで何が悪いの。」
「死んだら天国に行けるとか信じてるならそれは違う。ただ浮遊して、世界の一部になるだけ、それだけ。だったら私に使われても何ら問題ないよね。」
「それは魂が決める事だ。君じゃない。」
これを聞き、大層嫌そうな顔をして、いや仮面で見えないが実際そうなのだろう。
そして両手の平を天に掲げ、溜息を吐いてみせた。
「あーあ、説教は余所でやってよ。つまらないから死ね。」
そこから魔導ゴーレムが一体、空から降って来た。
それは最初見た風貌から一変して、要らない装飾を取り払ったように収縮した形態、巨大であるが小さな巨人が憲兵の目前に舞い降りたのだ。
しかし、耳障りな機械音だけはそのままに、ギィーっと声を出す。
ダンカンは当然これを警戒した。
「...もういないのか。」
そして、その隙に彼女は姿を消していた。
泡のように忽然と、判断の早い魔王である。
「しかし、そう離れられない。ララにも追い付けない。」
魔導ゴーレムは兵器である。
自我のない兵器であるが故に、命令を必要とする為に、誰かが常に使役している状態でなくてはいけない生き物だ。
しかし、本当にそうなのか。
魔王は得体の知れない技術を使っている。
その時点で、どこまであの本の内容を信じて行けば良いのだろうか、実は自立させている可能性も十分にあり得た。
けれど、そこはもう望むしかない。
「倒させてもらうぞ。デノム人達、偽りの希望を。」
ダンカンは未だ、手に馴染まない剣を真っ直ぐ構えた。
それを待っていたと言わんばかりに、ゴーレムは水蒸気を身体の節々から噴出させ、怪物もまた彼を殺そうと見つめて返す。
ここから戦いが始まった。
最初は魔導ゴーレムから動いた。
そして見た目に反した軽快な動きを披露する。
(だが遅い!)
肉体強化魔法が無くとも、今はまだ対応が出来た。
一撃、二撃、豪快な金属音と共に剣の軸を歪ませて、ゴーレムの一撃を遥か後方へ受け流す、まるで形の無い暴れ牛を去なしているよう。
けれど、これをいつまで続けていられる程の体力をダンカンは持っていない。
いずれ限界が訪れる。
その前に、ダンカンは攻撃に転じた。
とは言っても剣を、魔導ゴーレムの鉄の肌に叩きつける訳で無し。
では、どうするつもりか。
その答えはこれだ、死闘の最中でダンカンは前へ踏み込んで、ガギン、アーマレントの大空に歪な響きが迸る。
それと同時に彼は後方へ、鉄の獣から身を引いた。
「ふー、ふぅ...。」
そこにあったのは呼吸を整えるダンカン。
変わったのはそれだけでない、彼の持っていた剣は根元から見事に折れていた、それは、彼が剣を魔導ゴーレムの膝関節の隙間へ差し込んだ所為であり、成果だ。
これを鉄の獣は、とても悔しそうに水蒸気を涎のように撒き散らす。
どうやら脚が上手く作動せずに、動く事が出来ない様子。
つまり
ダンカンは勝ったのだ。
けれど
しかし脚止めに成功しただけ、それだけでは駄目だ。
この鉄の獣に終止符を打たなければ、放置してはならない、もしかしたら誰かの手によって再起動するかもしれないのだから。
なので、ダンカンはある物を持って来る事にした。
(対城兵器を持ってこようか...。)
それぐらいしかこの化け物を倒す方法が分からない。
ダンカンは最初に、通信用に張り巡らされた魔法陣を探した、そこから壁上にいる筈のアーマレント軍と連絡をとって、兵器を運んでもらう事にしたのだ。
この状況、まだ油断が出来ない。
「まだだよ。」
ふと聞こえた女性の声、ダンカンは目を見開き、辺りを瞳に映した。
そこに見えるのは魔導ゴーレムだけ、そしてそいつもダンカンを見ていて、キィーと、鉄の化け物は笑っているのである。
「何かするなら、やってみろ。」
その問いかけは返されない。
ただ代りにと。
魔導ゴーレムからは大量の水蒸気が溢れ出す。
それと同時に、ギアの回転がすこぶる煩く音を出し、空気を何処からか吸い込んでは辺りに吐き出して。
何のための動作かは知らないが、決してダンカンの為には成らないだろう。
だからダンカンは、ボロボロの剣を構えて待つ。
まだ、戦いは終わらないようだ。




